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第四部

天狗の里

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 風神ふうじん雷神らいじんが山奥の神社に降り立つと、白龍はくりゅうの姿をした水神すいじんが出迎えてくれた。

 水神は地の底から響くような低い声で、俺に問いかける。

「ヒカリが封印された話は聞いたな? 助けに行きたいと言うなら協力してやる。だが、ヒカリを封印したのはレンとその父親だ。彼女を取り戻すには、レンと対峙たいじしなくてはならない」

「ちょっと待ってよ。ホノカさんも……火の神も同じようなことを言っていたけど、レンがそんなことをするわけないだろう? 大体こんな山奥にいるのに、どうやって下界げかいの様子を知ることができたんだよ」

 俺が言うと、水神はギラリと目玉を光らせた。

「私の目は千里を見通す。お前達が戻ってきたと聞いて、様子を探っていたんだ。レンの父親は天狗てんぐ族と手を組んでいる。そのことを知ったヒカリは、あの寺におもむき……返りちにあって封印されたんだ」

 それじゃあ、ホノカの言っていたことは全部本当だったのか……。

 俺は、ヒカリが封印されたという事実にはショックを受けたけれど、それでもレンを疑う気にはなれなかった。

「レンがヒカリちゃんを封印したのには、きっと何か理由があるはずだ。レンのお父さんと一緒に、天狗からおどされていたのかもしれない。だから、三人まとめて助け出したい」

 俺が力強く言うと、水神はしばらく黙ってから口を開いた。

「人は裏切るものだぞ」

「だからこそ、信じることに価値があるんじゃないか」

 俺の返事を聞いて、水神は再び沈黙する。

 そこへ、ホノカがケンジさんを連れて現れた。

「ここにいたのね。あちこち探しちゃったじゃない」
 そう言うホノカに続いて、ケンジさんは風神と雷神に文句をつける。
「ハルト君を実家まで連れ戻すよう頼んだのに、どうして神社にいるんだよ!」

 風神と雷神はケンジさんをひとにらみすると
「何だこいつ、人間のくせに生意気だな」
「俺達を神に戻す手助けをしたからって、ちょっと調子に乗ってるよな」
「俺達が人間の言うことなんか聞くわけないじゃないか」
「火の神のお気に入りじゃなかったら、竜巻たつまきで吹き飛ばしてやるのに」
「雷を落として黒焦げにするのも楽しそうだぞ」
 と言いながら愉快そうに笑い声を上げた。

 ケンジさんは後退あとずさりしながらホノカの背後に身を隠し
「ハルト君、帰るぞ」
 と小声で俺に声をかける。

「家に帰るのは、三人を助け出してからにする」
 俺はケンジさんにそう告げてから
「レン達の居場所が分かるなら、俺をそこへ連れて行って」
 と水神に頼み込んだ。

「レンとその父親は天狗の里にいる。ヒカリは鏡に封印され、彼らと共にの地へ運ばれたようだ」

「天狗の里?」

「本来ならば人間が足を踏み入れるような場所ではないし、の地では天狗どもが雁首がんくびそろえて待ち受けているだろう。行けば、二度と戻れないかもしれない。それでも行くか?」

 水神の話を聞きながら、ちょっとやめておこうかな、という気持ちがよぎる。

 レンが上手いこと立ち回ってヒカリちゃんの封印を解き、天狗をやっつけて帰ってくるかもしれない。

 でも、おいしいところをレンに持っていかれたら、ヒカリちゃんがレンに心変わりしちゃうかもしれないしなぁ。

 水神達も協力してくれるって言ってたし、神様が味方についていれば大丈夫だろう。

 よし、決めた!

「行くよ。友達や愛する人を見捨てることは出来ないからね」
 俺はキリッとした顔をして、精一杯カッコつけて見せた。

「あいつ、あんなこと言ってるけど絶対にビビってるよ」
「答えるまでに、すっごいがあったもんな」
 風神と雷神がこちらを見ながら馬鹿にしたように笑う。

「それでは私の背に乗れ。連れて行ってやる」

 水神に促された俺は背中によじ登り、背鰭せびれを掴んで座った。

「おい! やめろ! 行くな!!」
 ケンジさんが必死の形相ぎょうそうで止めたが、水神は躊躇ちゅうちょなく空に向かって飛び上がる。

 みるみる神社の鳥居とりいほこらが小さくなり、俺は目眩めまいがしてきてキツく目をつぶった。

 息が止まるほどのスピードで上空を駆け抜け、しばらくすると水神は速度を落として旋回せんかいを始めた。

「着いたぞ」

 水神に声をかけられて、俺はそっとまぶたを開く。
 眼下がんかには鬱蒼うっそうとした森が広がっていた。

「里っていうか、森じゃん」

 俺のつぶやきを、水神は一笑いっしょうす。

「人間の生活様式と妖怪のそれとが異なるのは当然だろう? おのれの常識でしか物事をはかれないのは、愚か者のあかしだ」
 水神はそう言うと
「降りるぞ。覚悟はいいか?」
 と問いかけてきた。

「あのさ、突撃するのは風神と雷神、それから火の神も到着してからにしない? 俺達だけで大勢の天狗を相手にするのはちょっと不安っていうか……」

 俺が弱気な発言をすると、水神は恐ろしいことを言い出す。

「何を言っているんだ? あいつらが来るわけないだろう」

「は?! だって、助けに行くなら協力するって言ったじゃないか!」

 俺は猛抗議したが、水神は冷たく突き放した。

「そう言ったのは、私だけだ。それに、協力するのもここまでだ。彼らの居場所を教えて、この地まで連れてきてやったんだ。もう十分じゅうぶんだろう」

「ちょっと! そんなの聞いてないよ! 俺一人で天狗達に立ち向かうなんて無理に決まってるだろ!!」

 わめき散らす俺に構わず、水神は急降下し始める。

 地面すれすれのところで俺を振り落とし
健闘けんとうを祈る」
 と言い残すと、体をうねらせながら再び天高く登っていってしまった。

 いやいやいやいや、どうすんだよこれ!
 とにかく、天狗に見つかる前に逃げ出さなくちゃ!

 ガクガク震える足で何とか立ち上がり、周囲を見回した俺が目にしたものは──斧や槍、刀や弓などの武器をたずさえてこちらをにらみつけている、烏天狗からすてんぐ達の姿だった。
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