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カレー餃子
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「大好きなカレーと餃子を、いっぺんに食べたい」
という常連客の寺西さんの要望に、店主の健さんは首をひねった。
寺西さんは健さんと同年代で、みんなにテラさんと呼ばれている。
「カレーと餃子? 別々に食べた方が旨そうだけどなぁ」
「そんなことないって! カツカレーにハンバーグカレー、カニクリームコロッケが載っかったカレーだってあるんだから、餃子カレーがあったって良いと思うんだよ、俺は」
テラさんが熱弁を奮っていると、近くに座っていた銀次郎さんも会話に入ってきた。
「それなら、健さんにカレー餃子を作ってもらえば良いじゃないか。俺も、甘いもんが食べたいって言ったら、これを作ってもらえたよ」
そう言って、銀次郎さんは手元にある“あんバター餃子”を指差した。
「へぇ、そうなんだ。健さん、カレー餃子も作ってくれるかい?」
「カレー餃子? うーん、カレー粉で味付けすればカレー風味にはなるだろうけど、そんなんでいいの?」
「ちょっと違うんだよなぁ。俺が食いたいのは、もっとドロっとしたカレーと餃子の組み合わせなんだよ」
「ふうん。まぁ、面白そうだからやってみるか。ただし、店に出すのは明日だけだよ。売れるかどうかも分かんないのに、毎日カレー作ってる暇なんかないからね」
「やった! それじゃ、明日の夜にまた来るよ」
テラさんはグラスに残ったビールをグイッと飲み干し、上機嫌で家に帰って行った。
翌日、開店と同時に店へやってきたテラさんの目の前に、オムレツみたいな形をした、大きな蒸し餃子が運ばれてきた。
「何だこれ! ずいぶんバカでかいじゃないか」
「オムレツをイメージしてみたんだよ。ほら、半熟トロトロで、ナイフを入れると中からあふれてくるやつ。あんな感じで、中からカレーがあふれてくるようにしたんだ」
そう言って健さんはナイフとフォーク、それからスプーンをテラさんに手渡した。
蒸されてプルプルになった、弾力のある餃子の皮に、テラさんがそっとナイフを入れる。
ドロリと濃いカレーがあふれて、奥の方からは、とろけたチーズも流れ出してきた。
「おおっ、チーズが入ってる! カレーも俺好みのドロドロしたやつだし、すっごく旨そうだ」
テラさんは餃子カレーをスプーンにのせて、パクリと口に入れた。
「うん、旨い! でもなんか、不思議な食感だなぁ。ツブツブするのと、コリコリするのがある」
「ツブツブしてるのが豚のひき肉で、コリコリするのはマイタケだよ。うちの実家のカレーは、これに大根を入れるんだけど、そうすると水分が出てサラサラしちゃうから、今回は野菜抜きにしてみたんだ」
「カレーに入れる野菜は、ニンジン玉ねぎジャガイモって思い込んでたけど、大根を入れる家もあるんだね」
「味がしみて美味しいから、大根カレーおすすめだよ。で、どうだい? このカレー餃子で満足できたかい?」
「美味しいし、大満足だよ。でもさ、昨日家に帰って嫁さんに『カレー餃子を作ってもらうことになった』って話したら、『そんなの、餃子をテイクアウトしてきて、家のカレーにのせて食べればいいだけじゃない』って言われちゃったよ」
「言われてみりゃあ、その通りだな。何だよ、手間暇かける必要なかったじゃないか」
「まあまあ、そう言わずに。わざわざ作ってもらえて、俺は凄く嬉しかったよ。ありがとな、健さん。お代は多めに払うよ。それと、これはうちの嫁さんから」
そう言って、テラさんは大きな紙袋をカウンターに置いた。
中には、大きなパイナップルが三つも入っている。
「ずいぶん立派なパイナップルだね。もらっちゃっていいのかい?」
「『手間かけさせちゃったお礼とお詫びに渡してこい』って持たされたんだ。うちの嫁さん、沖縄の出身でさ。この時期になると沢山送られてくるんだよ」
「それじゃ、遠慮なくいただいとくよ。嫁さんによろしく言っといてくれ。出産予定日は来月だったっけ?」
「そうそう、もうすぐだよ。子供が生まれて落ち着いたら、今度は三人で来るからさ」
「つっても、うちは夕方から夜までの営業だからなぁ。赤ん坊のうちは連れて来られないだろ。嫁さんには、持ち帰り用の餃子を買って行ってあげなよ」
「そっか、確かにそうだな。俺、初めての子供だから何にも分かってなくてさ……こんなんで父親になれるのか不安だよ」
「大丈夫、大丈夫。なるようになるから」
「適当だなぁ」
「それが俺の長所なんだよ」
健さんの言葉に、テラさんが笑い声を上げる。
「嫁さんに、いつもの餃子を買って帰ろうかな。持ち帰りで一つ頼むよ」
「はいよ!」
香ばしい匂いが店の中に充満し、店の外へも流れ出て行く。
焼き上がった餃子を持ったテラさんが店を出て行くのと入れ替わりに、谷やんと呼ばれている常連さんが入ってきた。
「テラさん、もう帰るの?」
「うん、またね」
二人はすれ違いざまに挨拶を交わし、谷やんが席に着くと、すぐにまた戸が開いて別のお客さんが入ってくる。
