【完結】魔王の贄は黒い狐に愛される

コオリ

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49 教会の目的

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「勇者、召喚……?」

 読み上げた声も震えてしまっていた。
 何度確認してみてもアロイヴの開いたページには、はっきりとそう書かれている。
 それこそが人間が魔族の支配から解放されるための唯一の手段――我らの神の与える奇跡であると。

「教会の目的が……勇者を召喚することだったなんて」

 カルカヤの口から〈勇者〉という単語を聞いたときから、教会が勇者を探しているのだろうということは、なんとなく想像がついていた。
 でも、カルカヤがきちんと調べ終わるまではあまり考えないようにしていた。少ない情報だけで決めつけるべきでないと、カルカヤ本人も考えている様子だったからだ。
 でも、ここまではっきりと書かれていては疑いようがない。

「……それも、異世界から」

 そこには異世界の存在についても書かれていた。
 詳しく書かれているわけではないが、それはアロイヴが持つ前世の記憶にある世界のことで間違いなさそうだ。
 まさか、そんなところで繋がるなんて。
 手の震えが止まらない。
 この本には、異世界から勇者を召喚する方法が詳しく書かれているようだった。
 だが、アロイヴにそれを読み進める勇気はない。震える指でページを押さえていると、その手に紫紺の手が重なった。
 いつの間に人型になっていたのだろう。
 隣に座ってアロイヴの腰に腕を回しながら、紫紺は手元の本に視線を向けている。

「……もしかして、紫紺にも読めるの?」

 アロイヴの問いかけに紫紺はちらりとこちらを見たが、肯定も否定もしなかった。
 すぐに視線を本へと戻し、今度は苦しげに目を伏せる。そんな表情をする紫紺を見たのは、これが初めてだった。

 ――いや、違う。紫紺は前にもこんな顔……そうだ、あのとき。

 思い出したのは、教会がなぜ自分を狙っているのか――そう、紫紺に問いかけたときのことだった。
 あのときも紫紺はこんな表情を浮かべていた。

「魔王を殺すためには、僕が必要だって……紫紺、そう言ってたよね」

 アロイヴの言葉に、紫紺がハッとした表情でこちらを見た。
 ふるふると首を横に振っているが「違う」という意味ではない……これは、それ以上は口にするなと言いたいのだ。
 だが、アロイヴは言葉を止めなかった。
 これは、自分がきちんと受け止めるべき事実だ。

「僕は……勇者召喚の生贄でもあるんだね」

 不思議と、声は震えなかった。


   ◇


 新たな事実を知った日から、アロイヴはしばらく部屋にこもりきりだった。
 紫紺以外の誰とも会う気になれなかったからだ。
 それにギルドに行けば、またカルカヤに呼び出されるかもしれない。本の内容を聞かれたときにどう答えるべきか、アロイヴはまだ決めかねていた。

「……カルカヤさんはどのぐらい、この本に書かれている内容に気づいてるんだろう」

 あの意味深な物言いからして、この本に書かれているのが教会にとって重要な秘密であることには気づいているはずだ。
 それなのに、内容を伝える判断をアロイヴに委ねた理由はなぜだったのだろう。

「真実を、告げるべき……なんだよね?」

 アロイヴの独り言に、膝に乗った紫紺がきゅうと高い声で鳴く。
 紫紺はあの日から、こうして小さな獣の姿でいることが増えていた。この姿のほうがアロイヴを慰められると思っているのかもしれない。
 膝の上で丸くなる紫紺のふわふわの毛並みに触れながら、アロイヴはここ数日ずっと同じようなことを悩み続けていた。
 話すべきだと思う反面、決断できずにいる。
 その理由はあの日アロイヴが知ってしまった、もう一つの重要な事実にあった。
 たった一度しか読んでいないはずの本の内容が、ずっと脳裏に焼きついて離れない。

