【完結】魔王の贄は黒い狐に愛される

コオリ

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42 魔王の役割

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 カルカヤと最後に会った日から、三か月が過ぎていた。
 最初の一か月はあれこれ考えてしまい気持ちがざわつくことも多かったが、今はまだ落ち着いて過ごせている気がする。
 紫紺が言っていたことなど気になることはいくつかあったが、自分があれこれ考えたところで確かめられることはないと悟ったからだ。

 ――それでも、気になるけど……今は自分にできる範囲のことをやるしかない。

 カルカヤの言っていたとおり、アロイヴにすぐさま危険が降りかかることはなかった。
 それでも、何もせずに過ごすつもりはない。
 アロイヴは依頼と鍛錬をこなしつつも、教会の目的を知る手掛かりを探すよう心がけていた。
 しかし、あまり勝手に動き回るべきではないのはわかっている。見知らぬ相手に聞き回るのも問題だろう。

「紫紺、今日は図書館に行こうか」

 まずは、本から知識を取り入れるのが一番よさそうだった。
 カルカヤに本を借りてからというもの、部屋にいるときは読書している時間が一番多い。
 本を読むときは、獣姿でベッドに寝そべる紫紺にもたれかかりながらというのが決まりだった。そうしないと機嫌の悪くなった紫紺が邪魔してきて、読書どころではなくなってしまうからだ。
 カルカヤの本はもうすべて読み終えてしまったので、最近は図書館に行き、気になった本をいろいろ読み漁るようにしていた。

「イヴ」

 いつの間にか人の姿になっていた紫紺が、出掛ける準備をしていたアロイヴの名を呼んだ。おもむろに近づいてきて、アロイヴの首元に手を伸ばす。
 どうやら上着のボタンを掛け違えてしまっていたようだ。

「ありがと、紫紺」

 お礼を言って笑いかけると、紫紺も表情を緩めた。
 アロイヴの頭に顔を近づけ、髪に唇を押し当ててくる。その後、頬をすりすりと擦り合わせるまでが、出掛ける前に紫紺がいつもするお決まりの行動だった。
 最初は恥ずかしかったが、今ではアロイヴも普通に受け入れてしまっている。

 ――ああいう行動にも、何か意味があるのかな。

 図書館に向かう道すがら、紫紺の横顔を見上げながら考える。
 前にそういうことが書かれた本がないか探してみたが、それらしい本は見つけられなかった。そもそも図書館の大量の蔵書から、どうやって探せばいいのかもわからない。

 ――ネットの検索機能って便利だったんだなぁ。

 ふと、前世のことを思い出していた。
 以前はあまり思い出さないようにしていた前世の記憶だが、いつどんなときに役に立つかわからない。
 前にカルカヤと〈勇者〉について話したときにそう感じてからは、記憶を無理やり封じることはやめていた。

 ――〈勇者〉……結局、この世界での意味はわからないままだし。

 それがアロイヴが知っている言葉どおりの意味なのか、別の意味で使われているのか……それもまだ、何もわからないままだった。
 この世界にアロイヴの知る〈勇者〉が存在しないことだけは確実だが、それ以上の情報はない。こればかりは、カルカヤの報告を待つしかないのだろう。
 調査に時間はかかると言っていたが、あとどれぐらいかかるものなのか、アロイヴには予想もつきそうにない。
 
 ――紫紺の言ってたことについても……そのうち、わかるのかな。

 教会は、魔王を殺すためにアロイヴを狙っているというのが紫紺の見解だった。
 アロイヴの質問にはっきりとそう答えを示した紫紺だったが、それが憶測なのか、確かな事実なのかは確認できていない。
 紫紺にも、迷っている様子があったからだ。

「今日は何か、手掛かりが見つかるといいんだけど……」

 図書館に到着したアロイヴは、借りていた本を返却し、すぐに目的の書棚へと向かった。
 アロイヴが重点的に読み漁っているのは、魔法関連の書物だ。棚の場所は覚えているので最短距離で向かうと、目立つオレンジ色の髪が視界に飛び込んでくる。
 見知った横顔を見つけて、アロイヴの少し早足にそちらに近づいた。

「サクサハ、来てたんだ」
「そろそろロイが来るんちゃうかと思って、張っとってん」

 作戦成功とばかりに、にやりと笑ってそう応えたのはサクサハだった。
 サクサハは十代前半の少年にしか見えない姿だが、実は数百歳になる元七将の一人だ。偉い人物だとわかってからも話し方や態度の変わらないサクサハは、アロイヴにとって紫紺の次に気安い相手だった。
 サクサハは持っていた本を書棚に戻すと、ぱちんと指を鳴らす。
 三人の周りに遮音の魔法を展開した。

