【完結】魔王の贄は黒い狐に愛される

コオリ

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36 初仕事は薬草採取

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「二人は偉い人だったの?」

 騒いで驚かせてしまったギルドをそそくさと後にして、アロイヴたちは街の食堂へと移動する。昼食の時間が近いからか、食堂はたくさんの人で賑わっていた。
 目立たない隅の四人掛けに座り、さっき初めて知った事実を改めてサクサハに確認する。

「フィリから聞いてへんかったん? オレはともかく、あいつは現役の七将やのに」
「聞いてないよ。全然、何も」
「驚かせたくなかったんかもな。そんなん聞いたら、ロイは絶対警戒するやろ?」
「それは……そうだろうけど」

 思い返してみれば、二人の立場を示すヒントがないわけではなかった。
 先代の魔王と関わりがあったり、今の魔王について詳しかったり――話はちゃんと聞いていたはずに、全く疑問にも思わないなんて。

「……なんで気づかなかったんだろ」
「まあ、ええやん。オレなんか、もうただの探索者やしな」
「サクサハは、どうして――」

 聞きかけて、アロイヴはハッと言葉を止めた。
 これは、あまり聞いていいことではないかもしれない。

「……ごめん」
「別に聞いてええよ。気になるんやろ? まあ、あんまりおもろい話でもないけど」

 サクサハは笑顔だが、その表情にはどこか影があるように思える。
 気になってはいたが、どこまで踏み込んでいいかわからず、アロイヴは答えに困ってしまった。

「オレは……ロイがええって言うなら、聞いてほしいかな。知っとる人が多い話やし、オレ以外からロイの耳に入るほうが嫌やねん」
「……じゃあ、聞く」

 そこまで言われて、断る理由はなかった。
 サクサハは一つ頷くと、少年のような見た目には似つかわしくない大人びた表情を浮かべる。
 躊躇いがちに口を開いた。

「オレが七将やなくなったんは、今の魔王さんになってからやねん。その実力がなくなったっていうのが、一番の理由やねんけど……前にもちょっと言うたやろ。オレの魔力は全盛期の十分の一しかないって」

 こくり、と頷く。詳しくは聞いていなかったが、その話を聞いた覚えはあった。
 アロイヴからすれば、今でもサクサハは充分な実力があるように見えるのに、前はこの十倍近くも強かったなんて。

「そうなってもうた原因はオレにあんねん。今の魔王さんが即位して五十年ぐらいのときに、城でちょっとした反乱があってな」
「……反乱?」
「ずっと目を覚まさへんに魔王さんにヤキモキしたやつらが、魔王さんを消滅させようと画策してな。寝てる間なら自分たちでもやれるやろって」
「え……」

 あまりに物騒な話にアロイヴは言葉を失った。
 これは、こんな場所で聞いていい話なのだろうか。思わず周りを確認したが、店内が賑やかなおかげで、誰もこちらの話を気にしている様子はなかった。
 
「ちなみに大失敗やった。王の寝室に足を踏み入れたやつは一人を残して、全員行方不明ってことになっとる。実際は、あっという間に跡形もなく消滅させられてんけどな」
「……そんな」
「その残った一人っていうのがオレや。あいつらがやろうとしてることを知って、止めなあかん立場やったのに……止められへんかった上に、このザマってな」

 サクサハはそのときのことを思い出しているのか、話しながら自分の手を見つめていた。
 いったい、どんなやり取りがあって、何が起こったのか――正確に知っているのは、サクサハだけということだ。
 サクサハが重たい感情を背負っているのは、間違いなさそうだった。

「……そのときに、魔力がなくなったってこと?」
「せやな。でもまあ、オレのこれは自業自得やし、魔王さんのことは恨んだりしてへんよ」
「でも……」
「前に話したやろ。魔王さんの魔力の色を見たことあるって。それ、そんときのことやねん。高位魔族を一瞬で消滅させるような魔力やのに、びっくりするぐらい透明で綺麗な魔力に、オレはしばらく見惚れとった……あれは忘れられへん光景やわ」

