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18 強さとわがまま

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 鑑定鏡は、魔石版ステータスウィンドウだった。
 魔石の能力が数値として表示されている。
 属性以外にもその魔石が持つ特性や特殊能力が表示されていて、魔石のことはこれを見るだけで把握できるようになっていた。

「すごい……これ」
「希少な魔道具だっていっただろ? ここまで詳細に見れるのは本当に珍しいんだ。それでも、あんたの持ってきた魔石の珍しさには負けるがね」
「え?」
「この数値、覚えておきなよ」

 女性はそう前置きすると、別格だと言っていた魔石に鑑定鏡をかざした。
 一瞬のうちに鑑定鏡に映し出されていた数値が変わる。
 アロイヴは目を疑った。

「え、え……何、これ」
「やっぱり、とんでもないものじゃないか」

 文字どおり、桁違いの数値だった。
 他の四つの魔石は、どの数値も三桁だったのに、この魔石だけは五桁の数字が並んでいる。

「こんなに小さい魔石なのに」
「魔石の大きさは力と比例しないからね。こんな小指の先ほどの大きさの魔石でも、これだけの数値を弾き出すことがある。恐ろしいもんだよ」

 そう言いつつも、女性の表情は冷静だった。
 鑑定鏡に映し出されていた数値をすべて書き写し、鑑定鏡をカウンターに置く。小さな声で唸った。

「さて、いくらで買い取ったもんだろうね。うちにある金で足りるといいが」
「そんなに高いの?」
「まあね。ところであんた、なんのためにこの魔石を売ろうと思ってるんだい?」
「服を……買おうと思ってて。それ以外にも、旅に必要なものがあれば揃えたいと思ってるけど」
「随分と控えめだね」

 アロイヴの希望を聞いて、女性は呆れたように鼻で笑った。だが、印象はそこまで悪くなかったようだ。
 女性はぐるりと店内を見回した後、「じゃあ、こんなのはどうだい?」と話を切り出した。
 
「アタシがあんたに必要なものを見繕ってやろう。うちの商品はこう見えて、どれも一級品だからね。あんたもお気に召すと思うよ。そしてアタシは、その代金を差し引いた魔石の買取額をあんたに渡す」
「買い物を手伝ってくれるってこと?」
「お人好しの解釈だね。まあ、任せてよかったと言わせてやるよ」

 女性がアロイヴに向かって拳を差し出す。
 アロイヴが慣れない仕草で、こつりと拳をぶつけると「交渉成立だ」と女性がにんまり笑った。


   ◆


 道具屋に一時間ほどの滞在し、アロイヴは必要な用事をすべて済ませて店を出た。これほどスムーズに事が運んだのは、道具屋の店主、カルカヤのおかげだ。
 カルカヤの店の商品は本人の言うとおり、一級品揃いだった。店内に雑多に並んでいる商品すら、品質を重視して選び抜かれたものだ。
 この世界のことに疎いアロイヴにもわかる品質の違いなのだから、相当なものだった。

「いろいろ揃えてもらったのに……お金もこんなに貰っちゃって、大丈夫だったのかな」

 服に靴、それに加えて旅に必要な装備。
 必要なものを一式揃えたのに、手持ちの荷物があまり増えたように見えないのは、カルカヤが何よりも先に準備してくれた収納の魔道具のおかげだった。
 見た目以上にたくさんのものが入るポーチ、有名な異世界アイテムだ。
 こういう魔道具がこの世界にも実在したことに興奮したアロイヴだったが、顔には出さないように必死だった。

 しかも、これは登録した者にしか使えない魔道具だ。『あんたは簡単に落としたり、盗まれたり、ヘマしそうだからね』と言って、カルカヤが特別に店の奥から出してきてくれたものだった。
 それ以外にも用意されたものは、いちいち値が張りそうな代物だったのに、それでも魔石の代金には全然足りないというのだから驚きだ。

