【完結】ステージ上の《Attract》

コオリ

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第7章 成長と羽化

37 白

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「皆のもの! 刮目かつもくせよ!!」

 全員の視線は既に前方へと集まっているのに――帝次ていじはおそらく、この台詞を言ってみたかったのだろう。ふんっと特大の鼻息を吐き出しながら、眼鏡を高速で何度も持ち上げている。
 その反対の手には、背丈以上ある大きな白布の端を掴み、頭の上まで持ち上げていた。
 白布はスタジオ前面に置いてあるを隠す役割をしているらしく、その向こうに何があるかは、純嶺すみれたちのいる側からは確認できない。
 その布の逆側の端を持っているのは銀弥ぎんやだ。
 今日は「いつもより三十分遅く集合してほしい」と事前に言っていたのは、どうやらこの準備があったからのようだった。

「さて、お披露目といくか」

 銀弥も帝次ほどではないが、どこか興奮した面持ちだ。
 にっ、と両側の八重歯がしっかり見えるぐらい歯を見せて笑うと、「せーのっ」と帝次とタイミングを合わせて、白布から手を離した。

「わ……っ」

 感嘆の声を上げたのは叶衣かなえだ。
 少し遅れて、パチパチと大袈裟に手を叩く。
 その隣に立っていたヤミトは、自分の長すぎる前髪を指で掻き分けながら、じっと前に並んでいるものを凝視していた。
 純嶺もお披露目されたものに視線を向ける。

「すごい……かっこいいですね!」
「だろう! 自慢の逸品だ!!」

 感動に声を荒げた叶衣に、帝次がさらに鼻息を荒くした。
 高速で上下する眼鏡は、もはや残像しか見えない。

「帝次、お前が作ったんじゃないだろ……まーでも、自慢したい気持ちはオレも一緒だけど。改めて! これが今回、オレたちが着る衣装だ」

 銀弥たちによってお披露目されたのは、純嶺たち六人が着る衣装だった。
 全員分の衣装が、わざわざこのために借りてきたらしきトルソーにきっちり着付けられた状態で並べられている。
 テーマが〔吸血鬼〕というだけあって、今回の衣装デザインは退廃的な印象が強かった。ただ、よくある中世を思わせる吸血鬼の衣装ではなく、現代に生きる吸血鬼をイメージしたデザインのようだ。
 主な素材として使われているのはガーゼ生地だろうか。
 一枚では向こう側が透けて見えるほど薄い生地を、何枚も重ねて作られているのがわかる。
 デザインとしてあえて透けさせている部分もあるようだが、実際に着たときにどうなるのかは、まるで想像がつかなかった。
 衣装は全員まったくのお揃いではなく、それぞれに個性がつけられているのがわかる。一番わかりやすいのが、細幅の革ベルトで作られた装飾の違いだ。
 腕だったり、太ももだったり、首だったりと巻かれている箇所が違う。中には編み込まれた革紐がコルセット状になっているものもあった。
 衣装本体もベルトも揺れるパーツが多くあり、踊ったときにどう見えるのか楽しみな衣装でもある。

「今回も衣装提供はあのYRだよ。時間の関係もあるから、大まかな部分は先に完成してたんだけど、細かい部分はオレらの考えた歌詞やダンスに合わせて調整してくれた。デザイナーの二人に直接会えると思ってなかったから、マジでヤバかったわ……」

 YR――中間審査のときにも聞いた名前だ。
 男性二人組のデザイナーで、世界的に有名なのだと、ドラが前に説明してくれたのを思い出す。
 最初に決めた役割どおり、銀弥と帝次は練習の傍ら、デザイナーとの打ち合わせにも参加していたらしい。

「この衣装、一つだけ白なんだな」
「気づいてくれたか!」

 一目見れば誰もが気づくポイントだったが、せんの発した言葉に帝次が食い気味に乗っかった。
 一つだけ、白い衣装。
 それは純嶺も気になっていた。

「黒が《吸血鬼》、白が《人間》ってことですか?」
「御明察!! まさにそれだ!!」

 手を上げて発言した叶衣を、びしっと帝次が指差しながら叫ぶ。補足で銀弥が説明を始めた。

「最初は全員黒の衣装の予定だったから、装飾の違いだけで《人間》と《吸血鬼》を分けようかって話だったんだけど、急遽、YR側が色違いの衣装を用意してくれたんだよ……マジでやばくね?」
「わざわざ? 新しく作ったってことですか?」
「そうらしい……時間もないのに、正直びびった。でも、すごくいい出来だろ?」
「ですね!!」

