【完結】ステージ上の《Attract》

コオリ

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第4章 寄せ集めのチーム

14 チームメンバー

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 ドラの呟きの後、スタジオ内に妙な沈黙が落ちる。
 一番ぽかんとした表情を浮かべているのは、二人に食ってかかっていた真栄倉まえくらだった。

 ――何か、おかしなことを言ったか?

 真栄倉は叶衣かなえとルーネに『やる気はあるのか』と聞いていた。
 それに対して、二人は何も答えずだんまりだったのだ。
 このオーディションに真剣に取り組んでいる真栄倉が憤りを覚えても仕方ない――そう思って口を出したのだが、間違っていたのだろうか。
 純嶺もこの妙な雰囲気に戸惑いを隠せない。その沈黙を破ったのは、思いがけない人物だった。

「――っあははは。あかん、もう無理。こんなん我慢でけへんて」
「え?」
「今がシリアスな場面なんはわかっとんねんけど……純嶺サン、ええキャラしすぎやろ」

 そう言って、ひーひー笑いながら純嶺の背中を叩いてきたのは、今までずっとこの場を静観していた田中だった。
 あまり特徴のない容姿な上に、ダンスの出来も平凡だったので、ここまで田中の存在はほとんど意識していなかった。それだけに突然大声で笑い始めた田中に、スタジオ内の全員が素っ頓狂な表情を浮かべている。

「……田中は、関西出身なのか?」
「ふっは、今その質問なん? 純嶺サンって天然? あかん、めっちゃツボる」

 田中は笑いが止まらない様子だ。
 その場にしゃがみ込むと、今度はスタジオの床をバンバン叩き始めた。

「……田中、お前は黙ってろって言っただろ」

 不機嫌な声でそう言ったのは、真栄倉だ。

「せやけど無理やん、あんなん。おーちゃん、めっちゃいい子になってもてたし」
「その呼び方すんなって言っただろ」
「えー、なんで? 可愛いやん。おーちゃん」

 イライラとした様子の真栄倉が、床にしゃがんだ田中の背中を蹴り始めた。
 やけに親しげな二人のやり取りを、純嶺はすぐ隣から黙って見つめる。その視線に気づいた真栄倉が、ギッと鋭い視線で純嶺のことを睨みつけてきた。

「……お前、なんなの。マジで」

 真栄倉はまだ怒っている様子だが、『なんなの』と聞かれても困る。
 純嶺が返事に悩んでいると、真栄倉がこれみよがしに特大の溜め息をついた。

「――で、お前らはどうすんだよ」

 真栄倉のその問いは、まだ黙りっぱなしの叶衣とルーネに対するものだった。
 再び俯き加減になっていた二人が、ハッと顔を上げる。

「やる気はある……けど」
「教えてもらって、大丈夫なんですか?」

 ルーネと叶衣がそれぞれ口を開く。
 その言葉を聞いて、真栄倉が純嶺のほうを見た。

「お前、こいつらに教えんの?」
「やらなきゃ、他のチームに勝てないからな」
「……だってさ。好きにしろよ」

 真栄倉はそう吐き捨てると、髪をぐちゃぐちゃと掻き回す。その後でもう一度、田中の背中に一発蹴りを入れた。

「いったぁああ!」

 大袈裟に痛がる田中のリアクションに、スタジオ内の漂っていた緊張感が和らいだようだった。


   ◇


「ルーネ、いいか?」
「あ、はい」

 一人一人、話をすることになった。
 教えるにしても、その個人にあったやり方でないと意味がない。
 ルーネはこのチームでは最年少、先日十七歳になったばかりだった。
 動くたび、さらりと揺れる淡いブロンドと、光の入る角度によって緑に煌めく大きな瞳はファンにも人気があるのだと、ドラが熱心に説明してくれたのを思い出す。

 ――重心のよさは、さすがモデルってところか。

 モデルをしているルーネはジャージでさえ様になってみえる整った体躯をしていた。
 だが筋肉量は平均より少ないようにみえる。
 午前中のレッスンでドラが心配するほど、すぐにばててしまっていたのはこれが原因だろう。

「お前、振りはもう頭に入ってるよな。音についてこられないだけで」

 話を聞く前から、ルーネの弱点はわかっていた。
 純嶺の問いにルーネが俯いたまま頷く。

「……曲が流れると、全然踊れなくて」

 カウントに合わせて練習しているときは問題を感じなかった。きちんと講師であるルイの動きについてこられていたし、なんならセンスのいい動きをしていたと思う。
 それなのに、音が鳴ると途端にだめになった。
 できていたはずのことが全くできなくなる。
 焦るせいで動きはどんどん小さくなり、周りを気にしすぎるせいで振りは完全に遅れてしまっていた。

「動きは悪くない。お前はちゃんと踊れてるよ――だから、そこは自信を持っていい」
「!」

 純嶺の言葉に、ルーネの表情が一気に明るくなった。
 今日レッスンが始まってからずっと俯いて暗い顔をしていたのを見ていただけに、純嶺もその変化に驚く。

「純嶺さんは、その……ダンス歴が長いんですよね? 十七年って」

 プロフィールを見たのか、もしくはバスの中での真栄倉との会話を聞いていたのだろうか。
 目をキラキラと輝かせながら、ルーネが純嶺のことを見上げてくる。

 ――十七年って、こいつと同い年ってことになるのか。

 ふとそんなことを考えながら、純嶺はルーネの問いに対して頷いた。

「そんな純嶺さんに『ちゃんと踊れてる』って言ってもらえて安心しました。あ……その、お世辞かもしれないけど」
「お世辞は言わない。できてないことをできてると言っても、それは相手のためにならないからな」