弦月庵の夜は、まだまだ始まったばかりだ。
という常連客の寺西さんの要望に、店主の健さんは首をひねった。
寺西さんは健さんと同年代で、みんなにテラさんと呼ばれている。
「カレーと餃子? 別々に食べた方が旨そうだけどなぁ」
「そんなことないって! カツカレーにハンバーグカレー、カニクリームコロッケが載っかったカレーだってあるんだから、餃子カレーがあったって良いと思うんだよ、俺は」
テラさんが熱弁を奮っていると、近くに座っていた銀次郎さんも会話に入ってきた。
「それなら、健さんにカレー餃子を作ってもらえば良いじゃないか。俺も、甘いもんが食べたいって言ったら、これを作ってもらえたよ」
そう言って、銀次郎さんは手元にある“あんバター餃子”を指差した。
「へぇ、そうなんだ。健さん、カレー餃子も作ってくれるかい?」
「カレー餃子? うーん、カレー粉で味付けすればカレー風味にはなるだろうけど、そんなんでいいの?」
「ちょっと違うんだよなぁ。俺が食いたいのは、もっとドロっとしたカレーと餃子の組み合わせなんだよ」
「ふうん。まぁ、面白そうだからやってみるか。ただし、店に出すのは明日だけだよ。売れるかどうかも分かんないのに、毎日カレー作ってる暇なんかないからね」
「やった! それじゃ、明日の夜にまた来るよ」
テラさんはグラスに残ったビールをグイッと飲み干し、上機嫌で家に帰って行った。
翌日、開店と同時に店へやってきたテラさんの目の前に、オムレツみたいな形をした、大きな蒸し餃子が運ばれてきた。
「何だこれ! ずいぶんバカでかいじゃないか」
「オムレツをイメージしてみたんだよ。ほら、半熟トロトロで、ナイフを入れると中からあふれてくるやつ。あんな感じで、中からカレーがあふれてくるようにしたんだ」
そう言って健さんはナイフとフォーク、それからスプーンをテラさんに手渡した。
蒸されてプルプルになった、弾力のある餃子の皮に、テラさんがそっとナイフを入れる。
ドロリと濃いカレーがあふれて、奥の方からは、とろけたチーズも流れ出してきた。
「おおっ、チーズが入ってる! カレーも俺好みのドロドロしたやつだし、すっごく旨そうだ」
テラさんは餃子カレーをスプーンにのせて、パクリと口に入れた。
「うん、旨い! でもなんか、不思議な食感だなぁ。ツブツブするのと、コリコリするのがある」
「ツブツブしてるのが豚のひき肉で、コリコリするのはマイタケだよ。うちの実家のカレーは、これに大根を入れるんだけど、そうすると水分が出てサラサラしちゃうから、今回は野菜抜きにしてみたんだ」
「カレーに入れる野菜は、ニンジン玉ねぎジャガイモって思い込んでたけど、大根を入れる家もあるんだね」
「味がしみて美味しいから、大根カレーおすすめだよ。で、どうだい? このカレー餃子で満足できたかい?」
「美味しいし、大満足だよ。でもさ、昨日家に帰って嫁さんに『カレー餃子を作ってもらうことになった』って話したら、『そんなの、餃子をテイクアウトしてきて、家のカレーにのせて食べればいいだけじゃない』って言われちゃったよ」
「言われてみりゃあ、その通りだな。何だよ、手間暇かける必要なかったじゃないか」
「まあまあ、そう言わずに。わざわざ作ってもらえて、俺は凄く嬉しかったよ。ありがとな、健さん。お代は多めに払うよ。それと、これはうちの嫁さんから」
そう言って、テラさんは大きな紙袋をカウンターに置いた。
中には、大きなパイナップルが三つも入っている。
「ずいぶん立派なパイナップルだね。もらっちゃっていいのかい?」
「『手間かけさせちゃったお礼とお詫びに渡してこい』って持たされたんだ。うちの嫁さん、沖縄の出身でさ。この時期になると沢山送られてくるんだよ」
「それじゃ、遠慮なくいただいとくよ。嫁さんによろしく言っといてくれ。出産予定日は来月だったっけ?」
「そうそう、もうすぐだよ。子供が生まれて落ち着いたら、今度は三人で来るからさ」
「つっても、うちは夕方から夜までの営業だからなぁ。赤ん坊のうちは連れて来られないだろ。嫁さんには、持ち帰り用の餃子を買って行ってあげなよ」
「そっか、確かにそうだな。俺、初めての子供だから何にも分かってなくてさ……こんなんで父親になれるのか不安だよ」
「大丈夫、大丈夫。なるようになるから」
「適当だなぁ」
「それが俺の長所なんだよ」
健さんの言葉に、テラさんが笑い声を上げる。
「嫁さんに、いつもの餃子を買って帰ろうかな。持ち帰りで一つ頼むよ」
「はいよ!」
香ばしい匂いが店の中に充満し、店の外へも流れ出て行く。
焼き上がった餃子を持ったテラさんが店を出て行くのと入れ替わりに、谷やんと呼ばれている常連さんが入ってきた。
「テラさん、もう帰るの?」
「うん、またね」
二人はすれ違いざまに挨拶を交わし、谷やんが席に着くと、すぐにまた戸が開いて別のお客さんが入ってくる。
弦月庵の夜は、まだまだ始まったばかりだ。
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