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第4章 寄せ集めのチーム

12 チーム分け

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「うげ……」

 オーディション合宿二日目の朝。
 踏まれたカエルのような声を上げたのは、純嶺の隣で掲示板を見上げていたドラだ。慌てて手で口を覆っていたが、その声は聞こえてほしくなかった人の耳に届いた後だった。

「ちっ……お前らと同じチームとか、最悪かよ」

 相手もこれみよがしに舌打ちをしてくる。
 吐き捨てるようにそう言いながら純嶺とドラを鋭い視線で睨みつけていたのは、真栄倉まえくらだった。

 今日から本格的にオーディションが始まる。
 参加者十八人は六人ずつ、三つのチームに分けられることになった。
 オーディション内容について詳しい話はまだ聞かされていないが、今回はこのチームで戦うことになるようだ。

「チームメンバー同士で喧嘩するな」
「別にオレだってケンカしたいわけじゃないし……でも、あっちがさー」

 注意した純嶺を見上げるドラは、ぶーっと頬を膨らませ、いかにも不満げだ。
 純嶺を挟んで向こう側に立つ真栄倉のことを、じと目で睨みつけている。
 真栄倉も依然として、ドラのことを睨み続けていた。
 そんな二人のことは放っておいて、純嶺はもう一度、チームメンバーの名前が書かれた掲示板に視線を戻す。

「他のメンバーは、見事に知らない名前だな」
「――あ、スミレちゃん。オレわかるよ。叶衣かなえくんは歌唱キングっていう番組によく出てる、めちゃくちゃ歌が上手い歌手志望の子でしょ。ルーネくんはクォーターでモデルもやってる金髪美人。田中たなかくんは……田中くんって感じの子」
「そうか」

 最後は説明になっていなかった気もするが、ドラの意識を真栄倉から逸らすことに成功したらしい。
 機嫌の戻ったドラがメンバーについて、饒舌に説明してくれる。

 ――俳優に歌手にモデル、か。

 純嶺のチームは、見事にダンスというカテゴリから外れているメンバーばかりだった。
 ダンス経験のほうはどうなのだろう。
 後で全員のプロフィールを確認する必要がありそうだ。

 ――あとの二チームはバランスがよさそうだな。

 他の二チームはそこまで偏った編成ではない。
 抽選によって決められたチームだと聞いていたが、純嶺たちのチームだけやたら不利な気がしなくもなかった。

「ねえ、スミレちゃん。これってチーム対抗ってわけじゃないよね」
「そう思いたいが……どうなんだろうな」
「ううー……このチームで勝つとか、絶対厳しいって」
「でも、やるしかないだろ」

 自分にも言い聞かせるように呟く。
 純嶺はぎゅっと手に力を込めると、気持ちを奮い立たせるようにその拳を自分の太腿にぶつけた。


   ◇


「午前中は全員で基礎力のチェック。午後からはチームに分かれて各自振りを覚えてもらうから、そのつもりで」

 レッスンはすぐに始まった。
 マイクを通して全員にそう告げたのは、振付師コレオグラファーとしてこのオーディションに参加しているルイだ。その隣にはあと二人、別の振付師が並んで立っている。
 一人はダンサーとしても有名なツヴァイ、もう一人はこの場で紅一点のヒヨリだ。
 彼ら三人はオーディション審査員でもある。
 振付師である彼らと純嶺は一応同業者だったが、面識は一切なかった。
 名前ぐらいは聞いたことがあるが、そのぐらいの認識だ。

 ――向こうは、おれの名前も知らないだろうな。

 純嶺が振付師としてした仕事はすべてコウ絡みのものばかりで、他の仕事を受けたことはない。最近では、アキラの経営するダンススクールで講師をすることのほうが増えていたぐらいだ。
 この程度の存在、知られているほうがおかしいだろう。

「ほら遅れてるぞ、音をちゃんと聞け――動きを大きく! なんだ、もう疲れたのか?」

 スタジオ内に激しい声が飛ぶ。
 動きについてこられていないのは、全員純嶺のチームのメンバーだった。
 今やっているのは、簡単な基礎力の確認だ。
 ストレッチから始め、いくつかステップを覚えた後、音に合わせてそれを反復し、筋力と体力のチェックを行う。

