【完結】ステージ上の《Attract》

コオリ

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第5章 中間審査

19 二度目のプレイ *

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 純嶺すみれのすぐ隣に腰を下ろし、せんはスマホで誰かと連絡を取っているようだった。
 その間も、ぴとりと触れている腕から染の体温が伝わってくる。冷え切っていた身体が、そこからじんわりとあたたかくなっていくのがわかる。

「――よし。行くか」
「行くって……どこに?」
「医務室だよ。部屋には戻れねえだろ?」

 染の言うとおり、部屋に戻るのはまだ難しそうだった。
 気持ちは少し落ちついてきていたものの、身体の自由は利かないままだ。
 差し伸べられた手をとって立ち上がる。染の肩を借りて、宿泊棟の一階にある医務室を目指すことになった。

 ――あのときのDom……なんだよな?

 間近にある染の横顔を眺める。
 まだ信じられない気持ちのほうが大きかった。
 言われてみれば、あの店で会ったDomと染の背格好はよく似ている。
 それに、あの痕だ。
 染の太腿にあった痕は確かにあの日、純嶺がプレイルームで相手のDomにつけた噛み痕に酷似していた。

 ――そもそも、おれがあんなことをしたって知ってるのは……あのDomぐらいだし。

 ならやはり、同一人物なのかもしれない。

「どうした? 気分悪いのか?」

 黙りこくっていたせいで、心配されてしまった。
 その質問に、ふるふると首を横に振る。

「嘘じゃねえよな? 無理はすんなよ。担いで運べたらよかったんだけど」
「……平気だ。そこまでじゃない」

 そんなことをさせるわけにはいかない。
 明日は大事なオーディション中間審査だ。
 こんな時間に付き合わせてしまっているだけでも申し訳ないのに、そんな無茶なことをさせて染に怪我でもさせてしまったら――それこそ、たまったものではない。
 転んでしまわないように、慎重に足を前に運ぶ。
 廊下の角を曲がったところで、医務室の前に誰かが立っていることに気がついた。
 向こうも気づいたらしく、心配そうな表情でこちらに近づいてくる。

芦谷あしやさん、大丈夫ですか?」

 そう純嶺の声を掛けてきたのは、城戸きどだった。
 就寝中だったのだろう。寝巻きの上にカーディガンを羽織っている。
 城戸はすぐに染の反対側に立つと、純嶺の身体を支えるように腕を肩に担いだ。

「悪かったな。こんな時間に連絡して」
「問題ないですよ。俺はこういうときのために泊まり込んでいるので」
「相方とお取込み中じゃなかったか?」
「さすがにそれはないですよ」

 ――もしかして、さっき連絡してたのって。

 染が非常階段のところで連絡を取っていたのは、城戸だったらしい。
 二人は知り合いなのか、純嶺を挟んで親しげに話をしている。染も純嶺のように、宮北や城戸の世話になっているのだろうか。

「少し待っていてください」

 医務室の前まで来ると城戸は一旦純嶺から離れ、ポケットから出した鍵で扉を開いた。
 すぐに部屋の奥にあるベッドへ、純嶺を誘導する。

「……迷惑かけて、悪い」
「いいえ、大丈夫ですよ。気分はどうですか?」
「さっきより、マシにはなったと思う」
「顔色は最悪なままだけどな」

 城戸と話しているのを隣で見ていた染が、純嶺の頭にポンッと手を置いた。
 見上げると、まっすぐこちらを見つめる淡い青灰色の瞳と視線が絡む。
 純嶺は慌てて目を逸らした。
 染の瞳からグレアは出ていないのに、なんだか落ち着かない。

「薬が必要ですか?」
「いらねえよ。そんなの飲んだら明日に響くだろ」

 城戸の提案を、純嶺より先に染が断った。
 染がそんな風に答えることを予想していたのか、城戸は小さく笑っている。

「では、この後は染さんに任せても?」
「俺はいいけど……アンタはどうしたい?」
「……どう、って」

 染が何を聞いているのかはわかる。
 今のこの状態を薬なしでどうにかするためには、プレイが必要不可欠だった。染はその相手を引き受けようと言ってくれているのだ。
 そして、その決断を純嶺に迫っている。

 ――でも、どう返せば。

 頼るべきなのだろう。
 だが、どう返事をすればいいのかわからない。
 視線を彷徨わせながら答えに悩んでいると、再び染の手が純嶺の頭に触れた。

「嫌じゃないなら、手伝わせろよ」
「……じゃあ、お願いする」
「だとよ」

 城戸は黙ったまま頷くと、ベッド横の机の上に部屋の鍵を置いた。

「鍵はここに置いておきます。部屋は朝まで好きに使ってもらって構いませんので。先生のほうには俺から話しておきます」
「ああ。頼むわ」
「では……もし何かあれば、またいつでも連絡してください」
「わかったよ」

 城戸の出ていった扉を、純嶺はしばらくぼんやり見つめていた。
 染は一旦純嶺から離れ、室内に置いてあったウォーターサーバーから水を汲んでいる。

「アンタも飲む?」
「……ああ」

 これからプレイをするというのに、染は驚くほど普段どおりだった。
 純嶺は意識してしまって、いつものように振る舞うことができないのに――緊張のせいか、さっきまでの不安がまたぶり返してきたような気までしてくる。

「お白湯にしといた。アンタの身体、なんか冷たくなってるし」
「…………」

 手渡された紙コップを無言で受け取る。
 そこでようやく、自分の手が震えていることに気がついた。不安発作がまた起き始めているのは間違いなさそうだ。
 白湯を一口飲んでみたが、冷え切った身体があたたまることはなかった。
 やはり物理的な解決方法で、どうにかなる状態ではないらしい。
 
