バーチャルアルファとオレ

コオリ

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番外編

酔っぱらいのワンコ〔前編〕

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そうくん、ごめんなさい!」

 悠吾ゆうごの家の玄関先で、そう言って勢いよく頭を下げたのは悠吾の秘書、八柳やなぎさんだ。
 その後ろには悠吾が立っているんだけど、いつもとどこか様子が違うというか――びっくりするほど無表情なせいか、綺麗すぎる顔がちょっと怖い。

「……八柳さん。どうしたんですか? 急に」

 突然謝られても、オレには意味がわからない。
 ちらりと悠吾の顔を見上げてみたけど、そっちもなんだか様子がおかしかった。
 いつもだったら、すぐに合うはずの視線は合わないし――本当にどうしたんだろう?

「あの……実は今日、専務のご友人が来られていて――先ほどまで一緒に食事をとられていたんですが」
「確か、大学の時の友達が来るって」
「はい」

 オレの言葉に、八柳さんが神妙な表情で頷く。
 友達とご飯に行く話なら、オレも悠吾から聞いていた。
 だからいつもより帰りが遅くなるけど、それでもよかったら家にいてほしいって言われて、こうして待っていたんだけど。

「もしかして、その人となんかあった……とか?」
「いえ。そんなことはなくて……ただ、かなり飲みすぎてしまったみたいでして」
「……へ?」
「専務ってお酒には強いんですけど、あまり顔色が変わらないせいで、酒量を把握するのが難しくて。それでも、いつもはご自分できちんと調整されているんですけど、今日はどうやらご友人に飲まされてしまったみたいで――」

 ――え……ってことは悠吾、酔っ払ってるってこと?

 そんな風には、全然見えない。
 普通にまっすぐ立っているし、顔が赤いとか、目が充血しているとか――父さんが酔って帰ってきたときみたいな、わかりやすい見た目の変化はない。
 ただ、いつもより表情が乏しいっていうか、不機嫌そうっていうか。
 そのせいで、いつもより美形が際立っている気はするけど。

 ――これが、酔っ払い?

 思わず観察するように、悠吾の顔をまじまじと見上げる。八柳さん越し、少し離れたところに立っている悠吾は、いまだにオレと視線を合わせてくれなかった。
 なんか、こっちを見てくれないの……ちょっと嫌なんだけど。

「悠吾――大丈夫?」

 玄関扉の前に立つ悠吾に、近づきながら声を掛ける。
 ようやく、悠吾の視線がオレのほうを向いた。じっと見つめてくる表情は、やっぱりいつもと違ってどこか冷たい。
 悠吾はオレを見て、一瞬目を細めた後、無言のまま首を傾けた。

 ――あ、ほんとだ。お酒くさい。

 空気が揺れて、ふわりとアルコールの香りが鼻を掠めた。
 八柳さんの話を信じていなかったわけじゃないけど、今の匂いで悠吾が酔っ払っているという事実に、急に現実味が増す。

 ――でも、それ以外はいつもと変わんないな。

 普段の悠吾を知らなければ、誰もこれが酔っ払いだとは思わないだろう。
 珍しいものを見るように観察していたら、今までほとんど動かなかった悠吾が急に動いた。
 オレのほうに近づいてきて、ぴたりと身体を寄せたかと思えば、抱きしめるように背中に腕を回してくる。
 そのまま、唇を塞がれた。
 
「……ぅ、んんッ」

 ――え、待って。八柳さんがまだ目の前にいるんだけど?!

