【完結】魔王の贄は黒い狐に愛される

コオリ

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「……っ、は」

 汗びっしょりで飛び起きる。
 また同じ夢を見た。
 弱りきった紫紺と黒いローブの男が出てくる夢――アロイヴがあの日から、何度もこの悪夢を見ていた。

「イヴ」
「あ、ごめん……また起こしちゃったね」

 二週間近く毎晩治療を続けた甲斐もあって、紫紺の精神を蝕んでいた魔素の毒素はすべて取り払うことができた。
 そのおかげで従魔術の支配を解くこともできたのだが、今度はアロイヴの調子がよくなかった。人間は、魔素の毒素に影響されないはずなのに……単に疲れているだけかもしれない。
 それならぐっすり休んで疲れを取りたいのに、悪夢がアロイヴの眠りを妨げる。そのせいでまた疲れが溜まって悪夢を見る。
 よくない循環が続いていた。

「あ、紫紺は起きなくていいって」

 身体を起こそうとした紫紺をベッドに戻そうとしたが、力で紫紺に勝てるわけがない。
 両膝を立てて座った紫紺がアロイヴのほうを見て、ぽんぽんと自分の膝を叩いている。ここに来いということだろうか。
 アロイヴが四つん這いでそろそろと近づくと、背中を預ける体勢で、後ろからすっぽり包み込まれてしまった。
「まだ眠くない? 大丈夫?」
 夜はまだ明けていない。
 普段ならぐっすり眠っている時間なのに、紫紺は寝なくて大丈夫なのだろうか。魔素の毒素が抜けたのだって最近だ。紫紺の体調もまだ万全ではないかもしれないのに。

「……イヴ」
 
 囁くように呼びかけてきた紫紺が、後ろからアロイヴの首元に顔をうずめてくる。紫紺の長い髪が肌に触れて、少しくすぐったい。

 ――紫紺の匂い、落ち着く。

 獣の姿のときよりも匂いは薄いが、ほのかに香ってくる紫紺の香りに気持ちが落ち着く。
 アロイヴからも肌を寄せると、ぴとりと頬同士がくっついた。

「……ん」

 ふいに、ひくんと身体が震えた。
 何が起こったのか一瞬わからなかったが、紫紺の唇が頬に触れたのだと気づく。誘われるように顔を向けると、唇の端をちろりと舐められた。

「ぅ……ンっ」

 気持ちいい。こうなってしまっては止められなかった。
 治療中に何度もそうしてきたおかげで、唇を触れ合わせることの気持ちよさは充分に知っている。身体に染みついているのだ。
 従魔術で縛っている間は自分の意思で動けなかった紫紺も、今は自由に動ける。
 求めるようにアロイヴの頬に手を添え、唇を食らうように口づけた。

「ふ、……ん、ぁ」

 紫紺の魔力が流れ込んでくる。
 触れている場所から、アロイヴの魔力も紫紺に向かって流れているのがわかった。どうやら、今回の治療の副作用と紫紺との魔力の繋がりが、より強くなってしまったようだ。
 これがいいことなのか、悪いことなのかはわからない。ただ、紫紺との魔力交換はアロイヴに強い幸福感を与えた。
 気持ちよくて、幸せで――できることならずっとこのまま、こうしていたいと思ってしまう。強い中毒性のようなものを秘めていた。

「紫紺……もう、だめだよ」

 だからなんとなく、この行為はいけないことなのではないかと思っていた。
 アロイヴがだめだと言うと、紫紺は素直に聞き入れてくれる。いつの間にか、前のように不満そうな表情を見せることは少なくなっていた。

 ――なんだか前より、少し大人びた気がする。

 見た目は変わっていない。
 でも、今の紫紺には前に比べてどこか大人びた印象があった。
 魔素の毒素に影響されたあたりからだ。
 従魔術を使っているせいかと思っていたが、術を解いた後もどことなく前との違いを感じる。

 ――……気のせいかな?

