【完結】魔王の贄は黒い狐に愛される

コオリ

文字の大きさ
上 下
64 / 68

64 新しい器 *

しおりを挟む

 ――あ、これ……紫紺の匂いだ。

 深い眠りから、最初に覚醒したのは嗅覚だった。
 もっとたくさん紫紺の匂いを感じたくて、香ってくる場所を探す。

「目が覚めた?」

 声が聞こえた。紫紺の声だ。
 たぶん、すぐ近くにいる。
 返事をしようとしたが、声がうまく出せなかった。

 ――あれ、僕の身体……どうなってるの?

 匂いと音は感じるのに、それ以外の感覚がない。

 ――え、どういうこと?

 身体の感覚がないなんて異常事態だ。
 アロイヴは一瞬にして、パニックに陥っていた。

「イヴ、慌てないで。俺が手を握っているのがわかる?」

 ――……あ、わかる。

 落ち着いた声とともに、紫紺の体温を感じた。
 そこが、手なのだろう。
 自分の意思では動かせないが、紫紺が指を絡め、優しく握り込む感触が伝わってくる。

「じゃあ、これは?」
「……っ」

 唇に柔らかいものが触れた。
 手と同じく、ここにあるのだと教えるように、ゆるゆると表面をなぞられる。

「……ん」

 気持ちよさに喉が鳴った。
 紫紺の触れている場所から少しずつ、自分の形を思い出していく。
 じんわりと全身に体温が戻っていくような、不思議な感覚だった。
 重い瞼をこじ開ける。
 至近距離から、こちらを見下ろす紫紺と目が合った。
 どうやら、ベッドに仰向けで寝かされていたようだ。首から下にはシーツがかけられている。
 紫紺は、そんなアロイヴのすぐ横に座っていた。
 微笑みかけられ、ほうっと息が漏れる。

「おはよう、イヴ」
「……お、ぁ」

 おはようと返したつもりだったのに、うまく言葉が出てこなかった。
 声は細く掠れてしまっているし、呂律も回らない。
 まるで、話し方を忘れてしまったようだ。

「うまく話せない?」

 紫紺の問いに頷く。
 不安が顔に表れていたのか、紫紺の手が優しく頬に触れた。

「新しい身体は馴染むまで、少しかかるから」

 そう言いながら、顔を近づけてくる。
 さっきもしたように、柔らかく唇を重ねた。
 唇同士を擦り合わせた後、舌先で唇の境目をなぞる。くすぐったさにアロイヴが唇を開くと、その隙間から舌を滑り込ませてきた。

「ふ……ぁ」

 紫紺のキスは気持ちいい。
 不安な気持ちは、すぐにどこかに消え去っていた。
 アロイヴからも求めるように舌を絡める。
 紫紺の舌を吸うと、唾液と一緒に魔力が流れ込んでくる。

 ――あれ……前と、なんか違う。

 うまく言語化できないが、今までしてきたキスとは何かが違っている気がした。

「これでどう? 話せるようになったんじゃない?」
「ん……あ、話せそう」

 紫紺の言うとおり、声が出せた。
 キスの気持ちよさで意識はとろんと蕩けていたが、何度か発声して確かめてみる。

「魔力の流れに問題があったみたいだね」

 キスのおかげで、その問題が解決したということだろうか。
 首を傾げながら、紫紺の顔を見上げる。

「さっき、新しい身体って言ってたけど……僕の身体、前とは違うの?」
「そうだよ。前のイヴの身体は、俺が全部食べちゃったからね」
「……っ」

 ぞくっ、と身体の奥から震えが走った。
 怖かったからではない。
 紫紺が淫靡な表情で笑って、舌舐めずりをしたからだ。

「イヴ、嬉しいの?」
「……うん」

 魔王の贄として食べられたことが嬉しいなんて、おかしいのかもしれない。
 でも、紫紺を満たせたのが自分であったことが、とても嬉しくて誇らしかった。

「可愛い、イヴ」

 紫紺が覆い被さるように、身体を密着させてきた。
 上半身のシーツをめくり、顔だけでなく、首から鎖骨にかけて、いくつもキスを落としてくる。

 ――え、待って……僕、裸?

 シーツの下から現れたアロイヴの身体は、一糸纏わぬ姿だった。
 気づいて、羞恥に全身が熱くなる。

「紫紺、待って……」

 慌てて紫紺の身体を押し返そうとしたのに、腕が重くて持ち上がらなかった。
 これも、新しい身体が馴染んでいないせいなのだろうか。

「身体にもまだ、魔力が流れ切ってないみたいだね」

 紫紺もすぐに気づいたようだった。
 一度、身体を起こすと、アロイヴの下半身を覆っていた残りのシーツを一気にめくる。

「えっ、何して」
「このままだと不便だろうから、治療しておこうか」

 そう言った瞬間、紫紺の姿が変わった。
 人から獣の姿に――魔王になっても、魔獣の姿になれたらしい。
 体の大きさは前よりさらに大きく、姿も凛々しく変化していた。
 まるで魔獣の王だ。
 元の影狐からは掛け離れた姿だった。
 紫紺はその姿で裸のアロイヴの上に跨ると、大きな舌でアロイヴの顔全体を、ねろりと舐める。

