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25 カフィンリャクラ

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 カフィンリャクラと名乗った白い魔族は、かなり人間に近い見た目をしていた。唯一、大きく異なっている点を挙げるとすれば、長く尖った耳だろうか。
 それさえ隠れていれば、人間と違う箇所を見つけるほうが難しい。
 魔族の年齢はわからないが、外見だけでいえば二十代半ばぐらいに見える。
 涼やかな目元にまっすぐ通った鼻筋。肌は透き通るほど白く、触れると冷たいのではないかと想像してしまうほどだ。
 腰ほどまである髪は、光を反射して煌めく白に近い銀色をしていた。全体的に白い印象のある青年だが、赤い唇が美貌の妖艶さを演出している。
 そんな唇よりもさらい深い赤色をした瞳が、じっとアロイヴのことを見つめていた。

 ――怖い。

 こんなにも人間と似ているのに、明らかに人間とは違う生き物であると感じる。
 美しすぎて恐ろしい。
 アロイヴは無意識に後退っていた。

「貴方のお名前を伺っても?」

 魔族相手に名乗って大丈夫なのだろうか。
 何をどうするのが、正解なのかがわからない。
 アロイヴは自分の少し前に立っている紫紺の服の裾を掴んだ。本当は手を握りたかったが、もし魔族と戦闘になった場合、邪魔になるわけにはいかない。

「魔族に名を明かすのは危険だと、誰かに教わりましたか? そうなのだとしたら、それは間違いですよ」
「……本当に?」
「ええ。名で相手を縛る術も存在しますが、それも我が主の贄である貴方には通用しません。ご安心を」

 ――どうしよう。

 嘘は言っていないように見える。だが、魔族の言葉を信じて大丈夫なのだろうか。
 アロイヴはまだ迷っていた。

「我が主の贄――そう呼ばれるのは嫌なのでしょう? どうしても、私に名乗りたくないというのであれば、偽名でも構いません」
「…………アロイヴ、です」
「おや……偽名ではなく、きちんと名乗っていただけるのですね」

 素直に名乗ったアロイヴに魔族はわずかに驚いた様子だったが、すぐに元の表情に戻った。

「もしかして、僕の名前を知ってたんですか?」
「ええ」
「……じゃあ、なんでわざわざ聞いたりなんか」
「それは――アロイヴ様がなぜ我々の言葉に堪能なのか、その理由が知りたかっただけです」
「……っ」

 翻訳能力の存在を隠していたことを、アロイヴはすっかり失念していた。

 ――どうしよう……バレた。

 だが、今さら誤魔化す方法も思いつかない。
 何を聞かれるのだろう。前世の記憶を持っていることまで、バレてしまうのだろうか。
 アロイヴは身構えたが、魔族の反応は意外なものだった。

「どこかの魔族と繋がっているのかと思いましたが、翻訳能力をお持ちだったのですね。ということは、初めて会ったときに気分が優れなさそうだったのは、あのクソ魔族のせいか……」
「え……クソ?」
「やはり、あのクソ魔族……アロイヴ様の元に向かわせるべきではなかったな。クソが」

 翻訳能力がおかしくなってしまったのだろか。
 恐ろしくなるほどの美貌を持つ魔族が『クソ』を連発している。

 ――え、えっと……?

「あの……」
「ああ、申し訳ございません。取り乱してしまいました。あんなクソ野郎には、もう二度と近づけさせませんので、ご容赦ください」

 そう言ってにっこりと笑った魔族は、さっきまでとは少し印象が変わっていた。
 紫紺も同じように感じたのか、さっきよりも警戒を解いている。アロイヴの隣に移動すると、いつものように手を握った。

「さすが、アロイヴ様。いい従魔をお持ちですね」
「その従魔っていうのがなんなのか……僕にはわからないんですけど」
「私でよければ、説明して差し上げましょうか?」

 ――この魔族を信じて、大丈夫なのかな?