 もしかしたら、自分の心境の違いかもしれない。
 ここのところ見続けている悪夢のせいで不安になっているせいかもしれなかった。

「……はぁ」

 紫紺の身体にもたれて、小さく溜め息をつく。
 こうやって優しく撫でられると、まるで小さな子供になったような気分だ。

 ――精神年齢は、ずっと上のはずなんだけどな。

 前世の記憶のおかげで、アロイヴは年齢よりずっと大人だった。でも時々、まだ子供であるこの身体の精神に引きずられるのか、こうして誰かに甘やかされたくなる。
 紫紺はそんなアロイヴの気持ちを察してくれているのかもしれない。

「ねえ、紫紺……僕が見た夢の話をしてもいい?」

 この不安を一人で抱えるのは、もう無理だ。誰かと共有して、それはただの夢だと――そう自分でも納得したい。
 ぽつぽつと話し始めたアロイヴの言葉を、紫紺はこれまでもそうしてくれたように真摯に耳を傾けてくれた。


   ◇


 紫紺に話したおかげか、悪夢に魘される頻度は減っていた。
 完全になくなったわけではないが、眠りを妨げられる回数が減ったことで心身の調子も戻ってきている。
 今日は数日ぶりに探索者ギルドに顔を出していた。

「ロイ」

 声を掛けてきたのは、受付横に立っていた背の高い男性のギルド職員――最初にカルカヤに会いにここにきたときに案内してくれた褐色肌の魔族だった。
 その後もギルドで何度か顔を合わせていたが、声を掛けられたのは初めて会ったとき以来だ。

「なんですか?」
「ついてこい」

 相変わらず、彼は必要なこと以外を話そうとしなかった。必要なことも伝えてもらえていない気がしたが、前もそうやってカルカヤの元に案内してもらったので、今回も紫紺と一緒についていく。
 前と同じルートを通って、ギルドの奥へ――前とは違う部屋の前に案内された。

「ここだ。入れ」
「ここって……?」
「カルカヤが待っている」
「……え、カルカヤさんが?」

 アロイヴが聞き返した言葉を無視して、男はまたしてもさっさと部屋の前を立ち去ってしまった。
 訳のわからないまま置いていかれたアロイヴは、隣に立つ紫紺と顔を見合わせる。

「……入ってみる?」

 このまま、扉の前に立っていても埒が明かないが、扉を開けるのも勇気がいる。
 どうするべきか尋ねると、紫紺が代わりに扉に手をかけた。重そうな扉を片手で開く。

「何……ここ」

 そこはアロイヴの想像していたものとは違う、変わった内装の部屋だった。だが、一目でこの部屋が誰のものかはわかる。

「もしかして……ここって、カルカヤさんの私室?」
『残念。そこはボクの倉庫だよ』
「――ッ」

 壁にいきなり、画面のようなものが表示される。そこに映し出されていたのは、カルカヤの姿だった。
 最後に会ったときより、どこかやつれて見えるのは気のせいだろうか。

『ロイ、久しいな。もっと早めに連絡を入れるつもりだったんだが、いろいろと厳しくてね』
「まだ王都にいるんですか?」
『ああ。詳しい場所までは言えないがね。腕輪を使って通信しようか迷ったんだが、そっちの状況が読めなくてね。ここに呼び出すように伝えておいたんだ』
「そうだったんですか……でも、よかったです。無事で」
『なんとかな。危ない場面がなかったわけじゃないが――で、早速本題なんだが』
「あ、はい」

 どうやらまだ、ゆっくり話していられる状況ではないらしい。カルカヤが早口で話題を切り替える。
 カルカヤは王都のどこから連絡してきているのだろう。時々周りを警戒する様子を見ていると、こちらまで緊張してしまう。

『今から一冊の本をそっちに転送する。キミから見て右側の机に四角い鞄があるだろう? それが転送の魔道具だ』

 カルカヤの言った場所に、確かに四角い鞄がある。アタッシュケースのようなそれが魔道具だとは、全く気づいていなかった。

『その本を、キミに解読してほしい』
「解読、ですか?」
『キミには翻訳能力があるのだから、難しいことではないだろう? それに、内容を全部ボクに伝えろとは言わない。キミが伝えるべきだと思ったことを教えてくれればいい』
「……それは、どういう」
『読めばわかるんじゃないか? そういうことだ。時間がないから切るぞ』
「あ、待って。連絡はどうしたら」
『また同じ方法でこちらから呼び出す。ではな』

 通信はあっさりと切られてしまった。
 画面が暗くなる。それとほぼ同時に、机の上の鞄がほわりと淡く発光した。

「そうだ。本を送るって……」

 おそるおそる鞄を開く。
 中に入っていたのは、見るからに重厚な金の装飾が施された五センチ以上の厚みがある本だった。

「神の教え、ってことはこれ……教会の本なのかな」

 表紙に書かれている言葉からして、教会関係の本のようだ。自動で読める言葉に翻訳されてしまうため、元がいったい何語で書かれているのか、アロイヴには判別がつかない。

「とりあえず、持って帰るしかないのかな」

 本を手に取り、魔道具のポーチの中に収納する。
 依頼を受けるつもりでギルドに来たのに、それどころではなくなってしまっていた。
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