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第二部
水神
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移動した先はどこかの山の中腹で、見晴らしの良い場所だった。景色を見下ろすと、山の麓には大きな湖が広がっている。
人里からは遠く離れている場所のようだ。
「こっちよ」
ヒカリに案内されて藪の中を進むと、色褪せた鳥居が見えてくる。傾いていて倒れてきそうだし、傷みも激しい。
オバケが出そうで嫌だなぁと思った俺は足を止めたが、ヒカリは躊躇なく鳥居をくぐって奥の方へと入っていく。
「レン、先に行ってもいいぞ。怖いだろうから、俺が後ろから守ってやるよ」
俺は虚勢を張ったが
「怖がっているのはハルトだろ」
と、あっさり見抜かれてしまった。
おどろおどろしい雰囲気にビビりながら、レンに張り付くようにして鳥居をくぐり抜ける。
「なあ、レンは寺の息子だから平気かもしれないけど、普通はみんな怖がるからな。俺が特別臆病なわけじゃないぞ」
俺が言い訳がましく話しかけると、レンは振り返ってこちらを見た。
「もしかして、お寺と神社を同じようなものだと思ってる?」
「似たようなもんだろ? どっちも神様とか仏様がいて、願い事を叶えてくれるんだから」
俺の適当な答えが我慢ならなかったようで、レンは神と仏の違いを滔々と語り出す。
「神と仏は別物だよ。神については色々な意見があるから説明が難しいけど、日本では古来より万物に神が宿ると考えられてきたんだ」
「……レンの説明は言葉が難しいんだよ。もっと分かりやすく言ってくれ」
「簡単に言うと、自然のものや身の回りの物、動植物や鉱物にも神様は存在するってことだよ」
「最初からそう言ってよ。で、仏様は?」
俺が尋ねると、レンは簡潔に答えた。
「仏様は、悟りを開いた人間のことだよ。インドのブッダって聞いたことない?」
「……知らない。じゃあ、仏様って元々は人間だったんだな。神様もその辺にあるものにいるんだったら、願い事を叶える力なんてないんじゃないの?」
俺が疑問をぶつけると、レンは頷いた。
「そうだよ。神も仏も、願いを叶えるために存在しているわけじゃないからね。ただ、困難にぶつかったり、災難が降りかかったりした時に、人は『一人では乗り越えられない』とか『もう耐えられない』って気持ちになることもあるわけだよ。そんな時に心の支えになるのが、神や仏の役割なんだと僕は思っている」
「それなら、家族や友達でもいいじゃん」
「そうだね。頼れる相手がいたり、打ち込める物事があったりすれば、神も仏も必要ないのかもしれない。でも、そういう人ばかりではないし、大切な相手だからこそ弱い部分を見せたくないってこともあるんじゃないかな」
レンの言っていることは分かるような気もしたけれど、俺だったら、大事な人には神や仏じゃなくて自分を頼ってもらいたいなと思った。
話しているうちに段々と辺りが明るくなり、少し先にヒカリの後ろ姿が見えてくる。
彼女は朽ちた祠の前で俺達のことを待っていた。
俺達がヒカリのところまで行くと、彼女は杖を頭上に掲げて歌うように言葉を発する。
「出でよ水神。我に力を与えたまえ」
すると、どこからか甲高い声がする。
「おや珍しい。半妖じゃないか。後ろにいるのは人間か……。悪いが私はもう水神ではないからな。与えられる力などありはしない」
俺が声の主を探してキョロキョロしていると、足元で何かが蠢いた。
「私を探しているのか? ほれ、お前のすぐそばにいるぞ」
