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第5章 中間審査
21 実力差
しおりを挟む中間審査はあっという間に終了した。
本番の緊張感は確かに凄まじいものだったが、終わってしまえば驚くほど呆気なく――どちらかといえば、こんなものかという印象のほうが強かった。
普通のオーディションと違い、撮影映えを意識したステージセットだったいうのもよかったのかもしれない。パフォーマンス中、審査員の目を意識することはほとんどなかった。
薬のおかげもあって心配していた不安症の発作が起こる気配を感じることもなく、安定したパフォーマンスができたと思う。
純嶺としては充分、満足のいく出来栄えだった。
「うはー、ドキドキするね……」
「そういうのいいから、早く再生ボタン押せよ」
「何それ! じゃあ、マエくんが押したらいいじゃん!」
いつもどおり、賑やかに騒いでいるのはドラと真栄倉だ。
純嶺を含む他のメンバー四人は照明を落としたスタジオの床に座り、そんな二人の動向を眺めていた。
全員、ステージ衣装からいつものジャージに着替え終えている。
田中力作のメイクもすべて落とし、田中本人もいつもの糸目に戻っていた。
「わかった。じゃあ、押すぞ」
「いや、待って! まだ、心の準備が……!」
ドラの制止を聞かず、真栄倉がリモコンを奪い取る。
問答無用に再生ボタンを押した。
スタジオの壁面に備えつけられている六十インチのモニターに映し出されたのは、今日行われたオーディションの映像だ。
スタッフたちの手早く確実な仕事のおかげで編集までが完成されたその映像は、つい先ほど純嶺たちの手元に届けられたものだった。
「わ……やば」
映像が始まれば、直前のドタバタは忘れてしまったかのように、ドラは画面に見入っている。
この動画は配信用に編集されたものだ。ナレーションこそまだ入っていない状態だったが、場面に合わせた字幕はすでに付けられている。
映像はオーディションが始まる前、リハーサルや控え室での光景からスタートした。
「……こんな風に配信されてるんだな」
配信されているオーディション動画を見るのは初めてだ。
画面に映る自分たちの姿を見るのはなんだか不思議で、純嶺はポツリとこぼす。
「あれ? 純嶺サンは配信見てへんの? ドラちゃんは毎回見とるんやろ? 一緒に見たりせんの?」
「見ないねー。スミレちゃん、オレがこれ見始めたら部屋から出てっちゃうし」
ドラがオーディション配信を欠かさず見ているのは知っていたが、純嶺はあえてそれを避けていた。
不安に繋がることは、極力避けたかったからだ。
わざわざ気持ちの負担になることを自分から増やす必要はない。それでも不安症の発作を発症してしまったが、こうして自衛していなければもっと早くにそうなってしまっていたかもしれない。
経験上、慎重になるに越したことはない。
「――今回の衣装ってチームごとにバラバラだったんだね。めっちゃお金かかってるじゃん」
「本当だな」
審査中は公平を記すため、他の二チームとは一切接触していなかった。
控え室は別で、スタジオに入る時間も完全にずらされていたので、他のチームがどんな格好でどんなパフォーマンスを披露したかを見るのは、これが初めてだ。
「うちは黒系だったけど、他の二つは結構派手やな」
「これもめっちゃかっこいいね。衣装提供ってYRだって聞いて、びっくりしたけど」
「YR? 有名なブランドなん?」
「海外のコレクションとかにも常連の有名ブランドだよー。オレなんかが手の届く値段じゃないから、買ったことはないけど。まさか、こんなところで着れるとは思ってなかった」
ドラはこういったことに本当に詳しい。
今画面に映っていたのは、染の所属するチームだった。
黒系でまとめられていた純嶺たちのチームとは違い、こちらのチームの衣装は血のような深い赤色で統一されている。
ところどころに毛皮をあしらわれた衣装に合わせて、染たちのメイクは《獣》や《野生》をテーマにしていると字幕で説明が入った。
目の下に引かれた発色のいい赤のアイラインが、そこに妖艶さをプラスしている。
「曲のタイトルはbestia――こっちも獣って意味か。それに合わせてあるんだな」
「うー……見る前からなんか絶対すごいやつってわかるじゃん」
冷静に分析するように映像を見ているのは真栄倉だ。
ドラは目元を両手で覆いながら、それでも他のチームのパフォーマンスが気になるのか、チラチラと指の隙間から画面の映像を見ている。
――全員、ステージ慣れしてるな。
純嶺も観察するように画面を見つめていた。
染のチームはパフォーマンス前だというのに、雰囲気づくりがよくできている。始まる前からここまで観客を期待させるというのは、計算してもなかなかできるものではない。
それに、スタンバイ前のオフショットでも、カメラの向こうにいるファンへのサービスを忘れていなかった。
全員が場慣れしている証拠だ。
――そこまでは、気が回らなかったな。
自分ももっとうまくやればよかったと、映像を見ていると反省点ばかりが浮かんでくる。
「――始まるぞ」
真栄倉の一言に全員、息を呑んだのが伝わってきた。
足元だけを映すアングルから映像がスタートする。曲の前奏が始まった途端、目まぐるしくカメラアングルが切り替わった。
ロックな曲調だ。
――曲のテンポはうちより少し遅いのに、踊りのキレがいいからテンポより早く感じるな。