「前と同じぐらい緊張してんな」
「……お前は、本当にあの店で会ったDomなんだよな?」
「なんだよ、まだ信じてなかったわけ? グラサンだけでそんなにわかんないもん?」

 そう揶揄うように言いながら、染は純嶺と同じベッドに腰を下ろした。
 純嶺の手から紙コップを奪いとると、自分の紙コップと一緒に机の上に置く。

「ま、その話は後にしとくか。アンタ、結構つらそうだし」
「…………」
「緊張しすぎだって。怖いことするんじゃねえんだし、力抜けよ」

 染の手が純嶺の腕に触れた。
 気持ちを落ち着けるようとしてくれているのか、二の腕のあたりを優しく何度も撫でられる。

 ――そういえば、あのときもこうして。

 店で会ったDomも同じことをしてくれた気がする。

「……ん、ぅ」

 グレアを感じた。
 ごく弱い、そよ風のようなグレアだ。

「前に決めたセーフワードは覚えてるか?」
「……ああ」
「いつでも使っていいからな」

 染が相手なら、そんな必要はない気がする。
 純嶺は顔を横に向けると、間近にあった染の顔を見つめた。
 さっきまではまっすぐ見ることができなかったのに、今度は染の瞳から目が離せない。そこから感じる染のグレアに、純嶺の身体は勝手にひくひくと震える。

「……アンタって、ほんとたまんねえわ。《キスしてKiss》」

 ゆっくりと顔を近づける。
 おそるおそる唇を重ねると、ふっと吐息を漏らして笑った染が「《いい子Good》」と甘い声色で純嶺を褒めた。


   ◇


 瞼越しに明るさを感じる。
 ゆらゆらと揺れる光の正体を確認しようと、純嶺はゆっくりと目を開いた。
 揺れていたのはカーテンだった。
 隙間から太陽の光が漏れ、純嶺の眠っていたベッドのシーツに反射している。

「…………ここ、は」

 横になったまま、視線だけを動かして部屋の中を確認する。
 見慣れない部屋に一瞬思考が固まったが、すぐにそこが医務室であることを思い出した。

「はよ。起きた?」
「――ひゃッ」

 身体を起こそうと動かした瞬間、後ろから声を掛けられた。
 不意をつかれて、純嶺はびくりと身体を揺らす。らしくない変な声まで出てしまった。

「ひゃ、って可愛すぎかよ」

 後ろの男が笑っているのが、ベッドの振動で伝わってくる。

 ――振り向けない。

 うなじのあたりに視線を感じる気がする。
 純嶺と染は今、医務室の狭いベッドに二人並んで横になっていた。

「……お前が驚かせるからだろ」
「そんなに驚くと思わねえじゃん」

 背を向けたまま返せば、すぐに笑いを含んだ声が返ってくる。
 ぎしりとベッドが軋んだかと思えば、背中から抱きつくような姿勢で染が純嶺に身体を密着させてきた。

「……ちょッ、お前、何して」
「うん? アンタってこういうの嫌い?」

 慌てる純嶺とは反対に、染に悪びれた様子はない。
 ぐりぐりと純嶺の肩口に額を押しつけながら「落ち着く……」などと漏らしている。

「――好きとか嫌いとか、そういう問題じゃないだろ」
「性的接触ありに丸してたじゃん」
「っ、あれは! ……あそこが、そういう店だったからで」

 変なことを掘り返すのはやめてほしい。
 あの日、あの店に行ったときの自分はどうかしていたのだ。

「そいや、気分はどう?」
「……その前に離れろ」
「つめてえな。心配してんのに」

 そう言われると、強く突き放せなくなる。
 純嶺は肩越しに染の顔をちらりと確認した後、はぁっと大きく溜め息を吐き出した。
 
「……もう、なんともない」

 寝る前、染としたプレイはとても軽いものだったが、その効果は覿面だった。あれだけ強い不安に襲われたのが嘘のように、気分は驚くほどスッキリとしている。
 使われたコマンドはKissとKneelだけ。
 時間にしてみれば三十分にも満たないプレイだったのに、その効果は薬よりも強い。
 それに薬と違って、副作用のようなものもなかった。

 ――いや、これは……副作用なのか?

 一つだけ、純嶺の身体にいつもと違うことがあった。
 異変というほど大ごとではないが――この状態を染にはバレたくない。

「……離れろ」

 とにかく今は離れてほしい。
 そう思って、身体の上に乗っかる染の腕を振り払おうとしたのに、うまくいかなかった。
 それどころか――。

「なあ、これって生理現象? それとも……欲求不満なの?」
 
 ――バレた。

 朝勃ちと呼ばれる現象が、純嶺の身体に起こっていることが染にバレてしまった。
 こんなことは滅多にないのに――男同士とはいえ、こんなことを指摘されるのは恥ずかしい。
 普段そこまで自分の性欲を自覚していなかっただけに、なぜ人前でこんなことになってしまっているのかもわからなかった。
 何も答えられないまま、顔を俯かせる。
 羞恥に小さく震えていると、無防備になった純嶺のうなじに、ちゅっと染の唇が触れた。

「――っ、あ」
「アンタって反応がいちいち可愛いよな」
「何、言って」
「抜くの手伝ってやるよ。プレイのアフターケアが足りなかったせいかもしれねえし」
「そんな必要はな……ぁッ」

 染の手が純嶺の昂ぶりに触れる。
 下半身から駆け抜けた直接的な快感のせいで、拒否の言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。
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