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ティータイムのお客様

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 午後三時過ぎ。

 三日月亭では、ティータイムになるとクロワッサンのフルーツサンドが食べられる。

 サクサクのクロワッサンに切れ目を入れて、カスタードクリームとホイップクリーム、それから季節の果物を挟んだフルーツサンドは、初めのうちこそ人気メニューだったものの、最近はあまり注文が入らない。

「だからぁ、カロリーが高すぎるんだってば。それにフルーツサンドなんて毎日食べるもんじゃないからさ、常連さんにはウケが悪いんじゃない? あと、大き過ぎて食べにくい。デカいクロワッサンに色んなフルーツを入れるんじゃなくて、ミニサイズにして一つ一つ違うフルーツを入れるとか、もう少し工夫しなくっちゃ」

 今年の春から高校生になったヤヨイは、三日月亭の店主である父親に辛口のアドバイスをしながら、店の手伝いをするためにエプロンを身に付けた。

「ヤヨイにそう言われて、父さんも考えたんだよ。ただ、ミニクロワッサンを使って沢山のフルーツサンドを作るのは時間も手間もかかり過ぎるから、色んな味のミニクロワッサンを焼いてみたんだけど……どうかな?」

 マスターはそう言いながら、バスケットに盛りつけられた色とりどりの小さなクロワッサンを、ヤヨイの方へと差し出す。

 ヤヨイはカウンター席に腰掛けて、ミニクロワッサンを一つ手に取った。

「このピンク色をしてるやつはイチゴ?」

「そうだよ。オレンジやレモン、ブルーベリーにバナナ、それから、抹茶やアールグレイなんかもあるよ」

「へぇ。カラフルで可愛いし、色んな味がちょっとずつ楽しめるから良いかもね。甘いのが好きなお客さんには、カスタードクリームとホイップクリームを別でオーダーしてもらえばいいし」

 ヤヨイが話している途中で、入り口の扉が勢いよく開いた。

 カランカランカランカラン。

 扉に取り付けられた鐘が大きな音を立てると同時に、不機嫌な顔をした中学生くらいの男の子が店に入ってくる。

「ちょっとコウヘイ! もう少し静かに入ってきなさいよ!」
 ヤヨイが叱りつけると、コウヘイと呼ばれた少年は
「うるせぇな。いいから早く、うちのババアが注文したクロワッサンを出せよ」
 と乱暴に言い放つ。

 コウヘイを睨みつけるヤヨイをカウンターの奥へ押しやり、マスターは彼を手前のテーブル席へ案内した。

「注文してもらったクロワッサンを包んでくるから、そこに座って待っていてくれる? あと、これは試作品なんだけど、もし良かったらどうぞ」

 そう言って、マスターはバスケットに盛られたミニクロワッサンをいくつか皿に取り分け、コウヘイの前に置いた。

 マスターが調理場の方へ行ってしまうと、コウヘイはクロワッサンを次々と口の中へ放り込み、あっという間に平らげてしまった。

 その様子を見ていたヤヨイが、カウンターの奥から呆れた声を出す。

「あんたって、本当に図々しいよね。ちょっとは遠慮しなさいよ」

「うるせぇバーカ」

「はあ?」

 喧嘩が始まりそうになった二人の間に、マスターが割って入る。

「お待たせ。ご注文のクロワッサン・ケーキだよ。コウヘイ君、お誕生日おめでとう。うちのクロワッサンを気に入ってくれてるんだってね。君のお母さんから、『三日月亭のクロワッサンで作ったバースデーケーキを息子に食べさせてあげたい』って頼まれて、特別に注文を受けたんだ。他の人には内緒にしておいてね」

「……分かった」

「ところで、さっきのミニクロワッサンはどうだった? ティータイムのメニューに加えようか迷っているんだけど」

 マスターの質問に、コウヘイは何か言いたげな表情で黙っている。

「正直な感想を言ってくれて大丈夫だよ。その方が、うちとしても助かるし」

 マスターがそう言って促すと、コウヘイはようやく口を開いた。

「さっきのミニクロワッサン……見た目は良かったけど、味はいつものクロワッサンの方が美味しいと思う」

「そうか……正直に教えてくれてありがとう。コストも手間もかかる上に、いつものクロワッサンの方が美味しいなら、メニューには追加しない方が良さそうだね」

 マスターがそう言うと、ヤヨイが口を挟んできた。

「ちょっと! せっかく作ったのに、たった一人の意見で新メニューを諦めちゃうなんて、もったいないじゃない!」

「諦めるわけじゃないよ。味の改善をするとか、別の案を考えるとか、出来ることは他にいくらでもあるだろう?」

 二人のやり取りを聞いていたコウヘイが、ためらいがちに口を開く。

「あの……クロワッサンを色んな味にしたいんなら、塗るものを変えてみれば? うちでも、テイクアウトしたクロワッサンはそのまま食べるだけじゃなくて、ジャムを塗ったりクリームチーズを塗ったりしてるよ」

「なるほど。それは良いかもしれないな。シナモンシュガーバターみたいに、色んな味のフレーバー・バターを作っておけば、好きな味を楽しんでもらえるし、何種類もの生地を作って焼くよりは手間もかからない」

 マスターがコウヘイの案を真剣に吟味し始めると、ヤヨイも話に入ってきた。

「どうせなら、ティータイムの間だけミニクロワッサンを食べ放題にしちゃえば? 色んな味のフレーバー・バターとミニクロワッサンをカウンターに並べておいて、お客さんが自由に選んで持っていけるようにするの。そうすれば、私達はドリンクを作るだけでいいし、他のオーダーが入っても対応出来るでしょ?」

「食べ放題か。採算が取れるか少し心配だけど、期間限定で試してみるのは有りかもしれないな」

「いいじゃん! やってみようよ」

 乗り気になったヤヨイが、マスターの背中を押す。

「よし、後でじっくり計画を練ろう。コウヘイ君、良いアイディアを思いついてくれてありがとう。助かったよ」

「そうだね、コウヘイのおかげだね。ありがと」

 マスターとヤヨイにお礼を言われたコウヘイは、居心地の悪そうな顔をして立ち上がり、ケーキの入った包みを持つと足早に店を出て行った。

「何よ、あの態度! 昔はもっと可愛かったのに!」

「ヤヨイだって、中学生の頃は似たようなもんだったじゃないか」

「はあ? 全然違うし!」

 ヤヨイが怒り出したので、マスターは
「それじゃ、父さんはフレーバー・バターの試作品をいくつか作ってみるから、お客さんが来たら声をかけてね」
 と言って、調理場の方へ行ってしまった。

 ヤヨイはコウヘイの座っていたテーブルの上を片付けると、カウンターに置きっぱなしになっていたバスケットを手に取り、ミニクロワッサンを一つ口に入れた。

 甘くて優しい香りが口の中に広がり、ヤヨイは思わず顔をほころばせた。
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