3 / 31
第一部
妖怪屋敷
しおりを挟む
ヒカリは俺の部屋の中をぐるりと見回し、本棚に目を留めると上から下まで素早く視線を動かした。
本棚にはほとんど漫画しか並んでいなかったが、彼女は迷いなく端の方にある古文書に手を伸ばす。
それは父親の遺品を整理している時に見つけた古文書で、妖怪退治に役立ちそうだからと俺が譲り受けたものだ。
そこには、結界の張り方や術のかけ方などが書かれているらしいのだが、文字があまりにも達筆なので俺には何となくしか解読できない。
「欲しかったらあげるよ」
俺が言うと、ヒカリは驚きの表情を浮かべる。
「……どうして?」
「読んでもよく分からないんだよ」
俺の言葉に、ヒカリは突然笑い出した。
「だから封印の術が中途半端だったんだね。レン君の御札には強力な念がこもっていたから、もし封印の術が成功していたらあの妖怪は助けられなかったもの」
ヒカリに痛いところを突かれて、俺は恥ずかしくなってしまった。
そう、俺は自他ともに認めるポンコツなのだ。
父さんがこんなに早く死んでしまうとは思わなかったから、きちんと仕事を引き継いだわけではないし、まともな修行なんかしたことがない。
封印の術は、父さんの助手として妖怪退治を手伝った時のことを思い出しながら、見よう見まねでやっているにすぎない。
古文書なんて、ほとんど内容を理解できていないから、何となくこういうことだろうと適当に解釈しているだけだ。
だから、妖怪退治のふりをするだけでいいというヒカリの提案は、俺にとって渡りに船だったわけである。
それに、人間の都合で一方的に妖怪を封印するやり方には、ずっと疑問があった。
それぞれの世界で棲み分けができるなら、最高ではないか。
「そういえば、あの毛むくじゃらの妖怪は大丈夫だった?」
俺が封印に失敗した妖怪について尋ねると
「かなり弱っていたけれど、たぶん大丈夫。今いる場所にはエネルギーが満ち溢れているから、そのうち回復すると思う」
ヒカリは静かな声で答えた。
さっきまでの媚びた態度は影を潜め、今の彼女からは落ち着いた雰囲気が感じられた。
こちらがヒカリの本来の姿なのかもしれない。
「ハルト君て不思議な人だね。妖怪退治の仕事をしているのに弱った妖怪の心配をするし、私みたいな半妖とも普通に接してくれる。……どうして?」
ヒカリに聞かれた俺は、懸命に頭の中で答えを探した。
昔から物事を深く考えずに生きているから、突然「理由を述べよ」みたいなことを言われると困ってしまう。
「何だろう……上手く言えないけど、俺は妖怪が嫌いなわけじゃないし、仲良くできるならそれが一番いいなって思っているだけだよ」
アホな小学生男子みたいな答えになってしまったけれど、ヒカリは微笑んでくれた。
「私、ハルト君のそういうところ、好きだな」
彼女はそう言うと古文書を本棚に戻し、杖で空間を切り裂いた。
俺の目を見て
「また来るね」
と笑顔を見せ、ヒカリは切り裂かれた空間の中へと姿を消した。
残された俺は、
今の告白?
好きって言ったよね?
聞き間違いじゃないよね?!
