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06 高位魔族と白い魔族
しおりを挟む魔族と一括りで呼ばれているが、人間とは違い、魔族の見た目は個体ごとにそれぞれ大きく異なる。
人間と見分けがつかないほどそっくりな見た目をした者もいれば、それとは完全にかけ離れた異形や獣に近い見た目の者も存在した。
外見と力の大きさに関係はない。
子供のような見た目をしていても、指先をちょっと動かしただけで街を一つ破壊できるような強大な力を持つ者もいるらしく、魔族相手に油断は大敵だった。
――この魔族たちは、見るからに強そうだ。
メンネを迎えにきたのは、二十人ほどの魔族の一団だった。
アロイヴたちは屋敷の玄関ホールに並んで立ち、彼らを出迎えることになった。
今回訪れた魔族は全員、人間に似た見た目をしていたが、その頭には特徴的な大きな角が生えている。青黒い肌も、口を開いたときに覗く長く鋭い牙も、人間とは明らかに異なる特徴だった。
その中で一際目立つ、身体が大きな魔族がいる。
背が高いとか、そんなレベルの違いではない。
周りと比べても、異質なほど大きな身体をした魔族だった。
――あれが、高位魔族かな。メンネを指名したっていう。
高位魔族から感じる魔力の圧は段違いだった。
人間がどうやっても敵わない相手だというのが、見るだけでわかる。
昔の人間はどうして魔族に喧嘩を売ろうなんて思えたのだろうと、そんな疑問を抱いてしまうほどだ。
「ようこそ、いらっしゃいました。ヴェアグロネズ卿」
神父が、魔族たちの前に出ていった。
ヴェアグロネズというのが高位魔族の名前のようだ。
アロイヴたちは、この場所に立って魔族を出迎えることしか命じられていないので、神父と魔族が会話を交わす光景をただ眺めていることしかできなかった。
魔族に対する礼儀作法も知らないので、失礼がないよう、極力目立たないようにすることで精一杯だ。
いつもは何かしらアロイヴに突っかかってくるメンネや他の生贄の少年たちも、今日は朝食の時間からずっと静かだった。今も、魔族を前にして全員が震えている。
――震えてるのは、僕も一緒か。
圧倒的な力を持つ相手を前に、恐れの感情を抱かないほうがおかしい。
どれだけ平然を装おうとしても、気の持ちようだけで誤魔化せるようなものではなかった。
「――ッ」
神父が何かを言ったのか、高位魔族がこちらを見た。
たったそれだけのことなのに、心臓が止まりそうになるほどの衝撃が走る。高位魔族の視線に息を呑んだのは、アロイヴだけではなかった。
全員の緊張が伝わってくる。
――こっちに、来る。
高位魔族がこちらに近づいてきた。
身体の震えが増す。アロイヴより少し前に立つメンネも、足をガクガクと震わせていた。
アロイヴ以外の少年たちは皆、自分が生贄の称号を持っていることを誇りに思っていたはずなのに、それでも魔族に対する恐怖はアロイヴと変わらないようだった。
――やっぱり……彼らは自分の称号の意味を、きちんとわかってないのかもしれない。
アロイヴ自身も、今まで自分の称号が持つ意味を誰かに詳しく説明されたことがなかったので、彼らがそうだったとしても驚くことはなかった。
そもそも、最初から違和感でしかなかったのだ。
いくら大切に育てられ、贅沢をさせてもらえるからといっても、一方的な都合で魔族に捧げられるという現実を、こんなにも素直に受け入れられるものなのかと。
アロイヴなら、『なぜ、自分だけがそんな扱いを受けることになるのか』と間違いなく疑問を抱くだろう。
だが、アロイヴの称号を知ったときの両親の反応を思い出せば、彼らがなぜ自分たちの扱いに疑問を抱かないのか――その理由は明らかだった。
魔族に支配されて長いこの国の人間は、半ば洗脳に近い教育を受けているのだろう。
だからこそ、違和感すら覚えない。
これがおかしいことだと、思っていないのだ。
人間たちにそんな教育を施したのが魔族なのか、教会なのかまではわからなかったが……おそらくは、そういうことなのだろう。