声が聞こえた直後、足が何かに締め付けられる感覚がした。
「うわぁ!」
驚いて目をやると、小さな白い蛇が俺の足に巻き付きながら、チロチロと長い舌を出している。
うげぇ、気持ち悪い。
そう思いながら足をブンブン振ったが、蛇はしがみついたまま離れてくれない。
「おい、やめろ! そんなに勢いよく振ったら目がまわる!」
白蛇は苦情を言いながら俺の足に牙を立てた。
「うぎゃあ!」
俺はあまりの痛みに膝から崩れ落ち、雑草だらけの地面を転げ回る。
ようやく白蛇が俺の足から離れ、ヒカリに問いかける。
「何しにきたんだ?」
「あなたを水神に戻すお手伝いを致しますので、どうか力を貸してください」
ヒカリが穏やかに告げると、白蛇はちらりとこちらを見てから背を向け、藪の中へと消えていく。
「では、お前達にどれほどの力があるのかを示せ。私の僕を殲滅することができたら、話を聞いてやろう」
白蛇が言い終わるや否や、周囲の草木が一斉に揺れ動いた。
そして、夥しい数のカッパが姿を現し
「グエッグエッ」
と奇怪な鳴き声を上げながら俺達を取り囲む。
そいつらは、絵本で見るようなユーモアあふれるカッパの姿とは全く異なり、獰猛な顔つきをしていた。
吊り上がった目でこちらを睨みながら、尖った歯を剥き出しにして少しずつ近付いてくる。
「ハルト君、早速なんだけどカッパの退治をお願いしてもいいかしら」
ヒカリは甘えるように俺の腕に手を添えながら、小首を傾げた。
俺は内心ビビりまくっていたが、こんなに可愛らしく頼またら断るわけにはいかない。
ひきつった笑顔を浮かべながら
「任せといて!」
と精一杯強がって見せた。
「ハルト、風の術を使え。印の結び方はこうだ」
レンが自分の手で見本をみせながら、俺の耳元で指示を出す。
「風の刃で切り付けたら、カッパが怪我するじゃないか」
俺が反対すると、レンは眉を吊り上げる。
「そんなこと言っている場合じゃないだろ! 地・火・空の術だと周囲への被害が大きくなる。風の術を使うしかない!」
「水の術にする」
そう告げると、俺は急いで携帯を取り出し、印の結び方を確認した。
「相手はカッパだぞ! 水の術を使ったって退治できない!」
いつもは冷静なレンが、怒りを露わにして叫ぶ。
俺はレンの言葉を無視して、水の術の印を結び
「唵 阿毘羅吽欠 娑婆呵」
と唱えた。
ゴォォと凄まじい音が響き渡り、麓の湖から水が空に吸い上げられていく。
そして滝のような水が上空から降り注ぎ、カッパだけでなく俺達も含めた周囲のものを全て押し流した。
濁流にのみこまれた俺の体を、誰かが力強く引き寄せる。
そのおかげで、俺は流されることなくその場に留まることができた。
大量の水は、カッパを連れて麓の湖へと流れ込んでいく。
呆然とする俺のすぐそばで、レンが水を吐き出しながらむせ返っている。
「大丈夫?」
びしょ濡れのヒカリが、俺に声をかけてきた。
どうやら、俺達を助けてくれたのはヒカリのようだ。
「あ……ありがとう、助けてくれて」
俺はそれしか言えなかった。
「どうして水の術にしたの?」
ヒカリが俺を見つめながら尋ねる。
「水の術なら、カッパを怪我させずに追い払えると思ったんだ。まさか自分達まで巻き込まれるとは思わなくてさ……本当にごめん!」
俺は土下座する勢いでヒカリとレンに頭を下げた。
「そいつ、頭おかしいな!」
甲高い声のした方を見ると、先程の白蛇が空中に浮いている。
「お前、名前は?」
白蛇に聞かれた俺は
「ハルト」
と答える。
「ハルト、本来ならお前みたいな甘っちょろい考えの奴とは手を組めない。だが、先程の術はなかなか見事だった。だから、もう一度だけ機会をやろう。今から私が言うことを実行出来たら、力を貸してやる」