 銀弥の説明に、叶衣がうんうんと勢いよく頷いている。
 黒の中で一つだけ目立つ白い衣装をうっとりとした表情で見つめ、その横顔はとても満足げだ。

「で、この白の衣装を染に着てもらおうと思うんだけど」
「それって俺が《人間》役ってこと?」
「……そこだけは、しっくりこないけどな」

 本当にしっくりきていないのか、銀弥は苦い表情を浮かべていた。
 腕を組み、首を傾げて、まだ悩んでいる様子だ。

「でも、仕方ないかなって。純嶺ちゃんが歌うとこで一緒に踊るのはお前だし、あそこは《愛する人間を失った吸血鬼の嘆き》って演出だからさ。それなら一緒に踊るお前が《人間》役ってのが、一番しっくりくるじゃん」
「……まあな」

 染本人もどこかしっくりきていないようだった。
 衣装が似合う似合わないの話でないのは明白だ。おそらく引っかかっているのは、染が《人間》の配役であることだ。

 ――あれを、言ってもいいんだろうか。

 純嶺には、ずっと引っかかっていることがあった。
 今はそれを話すいい機会のような気がする。

「――それなんだが」
「ん?」

 意を決して、二人の会話に割り込む。
 二人だけでなく、全員の視線がこちらを向いた。

「その衣装を染が着るのは、おれも賛成なんだが……おれが歌うあのパートの解釈、おれは《を失ったの嘆き》に思えるんだが」
「え……待って。それ、逆ってこと?」

 明らかに戸惑っている銀弥の問いに、こくりと頷く。
 それは初めて歌詞を見たときから、純嶺がずっと思っていたことだった。
 別に銀弥たちの解釈でも全くおかしくはなく、本当にごく小さな引っかかりだ。だから、わざわざ意見をする必要もないと思っていた。
 しかしその解釈なら、今、染や銀弥の抱いている違和感を解消できる。そう気づいた。

「逆、かぁ」

 歌詞の内容を思い出しているのか、銀弥がきゅっと眉根を寄せた。他のメンバーも皆、同じように黙って何かを考えている様子だ。
 しばしの間、スタジオ内に沈黙が降りる。

「確かに……」

 それを破ったのは、思いがけない人物だった。

「その解釈ならすべての辻褄つじつまが合うのか。人間を失った吸血鬼の嘆きだと考えるのが一番わかりやすいシチュエーションだったから、あまり深く考えずにそれを受け入れていたが、逆だとするならこの物語にもっと深み出てくる。黒い衣装を纏う側を《人間》、白を《吸血鬼》と表現した感性も素晴らしい。普通は《吸血鬼》を闇のものと考えるが、《人間》のほうが業が深いと思うことはぼくでもあるからな。信念を持ったヴィランのほうが強く美しいと感じるのもそれだ。そう思っていたはずなのに、ぼく自身も固定概念に囚われてしまっていたなんて。でも……間違っていたはずなのに、不思議と今のままの歌詞でも大きな違和感はないのが驚きだ。歌詞を考えたのはぼくと叶衣クンなのに……まるで純嶺クンの振付に、物語の展開や結末まで誘導されたみたいじゃないか。ダンスの振付だけでそんなことができるなんて、にわかには信じられない」

 突然早口で長々と語ったのは、ヤミトだった。
 ヤミトがこんなにも流暢に話しているところは初めて見る。
 純嶺だけでなくこの場にいる全員が、ぽかんと間抜けな表情でヤミトを見つめていた。


   ◇


 それからあっという間に、数日が過ぎた。
 振付、歌詞、衣装、演出のすべてが決まってからはひたすらに練習を繰り返し、毎日が順調に過ぎていった。
 そして気づけば最終審査まで明日と明後日、あと二日しかない――そこまで日は迫っていた。

「アンタの解釈、俺マジで好きだわ」
「それは嬉しいが……別に、今しなきゃいけない話じゃないだろ」

 寝転がった体勢で、染の顔を見上げる。
 純嶺の後頭部の下には、枕の代わりに染の太腿があった。腕枕ならぬ、足枕だ。
 場所は部屋のロフトベッドの上。
 二人でプレイをするとき、場所はここが定位置になっていた。

