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第四部
反逆
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「それよりさ、縛られてるから術も使えないし、どうやってここから脱出しようか」
俺が声を潜めて言うと、レンも小声で返事をする。
「脱出はしない。今夜ヒカリの父親の封印が解けるらしいんだ。だから──」
レンが話している途中で小屋の扉が開き、先程の美しい顔立ちをした天狗の青年が顔を出す。
「泉で体を清めるから、ついておいで」
彼はにこやかに言って手招きをした。
それって……食べる前に綺麗にしておこうってことだよね。
料理する前に野菜を水洗いしておく、みたいな。
そう思った俺は身動きせずにいたのだが、レンがさっさと立ち上がって小屋を出ていくので、俺も慌てて後を追う。
俺の後ろからは見張りの烏天狗が付いて来ており、隙を見て逃げ出すのは難しそうだった。
泉の前に着いて周囲を見渡した後、天狗の青年は腰を屈めて俺の顔を覗きこむ。
「お前の荷物の中からこんなものが出てきたぞ」
彼はそう言いながら、懐から古文書を取り出した。
さっき旋風で吹き飛ばされた俺の荷物を、どこかから見つけて拾ってきたようだ。
彼が開いた頁には、歴史の教科書で見たことがあるような銅鏡らしき絵が描かれている。
文字も書かれていたが、俺には判読できなかった。
「銅鏡に封印されているヒカリの父親を助けたいんだろう? 俺が協力してやってもいいぞ」
青年の話に、俺は混乱した。
あれ?
鏡に封印されているのはヒカリちゃんなんじゃないの?
俺が口を開くよりも先に、レンが話に割って入る。
「仲間の天狗を裏切るっていうのか? どうして?」
レンの質問に、青年が淀みなく答える。
「俺はヒカリを手に入れたいんだ。彼女の妖力は、他に類を見ない。妖怪どもを手懐け、人心を手玉に取り、神々をも味方につける。人間の血が混じることで、飛躍的に能力が向上しているように思える。ヒカリに我が子を産ませて天狗族の支配する世界を作りたい」
「……自分の欲望のために、仲間ですら敵に回すっていうのか?」
レンは信じられないという面持ちで問いかける。
「どの道、ヒカリを手に入れたら他の天狗達とは対立することになるんだ。ヒカリの父親が復活するこの機会に乗じて、大天狗達を亡き者にしたい。どうせお前達も何か企んでいるんだろう? 俺が手を貸してやるよ」
そう言って笑顔を浮かべる青年に、俺はキッパリと宣言した。
「断る。何が俺の子を産ませたいだ! お前なんかに、絶対ヒカリちゃんを渡すもんか!」
「ふうん。じゃあ死ね」
彼は冷たい声で言い放つと、俺の首根っこを掴んで泉の中に頭からぶち込んだ。
パニックになった俺は、思い切り水を飲み込んでしまう。
苦しくて息ができない。
意識が遠のきかけたところで頭を持ち上げられ、青年が顔を寄せてくる。
「どうだ? 俺と手を組む気になったか?」
俺がグッタリとして答えずにいると、レンが大声で止めに入った。
「分かった! 手を組むよ! だからもうやめてくれ!」
レンの言葉に、青年はニッコリする。
「そうか、それじゃあよろしくな。俺の名前はハヤテだ。大天狗どもは、ヒカリの父親の封印が解けたら、弱っている隙に彼の息の根を止めようとするはずだ。お前達、何か対抗策を考えているんだろう?」
ハヤテに聞かれて、レンは頷く。
