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39 アロイヴの戦い方

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 次の日から早速、カルカヤの指導が始まった。
 呼び出されたのは、探索者ギルドの地下にある訓練場の一つだ。
 約束の時間より少し早く到着したにもかかわらず、カルカヤはアロイヴたちよりも先に来て身体を動かしていた。

「……すごい」

 弓と魔法を組み合わるのが、カルカヤの戦い方らしい。
 訓練場に設置された動く的に向かって、魔法で生み出した矢を次々に放っている。それもすべて同じ矢ではなく、標的に設定された弱点によって属性を変えているようだった。
 曲刃の双剣を操る紫紺とも、細身の長剣を操るフィリとも全く違う戦い方だ。
 カルカヤはあっという間にすべての的を倒し、涼しい表情でこちらを振り返った。

「時間どおりだな」
「今日は、よろしくお願いします」
「同じことをやれとは言わないから、そんなに緊張しなくていい。キミの戦い方はちゃんと考えてきたから」

 カルカヤはそう言うと、目を細めて笑う。
 強張った表情を見られただけなのに、考えていることを簡単に言い当てられてしまった。

「さて、こっちにおいで」

 カルカヤはアロイヴたちを訓練場の壁際へと誘う。
 持っていた弓を台に立てかけた後、傍にある机を指し示した。

「これが何かわかるか?」
「ボール、ですか?」

 机の上に並べられていたのは、直径五センチほどの球体だった。
 黄色と紫の玉が十個ずつある。

「黄色が麻痺玉、紫が毒玉だ」

 カルカヤはそれぞれの玉を指差しながら、簡潔に説明した。
 麻痺と毒。
 それぞれの言葉の意味はわかる。

「状態異常を起こす道具ですか?」
「ご明察。キミは理解が早くて助かるよ」

 正解だったようだ。
 カルカヤは嬉しそうに言いながら、麻痺玉の一つを手に取る。

「そんな風に触って大丈夫なんですか?」
「魔力を込めなきゃ問題ない。これはキミもさっき言ったとおり、魔獣を弱体化させる魔道具だ。ボクが作った」
「弱体化……ですか?」
「はっきり言って、キミは戦闘に向いていないからな。魔法も苦手なんだろう?」

 その情報はサクサハから聞いたものだろうか。
 小屋にいる間、サクサハにはつきっきりでいろいろ教えてもらったのに、アロイヴの魔法の腕が上達することはなかった。
 今も生活魔法を使うのがギリギリなので、カルカヤの指摘どおり、戦闘には全く使えない。

「かといって、剣や弓をすぐにうまく扱えるようになるとも思えないからな。それなら、この戦い方が一番いい」
「敵を麻痺させたり、毒にしたり……ですか?」
「そうだ。魔獣に対する知識と的確な状況判断力が必要になるが、キミはそちらのほうが得意じゃないかと思ってね。さっきもこれが何か簡単に言い当てただろう?」

 ――あ……魔法や剣の才能がないから、これを勧められたわけじゃないんだ。

「ボクを見くびらないでくれるかな?」

 わかりやすくがっかりした表情をしてしまっていたのだろう。
 またしても、カルカヤに心を読まれてしまった。

「自分に相応しい戦い方を教えろと言ったのはキミだろう? 少しは先生であるボクを信用してほしいものだね」
「……すみません」

 アロイヴは頭を下げ、素直に謝った。
 ふん、と鼻を鳴らしたカルカヤが再び道具の説明に戻る。

「使い方は簡単だ。魔力を込めて、敵に向かって投げるだけでいい。当てる必要もない」
「当てなくていいんですか?」
「標的を感知して、空中で弾ける仕組みになっているからな。こう見えて、範囲攻撃が可能なのさ」

