狼の疼く魔力と秘めた恋情

コオリ

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01 反属性の魔力

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「え……それ、本当?」
「マジだって。反属性の魔力キメた後に抜くの、最高に気持ちいいんだって。リーツも試してみたらいいじゃん」

 悪い顔で笑いながらそんな話をしてきたのは、親友のラクだ。ラクはいつもどこからか、こんな怪しげな話を仕入れてくる。
 気持ちいいことは嫌いじゃないし、僕もこういう話に興味がないわけじゃないけど、正直どう反応すべきか困っていた。

 僕らが通っているのは、大賢者が創立したという国立の魔法学院だ。
 二人とも今は五年、来年には最高学年になる――無事に留年しなければだけど。
 豊富な魔力を持ち、魔法の知識に富んだ優秀な人間しか通えない学院なのに、試験前はいつもこんなふざけた話題が飛び交っている。
 詠唱魔法に必要な魔道語や魔法陣魔法に必要な古代文字など、たくさんの知識を無理やり頭にぎゅうぎゅうと詰め込んでいるせいで、残念な副作用が起きるのだろう。
 ここ数日、ラクの下ネタは特にひどかった。
 毎日、授業の後にもこうして図書館に通って何刻も勉強詰めで……たぶん、欲求不満もあるのだ。

「まあ、やるにしても試験が終わるまではやめといたほうがいいよ。気持ちいいのと一緒に覚えたもん全部出ちゃうからさ。俺も試験が終わったら、たーっぷり気持ちいいことするんだ!」
「ちょっと、ラク。声が大きいって」
「大丈夫だって。遮音魔法使ってるから、誰にも聞こえないよ」
「……いつの間に」

 ふざけたことばっかり言っているのに、ラクはやっぱり魔法実技の成績上位者なだけのことはある。
 それに対して、僕の成績はいつも結構ギリギリだった。
 魔道語や古代文字を覚えるのは誰より得意な自信があるけど、魔法実技がからっきしだめなのだ。
 だから、一流の魔法師を目指すことは早い段階で諦めていた。
 僕が目指しているのは研究職。
 新しい魔法技術を研究する仕事に就きたいと考え、日々この学院で勉学に勤しんでいる。

「でもさ、なんで反属性の魔力にそういう作用があるんだろう? 魔力反発の関係? 体液……特に精液には魔力が多く含まれるっていうから、そこに反属性の魔力が混ざることで、何か変化が生まれるのかな? 気持ちよさは魔力摩擦によるもの? 尿道にそういう刺激があるのかな?」
「ちょっと、リーツ。目がマジになってて怖いって」
「あ、ごめん」

 それがどんなにくだらないことでも、魔法について気になることができたら、つい夢中になって考え込んでしまうのが僕の悪い癖だ。
 研究者向きではあるのかもしれないけど、この性格のせいでラク以外の友人からは少し気持ち悪がられていた。
 ……嫌われてるってわけではないと思うけど。

「リーツって可愛い顔してんのに、そういうとこ残念だよなー」

 これはラクだけじゃなく、いろんな人に言われることだった。
 綿毛のようにふわふわな金色の髪に、くるりと大きな瞳は淡い紫の瞳。
 顔立ちは可愛らしい部類らしく、聖都から来た学生たちには女神ララシャリの娘、美を司るフェーラフのようだと噂されたこともあった。
 ただし、黙っていれば――という注釈がつく。
 僕の場合、口を開くと残念だと言われることがほとんどだった。
 でも、これが僕なんだから仕方ない。周りの声なんか気にせずに、僕は僕らしく学院生活を送っていた。

「あ、そろそろ閉館だな」

 カランと図書館の閉館時間を告げる鐘の音に気づいたラクが、腰にぶら下げた懐中時計で時刻を確認しながら呟く。
 僕は慌てて、机に広げていた教科書を片付けた。



     †



「終わったー……」

 試験は全教科無事に終了し、明日からは五日間の試験休暇に入る。
 僕が暮らしているのは、魔法学院に併設されている学生寮だ。僕の実家は、学院から全力で箒を飛ばしても一刻半以上かかるド田舎にある。
 そこから毎日通うのは到底無理な話なので、入学からずっとこの寮で生活をしていた。

 寮は個室じゃなく二人部屋だけど、部屋はかなりの広さがある。真ん中で区切ればほぼ個室だし、実家にある自室より断然住み心地のいい部屋だった。
 ちなみに、ラクは実家から学院に通っている。
 ラクの両親は魔法省に務める役人なので、王都に立派な屋敷を構えているのだ。