と一人で興奮していた。
風呂へ入って布団の中に潜り込んだ後も、先程のヒカリの言葉が頭から離れなくて、なかなか寝付けない。
ヒカリと付き合って結婚して、子供が生まれれたら名前は何にしよう、などと妄想を膨らませているうちに、夜が明けてしまった。
徹夜で学校はキツいなぁと思いつつ起き上がると、上の方からスーッと茶色の物体が降りてきた。
「ひいっ」
思わず変な声が出る。
そいつの大きさは俺の顔と同じくらいで、枯れ葉や木の枝で全体が覆われていた。
宙に浮いているのかと思ったら、透明な糸のようなもので天井からぶら下がっている。
ミノムシみたいだなと思いながら指先でつつくと、中から牙をむき出しにした大きなイモムシが顔を出す。
俺が悲鳴を上げながら部屋を飛び出した時、二階の方で姉のユカリらしき叫び声がした。
急いで階段を駆け上がり、部屋のドアを勢いよく開けると、携帯を握りしめたユカリがベッドの上で仁王立ちしている。
「ドア……後ろ……」
震える声で言いながら、彼女は俺の背後を指差す。
おそるおそるドアの裏側を覗き込むと、壁とドアの間に二メートルくらいのムカデが挟まってグッタリしていた。
デカいしキモいし、俺はもう泣きそうになりながらユカリを部屋から連れ出して、母さんのいる寝室へと向かう。
寝室の中には、部屋の半分を埋め尽くすくらい大きな妖怪がいた。
巨大な犬のようにも見えるが、額からはツノが突き出し、目玉は顔の真ん中に一つしかない。
そいつは床にへたりこんでいる母さんに鼻先を近づけて、クンクンと匂いを嗅いでいる。口からはよだれがダラダラ流れ出ていた。
母さんは真っ青な顔をして身を固くしている。
何これ、絶体絶命の大ピンチじゃん。
一夜にして妖怪屋敷と化してしまった家の中で、俺は途方に暮れていた。
「あんた、何とかしなさいよ!」
冷や汗を流している俺の横で、ユカリが無茶を言う。
「御札もないし無理だよ! 囮になるものでもあれば、気を逸らしているうちに母さんを連れ出せるかもしれないけど……」
俺は周りを見回しながら、妖怪の気を引けそうなものが何かないか必死に探した。
「囮……」
ユカリはそう呟くと、思いきり俺を突き飛ばした。
不意を突かれた俺は、妖怪の前に倒れ込む。
その隙にユカリが母さんの手を取って部屋から逃げ出した。
「ごめん、ハルト! あとは任せた!」
ユカリは泣きながら母さんを連れて階段を駆け降りて行く。
酷いよ姉ちゃん!
俺が心の中で叫びながら顔を上げると、一つ目の獣と目が合う。
ああ、今日が俺の命日か。
こんな訳の分からない妖怪の餌になるなんて……。
そこまで考えたところで、ハタと気付いた。
こいつ、デカいよね。
デカすぎるよね。
部屋の入口、通れないんじゃない?
俺は素早く立ち上がると、一目散にドアの向こうへと駆け抜けた。
妖怪は追いかけてきたが、体がつかえて部屋から出てこられない。
助かった!
俺は階段を転がるように走り降り、玄関へと向かう。
「ハルト君」
サンダルを足に突っかけて、まさに玄関のドアを開けようとしたその時、後ろから呼び止められた。
振り返ると、ヒカリが笑顔で立っている。
「邪魔者はいなくなったし、今日から私、ハルト君と一緒にここで暮らしてもいいかな?」
こんな可愛い女の子と同棲できるなんて、夢みたいだ。
でも、今はそれどころではない。
「すっごく嬉しい申し出なんだけど、今ちょっと大変なことになっててさ。とりあえず、外に出ようか」
俺は早口で言うと、ヒカリ連れて家の外へ出ようとした。
だが、彼女は俺の言葉など聞こえなかったかのように踵を返し、俺の部屋に入っていく。
慌てて後を追うと、部屋の中央には先程と同じようにミノムシっぽい妖怪が天井からぶら下がっていた。
ヒカリはそいつを優しく撫でながら言った。
「この子はね、封印の解けそうな妖怪を察知して知らせてくれるの」
「……もしかして、二階にいる妖怪もヒカリちゃんが連れてきたの?」
俺の問いかけに、ヒカリは頷いた。
「何だ、ヒカリちゃんの仲間だったのかぁ」
