【完結】魔王の贄は黒い狐に愛される

コオリ

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02 〈生贄〉の少年たち

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 ケイと一緒に、一階にある食堂へと向かう。
 長身のケイの隣に並ぶと、自分が小さな子供になった気がする。アロイヴもそこまで小柄なほうではないのに、ケイの背が高すぎるのだ。

 ――他のみんなはもう食堂かな。

 この屋敷に暮らしているのは、アロイヴだけではない。
 アロイヴの他にも五人、生贄の称号を持つ者が共に生活を送っていた。
 生贄の中で、アロイヴは最年長だ。
 アロイヴが初めてここに来たときに迎えてくれた者たちは皆、十二を迎えるまでに〈魔族〉に引き取られ、それ以後、ここに戻ってきたものはいない。

 ――それが、生贄の役割。

 この世界を支配しているのは、魔族たちだ。
 何百年も前に起こった戦争で人間は魔族に敗れ、今や彼らの支配下で生かしてもらっているだけの存在でしかなかった。
 魔族に逆らえば、国ごと消されたとしても文句は言えない。たとえ元は敵であったもしても、魔族に従って生きるのが賢い考え方だとされていた。
 魔族にとって人間は自由に使える奴隷であり、空腹を満たすための餌である。その中でも、特別に美味とされるのが〈生贄〉の称号を持つ人間だった。

 ――生贄の真の役割は、魔族のご機嫌を取ることだ。

 生贄の称号を持つ者は、人間の中からしか現れない。
 その特別なご馳走を捧げることで、教会の人間は魔族の機嫌を取っているのだ。
 アロイヴがこの真実を知ってしまったのは、転生者ゆえの特殊能力のせいだった。

 アロイヴの持つ翻訳能力は、魔族の言葉も翻訳が可能だった。この屋敷で生活するようになってすぐの頃、偶然にも魔族たちがこの話をしているところに居合わせてしまったのだ。
 そして、大人たちが誰も教えてくれなかった生贄の真の役割を知ってしまった。

 ――今ここにいる子たちも、そのうち見送ることになるのかな。

 生贄の称号を持つ子供は、魔族から呼び出しがあるまで、ここで暮らすことになっている。
 アロイヴであれば、魔王からの呼び出しがあるまでだ。
 それが明日のことなのか、数年後のことなのか……何も知らされないまま、ここで無為に過ごすことになる。

 ――こんな人生に、なんの意味があるんだろう。

 そんなことを考えているうちに、食堂へと辿り着いた。
 前を歩いていたケイが扉を開いて、アロイヴのことを待ってくれている。

「ありがと、ケイ」

 アロイヴが食堂に入ると、先に席についていた少年たちが一斉にこちらを見た。入ってきたのがアロイヴだと気づいて、少年の一人が不快そうに眉を顰める。
 こんな反応をされるのも、いつものことだった。

 ――この子たちに嫌われるようなことは、何もしてないはずなんだけど。

 だが、彼らが自分を嫌がっている理由ならわかる。
 アロイヴが〈魔王〉の生贄だからだ。
 この称号を持つ者は世界に一人しかいない。彼らもアロイヴと同じ生贄の称号を持ってはいるが、魔王のではなかった。
 生贄の中でも、アロイヴは特別な存在なのだ。

「あーあ、また空気が悪くなったじゃん。称号だけが立派な行き遅れと一緒にご飯なんて、嫌だって言ってるのに」

 わざと聞こえるように言ったのは、他の五人の中で一番年上のメンネだ。
 来月には十二歳を迎える。
 おそらく、次に魔族に呼ばれてここを出ていくのは彼だ。
 メンネの発言を聞いて、あとの四人はくすくすと笑っている。アロイヴを除け者にすることで、彼らは自分たちの連帯意識を確認しているのだろう。

 ――こんなのは、いつものことだけど。

 彼らのことは無視して、アロイヴは自分の席につく。
 アロイヴが本当に十四歳の少年であれば、彼らのこんな態度に傷ついたかもしれない。だが、転生者であるアロイヴの精神年齢は成人をゆうに超えている。
 彼らのような子供に何を言われたところで、そこまで気にすることはなかった。

「食事をお運びしますね」
「うん。お願い」

 一礼したケイが一度、アロイヴの傍を離れる。
 そのタイミングを見計らって、メンネが近づいてきた。
 空気が悪いと文句を言うなら関わらなければいいのに、メンネはこうして毎日のようにアロイヴに突っかかってくる。

 ――今日はどんなくだらない因縁をつけてくるんだろう。

 呆れた気持ちが顔に出ていたのか、目が合うなり、メンネにきつく睨みつけられた。

「なんだよ、その顔は。またボクたちのことを馬鹿にしてるのか? 自分より下の人間は相手するまでもないって、そう思ってるんだろ。役立たずの行き遅れのくせに生意気だぞ!」
「別にそんなことはないけど」
「嘘をつくな! お前はいつも嘘ばっかりじゃないか。魔王様の生贄だっていうのも、お得意の嘘か?」

 ――そんな嘘をついて、なんになるんだ。

 そう思ったが、否定したところでメンネが納得しないのはわかっている。
 それこそ、こちらを馬鹿にしているとしか思えない少年たちの笑い声を聞きながら、アロイヴは彼らに気づかれないよう、そっと溜め息をこぼした。

 ――ケイはまだ戻ってこないのかな。

 早く食事を済ませてここを出たいのに……もしかしたら、ケイも向こうで彼らの世話係に足止めされているのかもしれない。
 こんな嫌がらせをされるのも、一度や二度ではなかった。
 メンネがここに来てからというもの、何度も繰り返されてきたことだ。

 ――この子は、生贄としてのプライドが高いんだろうな。

 アロイヴからしてみれば信じられないことだったが、生贄の称号を持つ人間は皆、自分の称号を誇りに思っているようだった。その中でも特にメンネは、生贄であることに高いプライドを持っている。
 だからこそ、ここで無気力に過ごすアロイヴのことが気に入らず、こうして毎日のように突っかかってくるのだ。

 ――こんな称号、あげたいぐらいなのに。

 こんな称号は消えてなくなってしまえと、何度願っただろう。
 しかし、それが叶うことはなかった。
 あれから毎日のように鑑定板を確認しているが、アロイヴの称号がなくなる様子はない。

「これを聞いたら、お前の余裕もなくなるんじゃないか?」
「……?」
「ボクもついに魔族から指名されたんだ。しかも、相手は高位魔族だ。行き遅れのお前より先に、ここを出ることになったんだよ」

 ふふんと誇らしげに笑うメンネを、アロイヴは無表情で見つめていた。

 ――この子も、いなくなるのか。

 生贄は魔族の元に連れていかれた後、どういう扱いを受けるのだろう。
 魔族が人を喰らうというのは、文字どおりの行為なのだろうか……だとしたら、メンネは近々殺されるということになる。
 いくら自分に嫌がらせばかりしてきた相手でも、彼がこれから迎えるかもしれない結末を想像して、無感情でいられるわけがない。
 今夜の食事は、喉を通る気がしなかった。
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