【完結】魔王の贄は黒い狐に愛される

コオリ

文字の大きさ
上 下
49 / 68

49 教会の目的

しおりを挟む

「勇者、召喚……?」

 読み上げた声も震えてしまっていた。
 何度確認してみてもアロイヴの開いたページには、はっきりとそう書かれている。
 それこそが人間が魔族の支配から解放されるための唯一の手段――我らの神の与える奇跡であると。

「教会の目的が……勇者を召喚することだったなんて」

 カルカヤの口から〈勇者〉という単語を聞いたときから、教会が勇者を探しているのだろうということは、なんとなく想像がついていた。
 でも、カルカヤがきちんと調べ終わるまではあまり考えないようにしていた。少ない情報だけで決めつけるべきでないと、カルカヤ本人も考えている様子だったからだ。
 でも、ここまではっきりと書かれていては疑いようがない。

「……それも、異世界から」

 そこには異世界の存在についても書かれていた。
 詳しく書かれているわけではないが、それはアロイヴが持つ前世の記憶にある世界のことで間違いなさそうだ。
 まさか、そんなところで繋がるなんて。
 手の震えが止まらない。
 この本には、異世界から勇者を召喚する方法が詳しく書かれているようだった。
 だが、アロイヴにそれを読み進める勇気はない。震える指でページを押さえていると、その手に紫紺の手が重なった。
 いつの間に人型になっていたのだろう。
 隣に座ってアロイヴの腰に腕を回しながら、紫紺は手元の本に視線を向けている。

「……もしかして、紫紺にも読めるの?」

 アロイヴの問いかけに紫紺はちらりとこちらを見たが、肯定も否定もしなかった。
 すぐに視線を本へと戻し、今度は苦しげに目を伏せる。そんな表情をする紫紺を見たのは、これが初めてだった。

 ――いや、違う。紫紺は前にもこんな顔……そうだ、あのとき。

 思い出したのは、教会がなぜ自分を狙っているのか――そう、紫紺に問いかけたときのことだった。
 あのときも紫紺はこんな表情を浮かべていた。

「魔王を殺すためには、僕が必要だって……紫紺、そう言ってたよね」

 アロイヴの言葉に、紫紺がハッとした表情でこちらを見た。
 ふるふると首を横に振っているが「違う」という意味ではない……これは、それ以上は口にするなと言いたいのだ。
 だが、アロイヴは言葉を止めなかった。
 これは、自分がきちんと受け止めるべき事実だ。

「僕は……勇者召喚の生贄でもあるんだね」

 不思議と、声は震えなかった。


   ◇


 新たな事実を知った日から、アロイヴはしばらく部屋にこもりきりだった。
 紫紺以外の誰とも会う気になれなかったからだ。
 それにギルドに行けば、またカルカヤに呼び出されるかもしれない。本の内容を聞かれたときにどう答えるべきか、アロイヴはまだ決めかねていた。

「……カルカヤさんはどのぐらい、この本に書かれている内容に気づいてるんだろう」

 あの意味深な物言いからして、この本に書かれているのが教会にとって重要な秘密であることには気づいているはずだ。
 それなのに、内容を伝える判断をアロイヴに委ねた理由はなぜだったのだろう。

「真実を、告げるべき……なんだよね?」

 アロイヴの独り言に、膝に乗った紫紺がきゅうと高い声で鳴く。
 紫紺はあの日から、こうして小さな獣の姿でいることが増えていた。この姿のほうがアロイヴを慰められると思っているのかもしれない。
 膝の上で丸くなる紫紺のふわふわの毛並みに触れながら、アロイヴはここ数日ずっと同じようなことを悩み続けていた。
 話すべきだと思う反面、決断できずにいる。
 その理由はあの日アロイヴが知ってしまった、もう一つの重要な事実にあった。
 たった一度しか読んでいないはずの本の内容が、ずっと脳裏に焼きついて離れない。

