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34 レサシュアの街へ
しおりを挟む「やっと、着いたぁ……」
魔族の町に到着したのは、次の日の夜だった。
うまくいけば陽の高いうちに到着できるとサクサハは言っていたが、途中でアロイヴが動けなくなってしまったため、結局こんな時間になってしまった。
アロイヴの疲労の原因は、主に紫紺にある。
――どんどん激しくなるんだもん。
アロイヴが快楽に流されないよう耐えれば耐えるほど、紫紺の治療は激しさを増した。
むしろ、流されてしまったほうが楽だったのかもしれない。
だが、今頃気づいたところで遅いし、たぶんそのときに気づいていたとしても、自分から快楽に流されるなんてできなかったと思う。
そんな風に割り切るのは、絶対に無理だ。
「疲れた……」
「お疲れ様です、アロイヴ様。門はもうすぐそこなので、あと少し頑張ってください」
転移で到着したのは町の中ではなく、外だった。警備の都合上、中に直接転移することは禁じられているらしい。
できないことないけどな、とサクサハは言っていたが、第一印象が悪すぎるとフィリに止められていた。
――まちって聞いて、ナルカのような小さな「町」をイメージしてたけど、ここはすごく大きな「街」だったんだ。
門の近くまできて、アロイヴは思い描いていた印象と違った街の雰囲気に気圧されていた。
まず、門の大きさや造りからして違う。
フィリから門だと聞かされていなかったら、神殿か何かだと見間違ってしまうほどの立派な建造物だった。
使われている素材から装飾まで、どれもこだわって造られている。
「すごい……」
アロイヴは思わず立ち止まって、門を見上げていた。
「驚くんはまだ早いで」
サクサハは自慢げにそう言うと、後ろからアロイヴたちを急かす。
早足で門をくぐったアロイヴは、目の前に広がった光景にあんぐりと口を開けたまま固まった。
驚きすぎて声も出ない。
「ようこそ、レサシュアの街へ」
とても美しい街だった。
前に訪れた人間の町ナルカに比べて、背が高く立派な建物が目立つ。門と同じく繊細な意匠の建造物が多く、それだけでとても印象的な街並みだった。
すっかり夜だというのに、街には色とりどりの明かりがあふれている。
街の夜を彩る街灯にも職人がこだわったであろう繊細な装飾が施されていて、その美麗さがアロイヴの視線を釘づけにした。
通りを歩いているのは人間とは違う特徴を持つ魔族ばかりだったが、恐ろしさなどは一切なく、むしろ街はあたたかい雰囲気に包まれている。
子供たちの笑い声まで聞こえていた。
「……こんな素敵な街に、僕が住んでいいの?」
アロイヴが真っ先に思ったのは、そんなことだった。
もっとこぢんまりとした町に連れていかれるのだと思っていたのに、まさかこんな大きく立派な街だったなんて。
「素敵な街やからこそ、住んでほしいんやん。オレの一番気に入っとる街やからな」
「サクサハはここに住んでるんだよね?」
「せやで。ロイも今日からおんなじ街の仲間になるってことやな」
――この街に、僕の居場所が……?