 そこでちょうど、注文していた三人分の定食が運ばれてきた。
 食事に手をつけるか迷っていると、「熱いうちに食わな、損すんで」とサクサハがフォークを差し出してくる。

「飯の前に変な話して悪かったわ」
「ううん。聞くって言ったのは僕だから」

 肉を一口大に切り分け、口に運ぶ。
 しっかり味付けされているはずなのに、味はあまりわからなかった。


   ◆


 探索者への依頼は大きく分けて二種類ある。
 討伐と採取だ。
 討伐の主な標的は魔獣。魔族が魔獣を狩ることに最初は驚いたが、魔族と魔獣の関係は人間と魔獣の関係とそこまで大きく変わらないようだ。
 魔族も、魔獣の行動に害があると判断すれば討伐するし、食材として狩ることも普通にあるらしい。
 採取は文字通り、素材を採取する仕事だ。
 草花や魔石、魔獣の爪や牙といった、指定された素材を集めるのが主となる。
 素材によっては危険な土地に赴く必要があるので、採取といっても難易度が低いわけではなかった。
 特に魔獣の素材を手に入れる場合は、素材を傷つけずに魔獣を倒す必要があり、討伐より難易度が上がることもあるのだそうだ。
 探索者の仕事は、これら提示された依頼の中から、それぞれの実力に合ったものを受注し、完了することで報酬を得る。
 アロイヴと紫紺も次の日から早速、探索者として依頼をこなすことになった。



「受付の人が教えてくれたのは、この辺りのはずだけど……」

 依頼を受けるときに貰った地図を広げて、自分たちのいる場所を確認する。アロイヴたちは、街の外に広がる草原にいた。
 アロイヴたちが最初の選んだのは、薬草の採取依頼だ。
 初心者向けの依頼を受付の女性に尋ねていたら、昨日アロイヴを応接室まで案内してくれた背の高いギルド職員が割り込んできて、この依頼を勧めてくれたのだ。
 といっても、無言で依頼書を差し出されたのだが。

「あの職員さん……無愛想でちょっとおっかない感じがするけど、悪い人ではないのかな?」

 身体の大きな魔族を見ると、屋敷で会った高位魔族を思い出してしまうせいか、どうしても身が竦んでしまう。
 そのせいで、今日もお礼を言うことができなかった。

「次に会ったときは、ちゃんとお礼言えるといいんだけど……んー、それにしても見つからないなぁ。スタカー草」

 スタカー草というのが、今回アロイヴたちが探している薬草だ。特徴的な星型の葉なので、生えていればすぐにわかると説明された。
 だが、どこにもそんな形の葉は見当たらない。

「この辺にはもうないのかなぁ。紫紺はどう? 見つかった?」
 
 反対側の茂みを探していた紫紺に声を掛ける。
 振り返った瞬間、アロイヴは信じられない光景に目を大きく見開いた。

「え……それ、全部スタカー草?」

 驚くアロイヴを、紫紺は誇らしげな表情で見てきた。両手いっぱいのスタカー草を差し出してくる。

「あ、ちょっと待ってって。今、袋を出すから」

 このまま、収納の魔道具であるポーチに仕舞うこともできなくはないが、出すときに大変なことになるのは目に見えている。
 採取用にと渡された袋を取り出し、その中に紫紺が採取した大量のスタカー草を放り込んでいく――が、すぐにいっぱいになってしまう。

「こんなに……どこに生えてたの? 僕、一本も見つけられてないのに」

 紫紺は、なおも誇らしげな顔だ。
 尻尾が出ていたら、ぶんぶんとめいっぱい振っていたことだろう。

 ――そういえば、最近は尻尾見てないなぁ。

 この紫紺も見慣れてきたし、嫌いなわけではないのだが、あのもふもふにはいつだって触りたくなる。
 身体が大きくなったのと同じだけ、もっふりと太く長くなった尻尾の抱き心地は何ものにも代えがたいのだ。

「イヴ?」

 手が止まってしまっていたからか、不思議そうな表情で紫紺が覗き込んできた。
 息がかかる距離まで近づいた顔とほのかに香った紫紺の香りに、ふと、転移酔いのたびにキスされたことを思い出してしまう。

「……っ」

 すっかり慣れたと思ったのに。
 急に紫紺の顔が見れなくなり、アロイヴは急激に熱くなっていく顔を両手で押さえた。
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