【完結】魔王の贄は黒い狐に愛される

コオリ

文字の大きさ
上 下
53 / 68

53 夜を照らす光

しおりを挟む

 この森で目を覚ました日以来、またあの夢を見るようになっていた。弱った小さな影狐と、死神のような黒いローブの男が出てくる夢だ。
 前は悪夢にしか思えなかった夢だが、最近はその認識が変わってきていた。夢の内容は変わっていないので、アロイヴの心境の変化が影響しているのだろう。
 前ほど、この夢を恐ろしいとは思わない。
 それともう一つ、この夢のことで新しく気づいたことがあった。
 夢の中のアロイヴが今の姿ではなく、前世の姿をしているということだ。その身体は半透明に透けていて、まるで幽霊のようだった。

 ――この夢は、本当に幽霊だったときの記憶なのかもしれない。

 そんな風にも思い始めていた。
 この夢はただの夢ではなく、この世界にアロイヴとして生まれ変わる前――前世の自分が死んだ後、実際に見た光景なのではないかと。
 あちらの世界で死んだ自分をこの世界に連れてきたのは、あの小さな影狐だったのかもしれない……根拠はないが、そんな気がし始めていた。

「イヴ?」
「起きてるよ。今日も星が綺麗に見えるね」

 夜、紫紺と一緒に星空を見るのが日課になっていた。
 夕食を食べてから眠るまでの時間、こうして二人でくっついて空を見上げる。場所は仮の住まいにしている洞穴のすぐ上、紫紺の並外れた跳躍力のおかげで移動は一瞬だった。
 この森に生える植物はどれも毒々しい色合いだったが、寝心地は悪くない。ふかふかの草の上に、二人で手を繋いで寝転がる。
 こうやって、この森で夜を過ごすのも今日が最後だった。

「……明日には、街に戻るんだね」

 明日、レサシュアの街に戻ると決めたのは自分だ。カルカヤに連絡を取り、昼過ぎには迎えが来てくれることになっていた。
 でも、これからどうするのか、何も決められていない。
 今までと変わらず、レサシュアの街で探索者として生活するのは難しい気がする。だからといって、他に行くあてはなかった。
 結局、カルカヤはフィリを頼るしかないのだ。

「勇者のことも、生贄のことも……僕の知ってることを、ちゃんと話さないといけないよね」

 できることなら話したくなかった。
 カルカヤはすでに知っていたし、必要ない情報かもしれない。でも……自分が話さなかったことで、また何か悪いことが起きてしまったら。
 今回のことを、カルカヤは『巻き込まれただけだ』と言ってくれたが、そうは思えない。自分がきちんとカルカヤに協力していれば、サクサハはあんな酷い怪我を負わずに済んだかもしれない。

「……異世界から召喚される勇者だって、きっと迷惑だよね。知らない世界の人のために、危ない目に遭わされるなんて……僕ならお断りだな」

 望まない称号を持つアロイヴは、そんな勇者と似た立場だった。
 こんな役割なんかいらない。
 紫紺と二人、ただ穏やかに過ごすことができれば、それ以上は何も望まないのに。

「魔王は、勇者を元の世界に帰しちゃえばいいんだよ。そうすれば、巻き込まれただけの人は誰も傷つかなくて済む……称号だって、なくなっちゃえばいいのに」

 こんなものさえなくなれば、アロイヴが今抱えている悩みはすべてなくなる。
 アロイヴが、きっと叶うことのない望みを口にした瞬間だった。

「え……」

 夜空が白く光った。
 身体を跳ね起こした紫紺が、呆然と空を見上げるアロイヴを後ろから抱きしめる。
 瞬時に木陰に移動し、防御魔法を展開した。

「これ……流れ星?」

 そう呼ぶには、あまりに大きな光の塊だった。
 だが、空に煌めく尾を引きながら流れていく光の塊は、巨大な流星のようにしか見えない。

「あれって、攻撃魔法じゃないよね?」

 紫紺はそれを警戒したようだが、光の塊に危険性はない様子だった。少なくとも、こちらには向かってきていない。
 紫紺もそう判断したのか、展開していた防御魔法を解く。しかし、視線はずっと空に流れる流星に向けられていた。
 アロイヴも同じように釘づけになる。

「……綺麗だけど、なんだか怖い」

 そう呟いたアロイヴの身体を、紫紺がぎゅっと力強く抱きしめた。



   ◇



「……よし。これで後は迎えを待つだけだね」

 約束の時間より早く、帰る準備を終えてしまった。
 紫紺と一緒に洞穴を出て、空を見上げる。
 昨日、流星が流れていった方向に視線を向けた。

「あれ、なんだったんだろうね」

 流星の光はあれから一時間以上、空に残ったままだった。
 完全に消えるまで流星を見続けたアロイヴは、その後洞穴に戻ってもすぐには眠れなかった。
 紫紺も落ち着かない様子だったので、余計かもしれない。

「イヴ」

 今もどことなく不安げな表情を浮かべる紫紺が、アロイヴを呼ぶ。
 繋いだままの手を自分のほうに引き寄せ、アロイヴを胸の中に抱きしめた。

「どうしたの……?」

 紫紺の身体が小刻みに震えている。
 見上げた表情も強張っていて、アロイヴは宥めるように紫紺の頬を撫でた。獣姿の紫紺にするように耳の後ろに触れてみたが、紫紺の表情は険しいままだ。
 何か言いたげに口を開いては、苦しげに眉を顰めている。

「もしかして、街に戻らないほうがいい? それとも……昨日の流星は、やっぱり何か悪いものだったの?」

 アロイヴの問いに、紫紺は何も答えなかった。
 ただ、抱きしめる腕の力を強めた。
 それが余計にアロイヴの不安を煽る。
 紫紺が何かに怯えているのは、様子からして間違いなかった。

「二人で、逃げる?」

 思わず、そんな言葉を口にしていた。
 本当は逃げ出したい。
 紫紺と二人なら、それも可能かもしれない……今までも、何度か考えたことだった。

「イヴ……」
「アロイヴ様。残念ですが、それは見逃せません」
「……ッ」

 後ろから声がした。
 アロイヴもよく知っている声だ。

「フィリさん……」

 アロイヴを迎えに現れたのは、フィリだった。
 久しぶりの再会だが、それを喜んでいられる雰囲気ではない。フィリは一人ではなかったからだ。
 フィリの両側には四人ずつ、黒いローブを纏った魔族が立っている。全員フードを目深に被り、顔を隠している。禍々しい見た目の武器を携帯していた。

 ――この人たちは、いったい。

 ふらついたアロイヴの身体を、紫紺が横から支える。
 紫紺の顔から先ほどまでの怯えた表情は消え、今度は正面に立つフィリたちを鋭く睨みつけていた。

「お迎えにあがりました。アロイヴ様」

 フィリの言葉に、アロイヴは首を横に振っていた。
 カルカヤに頼んで迎えを呼んだのはアロイヴだが、これは違う気がする。
 紫紺の腕に、ぎゅっとしがみつく。
 意を決して口を開いた。

「……その人たちは、誰ですか?」
「私と同じく魔王様に仕えるものです。アロイヴ様の敵ではありませんよ」
「どうして……そんな人たちが」
「アロイヴ様を安全に魔王城までお送りするために、必要な人員ですよ」
「魔王城、に……?」

 訳がわからなかった。
 困惑しながら聞き返したアロイヴの言葉に、フィリが神妙な面持ちで頷く。

「昨晩、勇者が召喚されました――じきに魔王様も目覚められるでしょう。贄の役目を果たすときが来たのです」

 アロイヴにとって、それは死の宣告でしかなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...