俺は安堵のあまり、腰が抜けて床に座りこんでしまった。
本棚にはほとんど漫画しか並んでいなかったが、彼女は迷いなく端の方にある古文書に手を伸ばす。
それは父親の遺品を整理している時に見つけた古文書で、妖怪退治に役立ちそうだからと俺が譲り受けたものだ。
そこには、結界の張り方や術のかけ方などが書かれているらしいのだが、文字があまりにも達筆なので俺には何となくしか解読できない。
「欲しかったらあげるよ」
俺が言うと、ヒカリは驚きの表情を浮かべる。
「……どうして?」
「読んでもよく分からないんだよ」
俺の言葉に、ヒカリは突然笑い出した。
「だから封印の術が中途半端だったんだね。レン君の御札には強力な念がこもっていたから、もし封印の術が成功していたらあの妖怪は助けられなかったもの」
ヒカリに痛いところを突かれて、俺は恥ずかしくなってしまった。
そう、俺は自他ともに認めるポンコツなのだ。
父さんがこんなに早く死んでしまうとは思わなかったから、きちんと仕事を引き継いだわけではないし、まともな修行なんかしたことがない。
封印の術は、父さんの助手として妖怪退治を手伝った時のことを思い出しながら、見よう見まねでやっているにすぎない。
古文書なんて、ほとんど内容を理解できていないから、何となくこういうことだろうと適当に解釈しているだけだ。
だから、妖怪退治のふりをするだけでいいというヒカリの提案は、俺にとって渡りに船だったわけである。
それに、人間の都合で一方的に妖怪を封印するやり方には、ずっと疑問があった。
それぞれの世界で棲み分けができるなら、最高ではないか。
「そういえば、あの毛むくじゃらの妖怪は大丈夫だった?」
俺が封印に失敗した妖怪について尋ねると
「かなり弱っていたけれど、たぶん大丈夫。今いる場所にはエネルギーが満ち溢れているから、そのうち回復すると思う」
ヒカリは静かな声で答えた。
さっきまでの媚びた態度は影を潜め、今の彼女からは落ち着いた雰囲気が感じられた。
こちらがヒカリの本来の姿なのかもしれない。
「ハルト君て不思議な人だね。妖怪退治の仕事をしているのに弱った妖怪の心配をするし、私みたいな半妖とも普通に接してくれる。……どうして?」
ヒカリに聞かれた俺は、懸命に頭の中で答えを探した。
昔から物事を深く考えずに生きているから、突然「理由を述べよ」みたいなことを言われると困ってしまう。
「何だろう……上手く言えないけど、俺は妖怪が嫌いなわけじゃないし、仲良くできるならそれが一番いいなって思っているだけだよ」
アホな小学生男子みたいな答えになってしまったけれど、ヒカリは微笑んでくれた。
「私、ハルト君のそういうところ、好きだな」
彼女はそう言うと古文書を本棚に戻し、杖で空間を切り裂いた。
俺の目を見て
「また来るね」
と笑顔を見せ、ヒカリは切り裂かれた空間の中へと姿を消した。
残された俺は、
今の告白?
好きって言ったよね?
聞き間違いじゃないよね?!
と一人で興奮していた。
風呂へ入って布団の中に潜り込んだ後も、先程のヒカリの言葉が頭から離れなくて、なかなか寝付けない。
ヒカリと付き合って結婚して、子供が生まれれたら名前は何にしよう、などと妄想を膨らませているうちに、夜が明けてしまった。
徹夜で学校はキツいなぁと思いつつ起き上がると、上の方からスーッと茶色の物体が降りてきた。
「ひいっ」
思わず変な声が出る。
そいつの大きさは俺の顔と同じくらいで、枯れ葉や木の枝で全体が覆われていた。
宙に浮いているのかと思ったら、透明な糸のようなもので天井からぶら下がっている。
ミノムシみたいだなと思いながら指先でつつくと、中から牙をむき出しにした大きなイモムシが顔を出す。
俺が悲鳴を上げながら部屋を飛び出した時、二階の方で姉のユカリらしき叫び声がした。
急いで階段を駆け上がり、部屋のドアを勢いよく開けると、携帯を握りしめたユカリがベッドの上で仁王立ちしている。
「ドア……後ろ……」
震える声で言いながら、彼女は俺の背後を指差す。