「……僕が生贄にならない場合、他の生贄の称号を持つ子が犠牲になるなんて」

 しかも、犠牲になるのは一人だけではない。
 勇者召喚には必要な生贄は〈魔王の生贄〉を持つ人間であれば一人で済むが、そうでない場合は最低でも百人の〈生贄〉が必要だと書かれていた。
 教会が生贄の称号を持つ子供を大勢集めていたのが、まさかそんな理由だったなんて。

「僕は……どうしたら」

 勇者召喚についてカルカヤに話すとなれば、生贄の話題は避けられない。
 だからこそ、アロイヴは悩んでいた。
 これが他人事であれば、言えたかもしれない。でも、アロイヴは当事者だ。

 ――……言いたくない。

 自分の称号が〈魔王の生贄〉だと知ったときから、自分の命をずっと誰かに握られているような感覚だった。
 いつか誰かの利益のために殺される。
 そういう運命なのだと、自分に無理やり理解させて生きてきた。
 でもまさかもう一つ、別の運命を背負わされることになるなんて。

 ――僕が逃げたせいで、代わりの大勢が死ぬ。

 その事実は無視できない。
 だからといって、かわりに死ぬ勇気もない。
 こんな役割なんか、最初から望んでいないのに。
 死にたくない。
 生きたい。
 でも、もしこの事実を知られたら。

 ――僕は、最低な人間だと……思われるのかな。

 知っていて大勢を見殺しにした、冷たい人間だと……そう思われてしまうのが怖い。
 だったら、話さなければいいのではないか――なんて考えてしまう。
 ここに書かれてあることを誰にも話さず、自分のもう一つの役割を隠し通して、これまでのように紫紺と二人で生きていければ。

「それじゃ……だめなのかな……」

 アロイヴがそう呟いたときだった。
 紫紺が顔を上げて、扉のほうに視線を向ける。少し遅れて、扉をノックする音が響いた。

「ロイ、生きとるか?」
「……サクサハ?」

 扉の隙間から心配そうに顔を覗かせたのは、サクサハだった。


   ◇


「全然顔見いひんから、心配しとってんで」
「……うん、ごめん」
「って、ほんまに顔色悪いやん。別に無理して今日でなくてもよかったのに」

 様子を見に部屋を訪れたサクサハと一緒に、アロイヴたちは探索者ギルドに来ていた。
 サクサハは後日でいいと何度も言ってくれたが、アロイヴが今日にしたいと言ったのだ。そうじゃないと、また部屋から出られなくなってしまいそうな気がしたからだ。

「狐くん、今日はその格好やねんな」

 紫紺は小さな獣の姿でアロイヴの首に巻きついていた。
 サクサハに話しかけられても無視するように目を閉じている。アロイヴが尻尾を撫でると、ふぁさりと揺らして反応するので、本当に眠っているわけではないようだ。

「まあ、兄貴もあんまり時間取れへんみたいなこと言うとったから、早いほうが助かんねんけどさ」
「大変……みたいだもんね」
「せやな。珍しく手間取っとるみたいやし」

 サクサハはどれぐらい話を聞いているのだろうか。怖くて詳しくは聞けそうにない。
 アロイヴが連れてこれらたのは、前にカルカヤに本を託されたあの部屋だった。

「オレはここで待っとくわ」
「一緒に入らないの?」
「兄貴にそうするように言われとるからな。ほら、早よ行っといで」

 サクサハに背中を押される。
 部屋に入るとすぐ、また壁に画面のようなものが現れた。そこにカルカヤの姿が映る。
 だが、何やら様子がおかしい。

『……っ、クソ! 狐くん、ロイを守れ!』

 雑音の混ざる声でカルカヤが叫ぶ。
 咄嗟に動けなかったアロイヴを守るように、人型になった紫紺がアロイヴを自分の腕の中に収めた。
 同時に、辺りに激しい轟音が鳴り響く。

「――ッ!!」

 何が起こったのか、全くわからなかった。
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