「ハルトは何も知らないから、僕が説明するよ。耳をかして」
レンに言われて、ハヤテは俺から手を離す。
二人が何やら話しこんでいるうちに、俺は再び意識が遠のいていった。
目を覚ますと、さっきの小屋の中に戻ってきており、手を縛る縄もほどかれていた。
起き上がった俺に気付いてレンが話しかけてくる。
「大丈夫か?」
「うん……それより、さっきのハヤテの話はどういうこと? 鏡に封印されているのはヒカリちゃんだけじゃないの?」
俺が尋ねると、レンは唇に人差し指をあてる。
そして俺のすぐそばまで来て耳打ちした。
「うちの寺に代々伝わる銅鏡には元々ヒカリの父親が封印されていたんだけれど、今はそこにヒカリを重ねて封印している状態なんだ」
驚いた表情を浮かべる俺に、レンは話を続ける。
「僕の父さんによれば、月が赤銅色に輝く夜に封印が解けるらしい。つまり、皆既月食と天王星食が重なる今晩、銅鏡が割れてヒカリの父親は復活するはずだ」
難しい言葉を連発されて、俺は思考がフリーズした。
そんな俺の様子を見たレンは
「まあ、夜になれば分かるよ」
と言って話を終わらせようとする。
「ちょっと待ってよ。ハヤテにもこの話をしたの? 本気であいつと手を組むつもり? あんな奴、ヒカリちゃんに相応しくないよ」
思わず声を荒げる俺に、レンは穏やかな声で言う。
「大丈夫だよ。肝心な部分は伏せて話したから、心配はいらない」
レンがそう言うなら、きっと大丈夫なのだろう。
そういえば、レンの計画について俺はまだ何も聞かされていない。
「今夜、一体何をするつもりなの?」
レンは少し迷ってから俺の耳元に口を寄せ
「全部を話しても覚えられないだろうから、一つだけ伝えておくよ」
と言ってから両手を組み合わせて、見たことのない印を結んだ。
次にレンは俺の手を取って同じように手を組ませる。
「ハルトもやってみて。いいか、僕が合図をしたら、この印を結んで『唵 阿毘羅吽欠 娑婆呵』と唱えろ」
「何これ。何の術?」
「……光の術だ」
「光? ヒカリちゃんの名前と同じだ! よし、覚えたぞ。頭じゃなくて心に刻んだから、絶対に忘れないよ」
俺は声を弾ませながら、繰り返し印の結び方を練習した。
俺が声を潜めて言うと、レンも小声で返事をする。
「脱出はしない。今夜ヒカリの父親の封印が解けるらしいんだ。だから──」
レンが話している途中で小屋の扉が開き、先程の美しい顔立ちをした天狗の青年が顔を出す。
「泉で体を清めるから、ついておいで」
彼はにこやかに言って手招きをした。
それって……食べる前に綺麗にしておこうってことだよね。
料理する前に野菜を水洗いしておく、みたいな。
そう思った俺は身動きせずにいたのだが、レンがさっさと立ち上がって小屋を出ていくので、俺も慌てて後を追う。
俺の後ろからは見張りの烏天狗が付いて来ており、隙を見て逃げ出すのは難しそうだった。
泉の前に着いて周囲を見渡した後、天狗の青年は腰を屈めて俺の顔を覗きこむ。
「お前の荷物の中からこんなものが出てきたぞ」
彼はそう言いながら、懐から古文書を取り出した。
さっき旋風で吹き飛ばされた俺の荷物を、どこかから見つけて拾ってきたようだ。
彼が開いた頁には、歴史の教科書で見たことがあるような銅鏡らしき絵が描かれている。
文字も書かれていたが、俺には判読できなかった。
「銅鏡に封印されているヒカリの父親を助けたいんだろう? 俺が協力してやってもいいぞ」
青年の話に、俺は混乱した。
あれ?
鏡に封印されているのはヒカリちゃんなんじゃないの?
