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第四部
分岐
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「私達も帰りましょうか」
ホノカが言うと、風神は俺とレンを両脇に抱え、雷神はレンの父親を背負って空に飛び上がる。
俺達は夜空を駆け抜け、焼け落ちた寺まで戻ってきた。
警察や消防は既に引き上げた後のようだ。
「ずいぶん派手に燃やしてくれたね」
レンの父親がため息混じりに言いながら、ホノカの顔を見る。
「ホノカさんが寺に火をつけたの?!」
俺が目を丸くして尋ねると、ホノカは悪びれもせずに答える。
「だって、思ったより早く天狗達が寺に来るんだもの。私とレン君の父親が手を組んでいると知られたら、計画が台無しになっちゃうでしょ? だから、敵対していると思わせるために炎の術を使ったのよ」
「だからって……これは酷いよ。丸焼けじゃないか」
レンは消え入りそうな声でそう言うと、がっくりと肩を落とした。
そんなレンの様子を見て、ホノカは少し反省したようだ。
「ちゃんと弁償して再建できるようにするわよ。妖怪だった頃に、神宮寺ホノカとして稼いだお金が結構あるから。足りなかったらケンジさんにも払わせるわ」
お寺が元通りになりそうだと分かり、俺は胸を撫でおろす。
「そういえば、あの目玉だらけの妖怪はどうなったんだろう」
俺が心配そうに言うと、レンの父親は少し間を置いてから答えた。
「天狗達は『呪詛の力で底根の国へ葬り去る』と言っていたから、呪詛返しを受けたあの妖怪は、今ごろ底根の国にいるはずだ」
それを聞いた俺は、責任を感じてしまった。
「あの妖怪は利用されただけなんだろう? あいつが悪いわけじゃないのに、底根の国に行かされるなんて可哀想だよ。助けてやることは出来ないの?」
「ハルト君が気に病む必要はないけれど……どうしてもというなら、君の寿命が尽きた後に助け出してやればいい。君は死後、底根の国で長い時を過ごすことになるのだから」
レンの父親にそう言われて、俺は面食らった。
「何それ? どういうこと?」
「何も聞いていないのか? 妖怪退治を生業にするものは、仕事を請け負うたびに業を背負うことになる。だから死後、底根の国の番人として仕え、背負った業を精算しなくてはならないんだ」
レンの父親から説明された俺は顔面蒼白になる。
何だよそれ!
初耳なんですけど!
知ってたら、父さんの後なんか絶対に継がなかったのに!!
「じゃあ俺、死んだ後はずっと底根の国にいなくちゃいけないの? そんなの嫌だよ!」
涙目で訴える俺に、レンの父親が慰めの言葉をかける。
「ずっとではないから大丈夫だ。それぞれの業に見合った年数だと聞いたことがある」
「何年くらい?」
俺が食い下がると、レンの父親は首をひねる。
「さあ……人によって違うだろうからなぁ。数十年から数百年ってところじゃないか?」
「長いよ!」
俺が絶望的な声を出すと、横からレンも口を挟む。
「でも、ハルトがまともに退治した妖怪は、目玉だらけの妖怪くらいだろ? それなら、そんなに長い期間にはならないんじゃないか?」
「何だよ、他人事だからって適当なこと言いやがって! 大体、呪詛返しの術だなんて聞いてないぞ! 俺に印の結び方を教えた時は、光の術だって言ってたじゃないか!」
八つ当たりだと分かってはいたが、俺は思わずレンを責めてしまった。
「死んだ後、ハルトが底根の国へ行かされるなんて知らなかったんだから仕方ないだろ! それに、呪詛返しは闇の呪術に対抗する光の術とも言われているんだ。騙したわけじゃない!」
レンが顔を真っ赤にして弁明していると、レンの父親が俺達の間に割って入ってくる。
「底根の国にはハルト君のお父さんもいるから大丈夫だよ」
レンの父親に言われて、底根の国へ行った時に父さんと再会したことを思い出し、ようやく俺は少し落ち着きを取り戻す。
「とりあえず、今日はもう遅いからハルト君は家に帰りなさい。私とレンは、ケンジ君のところにお邪魔させてもらおう」
そうして俺達は寺の前で解散し、それぞれの目的地へと向かった。
家に帰ると、母さんと姉ちゃんが鬼の形相で待ち構えており、俺はこっぴどく叱られた。
翌日にはミサキが訪ねてきて、俺の顔を見るなり泣き崩れた。