「今が一番、ゆっくり話せるだろ」

 それはそうだが、プレイ中に雑談というのは落ち着かないものがある。
 染にそういった気持ちはないのだろうか。
 ゆったりとした手つきで純嶺の頭を撫でる染はリラックスしているのか、いつもより表情も話し方も柔らかい。
 こういう場面でしか、染のこういう態度や表情は見れない気がする。

「あのとき、アンタが言い出してくれてよかったわ」
「まさか、そのまま採用されるとは思ってなかったが」
「されるだろ。あれは完全に盲点だったし……逆のほうが物語に深みが出る、ってヤミトもあんとき言ってたろ? 俺もマジでそうだなって思った。それに観客も初見は黒を《吸血鬼》と思うだろうからな。クライマックスでのどんでん返し――絶対面白えに決まってんじゃん」
「面白くするしな」
「だな」

 こういう話ができるのは楽しい。
 だが、やはりプレイ中にするものではない気がする。今日もいつものように頭がふわふわしてくる。
 染の体温を感じるところから、気持ちよさが止まらないせいだ。

「ところで……お前は毎回、こんなプレイで満足するのか?」

 眠る前の軽いプレイは、もはや日課になっていた。そしてその後、同じベッドで並んで眠るのもだ。
 お互い、そうしたほうが調子がいいのは間違いなかった。
 こうしたプレイの後は気持ちだけではなく、身体も軽くなるから不思議だ。欲求が満たされるということがSubにとってどれだけ重要なのか、それもこの合宿で純嶺が知り得たことの一つだった。

「満足するよ。アンタは物足りない?」
「そんなことはないが」
「ならいいじゃん」

 染の手に撫でられるのは本当に気持ちが落ち着く。
 ダンスのとき、あれだけ多くの感情を表現する指先。揺らめく波のように滑らかに動く染の指先は、自然と目を引くものがある。
 その動きが全体の動きと調和し、より観ている側の感覚を作り出す世界へと引き込んでいく。
 あんな風に爪先まで繊細な表現をし続けることは、本当に難しいことだった。だが、染はそれを簡単なことのようにやってのける。
 それがまたすごいのだ。

「熱視線じゃん。ダンスのこと考えてただろ?」
「……わかるのか?」
「まあな。アンタのそういう顔、好きだし」
「っ……」

 まただ。
 こういう染の言葉に、純嶺は過剰に反応してまう。
 グレアやコマンドを使って支配されているときは余計にそうだった。染の言葉に感情を揺さぶられやすくなっているのだろう。
 
「……白い吸血鬼。人の世界に染まることのできない、孤高の存在」

 ぽつり、と染が呟く。

「染まるために、散る――たった一人のために」

 純嶺もそれに続いた。
 これは、純嶺たちが踊る曲のコンセプトだ。

「愛する人のために、ってところ泣かせるよな。それを歌とダンスだけでどこまで伝えられるか。アンタの歌と俺のダンスが、この曲のクライマックスだ」
「ああ」

 この物語を、歌とダンスだけでそれを伝える。
 簡単なことではないが、その分だけ面白さもあった。

「この曲を、ノルノッラホールでやれんのも楽しみだよな」

 ノルノッラホール――今日初めて知らされた、最終審査が行われるコンサートホールの名前だ。
 純嶺はその会場をよく知っていた。
 そこは純嶺の幼馴染みであるコウの所属するcra+voがデビューライブをしたコンサートホールであり、純嶺が初めて振付師の仕事をした場所――そして、自分のダンサー人生を諦めることを初めて意識した場所でもあった。

 ――なんの因果だろうな。

 あのステージで自分が踊る姿を、まだ明確に描くことはできない。客席からコウたちのステージを見つめ、自分の終わりを意識した気持ちも、まだ完全に拭いきれていなかった。
 でも今のチームメンバーと一緒なら、染が隣にいれば、きっと大丈夫な気がする。

「……お前と一緒にやれるのも、あと二日だけなんだな」
「ああ。でも、俺はその後も続くと思ってる」
「おれは……」

 続けばいい、とは思う。
 だが、染のようにはっきり言葉にするのは難しかった。今は最終審査を勝ち抜くことだけが目標であり、それ以上のことは考えられない。
 ただ、そんな純嶺でも確実に言えることがある。

「――お前の隣で、これからも踊っていたいとは思う」

 そのまま、襲ってきた眠気に抗えずに目を閉じる。
 唇に優しく触れた感触が誰の何なのか、もうそれに気づかない純嶺ではなかった。
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