上 下
2 / 68

02 〈生贄〉の少年たち

しおりを挟む

 ケイと一緒に、一階にある食堂へと向かう。
 長身のケイの隣に並ぶと、自分が小さな子供になった気がする。アロイヴもそこまで小柄なほうではないのに、ケイの背が高すぎるのだ。

 ――他のみんなはもう食堂かな。

 この屋敷に暮らしているのは、アロイヴだけではない。
 アロイヴの他にも五人、生贄の称号を持つ者が共に生活を送っていた。
 生贄の中で、アロイヴは最年長だ。
 アロイヴが初めてここに来たときに迎えてくれた者たちは皆、十二を迎えるまでに〈魔族〉に引き取られ、それ以後、ここに戻ってきたものはいない。

 ――それが、生贄の役割。

 この世界を支配しているのは、魔族たちだ。
 何百年も前に起こった戦争で人間は魔族に敗れ、今や彼らの支配下で生かしてもらっているだけの存在でしかなかった。
 魔族に逆らえば、国ごと消されたとしても文句は言えない。たとえ元は敵であったもしても、魔族に従って生きるのが賢い考え方だとされていた。
 魔族にとって人間は自由に使える奴隷であり、空腹を満たすための餌である。その中でも、特別に美味とされるのが〈生贄〉の称号を持つ人間だった。

 ――生贄の真の役割は、魔族のご機嫌を取ることだ。

 生贄の称号を持つ者は、人間の中からしか現れない。
 その特別なご馳走を捧げることで、教会の人間は魔族の機嫌を取っているのだ。
 アロイヴがこの真実を知ってしまったのは、転生者ゆえの特殊能力のせいだった。

 アロイヴの持つ翻訳能力は、魔族の言葉も翻訳が可能だった。この屋敷で生活するようになってすぐの頃、偶然にも魔族たちがこの話をしているところに居合わせてしまったのだ。
 そして、大人たちが誰も教えてくれなかった生贄の真の役割を知ってしまった。

 ――今ここにいる子たちも、そのうち見送ることになるのかな。

 生贄の称号を持つ子供は、魔族から呼び出しがあるまで、ここで暮らすことになっている。
 アロイヴであれば、魔王からの呼び出しがあるまでだ。
 それが明日のことなのか、数年後のことなのか……何も知らされないまま、ここで無為に過ごすことになる。

 ――こんな人生に、なんの意味があるんだろう。

 そんなことを考えているうちに、食堂へと辿り着いた。
 前を歩いていたケイが扉を開いて、アロイヴのことを待ってくれている。

「ありがと、ケイ」

 アロイヴが食堂に入ると、先に席についていた少年たちが一斉にこちらを見た。入ってきたのがアロイヴだと気づいて、少年の一人が不快そうに眉を顰める。
 こんな反応をされるのも、いつものことだった。

 ――この子たちに嫌われるようなことは、何もしてないはずなんだけど。

 だが、彼らが自分を嫌がっている理由ならわかる。
 アロイヴが〈魔王〉の生贄だからだ。
 この称号を持つ者は世界に一人しかいない。彼らもアロイヴと同じ生贄の称号を持ってはいるが、魔王のではなかった。
 生贄の中でも、アロイヴは特別な存在なのだ。

「あーあ、また空気が悪くなったじゃん。称号だけが立派な行き遅れと一緒にご飯なんて、嫌だって言ってるのに」

 わざと聞こえるように言ったのは、他の五人の中で一番年上のメンネだ。
 来月には十二歳を迎える。
 おそらく、次に魔族に呼ばれてここを出ていくのは彼だ。
 メンネの発言を聞いて、あとの四人はくすくすと笑っている。アロイヴを除け者にすることで、彼らは自分たちの連帯意識を確認しているのだろう。

 ――こんなのは、いつものことだけど。

 彼らのことは無視して、アロイヴは自分の席につく。
 アロイヴが本当に十四歳の少年であれば、彼らのこんな態度に傷ついたかもしれない。だが、転生者であるアロイヴの精神年齢は成人をゆうに超えている。
 彼らのような子供に何を言われたところで、そこまで気にすることはなかった。

「食事をお運びしますね」
「うん。お願い」

 一礼したケイが一度、アロイヴの傍を離れる。
 そのタイミングを見計らって、メンネが近づいてきた。
 空気が悪いと文句を言うなら関わらなければいいのに、メンネはこうして毎日のようにアロイヴに突っかかってくる。

 ――今日はどんなくだらない因縁をつけてくるんだろう。

 呆れた気持ちが顔に出ていたのか、目が合うなり、メンネにきつく睨みつけられた。

「なんだよ、その顔は。またボクたちのことを馬鹿にしてるのか? 自分より下の人間は相手するまでもないって、そう思ってるんだろ。役立たずの行き遅れのくせに生意気だぞ!」
「別にそんなことはないけど」
「嘘をつくな! お前はいつも嘘ばっかりじゃないか。魔王様の生贄だっていうのも、お得意の嘘か?」

 ――そんな嘘をついて、なんになるんだ。

 そう思ったが、否定したところでメンネが納得しないのはわかっている。
 それこそ、こちらを馬鹿にしているとしか思えない少年たちの笑い声を聞きながら、アロイヴは彼らに気づかれないよう、そっと溜め息をこぼした。

 ――ケイはまだ戻ってこないのかな。

 早く食事を済ませてここを出たいのに……もしかしたら、ケイも向こうで彼らの世話係に足止めされているのかもしれない。
 こんな嫌がらせをされるのも、一度や二度ではなかった。
 メンネがここに来てからというもの、何度も繰り返されてきたことだ。

 ――この子は、生贄としてのプライドが高いんだろうな。

 アロイヴからしてみれば信じられないことだったが、生贄の称号を持つ人間は皆、自分の称号を誇りに思っているようだった。その中でも特にメンネは、生贄であることに高いプライドを持っている。
 だからこそ、ここで無気力に過ごすアロイヴのことが気に入らず、こうして毎日のように突っかかってくるのだ。

 ――こんな称号、あげたいぐらいなのに。

 こんな称号は消えてなくなってしまえと、何度願っただろう。
 しかし、それが叶うことはなかった。
 あれから毎日のように鑑定板を確認しているが、アロイヴの称号がなくなる様子はない。

「これを聞いたら、お前の余裕もなくなるんじゃないか?」
「……?」
「ボクもついに魔族から指名されたんだ。しかも、相手は高位魔族だ。行き遅れのお前より先に、ここを出ることになったんだよ」

 ふふんと誇らしげに笑うメンネを、アロイヴは無表情で見つめていた。

 ――この子も、いなくなるのか。

 生贄は魔族の元に連れていかれた後、どういう扱いを受けるのだろう。
 魔族が人を喰らうというのは、文字どおりの行為なのだろうか……だとしたら、メンネは近々殺されるということになる。
 いくら自分に嫌がらせばかりしてきた相手でも、彼がこれから迎えるかもしれない結末を想像して、無感情でいられるわけがない。
 今夜の食事は、喉を通る気がしなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

処理中です...