その後、焼け落ちたお寺は着々と再建が進められ、俺達はそれぞれの日常へと戻っていった。
ケンジさんは、ユーチューブで荒稼ぎしたお金を元手にして、水神達が住む山の土地一帯を買い取った。
いわくつきの辺鄙な土地だったため、二足三文で購入できたそうだ。
何でそんな土地を買ったのかと思ったら、事前に水神から
「あの辺は温泉が湧くぞ」
と教えてもらっていたらしい。
ケンジさんは土地を買い取ってすぐに温泉を掘り当て、リゾート開発業者と手を組んで、一帯を観光地にすべく開発に乗り出した。
ヒカリは、最後に俺の部屋で言葉を交わして以来、姿を見せることはなかった。
そうして、月日は流れていった。
「ハルト君、これをホノカちゃんのところへ持って行って! それから、この前の鍋を返してもらってね!」
ケンジさんは、そう言ってビーフシチューの入った鍋を俺に押し付けると、忙しなく厨房へと戻っていく。
またかよ……と内心ゲンナリしながら、俺は重たい足取りでホノカのいる神社へと向かう。
今年の春に高校を卒業したばかりの俺は、ケンジさんがオープンした温泉旅館で働かせてもらっている。
旅館といっても、個人経営のこじんまりとした宿なのだが、アットホームな雰囲気で居心地は良い。
数年前には何もなかったこの土地には、旅館や土産物の店が立ち並び、観光バスが出入りするようになった。
有名な観光地ほどではないが、穴場スポットとして雑誌やテレビで紹介されたおかげで、休日にはそこそこの賑わいがある。
けれども、水神達が暮らす白龍神社は山の中腹にあるため、滅多に訪れる人はいない。
そこで、ケンジさんは旅館のすぐ近くに、分社という神社の分身みたいなものを建てた。
分社の本殿の裏には隠された石の階段があり、そこをひたすら昇っていくと、ホノカの住処に辿り着けるようになっている。
面倒臭いなぁと思いつつ、階段のある茂みの方へ歩いていく途中で、後ろから呼びかけられた。
「ハルト!」
振り返ると、レンが大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってくるところだった。
ホノカが言うと、風神は俺とレンを両脇に抱え、雷神はレンの父親を背負って空に飛び上がる。
俺達は夜空を駆け抜け、焼け落ちた寺まで戻ってきた。
警察や消防は既に引き上げた後のようだ。
「ずいぶん派手に燃やしてくれたね」
レンの父親がため息混じりに言いながら、ホノカの顔を見る。
「ホノカさんが寺に火をつけたの?!」
俺が目を丸くして尋ねると、ホノカは悪びれもせずに答える。
「だって、思ったより早く天狗達が寺に来るんだもの。私とレン君の父親が手を組んでいると知られたら、計画が台無しになっちゃうでしょ? だから、敵対していると思わせるために炎の術を使ったのよ」
「だからって……これは酷いよ。丸焼けじゃないか」
レンは消え入りそうな声でそう言うと、がっくりと肩を落とした。
そんなレンの様子を見て、ホノカは少し反省したようだ。
「ちゃんと弁償して再建できるようにするわよ。妖怪だった頃に、神宮寺ホノカとして稼いだお金が結構あるから。足りなかったらケンジさんにも払わせるわ」
お寺が元通りになりそうだと分かり、俺は胸を撫でおろす。
「そういえば、あの目玉だらけの妖怪はどうなったんだろう」
俺が心配そうに言うと、レンの父親は少し間を置いてから答えた。
「天狗達は『呪詛の力で底根の国へ葬り去る』と言っていたから、呪詛返しを受けたあの妖怪は、今ごろ底根の国にいるはずだ」
それを聞いた俺は、責任を感じてしまった。
「あの妖怪は利用されただけなんだろう? あいつが悪いわけじゃないのに、底根の国に行かされるなんて可哀想だよ。助けてやることは出来ないの?」
「ハルト君が気に病む必要はないけれど……どうしてもというなら、君の寿命が尽きた後に助け出してやればいい。君は死後、底根の国で長い時を過ごすことになるのだから」
レンの父親にそう言われて、俺は面食らった。
「何それ? どういうこと?」
「何も聞いていないのか? 妖怪退治を生業にするものは、仕事を請け負うたびに業を背負うことになる。だから死後、底根の国の番人として仕え、背負った業を精算しなくてはならないんだ」
レンの父親から説明された俺は顔面蒼白になる。
何だよそれ!
