【完結】ステージ上の《Attract》

コオリ

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第6章 新たなスタート

27 気持ちの変化

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「調子はどう? 変わったところとか、気になることとか」

 宮北みやきたの問診を受けるのは、これで何度目だろう。
 飲んでいる薬は前と変わらなかったが、変化の起こりやすい環境でオーディションをしているからか、三日に一度はこうして顔を合わせて話をすることになっていた。
 何かあれば、決まった日以外でもすぐに連絡がほしいとも言われている。

「些細な変化でもいいよ」
「……寝つきがよくなった、あと寝起きも」
「へえ。睡眠に変化、か……でもチームとか部屋が新しくなったんだよね? そのストレスはないってことかな?」
「いや、あると思う……でも、今までに比べてすっきり起きられるというか、そのおかげで調子もいい」

 環境の変化によるストレスは間違いなくあるはずなのに、不思議と不調は感じていなかった。
 薬のおかげだろうか。
 普段の純嶺すみれなら考えられないことだった。
 Subの性質か、それとも元々の性格か――純嶺は自分が環境の変化に敏感である自覚がある。
 枕が変わると眠れないというのを、もっと酷くしたような感じだ。
 眠れないだけでなく、普段よりもマイナス思考が強くなることだってある。こちらは間違いなく、不安症の悪化が原因だろう。

「理由はわからないけど、調子はいいってことなのかな?」
「そうだな。悪い感じはしない」
芦谷あしやくんがそう思うなら問題はなさそうだね。健やかに過ごせるのが一番だ」

 宮北はそう言いながら、カルテに何か書き込んでいる。
 いつも笑顔の宮北だが、その横顔はいつも以上に喜んでいるように見えた。
 こうしていい結果が報告ができるのは、宮北やその助手を務める城戸きどが、純嶺のことを真剣に考えてくれているおかげだ。
 諦めかけていたことを今、こうして大きな心配もせずに頑張れているのだって――全部、周りの力があってのことだった。

 ――謙遜はよくない、か。

 ふと、ドラに言われたことを思い出した。
 謙遜している自覚はなかったが、ドラにそう指摘され、今までの自分があまりよくない考え方だったことに気づけた。
 自分に厳しいというのは決して悪いことではないが、度が過ぎれば、自分を傷つけてしまうことにも繋がる。それは自傷行為と同じだ。
 純嶺はそうやって自分自身を否定してしまっていたのかもしれない。
 まだまだだめだと自分を貶めて――それが、よくない追い込み方だったのだ。

 ――まだ、自分を評価するのは難しい……けど。

 それができるようになれば、こうして周りから自分を支えてくれている人たちを喜ばせることができる。よかったことを口にして、感情を態度に示して――そうして初めて、周りに自分の思いを伝えることができるのだ。
 これまでずっと自分の内面ばかりと闘い続けてきた純嶺だったが、ようやく周りに視線を向ける余裕がでてきたのかもしれない。

「芦谷くん、最近は表情も明るいよね。いいことあった?」
「……いいことに、気づけるようになったみたいだな」

 きっと、今までだって悪いことばかりではなかったはずだ。 
 でもそれも、純嶺自身が気づけなければ意味がない。
 どれも、一人では気づけなかったことだ。閉じた世界に引きこもっていては、知れないことばかりだった。

「いい変化が起こってるんだね」
「そうだな」

 宮北の問いに、こくんと頷く。
 こうして穏やかな気持ちで笑えることも、純嶺にとっては大きな変化だった。


   ◇


 最終審査は中間審査と違う点がいくつかある。
 まず、各々のチームに〔テーマ〕が与えられたこともその一つだ。
 今回のオーディションには〔ヴィラン〕という大きなテーマがある。それに加えてもう一つ――純嶺たちのチームには〔吸血鬼〕というテーマが加えられていた。
 そのテーマに合わせて行われなければいけないのが〔振付〕〔作詞〕だ。
 今回はチームごとの専属振付師が存在しない。各チームのメンバーで提供された楽曲に合わせて振付を考える必要があった。
 その楽曲には、歌詞が用意されていない。こちらもメンバーと相談して考えなければいけなかった。
 さらには、ステージ演出についても提案しなければいけないことになっている。
 どれも、それぞれのプロのサポートは受けられるものの、今回、純嶺たちのやらなければならないことは前回に比べて明らかに多かった。
 
 一応それについての話し合いは、昨日のうちに済ませてある。
 メンバーからさまざまな意見が出たものの、まずは一度、役割を分けずに全員で考えてみようというのが昨日出た結論だった。
 だが、そううまくいくものではない。
 純嶺たちは早速、大きな壁にぶつかっていた。

「……見事にバラバラだし、だめだな」

 溜め息混じりにそう吐き出したのは銀弥ぎんやだ。
 チームのムードメーカーである銀弥にしては珍しく、落胆した声色だった。

「……すみません。おれ、振付とか全然考えてこれなくて」
「いや、今のは叶衣に言ったんじゃないから。っつうか、振付と作詞がこんなにも難しいもんだとは思わなかったわ」

 そう言って、がりがりと頭を掻きむしっている。
 相当、悩んでいる様子だった。

 ――確かにバラバラだったな。

 その点については、純嶺も銀弥と同意見だった。
 今日はメンバーそれぞれが楽曲をどう解釈したか――それに対して、どう振付と作詞を行うのかを発表することになっていた。
 振付は一番のサビ部分だけをそれぞれが作り披露することになっていたが、初心者に振付は難しかったのか、出揃ったものは見事にバラバラ。
 ダンス初心者の叶衣にいたっては、踊りの形にすらなっていなかった。
 作詞のほうも同様に、全員の方向性が定まっていない。
 このままでは、先が思いやられる展開になるのは間違いなかった。