 ――驚いたのは、それだけじゃないけど。

 アロイヴが驚いたことはもう一つあった。
 紫紺の強さに関することだ。
 店にいる間に、カルカヤから魔石についていろいろなことを教えてもらっていた。
 それによると、紫紺がアロイヴにくれた魔石はどれも魔獣の体内で生成されたものだったらしい。核と呼ばれる魔獣の心臓部、いわゆる魔力の塊だ。
 魔獣産の魔石の強さは、その魔獣の強さに比例する。
 そしてその質は、どれだけ魔獣に魔力を使わせずに倒したかで決まるのだそうだ。
 いくら強い魔獣の魔石も、魔力を放出した後のものでは質も価値も下がってしまう。その質の低下が、アロイヴの持ってきた魔石にはどれも全く見られなかったらしい。
 要するに、紫紺はすべての魔獣をほぼ即死で仕留めていたということになる。

 ――いや……森の中で偶然拾った魔石だっていう可能性もあるけど。

 しかし、アロイヴも紫紺が魔獣を一撃を仕留めるところを目撃していた。あの猿型の魔獣だ。
 一瞬のことすぎて、何が起こったのか全くわからなかったが、あれが紫紺の実力なのだとすれば相当なものだといえる。

「魔石の強さが見た目と比例しないみたいに、魔獣も可愛さと強さが比例しないのかな……? でも、そんなに強いんだとしたら、どうしてあのとき」

 ――屋敷で、あの男たちをやっつけてくれなかったんだろう。

「……って、自分勝手すぎるな……僕は」

 あのとき、紫紺はちゃんとアロイヴのことを守ってくれた。それなのに、こんな風に考えてしまうなんて、自分はどうかしている。
 でも、考えずにはいられなかった。
 あのとき、紫紺があの男たちを倒してくれれば、ケイは犠牲にならずに済んだかもしれない。
 少年たちのことだって、守れたかもしれないのだ。

「……僕は、こういうところがだめなんだろうな」

 自分では何もしなかったくせに、他人にそれを求めようとするなんて。
 紫紺は充分、アロイヴのことを助けてくれている。今だって一緒にいてくれる、アロイヴのたった一人の味方だ。

 ――それなのに……僕は。

 立ち止まって考え込んでいたアロイヴの耳に、カラーンと高い鐘の音が届いた。
 閉門間近に鳴る鐘だと、カルカヤから聞いていたものだ。

「――急がなきゃ」

 門が閉まるまで、この町を出るつもりだったのに。
 アロイヴは門に向かって駆け出した。
 

   ◆


 急いで走ってきたのに、アロイヴは閉門に間に合わなかった。

「ロイじゃないか。なんだ? 今日中に町を出るつもりだったのか?」

 話しかけてきたのは、この町に到着して一番に会った壮年の門番だった。
 アロイヴのことを覚えていてくれたらしい。

「悪いな。今日はもう閉めちまったから、次に開くのは明日の朝だ」

 遅れたのはアロイヴなのに、門番は申し訳なさそうに言って、励ますようにアロイヴの肩に手を置いた。
 初めて会ったときも思ったが、随分と気さくで面倒見のいい門番だ。

「大丈夫。間に合わなかったら、宿に泊まってくつもりだったし」

 紫紺には一人で夜を明かさせてしまうが、こうなってしまっては仕方がない。
 明日、紫紺に会ったら謝ろう。
 さっき考えてしまった自分勝手なことも含めて、全部。

「それならいいが――にしても、いい装備を揃えたな。そりゃ、カルカヤの店のやつか?」
「わかるの?」
「わかるさ。あいつんとこの商品はピカイチだからな。カルカヤの態度さえ悪くなきゃ、このあたりで一番の店になるはずなんだが……」

 カルカヤの接客態度の悪さは、この世界の普通ではなかったらしい。

「おっと、あんまり遅くなっちゃ嫁に怒られちまう。ロイ、宿の場所は覚えてるか?」
「中央広場の右側でしょ。覚えてるよ」
「ならいい。あそこは飯もうまいからな。ゆっくり休んで明日に備えろ」

 門番はそう言ってアロイヴの背中を叩くと、ひらりと手を振って行ってしまった。

「さて……僕も宿に向かわないと」
「ちょっと、そこの君」
「……?」

 宿に向かおうと歩き始めた瞬間、知らない声に後ろから呼び止められた。
 振り返った視線の先にいたのも知らない人だ。
 アロイヴは首を傾ける。

「森でボクを助けてくれた子じゃないか? 魔獣に襲われた商人の護衛をしていたんだが」
「……あっ!」

 言われてようやく思い出す。
 杖をついていたその人は、アロイヴが森で助けた魔術師その人に間違いなかった。
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