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番外編《ギルド長の憂鬱》

02

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「エラン」

 声を掛ける前から、エランはイェンゼンのほうを見ていた。
 隣の男は先ほど一度視線を向けて以降、一度もこちらを見ていない。今もだ。
 エランは小さく頭を下げるだけだった。あまり親しい間柄ではないのだから、いきなり話しかけてきたギルド長に対する態度はそんなものだろう。

「何か用か?」

 エランは相変わらず無愛想な話し方だった。警戒心も強い。
 しかし、隣にいる男に対しては何も警戒していないようだった。それどころか、珍しく心を許しているようにも見える。エランにしては珍しい。

「お前の連れている男がちょっと気になってな」

 イェンゼンは隠すことなく答えた。視線を隣の男のほうに向ける。
 男もようやくイェンゼンを見た。
 こちらを観察するような視線だった。

「これは俺の連れだ。今日はコイツの冒険者登録をしに来た」

 連れ、そう言いながらエランは顎で隣の男を差した。
 その言葉を聞いて隣の男がエランを見て一瞬驚いたように目を見開く。だが、イェンゼンにとってはそんなことよりも、今のエランの発言のほうが驚きだった。

「――冒険者登録ぅ?」

 予想外の言葉に、イェンゼンは素っ頓狂な声をあげた。



   ◇



「それでは、模擬戦を行う。これは試験のようなものだが勝敗は特に重要視してない。お前の戦い方を見せてくれればいい」

 普通、冒険者登録に模擬戦による試験などはない。
 ただ明らかに高ランクになると思われる志願者の場合には、こうして模擬戦による試験を行うことがあった。あとは、イェンゼンが純粋に戦ってみたいと思った相手だった場合にもだ。
 今、目の前にいる男は後者だった。
 いや、間違いなく前者でもあるが、イェンゼンの気持ちは男に対する純粋な興味のほうに傾いている。

 ――まさか、この男が冒険者ですらないなんて。

 予想もしていなかった。
 さらには傭兵などの経験もないという。こういった戦闘についても初心者だと言っていた。
 そんなこと、イェンゼンは信じていなかったが。
 この模擬戦の観客はエランのみ。闘技場の中にその他の人影はない。人払いをしておいたからだ。何故か、この男との戦闘を他の冒険者に見せたいとは思わなかった。
 男はルチアと名乗った。エランと寝食を共にしている相手らしい。
 そういえば、イェンゼンが街をしばらく不在にしている間にエランは金銭絡みの騒動に巻き込まれたようだった。その借金完済後、今まで定住していた宿を引き払い、裏通りに住み始めたと聞いている。

 ――その同居人ということか。

 エランの借金は相当な金額だったと聞いた。それもどうやら質の悪いゴロツキどもに嵌められたらしいと。だがエランはその大金を期日に遅れることなく返済した。
 その金を稼いだ方法についてエランは口外しなかったようだが、もしかすると、このルチアという男がそれに絡んでいるのかもしれない。

 ――まぁ、これはただの勘だがな。

 だがこれまでの経験上、イェンゼンの勘は当たることが多い。

「もう始めても?」
「あぁ」

 返事をしながら、イェンゼンはルチアの得物を確認した。見事な長剣だ。
 魔術師のような見た目から、杖を得物とするかと思っていただけに少々の驚きはあったが、その長剣はルチアの手に妙にしっくりと馴染んでいた。
 戦いに慣れていないというのはやはり嘘だろう。
 イェンゼンの得物は片手剣だった。
 普段はもう片方の手に盾を持つが、今日の剣のみを装備していた。相手を観察するための模擬戦だ。
 盾は邪魔になるだけだろう。

「さぁ、かかってこい」

 イェンゼンがそう言葉を発した瞬間、空気が変わった。
 ルチアの持つ長剣の周りに魔力が生じる。やはり魔術を使うらしい。剣を媒介させるというのは珍しいが、あれがルチアの杖代わりなのだろう。

 ――それにしても、すごい魔力量だ。

 魔力の量はほぼ生まれ持った素質で決まる。
 個人の努力で伸ばすことも可能だが、一から十を目指すことはできても、そこから百や千を目指すことはほぼ不可能だ。
 エルフは確かに魔力の素質の高い者が多い。イェンゼンの知るエルフにも何人も魔術師はいた。

 ――やはり、この男。エルフ族なのか?

 しかしエルフの魔術師なのだとすれば、近接であるイェンゼンとの戦闘はあちらに不利すぎたかもしれない。エルフ族は元々近接での戦いを好まない者が多い。その上、魔術師ともなれば尚更だ。
 魔術を使うには詠唱が必要になり、それには決まって時間がかかる。
 その時間を稼ぐために前衛がいるのだ。
 無詠唱で発動する方法がないわけではない。
 だが、その場合は魔法陣を使うか、魔術具を用意する必要がある。実戦ではそれもありえるだろうが、模擬戦でそこまですることはないだろう。
 今回は前者を準備する時間はなかっただろうし、後者では金がかかりすぎる。
 この隙に襲い掛かることもできる。だが、今日は相手の実力を見るための模擬戦だ。ルチアの魔術の発動を待ってから動いてもいいだろう。
 そう思った瞬間だった。
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