白蛇は宙に浮いたまま、すうっと俺の目の前まで移動してくると、何やら悪巧みでもしているかのように目を細めた。
人里からは遠く離れている場所のようだ。
「こっちよ」
ヒカリに案内されて藪の中を進むと、色褪せた鳥居が見えてくる。傾いていて倒れてきそうだし、傷みも激しい。
オバケが出そうで嫌だなぁと思った俺は足を止めたが、ヒカリは躊躇なく鳥居をくぐって奥の方へと入っていく。
「レン、先に行ってもいいぞ。怖いだろうから、俺が後ろから守ってやるよ」
俺は虚勢を張ったが
「怖がっているのはハルトだろ」
と、あっさり見抜かれてしまった。
おどろおどろしい雰囲気にビビりながら、レンに張り付くようにして鳥居をくぐり抜ける。
「なあ、レンは寺の息子だから平気かもしれないけど、普通はみんな怖がるからな。俺が特別臆病なわけじゃないぞ」
俺が言い訳がましく話しかけると、レンは振り返ってこちらを見た。
「もしかして、お寺と神社を同じようなものだと思ってる?」
「似たようなもんだろ? どっちも神様とか仏様がいて、願い事を叶えてくれるんだから」
俺の適当な答えが我慢ならなかったようで、レンは神と仏の違いを滔々と語り出す。
「神と仏は別物だよ。神については色々な意見があるから説明が難しいけど、日本では古来より万物に神が宿ると考えられてきたんだ」
「……レンの説明は言葉が難しいんだよ。もっと分かりやすく言ってくれ」
「簡単に言うと、自然のものや身の回りの物、動植物や鉱物にも神様は存在するってことだよ」
「最初からそう言ってよ。で、仏様は?」
俺が尋ねると、レンは簡潔に答えた。
「仏様は、悟りを開いた人間のことだよ。インドのブッダって聞いたことない?」
「……知らない。じゃあ、仏様って元々は人間だったんだな。神様もその辺にあるものにいるんだったら、願い事を叶える力なんてないんじゃないの?」
俺が疑問をぶつけると、レンは頷いた。
「そうだよ。神も仏も、願いを叶えるために存在しているわけじゃないからね。ただ、困難にぶつかったり、災難が降りかかったりした時に、人は『一人では乗り越えられない』とか『もう耐えられない』って気持ちになることもあるわけだよ。そんな時に心の支えになるのが、神や仏の役割なんだと僕は思っている」
「それなら、家族や友達でもいいじゃん」
「そうだね。頼れる相手がいたり、打ち込める物事があったりすれば、神も仏も必要ないのかもしれない。でも、そういう人ばかりではないし、大切な相手だからこそ弱い部分を見せたくないってこともあるんじゃないかな」
レンの言っていることは分かるような気もしたけれど、俺だったら、大事な人には神や仏じゃなくて自分を頼ってもらいたいなと思った。
話しているうちに段々と辺りが明るくなり、少し先にヒカリの後ろ姿が見えてくる。
彼女は朽ちた祠の前で俺達のことを待っていた。
俺達がヒカリのところまで行くと、彼女は杖を頭上に掲げて歌うように言葉を発する。
「出でよ水神。我に力を与えたまえ」
すると、どこからか甲高い声がする。
「おや珍しい。半妖じゃないか。後ろにいるのは人間か……。悪いが私はもう水神ではないからな。与えられる力などありはしない」
俺が声の主を探してキョロキョロしていると、足元で何かが蠢いた。
「私を探しているのか? ほれ、お前のすぐそばにいるぞ」
声が聞こえた直後、足が何かに締め付けられる感覚がした。
「うわぁ!」
驚いて目をやると、小さな白い蛇が俺の足に巻き付きながら、チロチロと長い舌を出している。
うげぇ、気持ち悪い。