「初日なのだから、バラバラでも仕方ないのではないか?」
「……そうなんだけどさ。ただあんまり時間もないから、ここまでバラバラで方向性も決まらないとなると焦るっていうか」

 帝次ていじがフォローに入ったが、それでも銀弥の眉間の皺が薄くなることはなかった。
 スタジオの床に胡座をかいて座り込み、文字どおり頭を抱えている。

「全員で考えようとしてるから、無理が出るんじゃねえの?」

 今度はせんが銀弥に声を掛けた。
 銀弥に大股で近づき、隣にどかりと腰を下ろす。

「それは、俺も思ったけど」
「別に振付も作詞も全員でやれって話じゃねえんだろ? だったら、任せられるやつに任せてもいいんじゃねえかな」
「…………」

 染と銀弥、二人の視線が純嶺のほうを向いた。
 直前に染が言った『任せられるやつ』という言葉が指していたのは、純嶺のことだったらしい。

「なあ、振付はアンタに頼めない?」
「――任せてもらえるなら」
「お、マジ?」

 自分が言い出したことなのに、染は純嶺の返答に驚いている様子だった。

「その反応……冗談だったのか?」
「いや、本気だけど。ただ、もうちょい渋ると思ってたから」

 その認識は間違っていない。
 前の純嶺なら、染の提案に『おれなんかが』と言って返事を渋っただろう。
 でも、今の純嶺の気持ちは違う。

「やってみたいと思ったからな」
「こんな全員バラバラの振付を見せられたのに?」
「だからだ」

 メンバー全員、やりたいことがバラバラでどうやっても纏めるのが難しい振付――それを見て、純嶺は厳しいと思ったのと同時に、面白いとも感じていた。
 完成予想図すら、今の状態では全く描くことが難しい。
 そのことに不安を覚えるどころか、わくわくした気持ちすらあった。

 純嶺がこれまで振付を手掛けてきたcra+voも個性の強い集団だが、それでもコウというリーダーの決めた方向性で全員が纏まっていた。
 難易度の高い振付を遠慮なく要求できるという点で楽しさはあったが、目指すものがはっきりしている分、今の純嶺が覚えているような面白さを感じたことはなかった。

 ――このチームは、未知でしかない。

 目指すべきところもわからない。
 それがこんなにも楽しみに思えるなんて――自分でも意外だった。
 でも、このチームの振付をしてみたい。
 挑戦してみたいと純粋に思えた。

「もちろん、他に意見があるなら――」
「ないです!」
「自分もないぞ」
「………………任せる」

 問う前に、残りの全員から答えが返ってきた。
 振付に関しては、純嶺に一任してくれるらしい。

「んじゃ、俺はそのサポートに入るかな」
「頼めるか?」
「ああ。任せろ」

 染が純嶺の手助けを買って出てくれる。
 断る理由はなかった。

「んじゃ、振付は二人に任せて、作詞は……」
「おれ、やりたいです!!」
「………」

 叶衣が勢いよく手を挙げた。
 純嶺の意欲に刺激されたのかもしれない。
 鼻息を荒くしている叶衣の隣では、ヤミトも小さく手を挙げていた。俯いたままだが、参加の意思を表しているようだ。

「じゃあ、作詞は叶衣とヤミトに任せるな」
「はい! 頑張ります!」

 叶衣はハキハキと答えると、隣のヤミトに「よろしく」と笑いかけた。
 くぐもった小さな声でヤミトが答える。

「じゃあ、俺と帝次は演出関係だな。衣装の確認なんかもしなきゃいけないみたいだし」
「精一杯、力になれるよう努力しよう。手が足りないところの手伝いもするから、いくらでも声を掛けてくれ」

 帝次がまたクイッと眼鏡を持ち上げる。
 伊達眼鏡だと話していたのに、喋るときにそうするのが、すっかり癖になってしまったらしい。
 そんなことを考えていたら、反対側からトントンと背中を叩かれた。
 叶衣がすぐ後ろに立っている。

「あの、純嶺さん。歌詞ってなるべく早く仕上げたほうがいいですよね? 振付にも影響するし……」
「いや、慌てなくても平気だ。どんな雰囲気になるか、決まったときに知らせてくれればいい。いくらでも調整はできるから心配するな……今まで、もっとややこしいやつと仕事をしてきたからな」

 最後は囁くほどの声量だったが、隣にいた染にはしっかり聞こえたらしい。
 純嶺の肩に腕を引っ掛けてきた染が、じっとこちらを覗き込んでくる。

「それって、cra+voのこと?」
「……主にコウだな」
「あー……なんかわかる気がするわ」

 なんとなく伝わったらしい。
 納得したように頷いた染が、さらに顔を近づけてくる。

「アンタの一言で、急にチームが動き出したな」
「……お前の提案のおかげじゃないのか?」
「いや、間違いなくアンタだよ。アンタの『やってみたい』って気持ちに動かされたんだ。あんなわくわくした顔しやがって」

 そう言って笑った染から、視線を周りに移す。
 それぞれ動き始めたチームメンバーを眺めながら、純嶺は後半戦に向け、決意を新たにした。
 
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