【完結】魔王の贄は黒い狐に愛される

コオリ

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44 不穏の足音

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「ほんまにめっちゃ便利やなあ、それ」

 サクサハの視線は、アロイヴの手元に注がれている。
 今は、倒した魔獣の素材を採取しているところだった。見られているせいで普段より緊張しながらも、アロイヴはなんとか素材の採取を完遂する。
 作業が終わってからも、サクサハはアロイヴのナイフを興味津々に眺めていた。どうやらナイフに注がれた紫紺の魔力と、その魔力の持つ能力が気になっているようだ。

「影狐特有の能力なんやろな。こんなん再現できる気せえへんわ」
「サクサハでも無理なんだ」
「無理無理。魔力そのものの特性やからなぁ。これ、魔力は定期的に狐くんが注いでくれとん?」
「うん。大体五日に一回ぐらいかな。使ってると色が薄くなってくるから、それを目安にしてる」
「おもろいなぁ」

 魔力を見る〈魔視〉の能力があるからか、魔力に関係する現象にサクサハは強い関心を示す。兄のカルカヤが魔道具について話すときのテンションとまるで同じだった。
 アロイヴもこういう話を聞くのが好きなので、依頼の途中であっても、つい話し込んでしまいがちになる。
 今だって、討伐依頼をこなしている最中だった。

「いきなり誘って、迷惑やなかった?」
「そんなことないよ。僕たちも勉強になるし。ね、紫紺」
「…………」
「狐くんは正直やなぁ。ロイと二人きりのほうがよかったって顔しとるやん」

「そんなことないよ」と嘘でも言えないぐらい、紫紺はわかりやすく嫌そうな顔をしていた。それを遠慮なく揶揄うサクサハの言葉に、アロイヴも思わず笑ってしまう。
 ナイフと素材をポーチに収納して、三人は目的地に向かってまた歩き始めた。
 特に決めたわけでもないのに、三人で歩くときはアロイヴが真ん中で、前にサクサハ、後ろに紫紺という並びになる。ちょうど身長の順だ。

「一緒に飯とか行くんでもよかってんけど、兄貴にロイの鍛錬とか頼まれとんのに全然見てやれてへんかったやん? だから、こっちのほうがええかなって」
「サクサハも忙しいんだから、無理しなくて大丈夫だよ?」
「忙しいからってロイのことほっといたら、兄貴だけやなくて、フィリからもどやされるわ――って、もう直接あれこれ言われた後やねんけど」
「フィリさんに会ったの? 元気してた?」

 話の内容よりも、出てきた名前のほうが気になった。
 フィリとはもう半年以上、会っていない。

「元気やったで。向こうも結構バタバタしとったわ。きな臭いことも多くて、王都から離れられへんみたいやし」

 サクサハの口ぶりからして、フィリが王都に留まっているのは医術師としての仕事だけが理由ではなさそうだった。

 ――もしかして……フィリさんが忙しいのも、カルカヤさんが調査してる件と関係あるのかな。

 カルカヤの調査している魔族はフィリと同じ七将の一人、ヴェアグロネズだ。
 その件が絶対に関係があると断言はできないが、全く影響がないわけがないだろう。
 そう予想したものの、サクサハがどこまで聞いているかわからなかったので、迂闊に口には出せなかった。
 サクサハも詳しく話すことを避けているような気がする。

「あとは、フィリが人間の世話に慣れてへんのもあるんやろけど」
「え……人間?」

 聞き間違いかと思った。
 だが、問い返したアロイヴの言葉にサクサハは大きく頷く。

「オレもこないだ初めて聞いてんけど、フィリが魔王さんの命令で治療しとる患者、人間なんやって」
「魔王が、その人間を助けろって言ったってこと?」

 そんな命令を魔族の頂点である魔王がするなんて、にわかには信じられなかった。
 魔族にとって、人間は取るに足らない存在のはずだ。人間のことをただの餌だと思っている魔族も多くいる。
 アロイヴを同等に扱ってくれるサクサハたちが例外なだけで、この街に住み始めてから、アロイヴもそういう視線で見られることは少なくなかった。
 でも、それを不満には思わない。
 魔族と人間はあくまで捕食者と被食者の関係、それ以上を望むべきではないのだ。

 ――それなのに……魔王はどうして。

 フィリに人間の治療を命令したのだろう。
 人間が生きる時間より長く眠っている魔王に、それだけ行動を起こさせる相手がいるとは思えないのに。
 その疑問が表情に出てしまっていたのか、サクサハが「うーん」と唸った。