「……僕が生贄にならない場合、他の生贄の称号を持つ子が犠牲になるなんて」

 しかも、犠牲になるのは一人だけではない。
 勇者召喚には必要な生贄は〈魔王の生贄〉を持つ人間であれば一人で済むが、そうでない場合は最低でも百人の〈生贄〉が必要だと書かれていた。
 教会が生贄の称号を持つ子供を大勢集めていたのが、まさかそんな理由だったなんて。

「僕は……どうしたら」

 勇者召喚についてカルカヤに話すとなれば、生贄の話題は避けられない。
 だからこそ、アロイヴは悩んでいた。
 これが他人事であれば、言えたかもしれない。でも、アロイヴは当事者だ。

 ――……言いたくない。

 自分の称号が〈魔王の生贄〉だと知ったときから、自分の命をずっと誰かに握られているような感覚だった。
 いつか誰かの利益のために殺される。
 そういう運命なのだと、自分に無理やり理解させて生きてきた。
 でもまさかもう一つ、別の運命を背負わされることになるなんて。

 ――僕が逃げたせいで、代わりの大勢が死ぬ。

 その事実は無視できない。
 だからといって、かわりに死ぬ勇気もない。
 こんな役割なんか、最初から望んでいないのに。
 死にたくない。
 生きたい。
 でも、もしこの事実を知られたら。

 ――僕は、最低な人間だと……思われるのかな。

 知っていて大勢を見殺しにした、冷たい人間だと……そう思われてしまうのが怖い。
 だったら、話さなければいいのではないか――なんて考えてしまう。
 ここに書かれてあることを誰にも話さず、自分のもう一つの役割を隠し通して、これまでのように紫紺と二人で生きていければ。

「それじゃ……だめなのかな……」

 アロイヴがそう呟いたときだった。
 紫紺が顔を上げて、扉のほうに視線を向ける。少し遅れて、扉をノックする音が響いた。

「ロイ、生きとるか?」
「……サクサハ?」

 扉の隙間から心配そうに顔を覗かせたのは、サクサハだった。


   ◇


「全然顔見いひんから、心配しとってんで」
「……うん、ごめん」
「って、ほんまに顔色悪いやん。別に無理して今日でなくてもよかったのに」

 様子を見に部屋を訪れたサクサハと一緒に、アロイヴたちは探索者ギルドに来ていた。
 サクサハは後日でいいと何度も言ってくれたが、アロイヴが今日にしたいと言ったのだ。そうじゃないと、また部屋から出られなくなってしまいそうな気がしたからだ。

「狐くん、今日はその格好やねんな」

 紫紺は小さな獣の姿でアロイヴの首に巻きついていた。
 サクサハに話しかけられても無視するように目を閉じている。アロイヴが尻尾を撫でると、ふぁさりと揺らして反応するので、本当に眠っているわけではないようだ。

「まあ、兄貴もあんまり時間取れへんみたいなこと言うとったから、早いほうが助かんねんけどさ」
「大変……みたいだもんね」
「せやな。珍しく手間取っとるみたいやし」

 サクサハはどれぐらい話を聞いているのだろうか。怖くて詳しくは聞けそうにない。
 アロイヴが連れてこれらたのは、前にカルカヤに本を託されたあの部屋だった。

「オレはここで待っとくわ」
「一緒に入らないの?」
「兄貴にそうするように言われとるからな。ほら、早よ行っといで」

 サクサハに背中を押される。
 部屋に入るとすぐ、また壁に画面のようなものが現れた。そこにカルカヤの姿が映る。
 だが、何やら様子がおかしい。

『……っ、クソ! 狐くん、ロイを守れ!』

 雑音の混ざる声でカルカヤが叫ぶ。
 咄嗟に動けなかったアロイヴを守るように、人型になった紫紺がアロイヴを自分の腕の中に収めた。
 同時に、辺りに激しい轟音が鳴り響く。

「――ッ!!」

 何が起こったのか、全くわからなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...