動と静の切り替えがうまい。
照明の演出も、彼らのパフォーマンスとぴったりあっていた。決められた短い時間だけで打ち合わせたとは思えない仕上がりには、感心せざるを得ない。
今回の審査で披露できるのは、各チームたった一曲だけ。
でもその一曲の中に、このチームの表現したいものがきちんと詰め込まれている。
――やっぱり……あの男から目が離せない。
このチームのメンバーのほとんどは、世界でも活躍するパフォーマーたちだ。
その中にいても、一番目立っているのは染だった。
歌や踊りの才能がずば抜けているのはもちろん、表情や仕草のどれをとっても見ている側に魅力的に映る要素しかない。
――どうやったら、こんな風に踊れるんだ。
盗める技術であれば盗みたい――だが、それより先に魅せられてしまう。
染の作り出す世界に無理やり引き摺り込まれてしまう。
「……くそ。これと比べられんのか」
気づけば、染たちのパフォーマンスは終わっていた。
曲が終わったところで映像を止めた真栄倉が、苦々しい口調で呟く。
二番手は純嶺たちのチームだ。
この後すぐに自分たちのパフォーマンスを見る気にはなれない――全員が同じ気持ちのようだった。
「……なんなん、あれ」
「本物って感じでしたね。最初は色々考えて見てたはずなのに、気づいたら夢中になってました」
田中は放心状態だった。
ルーネは身体の震えが抑えられないのか、自分の二の腕をぎゅっと掴みながら、噛み締めるように呟きをこぼす。
叶衣は言葉すら、出ないようだ。
ドラも珍しく黙っている。
純嶺も言葉が見つからなかった。
「――……続き、見るか」
「ああ」
純嶺の同意を聞いて、真栄倉が再生ボタンを押す。
スタジオ内の空気は最後まで、重いままだった。
◇
審査の結果は明日、全員の前で伝えられることになっている。
この中間審査で何人が落とされるのかは、まだ聞かされていなかった。
どういう風に評価が下されるのかも、誰も知らないままだ。
食堂も浴場も、メンバー同士が顔を合わせるところは空気が重い。皆どこか不安げな様子で、言葉数も少なかった。
「ねえ、スミレちゃん。インタビューの人って会った?」
「いや、会ってない。何か聞かれたのか?」
「ううん。オレじゃなくて、別の人が聞かれてるとこにバッタリ遭遇して……あれって全員じゃないのかなぁ。もしかして、次に進める人だけ……とか?」
部屋に戻ってきた後も、ドラはずっと不安な様子だった。
周りのことばかりが気になるらしく、ずっとそわそわとしている。
純嶺も、そんなドラとあまり変わらなかった。
もしかすると、審査前以上に緊張しているかもしれない。ドラほど表情や態度には出ないものの、ずっと動悸を感じている。指先も冷えきったままだった。
「……生殺しって感じだよね」
「ああ」
「すぐに結果出してくれたらいいのに」
「そんな簡単に決まるものじゃないんだろ。今も審査会議は終わってないって話だったし」
スタッフから、そう説明されていた。
参加メンバーが夕食をとり、入浴している間も審査会議は続けられていたらしい。
そしておそらく、今もまだ終わっていない。
審査員は振付師の三人と今回のオーディション楽曲を提供してくれた作曲家、それにプロデューサーと社長を加えた計六人だった。
最終決定権は社長にあるらしいが、他の審査員の意見もかなりのウエイトを占めるようで、審査は難航を極めているらしい。
「誰か、落とされたりするのかな……」
「あんまり考えたくないけどな」
「……うん。ごめん」
「いや、おれも考えないわけじゃない」
むしろ、嫌でも考えてしまう。
口にしていないだけだ。
「もう、寝るか」
「……そうだね。そうしよっか」
普段の就寝時間より早いが、起きていてもやれることはもうない。
部屋を仕切るカーテンを閉じると、純嶺はベッドに上がり、仰向けに寝転がった。
昨日はいつもの半分の時間しか眠れていない。今日もたくさん身体を動かして疲れているはずなのに、目を閉じても睡魔はすぐには襲ってこなかった。
それどころか、いつもより目は冴えている。
――大きな失敗はなかったはずだ。
天井を見上げながら先ほど全員で見た、自分たちのパフォーマンスを思い出していた。
完成度は悪くなかったと思う。終わった直後は、満足のいく出来だとさえ思っていた。
そう思っていたはずなのに、残りの二チームのパフォーマンスを見たせいか、どうしても他のチームと自分たちのパフォーマンスを比べてしまう。
元のレベルが違うのは最初からわかっていたことなのに、実力の差に愕然とさせられた。
――あれに、勝てるのか?
もう一つのチームもレベルは高かったが、純嶺が思い出すのは染のダンスのことばかりだった。
染がすごいのは前からわかっていたことだが、純嶺の理想とするパフォーマンスのすべてが染のダンスには詰まっていた。
あそこまでのものを見せつけられると、人は嫉妬の感情を抱く暇もない。
ただただ身体が内側から熱くなり、興奮が抑えられなくなる。
できることならあの隣で踊りたい――純嶺が嫉妬を抱く相手がいるとすればそれは染ではなく、その隣で一緒に踊っていたチームのメンバーだ。
――明日、結果が出るんだな。
まだ中間審査でしかない。
だが、ここで落とされる心配がないわけではなかった。次に進めなければ、これが最後になってしまう。
それだけは考えたくもなかった。
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