「静かに話すん苦手やねん。ほんま、オレには向いてへん場所やわ」

 そんな理由だけで、気軽に魔法を展開するあたりがサクサハらしい。

「ロイは結構な頻度で通ってんやろ?」
「週末だけだけどね」
「ほんでも偉いって。こんだけ本が並んどるとこ見るだけでもしんどいわ」

 サクサハはわかりやすく不快そうに顔を顰めている。
 すぐ隣にある書棚を睨みつけた。

「でも、さっきなんか読んでなかった?」
「ああ……これな。気になる題名やったから」

 そう言って、先ほど書棚に戻した本の背表紙に指を引っ掛けた。
 半分ほど引き出して、小さく唸る。

「目次だけで眠なってまうオレに読むんは無理やった」
「えっと、『従魔術書』……って、もしかして」
「ロイと狐くんの契約ってこれやろ? 兄貴やフィリはこういうん詳しいけど、オレはそうやないからさ。ちょっとは勉強しとこうかと思てんけど」

 そこまで言って、また渋い表情を浮かべる。
 目次しか目を通せていないはずなのに、サクサハにはこの本の内容がお気に召さなかったようだ。

「僕も知っておいたほうがいいかな」

 本に手を伸ばしながら、ちらりと紫紺のほうを見る。
 紫紺はアロイヴが手に取ろうとしている本の内容に気づいているようだが、特に気に留める様子はなかった。
 ページをぱらりと捲って、内容を確認する。
 サクサハがあれほど嫌そうな顔をしていた本だが、別に難しすぎる内容ではなさそうだ。それどころか図解入りでかなりわかりやすく、専門書の中ではかなり易しい本なのではないだろうか。

「サクサハって、本当に本を読むのが嫌いなんだね。魔法にはあんなに詳しいのに……どうやって覚えたの?」
「魔法は感覚でどうにかなるもんやろ」
「…………」

 カルカヤが『だから天才は嫌なんだ』と言った気持ちが、なんとなくわかった気がした。


   ◇


 従魔術以外の本も何冊か見繕い、図書館を後にする。
 サクサハと三人で昼食を取ることになった。
 向かったのは、前にも一緒に行ったギルド近くの食堂だ。昼食には少し遅い時間であるにもかかわらず、食堂には人があふれていた。

「この辺のやつらだけやないみたいやな」
「?」
「探索者の連中な。最近、この辺りは大物がようさん出るから、その噂を聞きつけて集まってきとんやろ」

 食堂内を一度見回しただけで、サクサハにはそれだけの情報がわかったらしい。
 言われてみれば見かけない顔ばかりな気もするが、そこまでジロジロと人の顔を見ることはないので、アロイヴに判断は難しかった。

「デカい獲物のほうが報酬もええし、オレも最近討伐ばっか行っとるわ」
「そんなに強い魔獣が多いの?」
「せなやぁ。手こずるほどの相手やないけど、大物は増えとる印象やな。たぶん、魔王さんの影響やろ」
「……魔王の?」

 意外なところで飛び出してきた魔王という単語に、アロイヴは聞き返しながら首を傾げた。
 サクサハは運ばれてきたシチューをスプーンで掬いながら、「ああ」と頷く。

「魔力の元になる〈魔素〉ってあるやろ? 魔王さんはそれの調整役でもあんねん」
「魔素の調整役?」
「そ。ほんまやったら、そのおかげでええ感じに調整されとるはずやねんけど、魔王さんが寝てしもとるからか、どうも魔素が濃くなってしもとるみたいでな。そのせいで魔獣がデカくなりすぎたり、それ以外にもいろんな影響が出とるみたいやで。オレもそのへん、あんまり詳しく聞いたわけやないけど」
「そうなんだ」
「そういうのもあって、魔王さんに不信感っていうんかな……魔族の間でそういうのが溜まってきとるらしいって噂も聞いたわ」

 どれも初めて聞く話だった。
 カルカヤは何も言っていなかったので、本当に最近の話なのかもしれない。

 ――魔王に不信感、か。

 それが積もり積もった場合、どうなってしまうのだろう。

「そういえば、ロイは討伐依頼あんまり受けてへんねやっけ?」
「依頼は採取だけだよ。その途中でばったり遭遇した魔獣を倒すことはあるけど、それぐらいかな」

 紫紺なら討伐依頼も余裕だろうが、アロイヴが基本的に受けるのは採取依頼だけだった。それでも魔獣と遭遇することはあるので、戦う必要は出てくる。
 カルカヤに教わったとおりに動けば、中型クラスの魔獣は難なく討伐できた。
 無論、油断は禁物だが、紫紺が一緒にいて危ない目に遭ったことは一度もない。

「まあ、狐くんなら大物が出ても余裕そうやけど、ロイは気をつけなあかんで」
「うん、わかってる」
「ほんなら、ええけど。狐くんもロイのこと、気ぃつけたってな」

 夢中でパンを頬張っていた紫紺が顔を上げる。
 いつもどおり『当然だ』と言わんばかりに、ふんっと鼻息で応えた。
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