そう思いながら足をブンブン振ったが、蛇はしがみついたまま離れてくれない。
「おい、やめろ! そんなに勢いよく振ったら目がまわる!」
白蛇は苦情を言いながら俺の足に牙を立てた。
「うぎゃあ!」
俺はあまりの痛みに膝から崩れ落ち、雑草だらけの地面を転げ回る。
ようやく白蛇が俺の足から離れ、ヒカリに問いかける。
「何しにきたんだ?」
「あなたを水神に戻すお手伝いを致しますので、どうか力を貸してください」
ヒカリが穏やかに告げると、白蛇はちらりとこちらを見てから背を向け、藪の中へと消えていく。
「では、お前達にどれほどの力があるのかを示せ。私の僕を殲滅することができたら、話を聞いてやろう」
白蛇が言い終わるや否や、周囲の草木が一斉に揺れ動いた。
そして、夥しい数のカッパが姿を現し
「グエッグエッ」
と奇怪な鳴き声を上げながら俺達を取り囲む。
そいつらは、絵本で見るようなユーモアあふれるカッパの姿とは全く異なり、獰猛な顔つきをしていた。
吊り上がった目でこちらを睨みながら、尖った歯を剥き出しにして少しずつ近付いてくる。
「ハルト君、早速なんだけどカッパの退治をお願いしてもいいかしら」
ヒカリは甘えるように俺の腕に手を添えながら、小首を傾げた。
俺は内心ビビりまくっていたが、こんなに可愛らしく頼またら断るわけにはいかない。
ひきつった笑顔を浮かべながら
「任せといて!」
と精一杯強がって見せた。
「ハルト、風の術を使え。印の結び方はこうだ」
レンが自分の手で見本をみせながら、俺の耳元で指示を出す。
「風の刃で切り付けたら、カッパが怪我するじゃないか」
俺が反対すると、レンは眉を吊り上げる。
「そんなこと言っている場合じゃないだろ! 地・火・空の術だと周囲への被害が大きくなる。風の術を使うしかない!」
「水の術にする」
そう告げると、俺は急いで携帯を取り出し、印の結び方を確認した。
「相手はカッパだぞ! 水の術を使ったって退治できない!」
いつもは冷静なレンが、怒りを露わにして叫ぶ。
俺はレンの言葉を無視して、水の術の印を結び
「唵 阿毘羅吽欠 娑婆呵」
と唱えた。
ゴォォと凄まじい音が響き渡り、麓の湖から水が空に吸い上げられていく。
そして滝のような水が上空から降り注ぎ、カッパだけでなく俺達も含めた周囲のものを全て押し流した。
濁流にのみこまれた俺の体を、誰かが力強く引き寄せる。
そのおかげで、俺は流されることなくその場に留まることができた。
大量の水は、カッパを連れて麓の湖へと流れ込んでいく。
呆然とする俺のすぐそばで、レンが水を吐き出しながらむせ返っている。
「大丈夫?」
びしょ濡れのヒカリが、俺に声をかけてきた。
どうやら、俺達を助けてくれたのはヒカリのようだ。
「あ……ありがとう、助けてくれて」
俺はそれしか言えなかった。
「どうして水の術にしたの?」
ヒカリが俺を見つめながら尋ねる。
「水の術なら、カッパを怪我させずに追い払えると思ったんだ。まさか自分達まで巻き込まれるとは思わなくてさ……本当にごめん!」
俺は土下座する勢いでヒカリとレンに頭を下げた。
「そいつ、頭おかしいな!」
甲高い声のした方を見ると、先程の白蛇が空中に浮いている。
「お前、名前は?」
白蛇に聞かれた俺は
「ハルト」
と答える。
「ハルト、本来ならお前みたいな甘っちょろい考えの奴とは手を組めない。だが、先程の術はなかなか見事だった。だから、もう一度だけ機会をやろう。今から私が言うことを実行出来たら、力を貸してやる」
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