 悠吾はそんなこと全く気にしていないのか、そのままオレの口の中を舌で蹂躙し始める。
 静かな玄関に、くちゅりと濡れた音が響いた。

「ふ、……んぁ」

 やめてほしくて必死で身体を押し返すけど、オレの力じゃどうにもならない。
 身体を捻ろうとしただけ、余計に悠吾の腕に力がこもる。

 ――アルファって、マジで力強すぎ。

 痛くはないけど、これじゃ全然動けそうにない。
 密着してくる悠吾の身体はいつもより熱かった。お酒のせいだろう。
 ふわりと香ってくるアルコールとフェロモンの匂いのせいで、だんだん頭がぼーっとしてくる。

 ――いや、だめだって。

「ん、ぁ……ッ、ゆう、ご」

 息継ぎの合間に名前を呼んでみたけど、全然聞こえていないみたいだった。
 制止したいのに、うまくいかない。
 それどころか、するりと腰骨を撫でられただけで、オレの身体は勝手に反応してしまう。

 ――こんなの、誰かに見られんのは嫌なのに。

 快感に震える身体を誤魔化しながら、居心地の悪さにチラチラと八柳さんのほうに視線を向ける。
 そんなオレの行動が気に入らなかったのか、悠吾はゆっくりと唇を離すと、不機嫌そうに眉を顰めた。こんな風に苛立っている悠吾を見るのは初めてかもしれない。

「――八柳、いつまでいるつもりだ」
「……っ」

 悠吾の冷たい声に、どきりと鼓動が跳ねた。
 言われたのはオレじゃない。わかっているのに、ぎゅっと胸が痛くなる。悠吾の身体にしがみつく腕に力を込めると、それに気づいた悠吾がオレの頭に手を乗せた。
 髪を梳きながら撫でる手の優しさは、いつもと変わらない。

「奏くん」
「あの……大丈夫なんで」

 八柳さんは最後まで心配そうだったけど、オレがそう返すと、手に持っていた悠吾の荷物を玄関に置いて帰っていった。
 これで、悠吾と二人きりだ。
 扉が閉まった後も、酔っぱらいの悠吾はオレを腕の中に閉じ込めたまま、離してくれない。

「……悠吾。リビングのほうに……っ、うわ」

 言い終える前に抱き上げられていた。
 酔っ払いのはずなのに、リビングに向かう悠吾は全くふらついたりする様子もない。それでも落とされたりしたら嫌なので、オレはいつもよりしっかりと悠吾の身体にしがみついた。


   ◆


 ――やっぱり、まだ……いつもとなんか違うよなぁ。

 リビングに着いて、抱っこからは解放してもらえたけど、悠吾はオレの傍から離れてくれない。
 家の中だっていうのに片手は繋いだまま、じっとオレの顔を見つめてくる。
 さっきみたいに存在を無視されるよりはいいんだけど、相変わらず無表情のままだから、ちょっと反応に困るっていうか、なんていうか。
 
 ――どうしたらいいんだろ、これ。

 目を逸らすと少し不機嫌になるような気がして、オレからも悠吾の顔を見つめ返した。
 この美形にも、前よりは慣れてきた……と思う。
 まだ、不意打ちの笑顔を直視するのは、眩しすぎて無理だけど。

「奏」
「ん? どうした?」

 急に名前を呼ばれた。
 帰ってきてから、悠吾がオレの名前を呼んだの、これが初めてな気がする。
 それだけのことなのに嬉しくなって、繋いでいた悠吾の手をぎゅっと握る。堪えきれずに頬を緩めていると、その頬に悠吾の唇が触れた。
 ちゅ、ちゅ、と戯れるみたいに何度もキスを落としてくる。

「……ねえ、奏。脱がせて」

 ――んんん?