急に落ち着かない気持ちになる。
自分には決まった居場所がないと、まだどこかで思ってしまっていたからかもしれない。
嬉しいはずなのに、不安のほうが強い。
アロイヴは、すぐ隣に立っていた紫紺の服の裾をぎゅっと握りしめた。
◆
ふかふかのベッドで目を覚ましたアロイヴは、見慣れない天井に一瞬戸惑った。すぐに隣を確認して、そこにすやすやと寝息を立てる紫紺を姿を見つけて安堵する。
――そうだ。昨日は宿に泊まったんだった。
ここが魔族の街、レサシュアの宿だったことを思い出した。
ベッドの振動が伝わったのか、ふるりと睫毛を震わせて、紫紺が瞼を開く。
「ごめん。起こしちゃって」
ふわあっ、とあくびを一つした紫紺の手が、アロイヴの頭を撫でる。そのまま抱き寄せるように背中に腕を回された。
紫紺の胸に、ぽふっと顔を押しつけられる。触れたところから、心地よい胸の鼓動が伝わってきた。
とろりと瞼を下ろすと、再び眠気が襲ってくる。
「――あ、今日は探索者ギルドに行くんだった」
朝から用事があったことを思い出し、ぱちりと目を開いた。誘惑だらけの紫紺の腕からなんとか抜け出す。
フィリたちとの約束の時間には遅れないように、アロイヴは慌てて準備を始めた。
宿のロビーに降りると、フィリがお茶を飲みながらアロイヴたちを待っていた。
サクサハの姿は見当たらない。
まだ来ていないのだろうか。
「フィリさん、おはようございます。サクサハは?」
「ここには寄らずに、先にギルドへ向かうと連絡をもらいました。お兄さんと話があるようで」
「もしかして、僕が遅かったからですか?」
「いいえ、アロイヴ様は時間通りですよ。なんなら、少し寝坊するぐらいでちょうどよかったのに。昨日はお疲れでしたでしょう?」
フィリはアロイヴに甘いところがある。
もし、時間ギリギリに来たのがサクサハだったら、こんな態度ではなかっただろう。
「それでは、私たちも向かいましょうか」
宿は、探索者ギルドから少し離れた場所にあった。
ギルドの近くにも宿はあったが、探索者が多い場所は騒がしいこともあるため、フィリがゆっくり休めるこの宿がいいと選んでくれたのだ。
この街に自宅があるサクサハは一度家に戻り、今日の朝、再び合流することになっていたが、宿には寄らずにギルドに向かったらしい。
「サクサハのお兄さんが、この街の探索者ギルドのギルド長なんですよね?」
「ええ、そうです」
「僕がこの街に入れるように手配してくれたのも、その人だって。ちゃんとお礼を言わないと」
今日は探索者ギルドに赴く目的は、そのサクサハの兄と会うためだ。
「……緊張する」
フィリやサクサハは人間のアロイヴにも好意的だが、魔族全員がそうとは限らない。
二人が例外である可能性だってある。
――もし、あの高位魔族みたいな人だったら。
人間を餌としか思っていない、恐ろしい魔族だって存在する。
その事実を忘れたわけではない。
「イヴ」
緊張で冷たくなっていた手を、紫紺がぎゅっと握った。反対の手でアロイヴの頭にぽんぽんと優しく触れる。
心配はすることはないと励ましてくれているのだろう。
「アロイヴ様。見えてきましたよ」
「あれが……探索者ギルド」
目的地は階段を登った先にあった。
周りの建物より一回り大きく、見るからに立派だ。扉の前には大勢の人が集まっている。皆、探索者のようだった。
――やっぱり、人とは見た目が全然違う。それに……みんなすごく強そうだ。
フィリのように耳の尖った人に、獣の耳や尻尾が生えた獣人らしき人。肌に鱗がある人や、頭の両側に大きな巻き角が生えた人もいる。それ以外にも異形の姿をした魔族が大勢いた。
「やはり、怖いですか?」
「いえ……あの」
「魔族は人を食らう。捕食者を恐ろしく思うのは当然のことですよ」
「……それで、いいんですか?」
「もちろんです。人間を無差別に襲う者はごく少数ですが、全くいないわけではありません。警戒は必要なことです」
フィリの言葉に、アロイヴは少し考えて頷く。
「気をつけます」
「ええ。貴方もアロイヴ様を守るのであれば、警戒は怠らないように」
フィリは紫紺にも念を押した。
紫紺は当然だという表情で、ふんっと鼻を鳴らす。アロイヴの手をしっかりと握り直した。
三人一緒にギルドの入り口に近づく。
扉の前で待っていたサクサハがこちらに気づいて、ぶんぶんと大きく手を振っていた。
「やっと来たか。遅かったやん」
「ごめん、サクサハ」
「迷子なっとんちゃうんかって心配したやん。もしくは、広場の屋台の匂いに誘われてもうたか」
「貴方じゃあるまいし、大丈夫ですよ」
「オレもそんなことせえへんって。まあ、ええわ。ほんじゃ、ロイは兄貴に会うてき。応接室でロイのこと待っとるから。フィリにはちょっと話があんねんけど、ええか?」
「え、待って……会うのって、僕一人で?」
「狐くんとやから二人やろ。大丈夫やから、早よ行ってきって」
――みんなで会うんだと思ってたのに。
いきなり放り出された気持ちになり、アロイヴはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
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