 そんなこと、言うだけ無駄だ。
 自分がルーネの立場であっても、そんな言葉は求めないだろう。

「振りをきちんと踊れてるのは事実だ。あとは、考えなくても身体が動くようにすればいい」
「……考えなくても?」
「ゆっくりでいいから、ひたすら身体に動きを覚えさせろ。大きく身体を動かせ。そうすれば自然に踊れるようになると思う。お前は焦ると全然動けなくなってたからな――こんな感じに」

 純嶺は立ち上がると、先ほどのルーネの動きを真似てみせた。
 ずっと周りのことばかりを気にして、大きく踊れていなかった。せっかくのよさが台無しになっていたのだ。

「それ、さっきの僕?」
「ああ。動きに自信のなさが出てるだろ」
「……全然だめなのがわかりますね」
「全然だめなわけじゃない。難しい重心移動もきちんとできてたし、とにかくお前は自信を持て。人に見られる仕事をしてるんだからわかるだろ?」

 ルーネがどういうモデルなのか純嶺は全く知らなかったが、きちんとプロ意識がなければ残っていけない厳しい業界だということはわかっている。
 その現場で培ってきたものが、ルーネには間違いなくあるはずだ。

「そっか、自信――そうですね」

 純嶺の気持ちはきちんと伝わったようだった。
 これならルーネはもう心配ないだろう。

「真栄倉、ちょっといいか」
「……あン?」

 純嶺が声を掛けると、真栄倉はわかりやすいぐらい不機嫌な反応をしてみせた。
 こちらを睨みつけてくる。

 ――さっきから、こっちを気にしてたくせに。

 真栄倉が何度もこちらの様子を窺っていたことに純嶺は気づいていた。
 鏡越しに見えていたからだ。
 それなのに、話しかけるとこうして不機嫌に振る舞ってみせるのはなぜなのだろう。やはり、ヴィランとしての役作りなのだろうか。

「……なんだよ」
「ルーネと一緒に踊ってもらえないかと思って」
「はぁ? なんで俺が……っつか、そいつも俺に教わるとか嫌なんじゃねえの?」

 真栄倉の言うとおり、ルーネは純嶺に提案に戸惑っている様子だった。
 先ほど、真栄倉に詰問されたことがトラウマになってしまっているのかもしれない。 

「真栄倉の踊りが一番、振りに忠実で綺麗なんだ。手本にするなら真栄倉以外ないと思ったんだが」
「ッ……」
「でも、二人が無理なら――」
「おいお前、やんぞ」

 純嶺が言い終わる前に、真栄倉がルーネの腕を掴む。
 スタジオの真ん中にルーネを連れていくと、早速振りを教え始めたようだった。



「……よろしくお願いします」

 二人目は叶衣だ。
 そう言って純嶺に頭を下げた叶衣は、先ほどのルーネより、さらに自信のない表情を浮かべていた。
 年はルーネより一つ上の十八歳。歌唱キングというテレビ番組の常連で、学生部門で殿堂入りを果たすほど歌がうまいのだそうだ。
 これもドラからの情報だった。
 今は暗い表情を浮かべていてわかりにくいが、容姿もかなり整っている。
 そんな叶衣の弱点も、純嶺ははっきり見抜いていた。

「お前、ダンス全般が苦手なんだな」
「……経験がほとんどなくて。このオーディションに残れたのも歌のおかげだって、マネージャーからもはっきり言われてます」

 身近な人間から先にそう念を押されていただけに、余計に自信がなかったのだろう。
 経験がないだけであれば、伸び代などいくらでもありそうなものなのに。

 ――もったいないな。

 身体つきは決して悪くない。
 動きに遅れはとっていたものの、午前中のレッスンで特に疲れた様子も見せていなかった。
 運動神経が悪いわけではないのだろう。
 ただ、苦手意識があると人間どうしても動けなくなってしまう。周りが経験者ばかりだという環境も、余計に叶衣を萎縮させてしまったのだろう。

「一から教えるから、わからないことがあれば遠慮なく聞けばいい」
「でも……」
「なんだ? やりたくないのか?」
「やりたいです。やる気はあります……ただ、迷惑なんじゃないかって。おれ、自分が人一倍踊れないのはわかってるし」
「身体の動かし方がわからないだけだろ。それは踊れないってことじゃない」

 壊滅的にダンスが向いてない人間がいないわけではない。
 でも、叶衣は違う。
 知らないだけ――わからないだけだ。それなら教えればいい。
 時間はかなり限られているものの、歌がうまいということは必ず音楽に対して天性の感覚を持っているはずだ。
 まずはそれを引き出してやればいい。

「歌とダンスはリズムの取り方が違う。そこから意識を変えたほうがいい」
「リズムの取り方が……?」
「踊る場合はビートをきっちり刻め。歌がうまいやつほど、そこが疎かになる。たとえば、そうだな」

 純嶺は言葉で説明するのは苦手だった。
 コウほどではなかったが、踊りの感覚を言葉に表すのは難しい。
 なら、踊ってみせるのが一番だった。
 即興で振りを作った、二種類のダンスを叶衣を見せる。

「今見せたダンス、違いがわかるか?」
「先に踊ったのはなんか、ふわっとした感じがして……後のほうはカッコよかったです……って、こんな感想じゃだめですよね」
「いや、感覚で見ればそんなもんだろう。前半のがお前のリズムの取り方なんだ。歌のリズムのほうに引っ張られてる」
「そっか。そういうことか……」

 たった一回で叶衣は純嶺の言いたいことを理解したようだった。
 頭の中で純嶺の動きを反芻しているのか、爪先を動かして小刻みにビートを刻んでいる。

「リズムの取り方から、違ってたなんて」
「動きのほうもやってくぞ」
「はいっ!」

 こちらも上達するのに、そんなに時間はかからないような気がした。
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