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人間動物園の洗礼 2
しおりを挟むこれをつけられているのに、あれだけ暴れていたとは恐れ入る。
そこから痛みを与えられる恐怖がないのだろうか。いや、もしかすると、まだそれの痛みを知らないだけなのかもしれない。
そこをじっと眺めていたら、その視線を遮るように青年が手で自分の股間を隠した。
顔を上げると衣吹の方を睨む青年と目が合う。
「何見てんだよ、てめえ」
「……いや、別に」
「つか、これなんなんだよ」
ようやく青年から衣吹にも答えやすい質問が飛び出した。
衣吹はベッドの上で座りなおすと青年の質問に答えるために口を開く。
「それは調教具だよ。ここに入る個体が必ずつけられるものだ。説明はされなかった?」
「ちょうきょう……なんだそれ。聞いてねえ」
「普通はつけられるときに説明されるんだけどね。君は違ったのか」
ふむ、と衣吹は顎に指で触れる。
まさか、自分が初めて面倒を見る新入りが、普通の新入りとは何もかも違うとは。
普通ここに連れて来られる人間は自分の置かれた環境を理解している。いや、理解させられてから連れて来られるといったほうが正しい。
それでも実際にこの場所に連れて来られれば、そのあまりに異常な環境に往生際悪く喚いたり、泣き叫んだりという者がほとんどだった。
皆、ここがどんな場所で何をさせられるかは理解しているくせに。
最初は彼もその類かと考えていた。
わかってここに来たくせに、あんな風に叫んでいるのかと。
だが、確かに彼が喚き散らしていた内容は普通の新入りとは違った。
全く何も知らされていない様子に思えた。
事情も知らずここに連れて来られ、この檻の放り込まれるケースがあるとは知らなかったが、少なくとも彼はそうなのかもしれない。
―――でも、それにしては落ち着いているな。
何の事情も知らされていないのだとしたら、青年は落ち着いているほうだと言えた。
ここは間違いなく異質で異常な場所だ。そのことは衣吹も理解している。
混乱した青年が先ほどまで黒子にそうしていたように、今度は衣吹を罵倒したり、この檻の中で暴れまわっても全くおかしくはなかったが、彼がそうする様子はなかった。
その話し方や態度は乱暴だが、衣吹の話を聞くつもりはあるらしい。
今も考えるように黙り込んだ衣吹を無駄に急かすことはしないで、じっと衣吹の出方を窺っている。
「じゃあ、君はここがどういう場所なのかも全く聞いていないということかな?」
「……あぁ」
一応確認してみれば、予想していたとおりの返答だった。
本当に一から説明するしかないらしい。やはり今夜はもう眠れないかもしれない。
「とりあえず、座らない?」
「いい」
「……そう」
椅子を勧めたが断られてしまった。
衣吹はベッドに腰かけたまま、檻に凭れて立つ青年の方をじっと見上げる。
「……ここは動物園だよ。やっていることは普通の動物園と同じ。檻の中の生き物が客を楽しませるための場所。ただ、僕らは動物を見る側ではなく、動物として見られる側。遊びに来た客を楽しませる側になる」
「―――動物園……ここが? 俺たちが、見られる側……?」
誰が聞いても理解の難しい話だというのに、青年は一度でその言葉を理解してくれたらしい。
いや、未だ信じられない様子だが、言葉の意味はきちんと伝わったようだ。
「僕らの仕事は調教師の言うことを聞いて、客を楽しませることだ。正しくその命令を守れば何の問題もない。最低限の生活は守られ、報酬が支払われる。君もここに来たということは少なからず借金があるのだろう? それも、普通に働くだけでは支払えないほどの借金が」
衣吹のその言葉に青年は視線を一瞬彷徨わせたが、その後こくりと頷いた。
連れて来られた経緯は他の新入りと違うようだが、その原因は普通の新入りたちと何も変わらないらしい。