俺が口を開くよりも先に、レンが話に割って入る。
「仲間の天狗を裏切るっていうのか? どうして?」
レンの質問に、青年が淀みなく答える。
「俺はヒカリを手に入れたいんだ。彼女の妖力は、他に類を見ない。妖怪どもを手懐け、人心を手玉に取り、神々をも味方につける。人間の血が混じることで、飛躍的に能力が向上しているように思える。ヒカリに我が子を産ませて天狗族の支配する世界を作りたい」
「……自分の欲望のために、仲間ですら敵に回すっていうのか?」
レンは信じられないという面持ちで問いかける。
「どの道、ヒカリを手に入れたら他の天狗達とは対立することになるんだ。ヒカリの父親が復活するこの機会に乗じて、大天狗達を亡き者にしたい。どうせお前達も何か企んでいるんだろう? 俺が手を貸してやるよ」
そう言って笑顔を浮かべる青年に、俺はキッパリと宣言した。
「断る。何が俺の子を産ませたいだ! お前なんかに、絶対ヒカリちゃんを渡すもんか!」
「ふうん。じゃあ死ね」
彼は冷たい声で言い放つと、俺の首根っこを掴んで泉の中に頭からぶち込んだ。
パニックになった俺は、思い切り水を飲み込んでしまう。
苦しくて息ができない。
意識が遠のきかけたところで頭を持ち上げられ、青年が顔を寄せてくる。
「どうだ? 俺と手を組む気になったか?」
俺がグッタリとして答えずにいると、レンが大声で止めに入った。
「分かった! 手を組むよ! だからもうやめてくれ!」
レンの言葉に、青年はニッコリする。
「そうか、それじゃあよろしくな。俺の名前はハヤテだ。大天狗どもは、ヒカリの父親の封印が解けたら、弱っている隙に彼の息の根を止めようとするはずだ。お前達、何か対抗策を考えているんだろう?」
ハヤテに聞かれて、レンは頷く。
「ハルトは何も知らないから、僕が説明するよ。耳をかして」
レンに言われて、ハヤテは俺から手を離す。
二人が何やら話しこんでいるうちに、俺は再び意識が遠のいていった。
目を覚ますと、さっきの小屋の中に戻ってきており、手を縛る縄もほどかれていた。
起き上がった俺に気付いてレンが話しかけてくる。
「大丈夫か?」
「うん……それより、さっきのハヤテの話はどういうこと? 鏡に封印されているのはヒカリちゃんだけじゃないの?」
俺が尋ねると、レンは唇に人差し指をあてる。
そして俺のすぐそばまで来て耳打ちした。
「うちの寺に代々伝わる銅鏡には元々ヒカリの父親が封印されていたんだけれど、今はそこにヒカリを重ねて封印している状態なんだ」
驚いた表情を浮かべる俺に、レンは話を続ける。
「僕の父さんによれば、月が赤銅色に輝く夜に封印が解けるらしい。つまり、皆既月食と天王星食が重なる今晩、銅鏡が割れてヒカリの父親は復活するはずだ」
難しい言葉を連発されて、俺は思考がフリーズした。
そんな俺の様子を見たレンは
「まあ、夜になれば分かるよ」
と言って話を終わらせようとする。
「ちょっと待ってよ。ハヤテにもこの話をしたの? 本気であいつと手を組むつもり? あんな奴、ヒカリちゃんに相応しくないよ」
思わず声を荒げる俺に、レンは穏やかな声で言う。
「大丈夫だよ。肝心な部分は伏せて話したから、心配はいらない」
レンがそう言うなら、きっと大丈夫なのだろう。
そういえば、レンの計画について俺はまだ何も聞かされていない。
「今夜、一体何をするつもりなの?」
レンは少し迷ってから俺の耳元に口を寄せ
「全部を話しても覚えられないだろうから、一つだけ伝えておくよ」
と言ってから両手を組み合わせて、見たことのない印を結んだ。
次にレンは俺の手を取って同じように手を組ませる。
「ハルトもやってみて。いいか、僕が合図をしたら、この印を結んで『唵 阿毘羅吽欠 娑婆呵』と唱えろ」
「何これ。何の術?」
「……光の術だ」
「光? ヒカリちゃんの名前と同じだ! よし、覚えたぞ。頭じゃなくて心に刻んだから、絶対に忘れないよ」
俺は声を弾ませながら、繰り返し印の結び方を練習した。
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