 純嶺を始めとする経験者の動きに問題はなかった。
 これぐらいは、全員余裕の範囲だろう。
 だが慣れないメンバーにとっては、これすら厳しいようだった。
 表情に全く余裕がない。ついていくことだけで必死なのだから、そこまで意識が回らないのは仕方ないことだ。
 動きが少し遅れるだけで焦って、逆に動けなくなる。それを全員の前で注意され、だんだん自信を失っていく――悪循環だ。

 ――あいつは、やっぱり経験者だったな。

 純嶺が注目していたのは、染の動きだった。
 ダンス歴もこれまでの経歴についても、プロフィールに何も書いていなかったのは、この男だけだ。
 その踊りに、迷いは一切なかった。
 手本であるルイの動きを忠実に再現している――いや、ルイよりもいい動きをしているように見える。
 ぎこちなさがないどころか、今は簡単なステップだけのはずなのに誰よりも目を惹いた。

 ――自分の魅せ方をわかってるな。

 ダンスはただ上手ければいいというものではない。
 難しい動きができたとしても、それだけであればただの自己満足にしかならない。自分の肉体を完全に制御し、操る技術は持っていて当然の能力なのだ。
 その上で観客を魅了するために必要な技を磨く必要がある。

 ――こんなダンサーがいたのか。

 もっと、染のダンスが見たい。
 自由に表現させたとき、この男は一体どれほどのパフォーマンスを見せてくれるのだろう。
 想像せずにはいられない。

「――……ッ」

 鏡越しの視線に気づかれたのか、染の薄灰色の瞳が純嶺を捉えた。
 どくん、と強く鼓動が跳ねる。
 挑発するようにこちらを見る染の顔を見ていられなくて、純嶺は不自然に目を逸らすしかなかった。


   ◇


「うーあー……身体痛いー。レッスン初日からこんなに激しいなんて聞いてないよー」

 食堂の机に突っ伏しながら、ドラが情けない悲鳴を上げている。
 それでも出された食事はぺろりと平らげ、デザートまで完食していたので、そこまで疲れてはいないのだろう。
 本当に限界なら、食事も喉を通らなくなるはずだ。

「まだ午前中が終わっただけだぞ」
「うう。スミレちゃんが現実を突きつけてくる……」

 午前中は予定通り、基礎力のチェックだけで終わった。
 純嶺の体力にはまだかなり余裕があったが、周りを見ればドラのように疲れを隠せていない者も少なくない。
 その顔触れは、やはり純嶺と同じチームのメンバーばかりだった。

「体力づくりもしなくちゃかなー……スミレちゃんってそういうの、何してる?」
「朝、走ってるぐらいだな」
「そういえば、今日も朝早くからいなかったね。オレもなんかやろっかなー」
「それなら一緒に走るか?」
「……スミレちゃんと同じ時間には起きれそうにないからいいや」

 自分から聞いてきたくせに、ドラはあっさり純嶺の提案を断ると突っ伏していた身体を起こす。
 うん、と大きく背伸びしてから、ゆっくりと周りの席を見回した。

「誰か探してるのか?」
「ルーネくん。オレよりつらそうだったから大丈夫かなって思って」
「お前が人の心配してる場合かよ」
「げ……また出た」

 後ろから二人の会話に割り込んできたのは、真栄倉だ。
 食べ終わった食器を下げに行くところだったのか、手にお盆を持っている。
 こうしていちいち突っかかってくるのも、ヴィランという役柄に対する自己演出なのだろうか。だとすれば、こんな休憩時間まで役に入り込んでいるなんて、さすがだと感心せざるを得ない。

「お前は疲れてないのか?」
「は? 余裕ぶって聞いてくんなよ」
「スミレちゃん、こんなやつ相手にしなくていいよ。ほら、早く行けって」

 しっしっ、と追い払うように手を動かすドラに、真栄倉がベーッと舌を出している。
 こうして眺めていると、二人はじゃれあっているように見えなくもない。

「お前らは足引っ張んなよ」

 そんな捨て台詞だけを残して、真栄倉は去っていった。
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