「休暇中に遊びに来いって言ってたけど、ラクの家……広すぎて緊張するんだよなぁ」

 ラクから言われたことを思い出しながら、ベッドの端に腰を下ろして独り言を言う。
 試験期間中に凝り固まってしまった首をぐるりと回していると、ふと視界の端に見慣れないものが映った。
 視線をそちらに向ける。

「……魔石?」

 机の上にころんと転がっていたのは、大きさも形も卵そっくりな魔石だった。
 その机は僕のものではなく、寮の同室者であるエヴァロスのものだ。魔石の色からしてエヴァロスが作った魔石に間違いなさそうだった。
 エヴァロスがまだ戻ってきていないのをいいことに、僕はそっとエヴァロスの机に近づく。魔石を至近距離から覗き込んだ。

「すごいなぁ……さすが首席。魔石の透明度が僕のとは大違いだ」

 エヴァロスは入学したときから、ずっと首席の超優等生だ。
 そんなエヴァロスと僕が寮の同室になったのは去年、四年に進級してからだった。寮には三年ごとに部屋替えが行われる決まりがあるのだ。

 筆記も実技も常に一位。
 うちの学院内だけでなく、国内の魔法学生の中でも一位を取ったことのあるエヴァロスは、学院の中で一目置かれる存在だ。
 そんなエヴァロスと同室なんて最初は緊張したけれど、今ではそこまで気にすることなく過ごせている。
 といっても、仲が特にいいわけじゃないんだけど。
 エヴァロスはあまり周りのことを気にしない性格なのか、僕が同じ部屋にいるときでも話し掛けてくるようなことはない。目が合うことだって、数えるほどだった。

「仲良くなりたいんだけどなぁ……」

 同室になって一年半近くになるのに、業務連絡みたいな会話以外に交流がないのはやっぱり寂しい。
 でも、僕から話し掛けるのは無理だった。
 エヴァロスには結界魔法を何重掛けしたみたいな、近寄りがたい雰囲気がある。僕なんかは話しかけちゃだめ、みたいな。

「……この魔石も、そんな感じがするなぁ」

 綺麗すぎて、触れられない。
 エヴァロスが作った魔石にもそんな雰囲気があった。
 でも、なんとなく惹かれるものがある。カッ、と胸の奥が熱くなるような、ドキドキするような……そんな気持ちだ。
 それも、エヴァロスに対する僕の気持ちと同じだった。

「魔石って作った人に似るのかもなぁ。魔力の色が同じせい? それとも、それ以外に関係する性質があるのかな? 魔力にも性格みたいなものがあるんだとしたら、それはいったいどういったことに関係してくるんだろう。魔法の発動にも関係するのかな? これ、ちゃんと研究してみたら面白いかもしれない」

 いつものように、あれこれ思考を巡らせる。
 なんとなく目の前にあるエヴァロスの魔石に、指先を近づけていた。
 触れる勇気はないけど、少しだけ。

「え、……あっ」

 触れていないのに、指先にピリッとごく弱い雷魔法のような痺れが走った。
 慌てて身体ごと後ろに引いたけど、指先の痺れはなくならない。
 異変はそれだけじゃなかった。

「何、これ……」

 魔石と指先が糸のようなもので繋がっている。
 よく見るとそれは糸ではなく、魔石からあふれている魔力だった。
 どういう理由かはわからないが、それが繋がっているせいで魔石からいくら離れてもピリピリが収まらないようだ。
 魔力の糸を切ろうと手をぶんぶんと振り回してみたけど、魔力の糸に変化はなかった。

「あ……あ……ッ」

 そうしてる間にも、魔石から魔力が流れ込んでくる。
 じわじわと僕の身体を侵食する魔力の色は、僕の持つ光と水の属性とは正反対の属性――闇と炎の属性だった。
 そう。エヴァロスの魔力は、僕と反属性なのだ。

「身体が、変……ぅ、ん」

 体内魔力は満ちているのに、身体に力が入らなくなってくる。
 これが反属性魔力の効果なのだろうか。
 床に倒れ込んでしまう前にベッドに、ごろりと寝転がる。少しでも楽な姿勢を探して、ぐっと背中を丸めた。

「ん……はぁ……」

 それでも、全く落ち着かない。
 僕の身体を襲う痺れは、次第に疼きへと変わっていった。
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