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幕間*二人が出会う前の話
side ルチア
しおりを挟む見世物小屋の外に出るのは久しぶりだった。
あの場所はとても落ち着く。ルチアにとってそうなるように、シュカリが設えてくれた場所だからだろうか。
奇天烈な者たちが集う場所。
演者も従業員も客も。全てが珍妙な者ばかりのあの場所にいれば、自分が異質な存在であることが少し誤魔化せるような気がした。
だが、あそこばかり引きこもっていると、たまにこうして外に出たくなる。外と言っても本当の意味で外に出ることは稀だったが。
特に何か理由があるわけではない。
ただ、急にふらっと転移扉をくぐりたくなる。
ルチアは窓に近づくと、外開きのその窓を大きく開け放った。
長く開いていなかったはずなのに、その窓はすっと音もなく開く。あの変わり者の魔族の老人は、こんなところまできちんと手入れをしてくれているらしい。
窓を開いたが、ルチアはそこから身を乗り出すことはしない。
その近くに立って、そっと下に広がる街の風景を眺めるだけだ。
そこには人の営みがある。
ルチアが一生関わることのないだろう、人間たちの世界だ。
いや、人間だけではない。ここにはエルフ族や獣人族など他種族も暮らしている。
だが、その中に魔族はいない。いや、いるかもしれないがその数は極端に少ない。ルチアと同じ半魔となれば猶更だ。
ルチアは半分は人間だ。だが、そう言われても、その実感はまるでない。
どちらかといえば、魔族の方が自分には近いように感じる。しかし、それも厳密には違う。
半魔はそのどちらとも違っていて、そのどちらにも劣る不安定で異質な存在だ。
こうして人間の営みを眺めていると、自分の異質さを意識せずにはいられない。
だが、ルチアはこうして人々の眺めることが嫌いではなかった。
それを眺める自分の中にある感情まではわからない。
あの中に混ざりたいというわけでもない。
ただ、時折こうしてぼんやりと眺めてみたくなる。それだけだった。
* * *
騒がしい声と音が聞こえた。
この建物はこの街の中でも裏通りと呼ばれる場所に建っている。はみ出し者が集まるそこでは、怒鳴り合う声や悲鳴が聞こえることは珍しいことでもなんでもない。
だが、今ルチアが開いている窓はその反対側。表通りが見える場所だった。
こちら側がこんなにも騒がしいのは、珍しいような気がした。
男たちの怒声に何かが壊れる音が重なった。人間の女の悲鳴のようなものも聞こえる。
普段のルチアなら、こんなものをいちいち気にかけたりはしない。
だが、今日はなんだか気になった。
音の聞こえた方をじっと見る。
ただ見ているだけではない。その目に魔力を帯びさせて、遠見の術を発動させた。
遠見の術は文字通り、遠くの風景をすぐ目の前の光景のように覗くことのできる魔術だ。
その視界に一人の青年が映った。
別段、他と異なっているわけではない。特に目立つ容姿をしていると思わない。
でも、何故だか気になった。
その意思の強そうな黒い瞳から、目が離せなくなった。
青年は見るからに粗暴そうな男たちと戦っていた。青年側は一人、男たちは四人だった。
小柄で一見弱そうに見える青年だったが、戦いの腕は立つらしい。
人数で勝っている相手とも危なげなく戦っている。俊敏さを生かした、清々しいまでの戦いっぷりだった。
暫くの攻防の後、逃げ出したのは男たちの方だった。
遠見の術しか使っていないので、声までは聞こえてこない。だが恐らく、逃げる間際に男の誰かが暴言を吐き捨てていったのだろう。
青年は男たちの背中を見ながら、酷く不機嫌そうに眉を顰めていた。
―――どうして、こんなに気になるんだろう。
青年から目が離せない。どこにでもいるような青年なのに。
あの黒い瞳が何かを思い出させる。でも、それが何かまでは思い出せない―――。
ルチアは遠見の術を解いた。
開いていた窓を閉じて、近くにあった椅子に腰を下ろす。
背もたれに体を預けると、照明を絞った薄暗い部屋の天井を見上げて、ふぅっと小さく息を吐き出した。
なんだか今までに感じたことのない、不思議な気持ちだった。
何か胸の内に残っているような……それでいて、不快なわけでもない。
―――一体、これはなんだろう。
そのまま、目を閉じる。
思い出すのは、さっき見たばかりの青年の姿。その瞳の色。
どこか懐かしく感じるそれを思い出しているルチアの顔には、優しい笑みが浮かんでいた。
だが、そのことにはルチア本人も気付いていなかった。
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