皆、金が必要でここにいる。それ以外の理由はない。
「報酬が必要なら、調教師の命令に逆らわないことだ。調教師の命令に逆らった場合、調教具が作動し苦しめられることになる」
「調教具……さっきも言っていたな。これがそうなのか」
「そう、それ。調教って言葉はわかるよね。動物を躾けるためにするあの調教だ。そのための道具だよ。君の股間につけられたそのリングは、僕ら個体を躾けるためにつけられた道具なんだ」
衣吹の言葉に青年はぐっと眉を顰めた。
その気持ちはわかる。
この場所がどんな場所なのかを知って入ってきた衣吹でさえも、この調教具を付けられたときには驚いたものだ。
ここで衣吹たちは人間的な扱いは受けない。あくまで動物園の動物として扱われる。
それをよしとするのは、他ではありえないほどの多額の報酬を短期間で受け取れるからだ。それがなければ、誰もこんなところに来るはずがない。
ここで報酬を得るための契約を交わすと、すぐに衣服や持ち物の全てを奪われる。
残されるのは自分の身体一つだけ。その状態でまず、調教具と呼ばれるリングが股間に装着される。
調教具の一番の用途は、個体が自由に射精を行なえないよう管理することだ。これを付けられると調教師の許可が下りない限り、射精は絶対にできないようになっている。
一体どういう仕組みなのかはわからないが、限界まで勃起させた状態でずっと射精を禁止されるのは地獄でしかなかった。
最初は我慢できると高をくくって調教師に反抗する個体もいるが、調教師はその名のとおり調教のプロ。
個体が苦しむように責めるのはお手の物だ。
従順な個体として躾けるために、時には道具や薬を使われ、快楽という名の苦痛が与えられる。その苦しみから解放されるためには調教師の命令を聞くしかなく、そうやって心も身体も躾けられていくのだ。
そしてある程度まで使えるようになれば、展示用の動物として客の前にお披露目される。
ガラス越しとはいえ人前でいかがわしい行為を見せつけるのが、ここでの仕事だった。
「それを付けている間は調教師の命令に背かないことが一番だ、とだけは説明しておく。君には無駄かもしれないけれど」
「……お前も、つけられてるのか」
「そうだよ。僕もここで飼われている個体だから」
「さっきから言ってるその、個体っつうのは?」
「ここでの僕たちは人としては扱われない。それ以下の生き物として、個人ではなく個体と認識されている。少なくとも、調教師やここに来る客にとっては」
ちっ、と舌打ちが聞こえた。
理不尽な扱いを受けるだろうことを想像して、怒りを覚えたのだろう。その表情は歪んでいた。
何度か檻に対してその苛立ちをぶつけようと拳を震わせていたが、結局それが檻に向かって振り下ろされることはなかった。
理不尽だが今更どうすることもできないということも、彼は理解しているらしい。
「ほかに質問はある?」
「―――……わかんねえ」
長く逡巡した後、青年が吐き出すようにそう言った。本当に何を聞くべきか、その質問すらまとまらないのだろう。
その表情からも困惑が窺える。
「じゃあ、僕から質問してもいいかな」
「……あ?」
「君の名前、まだ聞いてなかったと思って」
調教師がここに来れば、自ずと青年の名前は知れる。だがその前に、青年からその名前を聞いておきたかった。
衣吹の質問に青年の眉間の皺が一瞬深くなる。
くしゃりと自分の髪に指を差し込み掻き混ぜてから、青年はぽつりと言葉をこぼした。
「陣」
「……陣か。僕は衣吹だ。よろしく」
さっきも名乗ったが、一応もう一度名乗っておく。あのタイミングではきっと聞き逃されているだろう。
陣は口の中で「衣吹」と繰り返したあと、じっと衣吹の方を見る。
少し垂れ目がちな色素の薄い瞳は、やはりどこか猫科の獣のような印象を抱かせた。
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