 さすがはカルカヤが手がけた魔道具。
 ただ、ぶつけるだけの玉ではなかったらしい。

「あ、でも……それって、紫紺が戦ってる相手には投げられないってことじゃ」

 範囲攻撃ということは、近くで戦っている紫紺にも影響が出てしまう。

「ボクがそんな使えない道具を作ると思うか?」

 そう言いながら、カルカヤはポケットから金属製の腕輪を二つ取り出した。

「玉の効果を無効化する腕輪だ。キミと狐くんの分を用意しておいた」
「ありがとうございます!」
「ちなみに通信機能もつけてある。さすがに毎日、キミの訓練には付き合えないからな。都合がつくときはこれで連絡するようにしよう」

 幅が数ミリほどしかない金属の腕輪なのに、通信の機能までついているとは驚かされる。
 しかも、手首につけると自動的に輪の大きさが調整されるようになっていた。魔道具というものが便利なのか、作ったカルカヤがすごいのか――おそらくは後者な気がする。
 腕輪をまじまじと眺めていると、カルカヤが手に持っていた麻痺玉をこちらに差し出してきた。
 おそるおそる受け取る。

「この二つ以外にも氷結や眠り、石化なんかもあるが、他は慣れてからだな」
「わかりました」
「玉の材料や作り方も教えておくよ。自分で作れたほうが便利だろうからな」

 確かにそのとおりだが、簡単に作れるものなのだろうか。
 魔法も剣も才能がなかっただけに、うまくできる気がまるでしない。

「浮かない顔だな」
「あ、すみません。その……僕にうまく作れるのかなって、不安になってしまって。あんなに教えてもらった魔法も、うまく使えないままだし」
「それは、教え方も悪いような気がするがな」
「え……でも、フィリさんとサクサハに教えてもらったんですよ?」

 アロイヴの答えに、カルカヤは渋い表情を浮かべる。

「だからだよ。あの二人は教えることに向いていない。天才に凡人の感覚はわからないからな。ボクが教えれば、もう少しは使えるようになると思うぞ。まあ、それでも戦闘には使えないだろうが」
「……う」

 魔法で戦える可能性があるのかと思ったのに、希望はすぐに打ち砕かれてしまった。
 やはり、アロイヴに魔法の才能はないらしい。

「それでも、使えて損はないからな。魔法もそのうち教えてやる」
「よろしくお願いします!」
「いい返事だ。しごき甲斐がありそうだな」

 にたり、と笑ったカルカヤに若干の寒気を覚えたが、せっかく教えてもらえるチャンスを無駄にする気はない。
 アロイヴは覚悟を決め、ぐっと拳を握りしめた。


   ◆


 今日は魔道具の使い方を教えてもらっただけだった。
 それでも充分、収穫はあったと思う。
 これがあればアロイヴでも紫紺の戦いの手助けができる。
 広場の屋台でカルカヤおすすめの昼食を買って帰ったアロイヴは、早速美味しそうに肉を頬張る紫紺を横目に、カルカヤから渡された本を開いた。
 魔獣に関して詳しく記されている書物だ。
 この本の内容をすべて頭に叩き込めというのが、カルカヤから出された宿題だった。

「……屋敷でケイに見せてもらったものに似てる感じがする」

 魔獣の姿絵と一緒に性質や弱点などが書かれた本は、屋敷でアロイヴの世話係をしてくれていたケイがこっそり見せてくれた本によく似ていた。
 懐かしい気持ちと切ない気持ちが綯い交ぜになり、アロイヴはきゅっと唇を噛み締める。
 異変に気づいた紫紺がこちらに手を伸ばし、アロイヴの頬に指を滑らせた。

「ごめん……ちょっと、しんみりしちゃった」

 紫紺の指先から美味しそうな匂いが漂ってくる。直前まで夢中で食べていた肉の香りが移ったのだろう。
 ぐう、とアロイヴのお腹が鳴る。

「僕も、ご飯食べよっかな」

 紫紺にこれ以上心配をかけてしまわないよう、アロイヴはなるべく明るい声で言ってから本を置いた。
 買ってきた昼食の袋に手に伸ばす。
 だが、中から取り出した肉を頬張りながらも、アロイヴの視線は本の表紙に釘づけのままだった。

 ――この本……ケイが見たら、喜んだんだろうな。

 気持ちはそんな簡単に切り替えられなかった。
 
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