【完結】ステージ上の《Attract》

コオリ

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第2章 正体不明のDom

05 プレイ

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「ちょ……離せって」
「ああ。悪い。痛かったか?」

 純嶺すみれが声を上げて抵抗すると、前を歩いていたチンピラのようなDomは意外にあっさりと手を離してくれた。
 男は扉の前で立ち止まった純嶺を置いて、自分だけ部屋の奥へと進む。
 右奥にあったベッドの縁に、どかりと腰を下ろした。

「プレイ、初めてなんだ?」

 部屋に入る前に純嶺の手から奪い取ったタブレットの画面をしげしげと眺めながら、男が純嶺に話しかける。

「……そうだけど」
「そんなに緊張すんなよ。痛いことはNGだけど、他に希望は特になし……ね。その様子だと、自分の嗜好がまだよくわかってねえ感じ?」
「だとしたら、迷惑か?」
「いーや。そういうのを一から探ってくの、俺は嫌いじゃないぜ。そういうのもDomの役目だしな。適当にやってくから、なんか気づいたことがあったらその都度教えて」

 ――そんな感じでいいのか。

 見た目の派手さや口調の粗暴さ、それに色の濃いサングラスで目元が全く見えないのもあって物騒に思えていた目の前のDomの印象が、言葉を交わしたことで和らいだ気がした。
 自分がこれからどうすべきかなのかはまだわからないままだったが、純嶺にも周りを見る余裕が出てくる。

 ――ここが、プレイルームか。

 壁が赤かったり、照明が紫だったり――そんな露骨な部屋に通されるのかと思っていたが、想像していたよりは普通の部屋だった。
 ビジネスホテルのシングルルームよりは広い気がする。
 部屋にはDomが腰掛けているセミダブルのベッドの他に、使い道すら想像できないアイテムが所狭しと並べられていた。壁には拘束に使うらしき金具なども最初から取りつけられていて、そこだけはプレイ用の部屋といった感じがする。

「なんか気になるもんある?」
「……気になるが、そういう意味じゃない」
「ああ。珍しいって意味な」

 目の前のDomは話の理解が早い相手のようだった。
 純嶺が言葉少なに返答しても、その先にある感情を的確に酌んでくれる。さすがはプロのDomということか。
 一方的にプレイを進められたらどうしようかと思っていたが、その心配はなさそうだった。

「グレアを受けた経験はあるんだな」
「医療行為の範囲だ。だから……プレイとしての経験はない」
「もしかして、過敏症持ちだったりする? グレアで気持ち悪くなるとか」
「それはない。ただ……グレアに対する感受性が強い、と医者に言われたことがある」
「感受性……?」
「グレアに強く影響されすぎるらしい」
「あー……そういう感じか。そりゃ大変だ」

 純嶺がタブレットに記載した内容すべてに目を通し終えたのか、Domが顔を上げて純嶺のほうを見た。
 サングラス越しだというのに、真っ直ぐ視線を感じる気がする。

「だから、そんな緊張すんなって。グレアを出すときは、ちゃんと言うから」
「……悪い」
「いや、そういう事情なら警戒して当然か。グレアは弱めから始めたほうがいいよな? きつかったら、ちゃんと言えよ」

 口調は荒々しいが、紳士的な男だ。
 プロのDomというのは、皆こんな感じなのだろうか。

「質問があるなら、遠慮なく聞いていいからな」
「……いつも、こうなのか?」
「ん? こうって?」
「こんな風に、いろいろ聞かれるとは思ってなかったから……てっきり、すぐにプレイが始まるんだと」
「ああ。これが普通だよ。料金表に書いてあったの見てねえ? 初回はプレイ時間の他にカウンセリング時間ってのが設定されてんだよ。じゃないと、客を満足させるプレイをするなんて到底無理だろ」
「そういう、ものなのか」
「だよ。そういうもん……って、そのカウンセリング時間もそろそろ終わりなわけだけど」