 こちらに対する敵意はない……と思う。
 だが、まだ紫紺以外を信用するのは怖い。

「少しお喋りしましょう。他にも、私に聞きたいことがあるんじゃないですか? たとえば、称号について――とか」

 この魔族は、どこまで自分のことを知っているのだろう。
 血のように赤い瞳に、すべてを見透かされているような気がした。


   ◆


「あなたは医術師なんですね」
「フィリとお呼びください――ええ。我が主の下で医術師をしております」

 三人は近くの小屋に移動していた。
 医術師であるフィリが、この山で薬草集めをするときに使っている小屋だそうだ。
 外から見るとただの古びた山小屋だが、中に入るとその印象はガラリと変わる。どうやら、小屋の見かけを幻影の術で偽っているらしい。
 小屋の内装には、フィリのこだわりが詰まっていた。
 天井にはさまざまな薬草が吊るされ、壁の一面には、ずらりと薬瓶が並べられている。他にも薬草の加工に使うものらしき道具が所狭しと並べられていた。

「魔族にも医術師がいるんですね」

 四人テーブルに掛け、話を聞く。
 紫紺はアロイヴと密着するほど椅子を寄せ、ずっと手を握っていた。

「ええ。必要とされることは少ないので、半分は趣味ですが。昔、薬草集めが好きだと話したら、先代の王から医術師になることを勧められまして。証であるこの白い外套も、そのときに先代の王から賜りました」

 ――先代の王……それって、前の魔王のこと?

「もう五百年近く前のことになりますね」
「え……フィリさんは、五百歳ってことですか!?」

 目を丸くして聞き返したアロイヴを見て、フィリはくすくすと身体を揺らして笑った。

「魔族は人間に比べて長命ですから、別に珍しいことではありませんよ」
「……あ、すみません」
「いえ。別に謝るようなことでは」

 やはり、フィリは悪い魔族のようには思えない。
 振る舞いも仕草も、変に取り繕ったようには見えなかった。
 とはいえ、人を見る目に自信の持てないアロイヴに判断できることではない。

 ――とにかく、今は情報を聞き出そう。

 フィリが話すことが真実かどうかはさておき、今のアロイヴに必要なのは情報だ。
 話を聞いておいて、損はないはず。

「何から話しましょうか」
「じゃあ、従魔について……聞いてもいいですか?」

 フィリは頷くと、パチンと指を鳴らした。
 テーブルの上に一冊の本が現れる。フィリは本のページをぱらぱらと捲ると、目当てのページで手を止めた。

「ここに従魔の印についての記述があります。この印、先ほどアロイヴ様の胸に刻まれていたものと似ていませんか?」
「本当だ……『従魔の印とは、魔獣が忠誠の証として刻む印。従魔契約とは、主人に命を預ける契約のことである』……そんな、紫紺」
「言葉だけでなく、文字も翻訳されるのですね」
「……っ、あ」
「詮索はしませんので、ご安心ください。私としては、説明が省けて助かりましたし――ところで、その従魔契約はアロイヴ様が望んだものではないのですか?」

 先ほどの反応から、見透かされてしまったようだ。
 アロイヴは素直に頷く。
 
「僕は紫紺の主人になりたいなんて思ったことはないです」

 アロイヴの言葉を聞いて、紫紺がぎゅっと手を握ってきた。言葉が足らず、不安にさせてしまったようだ。
 隣に座る紫紺を見つめて、「勘違いしないで」と言葉を続ける。

「僕は紫紺と対等な関係です……頼りっきりだって自覚はあるけど、少なくとも命を懸けてほしいなんて思ったことはないです」
「イヴ」
「でも……そうだね。紫紺に何かあったら、僕は自分の命を懸けるかもしれない。それぐらい、僕は紫紺のことを大事に思ってるよ」

 紫紺の瞳の色が鮮やかに色づいた。
 急に耳と尻尾が飛び出したかと思えば、アロイヴの身体に、ぎゅうぎゅうとしがみついてくる。

「ちょっと……紫紺、だめだって!」

 興奮状態でアロイヴの顔を舐め回そうとしてきた紫紺を慌てて押し返す。
 フィリはその様子を見て、ただ笑っているだけだった。
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