「オレもなんで魔王さんがそんな命令したんかはわからんし、たぶんフィリも詳しく聞かされてへんと思うで。命令っていうても、直接言われるわけやないからな」
「……どういうこと?」
「んー……説明すんの、むずいなぁ」

 そう言って、サクサハはさらに首を傾ける。
 横から見てもわかるぐらい、眉間にも深い皺が寄っていた。

「直接、思考を乗っ取られる感じ?」
「え?」
「いや、そこまではっきりした感覚やないねんけど……そう説明するんが、一番しっくり来るんかなって。唐突に『あれ、やらなあかん』って思うねん。それが魔王の命令やってのもわかるし」
「……魔族はみんなそうなの?」
「魔王さんの側近とか、魔王軍の幹部だけやな。オレも七将のときはその感覚あったけど、今はないし。そういうもんなんやと思うよ」
「その命令って絶対なの?」
「いーや。命令を受け取っても、実行するかは相手の自由やで。とはいえ、普通は魔王さん絶対やねんけど……」

 サクサハは、そこで不自然に言葉を濁す。
 その理由はすぐに察しがついたので、アロイヴも詳しく聞くのはやめておいた。

 ――たぶん、例外はヴェアグロネズだ。

 教会を使って、アロイヴを狙っている魔族。
 相手の目論見はまだ調査中だが、間違いなく言えるのは、それが魔王に対する反逆だということ。
 誰もまだはっきり口には出していないが、それを予想しているからこそ、迂闊に口にしないのだろう。

「なんか変な空気になってもたな」
「僕もあれこれ聞いてごめん」
「ええよ。ロイと話すんおもろいし、たまに新しい発見もあるしな」
「サクサハでも、まだ新しい発見があるの?」
「なんや、年寄り扱いか?」
「あはは」

 茶化しつつ話題を変える。
 サクサハも空気を読んでくれたようだった。
 その後は依頼中にあった出来事やおいしかった食べ物の話の話に花を咲かせる。
 森の中をしばらく歩いて、目的地に辿り着いた。

「おー、おるおる」

 今回の討伐対象は灰鷹狼の群れだ。
 数が増えすぎてしまったらしく、すでに近くの村で被害が出ているとのことだった。
 群れの様子が一望できる高台から、まずは対象を観察する。

「やっぱり、この灰鷹狼も普通のより大きいみたいだね」
「あんな数の群れっていうのも異常やな」
「どっちも魔素の影響?」
「そう考えるんが自然やろな。ほんま……そろそろヤバいんちゃうか」

 後半は独り言のようだった。

「ほんなら、行こか」
「え? 作戦とかは?」
「適当にやればええって」

 ――やっぱり天才は厄介かもしれない。

 また、そんな感想がアロイヴの頭をよぎる。

「じゃあ、こっちはいつもどおりに行くね。紫紺、準備はいい? ……紫紺?」

 隣で群れを見下ろしている紫紺に話しかけたが、なぜかすぐに返事がなかった。
 アロイヴの声に紫紺が反応しないなんて初めてだ。その視線はずっと、灰鷹狼に釘づけだった。

「どうかした? 紫紺」

 何か異常でも見つけたのだろうか。
 もう一度呼びかけると、紫紺がハッとした表情で振り向き、首を横に振る。

「大丈夫? 行けそう?」

 今度はすぐに頷いてくれる。
 小さな違和感を覚えたものの、今すぐにその違和感を言葉にするのは難しかった。



 討伐には一時間もかからなかった。
 アロイヴはいつもどおり紫紺のサポートだったが、初めての討伐依頼にしてはいい動きができた気がする。
 アロイヴとしては満足な出来だった。

「ええ動きやったやん。危ないところもなかったし、二人はほんまに相性がええんやな」

 サクサハも手放しに褒めてくれた。
 アロイヴはその喜びを共有しようと、紫紺に駆け寄る。紫紺がまだ双剣をしまっていないことに気づいて、数歩手前で足を止めた。

「……紫紺?」

 背を向けている紫紺は、アロイヴが呼んでもこちらを振り返らなかった。
 かすかだが、ぐるぐると唸り声が聞こえてくる。新たな魔獣が現れたのかと思って周りを警戒したが、どこにも魔獣の姿は見えなかった。
 どうやらこの声は、紫紺のほうから聞こえているようだ。

「どうしたの……――ッ!」

 防御魔法を展開することもできなかった。
 背中に痛みが走る。気づけば、地面に押し倒されていた。
 アロイヴの上に伸しかかっているのは、紫紺だ。
 その表情はいつもと違う。
 戦いの最中でも見たことがないぐらい、紫紺は獰猛な表情を浮かべていた。
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