初耳なんですけど!
知ってたら、父さんの後なんか絶対に継がなかったのに!!
「じゃあ俺、死んだ後はずっと底根の国にいなくちゃいけないの? そんなの嫌だよ!」
涙目で訴える俺に、レンの父親が慰めの言葉をかける。
「ずっとではないから大丈夫だ。それぞれの業に見合った年数だと聞いたことがある」
「何年くらい?」
俺が食い下がると、レンの父親は首をひねる。
「さあ……人によって違うだろうからなぁ。数十年から数百年ってところじゃないか?」
「長いよ!」
俺が絶望的な声を出すと、横からレンも口を挟む。
「でも、ハルトがまともに退治した妖怪は、目玉だらけの妖怪くらいだろ? それなら、そんなに長い期間にはならないんじゃないか?」
「何だよ、他人事だからって適当なこと言いやがって! 大体、呪詛返しの術だなんて聞いてないぞ! 俺に印の結び方を教えた時は、光の術だって言ってたじゃないか!」
八つ当たりだと分かってはいたが、俺は思わずレンを責めてしまった。
「死んだ後、ハルトが底根の国へ行かされるなんて知らなかったんだから仕方ないだろ! それに、呪詛返しは闇の呪術に対抗する光の術とも言われているんだ。騙したわけじゃない!」
レンが顔を真っ赤にして弁明していると、レンの父親が俺達の間に割って入ってくる。
「底根の国にはハルト君のお父さんもいるから大丈夫だよ」
レンの父親に言われて、底根の国へ行った時に父さんと再会したことを思い出し、ようやく俺は少し落ち着きを取り戻す。
「とりあえず、今日はもう遅いからハルト君は家に帰りなさい。私とレンは、ケンジ君のところにお邪魔させてもらおう」
そうして俺達は寺の前で解散し、それぞれの目的地へと向かった。
家に帰ると、母さんと姉ちゃんが鬼の形相で待ち構えており、俺はこっぴどく叱られた。
翌日にはミサキが訪ねてきて、俺の顔を見るなり泣き崩れた。
その後、焼け落ちたお寺は着々と再建が進められ、俺達はそれぞれの日常へと戻っていった。
ケンジさんは、ユーチューブで荒稼ぎしたお金を元手にして、水神達が住む山の土地一帯を買い取った。
いわくつきの辺鄙な土地だったため、二足三文で購入できたそうだ。
何でそんな土地を買ったのかと思ったら、事前に水神から
「あの辺は温泉が湧くぞ」
と教えてもらっていたらしい。
ケンジさんは土地を買い取ってすぐに温泉を掘り当て、リゾート開発業者と手を組んで、一帯を観光地にすべく開発に乗り出した。
ヒカリは、最後に俺の部屋で言葉を交わして以来、姿を見せることはなかった。
そうして、月日は流れていった。
「ハルト君、これをホノカちゃんのところへ持って行って! それから、この前の鍋を返してもらってね!」
ケンジさんは、そう言ってビーフシチューの入った鍋を俺に押し付けると、忙しなく厨房へと戻っていく。
またかよ……と内心ゲンナリしながら、俺は重たい足取りでホノカのいる神社へと向かう。
今年の春に高校を卒業したばかりの俺は、ケンジさんがオープンした温泉旅館で働かせてもらっている。
旅館といっても、個人経営のこじんまりとした宿なのだが、アットホームな雰囲気で居心地は良い。
数年前には何もなかったこの土地には、旅館や土産物の店が立ち並び、観光バスが出入りするようになった。
有名な観光地ほどではないが、穴場スポットとして雑誌やテレビで紹介されたおかげで、休日にはそこそこの賑わいがある。
けれども、水神達が暮らす白龍神社は山の中腹にあるため、滅多に訪れる人はいない。
そこで、ケンジさんは旅館のすぐ近くに、分社という神社の分身みたいなものを建てた。
分社の本殿の裏には隠された石の階段があり、そこをひたすら昇っていくと、ホノカの住処に辿り着けるようになっている。
面倒臭いなぁと思いつつ、階段のある茂みの方へ歩いていく途中で、後ろから呼びかけられた。
「ハルト!」
振り返ると、レンが大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってくるところだった。
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