 よっ、という軽い掛け声を同時に男がベッドから立ち上がる。
 数歩離れたところに立っていた、純嶺の正面に立った。
 こうして近くに立つと、男は純嶺より若干背が高いようだった。純嶺も一八〇センチを超える長身なのに、それより大きいなんて――ここまで高身長というのはなかなか珍しい。
 男も同じような感想を抱いているのか、じろじろと純嶺のほうを見ていた。

「なんだよ……」
「いや、画面で見るよりでかいんだと思って」

 ――画面? ……ああ。監視カメラか。

 プレイルームには監視カメラがついていた。
 受付にも同じものがいくつかついていたのを確認している。おそらく、それで純嶺のことを見ていたのだろう。

 ――それにしても、この男。体幹がいいな。

 さっきの動きだけで、純嶺は目の前の男の体幹のよさを見抜いていた。
 これは職業病だ。
 男は足が平均より随分長く、腰もかなり高い位置にあるのに、動き一つ一つに不安定なところは一切ない。プロのダンサーである純嶺ですら、目を奪われるほどの美しい動きをしていた。

 ――筋肉のつき方が綺麗なんだろうな。

 思わず、男の肉体に見惚れてしまう。

「さてと、セーフワードを決めなきゃだな。なんか希望ある?」
「……セーフ、ワード?」
「アンタがどうしても嫌なときに俺を止めるための魔法の呪文だな」
「別にそんなものがなくても、おれが嫌だと言えばお前は止まるだろ?」

 純嶺の言葉に、男がぴたりと動きを止めた。
 表情は相変わらずわかりにくいが、どうやら驚いているようだ。

「……ふ、っはは。やばいな、アンタ。初対面の俺をそこまで信用してくれるわけ?」
「いや、だって……」

 男に笑われて、急にばつが悪くなる。
 純嶺のそれは紛れもなく本心からの言葉だった。
 今までの会話でこの男が信じられる人間であることは充分わかっている。純嶺が一言でも「嫌だ」と言えば、きっとそれ以上の無理強いをすることはないだろう。
 だから、そう言葉にしたのに――そんなにもおかしなことだったのだろうか。

「アンタがそう思ってくれるのは嬉しいけど、これはプレイのルールだからな。それに『嫌』って言っても、本心は嫌じゃないなんてこともあるしな」
「……そうなのか?」
「そうなんだよ。ほら、なんかねえの?」

 そんな風に急に振られても、何も思いつきそうにない。
 ぐるりと部屋を見回してみたが、ヒントになりそうなものは見つからなかった。

「なあ、それ。何聞いてたの?」

 男がそう言って指差したのは、純嶺のバッグに引っかかっているヘッドホンだ。
 純嶺は一瞬悩んだが、男の質問に答える前に小さく首を横に振る。

「たぶん、言ってもわからない」
「言ってみなきゃわかんねえだろう。ほら、教えろよ」
「――AnatRa」
「あー、アンタそういうの聞くんだな。俺も好き。じゃあ、セーフワードは〈シャトン〉にしようぜ。俺、AnatRaの曲の中で一番あの曲が好きなんだ」
「……え、待て。お前、知ってるのか?」

 まさか知っているとは思わなかった。
 AnatRaはヨーロッパを拠点に活動している音楽グループだったが、日本では無名と変わらない。
 何十億もの動画がアップされている有名動画サイトですら、ほとんど見かけることがないほどのマイナーグループだというのに、こんな店で偶然出会ったDomがそれを知っているなんて。

「何にそんなに驚いてんだよ」
「今まで、AnatRaを知ってる人に会ったことがなかったから……」
「俺もだよ。まさかアンタの口からその名前聞くとは思わなかった――と、あんまり無駄話してんのも悪いな。プレイ時間に食い込んできてんのに」