 何を言われたのか、一瞬わからなかった。
 きょとんと見つめ返していると、もう一度「脱がせて」と顔を近づけて囁かれる。ついでに鼻先に、ちゅっとキスを落とされた。
 ようやく意味を理解して、慌てて首を横に振る。
 そんなオレを見て、悠吾が不満そうに唇を尖らせた。

「だめ?」
「だめっていうか、何言ってんだよ」
「……じゃあ、ネクタイだけでいいから」

 会話は通じてると思う――けど、なんだかいつもの悠吾と違う。
 話し方はいつもよりゆっくりだし、何より言っていることがいつも以上に訳がわからない。
 これはまさしく、酔っ払いだ。

「それも、だめ?」
「わかったよ……ネクタイだけな」

 酔っ払い相手に真面目に取り合っても意味がない――そうオレに教えてくれたのは、いつも酔っぱらった父さんの相手をしている母さんだ。
 父さんも結構な絡み酒だった。
 普段はあんまり自分から話しかけてこないタイプなのに、酔っぱらうと途端に周りに絡み始める。
 そう、今の悠吾みたいに。

 ――いや、悠吾はちょっと違うかな。

 八柳さんに絡んでいる様子はなかったし、もしかしてオレに対してだけこんな感じなのかな。
 それはそれでまあ、じゃれついてくるワンコみたいで、可愛い……かも?
 繋いでいた手を解いて、悠吾の首元に指先を近づけた。こうやって誰かのネクタイを外すのは初めてだから、なんだか無駄にドキドキする。
 距離の近くなった悠吾の顔を見ないようにしながら、結び目に手を掛けた。
 結び目を通っているネクタイの片側をしゅっと引き抜くと、はらりと自然に結び目が解ける。

 ――あ、悠吾の匂い。

 外したネクタイから、フェロモンの香りが漂ってきた。
 濃くはないけど、一週間ぶりの番の香りに本能が強く反応する。鼻を近づけて嗅ぎたくなる衝動を必死で堪えながら、ネクタイを近くに椅子の背に引っ掛けた。

「……ほら、これでいいだろ」
「うん」

 まだ何か駄々をこねるかと思ったのに、悠吾は意外に素直だった。
 約束どおり、あとの服は自分で脱ぎ始める。
 それをじっと見ているのもなんだか居心地が悪くて、強引に悠吾から意識を逸らすため、オレは自分の特等席であるリビングのソファーに腰を下ろした。
 別に何をするわけでもなくスマホを弄っていたら、ジャケットを脱ぎ終えた悠吾がシャツの襟元を寛げながら、オレの前にやってくる。

「どうして、俺から離れるの?」
「別に、近くで見てる必要ないかと思って」
「あるよ。寂しい」

 今度は、やけにベタベタくっついてきた。
 オレの隣に座って身体を押しつけながら、くんくんと頭の匂いを嗅いでくる。

「ちょっと、やめろって」
「やだ。奏の匂い、嗅ぎたい」

 先にシャワーは浴びておいたので臭くはない、はず。
 気持ち的にはめちゃくちゃ恥ずかしいけど、これ以上抵抗してもややこしくなりそうなので、そのまま酔っ払いの悠吾の行為を受け入れることにする。

 ――ほんと、ワンコだ。

 でっかいワンコの相手をしていると思えば、たぶん大丈夫。
 ほのかに香ってくる悠吾のフェロモンをこっそり楽しんでいると、しばらくして、ようやく満足したのか悠吾がゆっくりと身体を離した。

「奏、喉乾いた」
「オレの飲みかけでよかったら、ペットボトルの水がそこに――」
「飲ませて」

 ――ちょ、っと!!

 この酔っ払い、予想以上にタチが悪いのかもしれない――っていうか、自由すぎる。
 でも、悠吾のこんな姿を見ることは滅多になさそうだし……そう考えれば、少しぐらい付き合ってやってもいいかって気持ちになってくる。
 テーブルの上に置いてあった、飲みかけのペットボトルを手に取る。
 蓋を開けて悠吾の口元に近づけようとしたのに、ペットボトルの口が悠吾の唇に触れる前に、ふいっと避けられてしまった。

「ちょ、動いたらこぼれるじゃん」
「違う」
「……は? 違うってなんだよ」
「これ」

 ふにり、と悠吾の指先がオレの唇に触れる。

「――口移しで飲ませて?」
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