「ん、ぁ……っ」

 舐められたところから、びりっと甘い痺れが走った。
 アロイヴは堪らず声を上げる。

 ――何、これ。

 唾液に混ざる魔力の影響だろうか。
 身体がおかしい。

「待って、紫紺……やめて」

 いやいやと首を横に振って訴えたが、紫紺は聞き入れてくれなかった。
 首、鎖骨、胸と少しずつ位置を変えながら、アロイヴの身体を余すところなく舐め回していく。

「あ……や、ぁッ」

 舌が触れるたび、身体がびくびくと震えてしまう。
 特に下腹部を舐められてからが酷かった。
 紫紺の舌が臍に触れた直後から、腹の奥の疼きが治らない。腹の窪みに溜まった唾液が内臓まで浸透し、熱を生み出しているかのようだ。

 ――だめだ、こんなの。

 肌もどんどん敏感になってきていた。
 これ以上は、おかしくなる。
 紫紺を止めたいのに、手足はまだ動かせないままだった。

「やめて……紫紺、もう」
『だめだよ、これは治療なんだから』
「え……」

 魔獣の姿なのに、紫紺の声が聞こえた。
 驚いて紫紺のほうを見ると、紫紺もこちらを見ている。

「言葉が、話せるの……?」
『イヴがあの子と混ざったおかげで聞こえるようになったんだよ。ほら、まだ話せる余裕があるなら大丈夫だよね』
「余裕なんて……んぁあっ」

 紫紺は舌先を尖らせると、アロイヴの臍に突き立てた。
 敏感になった場所を容赦なく責められ、びくびくと腰が何度も強く跳ねる。

「やめっ、やだぁ……もう治療は、いいから」
『どうして?』
「それ、は…………」

 理由を言うのは恥ずかしかった。
 これが治療行為だというのはわかっている。
 アロイヴの身体が、違う反応を示してしまっているだけだ。

『イヴ、理由を教えて』

 返事に悩んでいる間にも、腹の奥の疼きは酷くなっていた。
 腰がひくひく動いてしまっていることに、アロイヴは気づていない。

「……く、なっちゃうから」
『何?』
「紫紺が舐めると、気持ちよくなっちゃうから……」

 紫紺の顔は見れなかった。
 アロイヴはぎゅっと目を瞑ったまま、早口で理由を告げる。
 紫紺は黙ったまま聞いていた。

「……だから、紫紺……もう、んァっ」

 もうやめて、と続けるつもりだったのに、最後まで言い切ることはできなかった。
 背筋に強い電流のような快感が走ったからだ。

「――っ!!」

 驚きに目を見開いたアロイヴが見たのは、内腿に舌を這わせる紫紺の姿だった。

「やっ、なんで……!」
『知ってたよ。イヴが俺に舐められて、気持ちよくなってること』
「え、……ふぁッ」
『気づかないわけないでしょ。そんな可愛い顔して、たくさん喘いで、腰だって揺れてるし。それに、ここだって――』
「あ、あ……待って。だめ、そこは」
『だめ? 本当に?』

 紫紺は、アロイヴの制止を聞き入れてくれた。
 だが、上目遣いでこちらを見る表情は、アロイヴを試しているようにしか見えない。

 ――そんなとこ、舐められたら。

 紫紺が次に狙いを定めている場所は、言われなくてもわかる。
 アロイヴの視線もその場所に釘付けだった。
 そこは、まだ一度も触れられていないのに張り詰めてしまっている中心だ。

「ん……、く」

 紫紺の顔がすぐ傍にあるせいで、吐息が触れる。
 そんな些細な刺激だけでも感じてしまう。

『イヴ』

 そんな声で名前を呼ぶのは反則だ。
 アロイヴの思考は淫欲の熱に侵されつつあった。
 こんなことは恥ずかしいのに、気持ちよくなりたい自分がいる。
 紫紺に気持ちよくしてほしい、紫紺と気持ちよくなりたい――その欲があふれてしまいそうになる。
 でも、堪えた。
 眉根にぎゅっと力を込める。

「……紫紺、ずるいよ」
『っ』

 アロイヴの言葉は、紫紺は少なからず動揺を与えたようだった。
 紫紺が魔獣の姿から、人の姿に戻る。

「イヴ……」
「……僕だって、紫紺に触りたいのに……身体が自由に動かせないんじゃ、何もできない」

 話してる間も何度も込み上げる気持ちよさに耐えながら、アロイヴは紫紺に気持ちをぶつけた。
 焦った様子だった紫紺の表情に、驚きが混ざる。

「イヴも、俺に触れたいの?」
「……僕から触るのは、だめ?」
「いいけど、ただ触れ合うだけじゃ済まないってわかってる?」

 紫紺の問いに、アロイヴはこくんと頷いた。
 前世も今世も経験こそないけれど、知識ぐらいはある。

「わかってる……だから、僕にも紫紺を愛させて」

 一方的に触れられるだけじゃなく、自分からも紫紺に触れたい。
 もっと近くで、紫紺を感じたい。

「……イヴには敵わないな。そうだね、一緒に気持ちよくなろう」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...