だが、本能的な恐怖までは抑えることはできない。
メンネたちが見せる怯えは、まさにそれだった。
『コレが今回の餌か』
メンネの前に立った高位魔族が言葉を発した。魔族の言葉だ。
その声を聞いただけで、腹の奥から冷たいものが込み上げる。声すら、こんなに恐ろしく感じるなんて。
高位魔族はメンネのことを『生贄』ではなく、はっきりと『餌』と呼んだ。この高位魔族は、人間を餌としか認識していないのだ。
顔を覗き込まれたメンネは、目を大きく見開いたまま、奥歯をガチガチ鳴らしている。
そんなメンネの怯えた表情を見て、高位魔族は愉快そうに口の端を上げた。
『怯える様は悪くない。だが、餌としての品質はそこまで高いわけではないな。不味そうだとは言わんが』
『隣にいるのが特級品――我が主の贄ですからね。多少、見劣りするのは仕方がないでしょう』
後ろから遅れてやってきた魔族が、高位魔族に話しかける。
この魔族だけ、他の魔族と違って肌の色が白かった。
真っ白な外套のフードを目深に被っているせいで顔ははっきり見えなかったが、この魔族は高位魔族と対等に話せる立場のようだ。
――この魔族がさっき言った『我が主の贄』って……もしかして、僕のこと?
メンネの隣に立っているのはアロイヴだし、魔族が主と呼ぶ相手は魔王しか思いつかない。
魔族は、見ただけで人間の称号がわかるのだろうか。
――あんまり、目立ちたくないのに。
間近に立つ二人の魔族と目が合わないように俯く。
二人の言葉に反応してしまって、言葉がわかると知られても厄介だ。
『我が主、か。相変わらずの忠誠心だな』
『それがわかっておられるなら、無礼な発言は控えたほうがよろしいかと』
『まだ何も言っていないだろう。今日は食料を調達しにきただけだしな』
『本当にそれだけというなら、貴方が直接ここに足を運ぶ必要もなかったでしょうに』
二人があまり親しくない様子なのは、見なくてもわかった。
それぞれの言葉も、どこか険があるように聞こえる。
『さてと――』
高位魔族は白い魔族の言葉を無視して、さらに一歩、メンネのほうに近づいた。
下を向いているアロイヴに見えるのは二人の足先だけだが、それが触れそうな距離まで近づいている。
『今回の餌はどこから喰らってやろうか。前は我慢できず頭を真っ先に喰ったせいで、怯える顔を長く楽しめなかったからな。やはり、この貧相な手足からか』
高位魔族が放った言葉にアロイヴは思わず、びくりと身体を揺らしてしまった。
言葉がわからないふりを続けなければいけないのに……でも、こんなことを聞かされて無反応でいられるわけがない。
――生贄は……本当に、魔族に喰われるための存在なんだ。
高位魔族の口からはっきりと告げられた真実に、アロイヴは目の前が真っ暗になった。
それはアロイヴが覚悟していたことと、何も違わなかったのに――どこかでまだ、期待している自分がいたのだろう。
称号の示す〈生贄〉というのは言葉どおりの意味ではなく、魔族に引き取られた人間は今もどこかで平穏に暮らしているのだと……自分に都合のいい、淡い期待を持ち続けてしまっていたのだ。
そんな、たった一つの光を奪われたような気持ちだった。
――本当に……僕らは、ただの餌なんだ。
アロイヴの身体の震えは、さらに激しくなっていた。
『……相変わらず、悪趣味ですね。貴方は』
『餌をどこから喰おうが文句を言われる筋合いはないと思うが?』
『私とは趣味が合わないという話ですよ。ああ……失礼』
アロイヴの肩に、何者かの手が触れた。
驚いて顔を上げると、フードを目深に被った魔族が目の前に立っている。高位魔族と話していた、白い魔族だ。
「気分が悪そうですね。魔族の気に当てられてしまいましたか?」
人間の使う言葉で、穏やかにそう話しかけられたことまでは覚えている。
しかし、返事をする前に、アロイヴの意識はぷつりと途絶えた。
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