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へびのとりこ
01
しおりを挟む仕事に行き詰ったので、シャワーを浴びることにした。
俺の職業はイラストレーター。在宅でちまちま仕事をこなしてる、底辺よりはちょっと上の……でもそれだけで食っていくのには、ちょっと困るレベルの絵描きだ。
本当は自分の描きたいものだけを描いて暮らしていけたら最高なんだけど、そういうのは夢のまた夢っていうか……金になるものは大体、自分の描きたいものとは掛け離れている。
だから、描いてても楽しくないこともあって。
―――そういうときの気分転換は、シャワーに限る!
いや、本当は風呂に入りたいんだけど。うち、湯船ないからさ。
絵だけで食べて行こうって決めて、都内に引っ越したのはいいけど……やっぱり収入的に俺が住めるのは、うちみたいな古いアパートだった。
トイレが共同じゃないだけマシ、って思って決めたけど、湯船がないのはジワジワ堪えてきてる。早く売れて、お風呂のある部屋に! なんて野望はあるけどさ。
どうやったら売れるのかなんてわかんないし、そもそも俺の絵って需要あるのかって話で。
「あー……ダメだダメだ。ほんと、早くシャワー浴びよ」
タオルを準備して、脱衣所に向かう。まぁ脱衣所って言っても洗濯機置き場とか洗面台とか諸々一緒になった狭い場所なんだけど。
先にシャワーのお湯を出して、それから服を脱ぐ。古いアパートだからね。なかなかお湯が出ないんだよ……こうしてないと、裸でしばらく待つことになるから、今日みたいに寒い日なんかはホント最悪でさ。
すっぽんぽんになって、いざシャワー! ってドアを開けたら、そこはうちの浴室じゃなかった。
―――って、どゆこと?!
慌てて後ろを振り返っても、そこにさっきまでいた脱衣所はない。
軽くパニックだ。いや、軽くないな。結構パニックだ。
いや、だって俺すっぽんぽんだよ。狭い浴室でシャワー浴びようって思ってたところだから、タオルだって持ってないよ?
しかも、何かここ屋外っぽいし。誰かいたら俺って完全に変質者じゃない?!
慌てて周りを確認する。でも、何だか白いもわもわのせいで、あんまり周りは見えない。外っていうのはわかるんだけど、っていうか、このもわもわってもしかして湯気?
ここ、もしかして露天風呂か何かか?
そういえば、地面も石でできた床って感じ。周りの木々も自然のものというよりも、きちんと整えられた感じもする。
俺、シャワーに入ろうとして、間違えて露天風呂に来ちゃった……?
―――なんだそっかぁ……って、ないから。うちに露天風呂とかないから!
セルフツッコミはその辺にしておいて。
ってことは、このもくもくの向こうには湯船があるってことなのかな。
確かに湯船にゆっくり浸かりたい、とは思ってたけど……もしかして、お風呂に入りたすぎて夢でも見てんのかな。そうか、夢か。夢なら仕方ない。
もうあまりにも非常識なこの状況に開き直って、俺はもくもくと湯気が立つ湯船を目指して歩き始める。
っていうか、広いなぁ……この風呂。広いっていうかデカい?
いちいちスペースが広い。こんなの服脱いでから湯船に入るまでに風邪ひいちゃわない?
「―――っくしゅ」
なんて考えてたら、本当にくしゃみが出た。だって、裸で外だよ?
いくら湯気が充満してるからって、寒いものは寒いじゃん。
「―――誰だ?」
「へ?」
湯船の方から、低い声がした。
その瞬間、さ、と湯気が風にさらわれて、少し先にある湯船がはっきりと俺の視界に入る。そこには先客がいた。先ほどの声は、この人が発したものらしい。
「……お前、人間か?」
俺をそう呼んだ人は、上半身は人間だったけど、湯船に浸かる下半身はどう見ても人間のそれとは違う……いわゆる、人外ってやつだった。
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