妖の森

熊猫珈琲店

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第二部

シグレの父

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「出発する前に、使えそうなものを調達してこよう」
 そう言うと、シグレはハヤテとロウゲツを引き連れて街の中心地に向かった。

 残されたユキは、地面に寝そべってくつろいでいるヒサギに話しかけた。
「ねえ、どうして私がシグレの質問に答えようとした時に邪魔したの?」

「何のことだ?」

「しらばっくれないでよ。何のことか分かってるでしょ? あなたは心が読めるんだから」

 ユキが怒ったように言うと、ヒサギは三つの目を閉じて沈黙した。

「寝たふりしてないで答えてよ」

「……シグレはユキに出会うまで、ひとりだった。長い年月の間、独りで孤独に耐えていたんだ。あいつは、妖魔でも人間でもない半妖だ。唯一の理解者であるべきシグレの母親も、シグレを残して妖魔の国へ行ってしまったからな」

「どうしてシグレのお母さんは、あの子を置いて行っちゃったの?」

「シグレの父親は、人間から妖魔になった男なんだ。かなり変わった奴で……妖魔や半妖が自由に暮らせる国を作ると言って、長い長い時をかけ、沢山の妖魔や半妖の協力を得て妖魔の国を作った」

「シグレのお父さんって、凄い人なんだね。でも……あの子、お父さんのこと嫌ってない?」

 以前、ハヤテから『父親にそっくりだ』と言われたシグレは、とても嫌そうだった。

「妖魔の国を作ったのはいいが、治めるのは大変だったんだ。そこでシグレの祖父と母親も妖魔の国へと渡り、祖父は妖魔のおさとして、母親は半妖の長として、妖魔や半妖どものいさかいをしずめたり、対立する者達を引き離してみ分けさせたりと、それぞれ治安に努めた。苦難の末に平安はもたらされたが、シグレの祖父と母は妖魔と半妖の均衡きんこうを保つために、妖魔の国を離れることが出来なくなってしまったんだ」

「シグレも妖魔の国で一緒に暮らせば良かったのに」

「シグレには、人間の世界でやらなければいけないことがあったから、連れて行けなかったんだ。ここに来る前、島へ行っただろう? あの島には大切な役割がある。人間界の封印から目覚めた妖魔は、妖力が枯渇して弱りきっているものや、憎悪の感情をつのらせて非常に攻撃的になっているものなど、問題を抱えているものが多い。そんな状態で妖魔の国へ送り込んでしまったら、秩序の崩壊を招く恐れがある」

「じゃあ、あの島は妖魔の国へ行く準備を整えるための場所ってこと?」

「そういうことだ」

 ヒサギの話を聞き終えたユキは、ふと疑問に思ったことを尋ねた。

「ねえ、妖魔の長がシグレのお祖父じいちゃんで、お母さんが半妖の長なら、お父さんは今、何をしているの?」

「分からん」

「え?」

「常にあちこちを飛び回っているから、どこで何をしているのかは誰も把握していない。妖魔の国で争いの火種を消し回っていたかと思えば、人間界に現れてシグレの手助けすることもある。前に顔を合わせた時は、冥府めいふの国で王の手伝いをしていると言っていたが……今もそこにいるのかどうかは不明だ」

「なんか……身近にいたら振り回されて大変そうだね」

「そうだな。奴は、いろんなことに首を突っ込んで引っ掻き回した挙句、後始末を他者に押し付けてまたどこかへ行ってしまう。はたからみれば、迷惑きわまりない愚か者だろうな」

 ヒサギはそこで一呼吸置くと、こう付け加えた。

「ただ、あいつは……シグレの父親は、我々のような者にも居場所を作ってくれた。存在を否定せず、受け入れてくれた。むこともおもねることもなく、対等の相手として接してくれたし、口先だけでなく、自ら人間であることを辞めて妖魔となり、我々と共にあろうとしてくれた。この世には信じられるものがあるのだということを、身をもって教えてくれたんだ。だから、あいつの息子であるシグレのことは、命をかけて守り抜こうと決めている」

「……じゃあ、私みたいにシグレを騙そうとしてる人間は許せないんじゃない?」

 ヒサギはその問いには答えず、三つの目玉でユキをじっと見つめた。

「私、妖魔になんて絶対になりたくないもん。シグレには悪いけど、お母さんを見つけたら人間の世界に帰りたい」

「……好きにすればいい。最後までシグレを騙し通してくれるなら、それでいい。シグレにとってユキは、唯一の存在だ。孤独な心に寄り添ってもらえたことで、どれだけシグレが救われたか……心を読まずとも分かる。ユキに願うことは、ただ一つだけだ。人間の世界に戻る時が来たら、『いつか必ず戻ってくる』とシグレに伝えてほしい。その言葉さえあれば、シグレはきっと千年でも万年でも孤独に耐えられるはずだ」

「……こんな話を聞いた後に、そんな嘘つけないよ」

「ならば、人間界に帰すための協力は出来ない。それだけの話だ」

 ヒサギはそこで話を打ち切った。
 ユキは返す言葉もない。


 そこへ、シグレ達が戻ってきた。

「使えそうなものを見繕みつくろって調達してきた。出発しよう」

 そう言うハヤテの腰には、膨らんだ布袋が紐で巻きつけられている。

 彼のすぐ後ろにいるロウゲツは、やたら大きな布袋を背負って苦虫を噛み潰したような顔で悪態をついた。

「何で俺の荷物が一番多いんだよ! こいつなんか何も持ってじゃないか!」
 ロウゲツに指をさされたシグレは、涼しい顔で
「当たり前だろ。僕はお前の主人あるじよりも偉いんだからな。ちゃんと言うこと聞かないと、砂粒にするぞ」
 と言って意地の悪い笑みを浮かべた。

 シグレの言葉がただの脅しではないと直感したのか、ロウゲツはぴたりと口を閉ざした。

「では、出発だ」
 ヒサギの声かけに、シグレとハヤテが大きく翼を広げる。
 ユキとロウゲツはヒサギの背に乗り、一行いっこうは氷の果樹園を目指して移動を開始した。
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