【完結】ステージ上の《Attract》

コオリ

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第3章 合宿オーディション初日

08 合宿所へ

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 合宿オーディション初日。
 集合時間は朝九時。場所は景塚プロダクション本社ビルの前だった。
 既に止まっている小型バスが、純嶺すみれたちオーディションメンバーの移動用として準備されたものだろう。指定された時間の十五分前ともなれば、ほとんどの参加者が揃っているようだった。
 参加メンバーの名前などは事前に知らされていなかったが、顔を見れば有名なダンサーがちらほら混ざっているのがわかる。

 ――全部で十七人、か。

 数えてみると、参加者は純嶺を含めて全部で十七人いた。
 集まっている人間の中にはプロダクション関係者や撮影スタッフもいたが、オーディションの参加者を見間違えることはない。
 皆、一様に周りを気にしているような――独特な緊張感を纏っているからだ。

 ――知り合いは……いないみたいだな。

 もしかしたら一人ぐらいは顔見知りがいるかと思ったが、純嶺の知る顔はなかった。
 早速、他の参加者と交流を図るために自己紹介を始めているメンバーたちを遠目に眺めながら、純嶺は一人離れた場所でビルの壁に凭れて立つ。
 俯き加減でスマホを弄っていると、純嶺のすぐ近くで誰かが足を止めた。

「初めまして! 合宿オーディション参加の人だよね?」

 よく通る、元気のいい声だ。どうやら、純嶺に向かって話しかけているらしい。
 ゆっくりと視線を持ち上げると、目の前に立っている青年と目が合う。
 明るいミルクティブラウンのマッシュボブのよく似合う小柄な青年だった。先ほど、参加者たちに率先して声を掛けていた人物だ。
 その流れで純嶺にも声をかけにきたのだろう。
 観察するように青年を眺めていた純嶺の視線をどう勘違いしたのか、青年はびくびくと大袈裟なリアクションを見せている。

「……そうだけど」

 短く答えた純嶺に、青年はほっとしたような表情を浮かべた。
 ずいっと一歩こちらに近づいて、下から覗き込むようにキラキラとした目で純嶺の顔を見上げてくる。不躾なまでの視線に困らされたのは純嶺のほうだった。
 
「はー、イケメンってそれだけで迫力が違うよねー……めっちゃドキドキしたんだけど。すっごいクールじゃん。背も高いし、ちょー羨ましい」
「…………」

 ――それは一体、誰のことだ?

 青年は賑やかで、純嶺とは全くタイプの違う人間のようだ。
 どちらかといえば、このオーディションへの参加を勧めてくれたアキラに似ている。苦手なタイプというわけではないが、初対面の相手となると、どう返していいものなのかわからなかった。

「あ! オレはドラ。よろしくね」
「……芦谷純嶺だ」

 ドラというのは本名ではなく、ダンサーネームというやつだろう。
 純嶺はそういったものを決めていなかったので、そのまま本名を名乗る。

「スミレちゃんかー。見た目と違って可愛い名前だ!」

 ドラは随分と人懐っこい性格のようだった。発言も行動も全く遠慮がない。
 純嶺の困惑に気づいているのかいないのか、勝手に握り込んだ純嶺の手をぶんぶんと上下に振りながら、嬉しそうに笑っている。
 しばらくそうして満足したのか握っていた手を離すと、今度は純嶺のすぐ隣の壁に凭れて立った。
 どうやら、この場に居座るつもりらしい。

「やっばいよね、このオーディション。すごい有名なダンサーばっかりだし、ちょービビる。世界大会の常連がごろごろいるなんて聞いてないって」
「……ああ」

 それには、純嶺も同感だった。
 いくら有名なプロダクションが主催しているオーディションとはいえ、ここまで有名なダンサーばかりが集められているなんて。

「ダンサーだけじゃなくて、現役の俳優とかモデルの子もいたし……顔面の偏差値、半端ないよね。マジやばすぎるって、このオーディション」
「……お前は?」
「ん、オレ? オレは全然無名だよ。無理にお願いして推薦してもらったけど、ここまで残れたのが奇跡なんじゃないかなってレベル――あっ。スミレちゃんもオレが知らないだけで、実は有名人だったりする?」
「いや……おれも無名のダンサーだ」

 舞台に立つことのできない純嶺は、これまで大会といった成績を残せる場に出たことがなかった。
 振付師コレオグラファーとしての実績はいくつかあったが、それもこの場で自慢できるようなものではないと思っている。
 いくらコウたちにダンスの技術やセンスを認めてもらっていたとしても、ダンサーとしての純嶺は全くの無名のままだった。
 そんな自分がどんな基準で選ばれてここにいるのか――やはり「Subも平等に扱っている」というアピールのためだけなのではないかと勘繰ってしまうのは仕方ない。

「あー……ごめん。もしかして、嫌なこと聞いちゃった?」

 純嶺の表情が険しくなったことに気づいたのだろう。ドラが隣から気遣わしげな表情で、こちらを見上げていた。
 それでも、表情を取り繕うことは難しい。
 ドラの問いを無視したまま、純嶺は時間を確認するために手元のスマホに視線を落とした。
 集合時間まであと一分。
 そろそろスタッフから声が掛かるだろうというところで、バタバタと賑やかな足音が近づいてきていることに気がついた。

「――あっぶね。ギリギリセーフ?」

 どうやらまだ到着していなかった参加者がいたらしい。
 息を弾ませ登場した十八人目に、自然と全員の注目が集まる。純嶺も声の聞こえたほうに視線を向けて、小さく息を呑んだ。

 ――目を惹く男だ。

 視線を惹きつけてやまない、というのはこういうことを言うのだろう。
 本人は周りの視線を全く気にしていないようだが、今この場の誰よりも注目を浴びているのはこの十八人目の参加者だった。
 まず、一番に目を惹くのはその派手な顔立ちだ。
 性別関係なく、見るものを魅了する整った顔。一見軽薄そうな顔立ちだが、油断をすれば一気に喰われてしまいそうな鋭さや凶暴さを秘めているように思える。
 光の加減によってキラキラと煌めく淡く脱色された髪もよく目立っていた。肩につくほど長い髪だが中性的な印象ななく、むしろ男の持つ色気のような魅力を引き立てている。
 掻き上げた髪の下から現れた耳には遠目に見てもわかるほど、たくさんのピアスがつけられていた。
 そんな派手な顔立ちと髪型だが、服装は意外にシンプルだ。
 襟ぐりの大きく開いた白のTシャツに、ダークボルドーの変形襟のジャケットを組み合わせている。下は黒い細身のサルエルパンツを合わせていた。

「すっご。めっちゃ、やばいじゃん……あの人」

 放心した声でそう呟いたのはドラだ。
 ドラも魅入られたような表情で男のことを見つめている。純嶺に向けていた視線とは違う、強い羨望や憧れのような熱が籠った視線だ。
 同性をも虜にする蠱惑的な魅力――この男にはそれがある。ドラがこうなってしまう気持ちもわからなくはない。
 純嶺ももう一度、十八人目の参加者のほうに視線を向ける。

「――ッ」

 男も、純嶺のほうを見ていた。
 他の視線は全く気にせず、真っ直ぐ純嶺だけを見ている。
 こちらを見つめる男の淡い青灰色の瞳――そこに混ざる独特な気配に気づいて、純嶺はひゅっと喉を鳴らす。

 ――こいつ、Domだ。

 別にこちらに向かってグレアを放っているわけではない。
 ただ見つめられているだけなのに、心臓がうるさいぐらいに高鳴っている。胸を内側から殴りつけられているかのようだ。
 純嶺は動揺を悟られないように男から視線を逸らすと、震える手を背中の後ろに隠し、ぎゅっと強く握り込んだ。



   ◇



 オーディションメンバーを乗せたバスが合宿所へ向けて走り出してから、もう三十分以上が経っていた。移動中に何かレクリエーション的なことが行われることはなく、メンバーは思い思いの時間を過ごしている。
 純嶺は乗車時に配られた参加者全員のプロフィールとタブレットの画面を交互に見つめていた。
 画面に映っているのは、配信サイトで見つけたその参加者のダンス動画だ。

「それって、ライバルについて予習してんの?」
「……一緒に踊るんだから、必要な情報だ」
「ふーん」

 そんな純嶺に、横から話しかけてきたのはドラだ。
 どうやら懐かれてしまったらしい。

 ――ライバル、か。

 確かにその考え方も間違いではない。
 蹴落とすか、蹴落とされるか。
 十八人のうち何人が合格者として勝ち残れるのかはまだ教えられていなかったが、少なくとも半分には減らされるだろう。
 だが、純嶺が動画を見ている理由はそれだけではなかった。

「こういうのって、どこを見てんの?」
「どこを、とは?」
「んー……オレさ、他の人のダンス見ても『カッコいい』とか『好き』ぐらいしかよくわかんなくて。スミレちゃんはどういう視点で見てんのかなって思って」
「それは――」
「え、何。お前ってダンス初心者?」

 純嶺の言葉を遮るように、前の席に座る男が話しかけてきた。
 真栄倉まえくら桜聖おうせい――俳優として既に名前の売れている男だ。座席の背もたれ越しにこちらを覗き込んでくる。

「……始めてまだ一年とかだけど、悪い?」
「へえ。一年でここに残るとかすごいじゃん。隣のあんたは?」

 ドラとも違う、妙に馴れ馴れしい話し方をする男だ。
 直感的に嫌な感じがする。

 ――この場に残って、調子に乗ってる……ってところか?

 面倒そうな相手だ。
 プロフィールを見ればわかることをこうしてわざわざ聞いてくるなんて、ろくなことになりそうない気配に純嶺は小さく溜め息をこぼす。
 だが、無視するわけにもいかない。
 周りに座る他の参加者たちも、純嶺の動向を気にしている様子だった。

「……十七年」
「へ?」
「うぇ? スミレちゃん、それホント?」
「ああ」
「十七年、ね。そんだけダンス続けて、ようやくここまで来られたって感じ? 苦労してんだな、あんた」

 こちらを労るような言葉だが、そうじゃないのは相手の表情でわかった。
 真栄倉の表情は、純嶺のことを馬鹿にしているように見える。
 だが、予想の範囲内だった。そんなことで腹を立てるつもりはない。
 純嶺がダンス歴のわりに実績が乏しいのは間違いない。こういう扱いを受けるだろうことは、最初から想定していた。

「そりゃ、必死に探りも入れたくなるか。ご苦労さんだな」
「なんなんだよ、お前」
「ドラ――いい」

 苛立ちのまま、真栄倉に食ってかかりそうになったドラを一声で諫める。
 ドラは不満げな表情を浮かべていたが、純嶺の制止を大人しく受け入れてくれるようだった。

「――真栄倉、だったな」
「なんだよ」
「お前はもう少し下半身を重点的に鍛えたほうがいい。ターンのときにブレが目立つ」
「は?」
「あとは関節の可動域も狭いな。動きが全体的に小さく――」
「うっせえ! わかった口聞いてんじゃねえよ!」

 真栄倉は真っ赤な顔でそう吐き捨てると、純嶺たちと自分の間にある椅子の背もたれを力いっぱい殴りつけた。
 そのまま勢いよく立ち上がると、走行中だというのもお構いなしに別の席へと移動していく。

 ――まあ、素直に助言を聞き入れるとは思ってなかったが。

 プライドの高そうな男だ。
 ダンスにも自信があるのだろう。それにこの場に残るほどの実力もある。
 今さら、純嶺のような無名のダンサーに何か言われて、それを受け入れるとは最初から思っていなかった。
 このオーディションメンバーの中で、純嶺が底辺にいるのは間違いない。

 ――実力を見せつけるしかない。

 それこそが、この合宿で純嶺が一番にやるべきことだった。
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