 ――そうだった。別に雑談をしにきたわけじゃないんだ。

 思わぬところで話に花が咲きそうになってしまったが、純嶺がこの店に来た一番の目的は、Subの欲求を満たすことだ。
 プレイをしてもらわなければ、なんの意味もない。

「じゃあ、セーフワードは〈シャトン〉な。どうしても嫌だったり、俺を止めたくなったらそう言えよ。じゃ、始めるからな」
「……わかった」

 再び、緊張が戻ってきた。
 純嶺が震えていることに気づいた男が、純嶺の右肘のあたりに手の平で優しく触れてくる。
 性的な接触ではない。落ち着かせるための行為だろう。

「ほら、怖くねえから、こっち見ろ」
「……ん、ッ」

 顔を上げた瞬間、その場に崩れ落ちそうになった。
 なんとか耐えたが、膝がカクカクと震えている。男の放ったグレアの影響だ。

「アンタ、本当にグレアに敏感なんだな。まだ、ちょっとしか出してないのに」
「あ、……あ」
「《おすわりKneel》」

 コマンドに完全に足の力が抜けた。
 犬がおすわりをするような体勢で床に座り込む。視線は男の顔から離せなかった。

「さすが。身体柔らかいのな。それに、物欲しそうないい顔。可愛いじゃん」
「……ッ」
「ほら、恥ずかしがんなって。《こっち見ろLook

 おすわりの姿勢から間近に立つ男の顔を見上げようとすると、どうしても顎を持ち上げることになってしまう。
 無防備になった喉元に男の手が触れた。
 喉仏を指先でくすぐられ、純嶺はひくりと身体を揺らす。

「性的接触はあり、だったよな?」

 ――それを今、確認するのか。

 確かに、純嶺はカウンセリングシートの「性的接触」の欄を可とした。
 あのときは別にいいと思っていたが、こうして改めて聞かれると返事に迷ってしまう。

「やめとく?」
「…………挿入は、なしだ」

 絞り出した純嶺の答えを聞いて、男が噴き出すように笑い出した。
 ひとしきり笑ってから、おすわりを続ける純嶺の前にしゃがみ込み、視線を合わせてくる。
 サングラスで目元を隠れたままなのに、なんとなくその表情の意味は伝わってくるような気がした。これは――愉しんでいる顔だ。

「挿入以外ならいいってことだな。なあ、キスは?」
「別に、構わな――う、ぐ」

 答え終わる前に、男の二本の指が純嶺の口に捻じ込まれた。
 突然のことに目を白黒する純嶺を見て、男が口元を楽しそうに歪めている。

「ほら、噛むなよ。《舐めてLick》」
「ん、ん……ッ」

 苦しくなるほど、奥まで突っ込まれているわけではない。
 それでも男から与えられる屈辱的な行為に、純嶺に目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
 SubがDomにこんな目に遭わされるのは仕方がない――そうわかっていても、やはり受け入れがたい行為だ。こんなものでSubの欲求が本当に満たされるのか、怪しいとすら思えてくる。

「これは違うみたいだな。ちょっと口開けて、そう。そのまま」

 男も純嶺の反応を探っている様子だった。
 すぐに純嶺がこういう行為を求めていないと気づいて、口に捻じ込んでいた指の本数を減らす。人差し指だけを使って、純嶺の口の中を探り始めた。

「ん、う……」
「ああ、ここが気持ちいい? アンタの鼻にかかった声、結構下半身にクるわ」

 上顎をくすぐるように撫でられると、鼻から勝手に声が漏れる。
 揶揄うような男の言葉に、純嶺の身体の熱は一気に上がった。

「ほら、指に舌絡めて……そう、上手。キスの経験は?」

 男の指に吸いつきながら、小さく首を横に振る。
 今までそんな経験はない。誰か特定の相手がいたこともだ。

「いいね。じゃあ――《キスしてKiss》」

 口から指が引き抜かれる。
 嬉しそうな響きのする男の甘いコマンドに、純嶺の身体は勝手に動いていた。
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