おそるおそるドアの裏側を覗き込むと、壁とドアの間に二メートルくらいのムカデが挟まってグッタリしていた。
デカいしキモいし、俺はもう泣きそうになりながらユカリを部屋から連れ出して、母さんのいる寝室へと向かう。
寝室の中には、部屋の半分を埋め尽くすくらい大きな妖怪がいた。
巨大な犬のようにも見えるが、額からはツノが突き出し、目玉は顔の真ん中に一つしかない。
そいつは床にへたりこんでいる母さんに鼻先を近づけて、クンクンと匂いを嗅いでいる。口からはよだれがダラダラ流れ出ていた。
母さんは真っ青な顔をして身を固くしている。
何これ、絶体絶命の大ピンチじゃん。
一夜にして妖怪屋敷と化してしまった家の中で、俺は途方に暮れていた。
「あんた、何とかしなさいよ!」
冷や汗を流している俺の横で、ユカリが無茶を言う。
「御札もないし無理だよ! 囮になるものでもあれば、気を逸らしているうちに母さんを連れ出せるかもしれないけど……」
俺は周りを見回しながら、妖怪の気を引けそうなものが何かないか必死に探した。
「囮……」
ユカリはそう呟くと、思いきり俺を突き飛ばした。
不意を突かれた俺は、妖怪の前に倒れ込む。
その隙にユカリが母さんの手を取って部屋から逃げ出した。
「ごめん、ハルト! あとは任せた!」
ユカリは泣きながら母さんを連れて階段を駆け降りて行く。
酷いよ姉ちゃん!
俺が心の中で叫びながら顔を上げると、一つ目の獣と目が合う。
ああ、今日が俺の命日か。
こんな訳の分からない妖怪の餌になるなんて……。
そこまで考えたところで、ハタと気付いた。
こいつ、デカいよね。
デカすぎるよね。
部屋の入口、通れないんじゃない?
俺は素早く立ち上がると、一目散にドアの向こうへと駆け抜けた。
妖怪は追いかけてきたが、体がつかえて部屋から出てこられない。
助かった!
俺は階段を転がるように走り降り、玄関へと向かう。
「ハルト君」
サンダルを足に突っかけて、まさに玄関のドアを開けようとしたその時、後ろから呼び止められた。
振り返ると、ヒカリが笑顔で立っている。
「邪魔者はいなくなったし、今日から私、ハルト君と一緒にここで暮らしてもいいかな?」
こんな可愛い女の子と同棲できるなんて、夢みたいだ。
でも、今はそれどころではない。
「すっごく嬉しい申し出なんだけど、今ちょっと大変なことになっててさ。とりあえず、外に出ようか」
俺は早口で言うと、ヒカリ連れて家の外へ出ようとした。
だが、彼女は俺の言葉など聞こえなかったかのように踵を返し、俺の部屋に入っていく。
慌てて後を追うと、部屋の中央には先程と同じようにミノムシっぽい妖怪が天井からぶら下がっていた。
ヒカリはそいつを優しく撫でながら言った。
「この子はね、封印の解けそうな妖怪を察知して知らせてくれるの」
「……もしかして、二階にいる妖怪もヒカリちゃんが連れてきたの?」
俺の問いかけに、ヒカリは頷いた。
「何だ、ヒカリちゃんの仲間だったのかぁ」
俺は安堵のあまり、腰が抜けて床に座りこんでしまった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
時間泥棒【完結】
虹乃ノラン
児童書・童話
平和な僕らの町で、ある日、イエローバスが衝突するという事故が起こった。ライオン公園で撮った覚えのない五人の写真を見つけた千斗たちは、意味ありげに逃げる白猫を追いかけて商店街まで行くと、不思議な空間に迷いこんでしまう。
■目次
第一章 動かない猫
第二章 ライオン公園のタイムカプセル
第三章 魚海町シーサイド商店街
第四章 黒野時計堂
第五章 短針マシュマロと消えた写真
第六章 スカーフェイスを追って
第七章 天川の行方不明事件
第八章 作戦開始!サイレンを挟み撃て!
第九章 『5…4…3…2…1…‼』
第十章 不法の器の代償
第十一章 ミチルのフラッシュ
第十二章 五人の写真
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる