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ト書き・受付嬢セシリア・アルテコルは面倒だと思いながら楽しんでいる
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組合の4級討伐専門員ガザ・イングスが連れてきた黒髪黒目の、見た目は弱そうな少年を私は生涯忘れないだろう。
====================
「はい、次の方」
セシリア・アルテコル。
それが私が20年以上一緒に歩んで来た一個人としての名前で、20年以上誰とも交わらなかった独り身としての名前である。
「次は気をつけて下さいね。こちらが報奨金です」
ヴァルグエルシュレーゼ王国、第3辺境都市リポス支部職業斡旋所。それが私の職場で、職員はいい人が多いけど、仕事を下ろす専門員や副業員の一部はかなり柄が悪い。王都に近いのにここリポスが辺境都市として呼ばれるのには理由がある。
「次の方どうぞー」
昔ここリポスには人喰いの悪魔が住んでいた。
悪魔が何代も前の王と契約した内容に、王都の住人を差し出す代わりに王国を守護する、と言うものがあった。その頃まだ王国は貧弱で悪魔の助けが無ければ当時最強だった帝国に潰されていただろうと伝えられている。
何代も何代も、お伽話として伝えられるぐらい時間が経った時、王家の姫に生贄の印が現れてしまった。
どうしても渡したくなかった当時の王は、武術に長けた者達や魔術に長けた者達を召喚し、貴族の位と一生困らない金銭を渡す代わりに悪魔を退治してほしいと願った。
ほとんどの者は首を傾げたが、2人が自分にできそうだと承諾した。1人が剣で悪魔を倒すと言い、1人が魔術で復活しないよう封印を施すと言った。そして2人共、自らの命を賭すので、報酬は自らが望む者に与えて欲しいとも。
確かに2人は成功させた。剣士が刺し違えた剣に悪魔は封印され、自らの命で剣に術を流し込んだ魔術士ごと、剣は巨大な木へと変貌した。夫を亡くした2人の妻たちは嘆いたが、十分な金銭と貴族としての位は胎に宿った子を育てるにはありがたかった為受け取った。しかし産まれた子は、白髪白眼ではなく、赤髪青目の子供だった。
両親の色を全く受け継いでいないその子に不信感を持った妻達であったが、それ以外は普通の子だった為気にしないことにした。顔は旦那や自分にそっくりなのだ。色を除けば。
そして子が成長した時、子は主人を探すと言って家をでた。剣士の子は王族の王子の側に仕えた。魔術士の子は市井の者の側に仕えたがその者が王族の御落胤であったことで、王が不思議に思い2人の子を召喚した。
召喚された2人の子は王に話した。
ある年になったら、自らが主人だと思うものを探さねばならないと思ったのだと。父は知らないが、父の声は知っていると。
そして2人は父の声で伝えられた事を王に話す。2人では生贄が足らなかったのだと。生贄は決まった者ではなくなったが、やはり必要なのだと。
その代わり生贄の妻の胎には子が宿るように生贄の作用を変えた事。産まれた子は自らが望む主人に一生尽くす事。
確かに優秀な2人を見て王は御触れを出した。ある木の中で祈れば、子が居ない家庭にも必ず子が宿ると。赤髪青目の子が産まれたら補助金を支給すると。ただし物凄く危険な為命の保証はできないと。
「良いですか? 次の失敗で降格になりますから」
そのうちポツリポツリと人が木の中に入るようになり、赤髪青目の者はたしかに産まれ、木の周囲には街が形成され、都市の名前は再生を意味する古代語、リポスになった。
文字を知らなければ読めない嘘なのか本当なのかわからない昔話。
今じゃ年に1度のお祭り騒ぎで、怪我をして身内を養えなくなった討伐専門員が参加している。そして行ったもので返って来た者は誰もいない。
口伝として伝わっているのは、リポスの木の中で祈れば、子が居ない家庭にも必ず子が宿り、赤髪青目の子が産まれたら補助金が王宮から支給される。ただし物凄く危険な為命の保証はできないと。
ただそれだけ。
「はい次ーって、もう皆お酒飲んでるし」
「飲んでるぞー!」
「嬢ちゃんは時間ギリギリまで頑張れよ!」
「うっさいっ!」
多くの街で、優秀な者は必ずと行って良いほど大樹の子を連れている。
この街リポスの運営権はリポス辺境伯が仕切っているが、王宮からクローディオ・リポス・ヴァルグエルシュレーゼ王子が野良の大樹の子を求めて来ているのも知っている。
まったくもって迷惑な話だけど。
21番目の王子にして、王位継承権が50よりも下なのだから、欲を出すより努力した方が絶対今後の為になると思うけど、地位と権力を最初からある程度持ってる人は違う意見なのかも。
「おぅ、受付のねーちゃん! 新人ひっ捕まえて来たぞ! 登録してやってくれや!!」
「もう! ガザさん、人攫いみたいな真似やめて下さいって何度も言いましたよね!?」
組合の4級討伐専門員ガザ・イングス。発言や行動は粗暴であるものの、根が明るく組合としての問題行動はあまりない。
将来有望な討伐専門員を連れてくるのはまだ良いが、所構わず連れてくるのでほぼ人攫いなのが困るところ。
そんな彼が引っ張って来たのは、まだ幼さが抜けない顔立ちで、黒髪黒目と1番なんの技能が発現してるか分からない容姿の男の子。
でもなんか不思議な違和感がある。なんだろう、不思議だ。
「ああ? あの垂れ幕を見ながら『なんで垂れ幕なんだ』って首を傾げて話してみりゃ『登録に来た』っていうじゃねぇか。連れて来るのが先輩の使命だろぉよ」
「だからってガザさん一応剣闘会の優勝候補でしょ! そんな人にがっちり肩掴まれたら逃げ出すことも振り切ることもできないでしょ!!」
本当にやめてほしい。
連れて来られる子は仕方ないとしても、周囲の人に連れ込まれる恐怖感を植え付けてしまうと払拭するのが大変なのだ。
頭下げてお菓子持ってうちの登録員が本当にすみません悪気は無かったんですって回るのもうしたくないよ。
「うるせーなぁ。別に良いじゃんか。ティルはもともとここに来る予定だったんだからよぉ。ほらティル、あのおばさんが全部しっかりやってくれるだろうから行ってこい」
「うわっ」
「おーばーさーんーだーとぉー!! 私はまだ20代です! おばさんって言われるような年齢じゃありません!!」
「じゃああれだな、俺ら相手にガンつけられる勇敢な行き遅れだなぁ!」
「くううぅうぅぅ! 事実だけど、事実だけどっこんなまだ成人してないような新人の前で言うのはおかしいでしょお!?」
明らかに成人してないでしょ!
明らかに成人してるのに容姿が全く変わらない変わり種も職員にいるけど、あれが異常だから。
「顔が浅黒いから言われるんじゃねぇの? もっと普通のお嬢さんみたいに肌の色気にしろよぉ」
「ちゃんとお手入れしてこれなんです!ガザさんもお手入れちゃんとした方がいいんじゃないですかー? 頭頂部から薄くなってますよ」
「オシャレで通せば良いんだよ! 討伐専門員なんてその日限りの職なんだからよぉ」
そう言いながらも短い髪を触り出すガザ・イングス。実は気にしてたのか。ちょっと悪いことしたかな。
登録した当初は綺麗な茶髪だったらしい。なまじ実力があったせいで激務に頭皮が耐えられず灰色になった話はリポスで有名な話である。
今度王都から買ってる石鹸横流ししてあげようかな。
「それより、あの子どう見ても弱そうじゃないですか。外で迷ってたならわざわざここじゃなくて別の組合に連れて行った方が良かったんじゃ」
「あーあいつなぁ、なんかこうフワフワしてるんだよ。地に足が付いてないっていうか。ただよく見てみろ。あの服、隠蔽の術式が刻まれてるぐらい高度なものだし、あの靴だって履き潰されてるが第1戦で使える業物だ。親族に高明なヤツが居たか、そういうヤツに師事してたかはワカンねぇけどよ」
頭は悪くないし、観察眼も悪くない。
私が確定できなかった違和感はそれなのかもしれない。
「どうせこの後やるだろぉ? 基礎講習」
ガザ・イングスの目がキラキラしている。
新人には得意武器申請や副業申請が無い限り、組合にいた1番強い討伐専門員と職員が付いて講習を行うのだ。
「それと、稀にすっごく変な想像をすると証も答えようと、その、変な形になってしまうので気を付けてくださぃ」
「変な形?」
「確かなぁ! 隣街では丁度運ばれてきた大怪我で服が肌蹴た少年の一部を見てしまってまさにその形をかたどっちまったとかあったぞぉ」
「それは女性でしたけど、国で1番有名なのはやっぱり変態紳ジェイソンでしょう。付き合っていた愛人の裸婦像を作り上げたんですよ。幼女でしたので裸婦というのも変ですが」
周りも盛り上がってあいつの証は変だとか、こいつのがーなんて話になってる。私の証は足の形で首輪型。爪の先に石がはまっているちょっとオシャレなやつ。オシャレよね?
それより今新人君の受付をやっている先輩の方が‥‥青ざめてどうしたの先輩。
見れば机の上にぶちまけられた指輪だったと思われる証の数々。
この量、何? こんな若い少年が大量殺人犯か何かなの??
「‥‥‥」
「え、ダメだった? しまった方がいい?」
「っいいえ! しょ、少々お待ちください」
ガザ・イングスと目配せして近付けば、新人君の対応は至って普通で。
奥の先輩を見れば涙目でふるふる顔を横に振る先輩。つまり彼はほぼ間違いなく善意で証を先輩に預けたという事。
私達職員にはいくつか特殊な魔術が使える。分類的には複合魔術と言うらしいけど、職員にしか使えない簡単な魔術が主に4種類ある。過去の偉人が創り出した技術なんて凡人には理解不能だけど。
1つは登録員である証明になる証制作。
1つは他の街と連携して一定以上のお金を預かったり渡せる総合金庫の操作。
1つは他の街の組合と連絡を取ることが出来る電報の送受信。
最後に、職員が受け取った物に含まれる受け渡した者の感情を知る玉検索。
「どうせまだ時間かかるでしょうし、先に証作って、実技検査しちゃいましょ。ガザさん、あなた私に喧嘩売る暇あるんだからものすーっごく暇でしょう? 手伝え」
「行き遅れは可愛げがないのが困る。ティルのボウズを連れてきたのは俺だからな。手伝うさ」
すぐに答えてくれるガザ・イングスは優秀だ。優秀だけど、多分連れてきた責任と言うより、弄りがいのある新人を見つけた構ってやろうのような雰囲気。
実際私と目は合わせずニヤついた顔で新人君を見てる。
「えっと、じゃあ針で刺して血を出せば良いんですよね」
先輩、あなた一体どんな説明したんですか?
====================
変な形の証作るし、魔術使えないのに私が治癒する前に若干治りかけてたし耐久力結構あるし、ガザ・イングスとの模擬戦では最後らへん打ち合える程度まで成長した。
正直意味が分からない。
「環境適応でしたよね?」
「そうだったなぁ。普通ああならないよな」
「なるわけ無いでしょ! 私の魔術に耐え抜いて、ガザさんの扱きにも付いて来るって化物としか言いようが‥‥」
組合に登録したばかりは必ず10級で、副業登録員なら街か、行っても近隣の村までしか行かず本業もあるので大抵は7級までしか上がらない。それでも7級まで上がったら一人前と言われている。
逆に本業専門員は6級が一人前と言われていて、6級を超えない限り組合の仕事だけではなかなか生きていけない。4級までいったらどこかしら異常であり、2級まで行くような者は完全にイかれてる。
横にいるガザ・イングスこそいい例だ。仲間が不当な扱いをされ、不当な扱いをした者を血塗れにしたなんて話は沢山あるし、強い者を見かけたらすぐに戦いを挑んだり、被害が少ないイかれ方をする。普通と比べれば異常だ。
大樹の子に戦いを挑んで逆にボコボコにされた時はどうなるか恐ろしかったがまぁなんとかなった。この街の大樹の子が割と温厚なのも助かった。
そう考えると今この街には少なくとも大樹の子が2人いるのね。珍しい。
「それより嬢ちゃんに聞きてぇんだがよー、ちみっこい嬢ちゃんは何してんだ?」
「え、先輩ですか?」
カウンターで向かい合って喋っていたガザ・イングスは私の背後を指差して言った。
背後では先輩が指輪型の証が正しく証なのか、誰なのか、昔の記録に遡って特定作業をしているはずなのだけれど。
「‥‥先輩? 何してるんですか」
「‥‥わたし、明日死ぬかも?」
「いやいや! 意味わかりませんって」
証は合計383個あったのだが、そのうちの46名の名前と最後の所在、何年に何をしたかという職員の記録が残っていたらしい。
そして46名中24名が物語の英雄として語り継がれる程の実力者として名を残している、と。
「うわぁ‥‥先輩、ご愁傷様です」
「殺さないで!? そんな酷いこと言うと、泣いちゃうぞ!」
「やめてくださいっ! 先輩の外見幼女なんですから私の婚期が遠のきます!」
私の倍以上生きてる先輩が私の外見の半分以下なのが悪い気がするけど。
幼女をいじめた悪女なんて噂が広がるからこの脅しを使うことをやめて欲しい。切実に。
「ガザさん? どうしたんですか黙りこくって」
「‥‥嬢ちゃんよぉ。グラニアラ・トゥエントスって名前はあったか?」
「‥‥グラニアラ? 先輩」
「待って‥‥あったわ。グラニアラ・エルドワ・トゥエントス。足を食われて仮登録になった者ね。20年前に大樹へ挑戦して行方不明、奥さんは大樹の子を出産、現在王都にて生活。あら、いい生活してるのね」
大樹への挑戦者は1年に1度。
しかし大樹に挑戦した者の身内で大樹の子を身籠もる者は、正直少ない。
5年に1人産まれれば良い方。稀に大樹の抜け道から中に入って、身内に大樹の子が生まれて初めて挑戦したのだと分かるときもあるけれど、あまりない。
「おい」
「っ!?」
突然現れた気配に私達3人は振り返った。
目に入ったのは隠蔽の魔術陣が刺繍された外套を羽織る赤髪青目の男。明らかに見た目は大樹の子。
「なんだお前。俺らに‥‥っティル坊!」
抱えられてる新人君を奪い取ろうとしたガザ・イングスが躱された。
大樹の子は自らの努力次第で好きなように成長できる祝福を与えられると聞いたことがあるけど、身のこなしを見る限りまさにそんな感じ。
でも何で新人君を?
「ああ。これは主人だ。私が責任をもって対処する」
「んだとっ!」
「‥‥楯突いてくる意味が分からない。これが私の主人だ。宿は目の前ので良いんだな?」
4級討伐専門員のガザ・イングスが全く歯が立たない大樹の子。
「申し訳ありませんが、そのティル君はわたしどもが登録した新人登録員です。いくら大樹の子であるあなたにも、彼の意思の確認なく連れて行くことは認められません」
「先輩‥‥」
あんなに新人君を怖がってた先輩が堂々と‥‥。幼女が頑張って喋ってるようにしか見えないけど。
実際前に同じような事例があった。自らの主人だと大樹の子が子供を誘拐して、子供の意思なく契約を交わしてしまい、激怒して襲ってきた親とその協力者を大樹の子が惨殺した事件。子供が自殺し追うように大樹の子も自死したけれど、かなりの話題になったのだ。
「ああ。既に確認はとってある。大樹から出て街を案内すると」
「っ! あなたは自らが大樹の子であると話した上でその話をしたのですか?」
「いや。これは大樹から出てきた子だ。何も知らないだろう」
「あなたには説明責任があります。それまではティル君を連れ去る事は許しません」
「ああ。宿に連れて行くだけだ。私は拐かしではない。受付に報奨金を取りに行って欲しいと頼まれ来たがまだ終わっていないだろう。疲れて明日になるだろうが準備を頼む」
大事そうに新人君を抱えて大樹の子は出て行く。
先輩は真っ青な顔で、まだ受付周辺でたむろっていた他の登録員もただ静かに大樹の子を見つめている。
「おいっ! せめてお前の名前ぐれぇ名乗っていけ! 俺は4級討伐専門員のガザ・イングス、お前は」
「エルドワ・フリューレ・トゥエントス。5級討伐専門員として登録してある」
入り口の垂れ幕をかき分けて消えた。
「え。せ、先輩っ! あれでいいんですか? っていうか登録員だった!?」
「5級に確かにいるわ。エルドワ・フリューレ・トゥエントス。大樹の子っていう記載は無いけど、登録したのは王都ね。殆どの大樹の子はあの事件があってから5歳までに組合に登録する仕組みになってるから当然だけどこれは‥‥」
「どうしたんですか、先輩」
「王族が唾つけてたのかも。登録したのが王都の組合本部じゃなくて王城に出向いて登録したみたいね」
「それほど優秀‥‥あれ? でも王族でここら辺に来てるのってクローディオ・リポス・ヴァルグエルシュレーゼ王子だけですよね」
王子とは名ばかりの放蕩野郎。
野良の大樹の子に認められるのは俺だ! なんて言って街中歩き回って3年ほどだけど、無駄に権力があって女癖が悪いから困り者だ。まだ多少正義感を持ってる分扱いやすいけど。
そういえば先輩もこなかけられてたっけ。
「表向きはねー‥‥野良の主人が王族じゃ無いなんて、いったいどうなるか。もうこの件にはわたし関わらないから!」
「え!? それはズルいですよ先輩!」
「いやよ。関わりたく無いもの」
先輩の一存で明日の朝の担当が私に変わったけど、翌日新人君が来ることはなかった。
そしてガザ・イングスはあれから絡んでこない。何かを待つように入口近くの席で2日ほど座っていたが、諦めたように3日目依頼を受けて仕事に行った。
====================
あれから5日。
別の街に移動したかなーなんて思いながら事務処理をしていると、先輩が目に涙をためて奥へ入って来た。
「セシリア! あなたが代わって!」
「どうしたんですか先輩。私休憩中なんですけど‥‥他の方じゃダメなんですか?」
受付嬢は早朝と夕方に増員するが、基本は1人で登録員と対応する。依頼者が来た場合は裏の職員の誰かが個室で対応することになっているから、登録員との対応は研修期間を除けば1人だ。
「新人のティル君に王子が絡んでるの!」
「あ、はい。行きます」
先輩は極大魔術が得意な反面、細かい対応が苦手だ。この街に敵が襲来した時、小手先でしか戦えない私と違って先輩は街を囲む塀の上から眼下を焼くことができる。
後方の固定砲台と言えば聞こえは良いが、普段はリポスの領主によって封印が為されており、殆どの魔術が使えないようにされている。
職員になる前は討伐専門員として爆裂姫なんてあだ名があったぐらい過激で周囲を巻き込んだ魔術をガンガン使っていたらしい。
今はただの幼女だけど。
「この惨状なんなのよ」
カウンターでただただ本を読んでいる、華奢で至って普通に見える新人君と、カウンターにめり込む王子。王子の護衛なのかやけに重装備な騎士風の男達は殴りかかろうとして新人君の裏拳にやられてる。
見えないけどもしかしたら大樹の子もいるのかもしれない。腰の剣を抜こうとすると糸の切れた人形のように崩れ落ちる様。
ガシャガシャと鎧がぶつかる音に恐れをなしたのか酒場でたむろしていた連中も青に顔になって目が合うとにげる。
ため息を1つ吐いて、本を読んでいる新人君の横をコンコンと叩けば、まだあどけなさの残る顔がこちらを向く。
「どうかしました?」
「あー何したか分かってないのね。カウンターの左をご覧なさいな」
素直に左を見た新人くんは、眠そうだった目を大きく開けて、こっちに視線を戻す。
目が開くと可愛い感じの子になるのね。もう少し瞳にかかる前髪を短くして軽い衣装にすれば‥‥それだと討伐専門員としては動きにくかったりするかしら。あの靴とかかなりの業物だもんね。是非開発した職人を教えてほしいわ。
「何があったんです?」
「いえ、むしろこっちが聞きたくてね? この子に呼ばれて来てみたらすっごい音が聞こえて、この第21王子がカウンターにめり込んでたの。他に来てたお客さんも青い顔をして震えるだけだし‥‥何したの?」
「さぁ‥‥この近場の魔物って本読んでましたし。あーでもブンブンハエがうるさくて手に触れた何かで叩いた記憶はあるようなないような‥‥」
ブンブンハエが何か分からないけど、方言かしら。
ブンブンなんて地方聞いたことないけど。とにかく叩いて潰せる物だと思われていたわけね。重装備の騎士が。
「そういうことね‥‥自覚なし、と。まぁいいわ。先に石を埋めるわね」
先輩も怖がってるし、この子は新人の登録員だし、やることさっさと済ませて出て言ってもらおう。
「こっちの潜在度は、等級以上を任せられる事で赤の8級。達成度は依頼はこなしてないけど報酬は発生したから青の10級。1つでも依頼をこなしたら多分8級になるから」
新人君の証は面白い。中で白い石がカラカラと揺れる様子は、新人君が功績をあげたら流行になりそう。証じゃなく宝石店とかでも、中で自由に宝石が遊ぶ案が採用されそう。
潜在度はいい意味で不明の赤。達成度はすぐにあげなきゃいけないので青。
新人君が帰ってくるまでに潜在度の級を何級にするか話し合わないと。
「え? 証を渡しただけですよね?」
「あの証‥‥いえ、聞いてるからいいわ。とにかく、何か依頼を受けてください。おススメはそうね、この惨状を見るに討伐系がいいんじゃない?」
戦うのは得意じゃ無いなんて言いながら討伐の依頼書を確認して出て行った新人君。
一体どんな成果を見せてくれるのやら。
====================
門番が急いで入って来たのは、そろそろ日が翳りそうかなって時間。
サルガドレアが討伐されて門まで登録員が引きずって来たからどうにかしてほしいという話。肉屋もしている解体専門の職員に話を通して門に向かってもらった。稀にあるのだ。大型の動物や魔物を狩って来てそのまま連れて来てしまう討伐専門員もいる。そういう時に対処するのが解体専門の、結構強面でビビらせるのが得意な職員の仕事でもある。いっちょかまして来る! って大手を振って門に向かった職員。帰ってくると、噂の新人君でしたよ、と力無く微笑んで休憩室に入って行った。行って帰ってきた解体専門の職員はかなり疲れた顔をしていた。
疲れさせた原因が帰って来た。
疲れさせる発言も持ってきた。
ほんとなに?
「サルガドレア討伐ですか‥‥」
「はい」
「ローヴァやパルセなども森にいたと思うのだけど‥‥」
「消し炭にしちゃって」
「‥‥」
なにこの子意味が分からない。
確かに魔術の訓練はしたけど、技能の環境適応が消えてないなら他の技能は使えないはず。なのに消し炭? もしかして大樹の子が全てやったのかしら。
確かに技能に発現していなくても使える人がごく稀にいるって聞いたことがあったけど‥‥普通ないのよ?
「おめでとうございます。今回の討伐で8級に昇進です。護衛依頼などもできるようになるので、次の街へ行く時にオススメです」
王子も、野良の大樹の子も、その主人候補の新人君も、まるで問題を起こしてくれって言わんばかりに集まってる。
別の街に行きなさいな。手に負えない。
「受付のおねーさん、それ暗に僕に出て行って欲しいって言ってます?」
「そうね。この街じゃ手に負えない新人だとはおもってるわ」
「えー‥‥」
残念そうにしながらもどこか楽しそうなのは、やっぱり強さとかに憧れる少年っぽいなぁなんて思って、もうすぐ成人の15歳って考えれば当然かな、なんて思ったりして。
今後に期待かしら。
新しい宿の名前も教えてもらって、先輩に使いっ走りをしてもらう。
文言は決まってる。ついこの間登録員になった組合のものが色々と迷惑かけると思いますがなにぶん新人なのでよろしくお願いします、と。
謝るのは私が担当だけど、お願いするのは先輩が担当なんだから。
ほんと、今後が怖い新人がはいってきたものである。
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次新人君が来るときはちゃんと名前で呼んであげようかしら。
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「はい、次の方」
セシリア・アルテコル。
それが私が20年以上一緒に歩んで来た一個人としての名前で、20年以上誰とも交わらなかった独り身としての名前である。
「次は気をつけて下さいね。こちらが報奨金です」
ヴァルグエルシュレーゼ王国、第3辺境都市リポス支部職業斡旋所。それが私の職場で、職員はいい人が多いけど、仕事を下ろす専門員や副業員の一部はかなり柄が悪い。王都に近いのにここリポスが辺境都市として呼ばれるのには理由がある。
「次の方どうぞー」
昔ここリポスには人喰いの悪魔が住んでいた。
悪魔が何代も前の王と契約した内容に、王都の住人を差し出す代わりに王国を守護する、と言うものがあった。その頃まだ王国は貧弱で悪魔の助けが無ければ当時最強だった帝国に潰されていただろうと伝えられている。
何代も何代も、お伽話として伝えられるぐらい時間が経った時、王家の姫に生贄の印が現れてしまった。
どうしても渡したくなかった当時の王は、武術に長けた者達や魔術に長けた者達を召喚し、貴族の位と一生困らない金銭を渡す代わりに悪魔を退治してほしいと願った。
ほとんどの者は首を傾げたが、2人が自分にできそうだと承諾した。1人が剣で悪魔を倒すと言い、1人が魔術で復活しないよう封印を施すと言った。そして2人共、自らの命を賭すので、報酬は自らが望む者に与えて欲しいとも。
確かに2人は成功させた。剣士が刺し違えた剣に悪魔は封印され、自らの命で剣に術を流し込んだ魔術士ごと、剣は巨大な木へと変貌した。夫を亡くした2人の妻たちは嘆いたが、十分な金銭と貴族としての位は胎に宿った子を育てるにはありがたかった為受け取った。しかし産まれた子は、白髪白眼ではなく、赤髪青目の子供だった。
両親の色を全く受け継いでいないその子に不信感を持った妻達であったが、それ以外は普通の子だった為気にしないことにした。顔は旦那や自分にそっくりなのだ。色を除けば。
そして子が成長した時、子は主人を探すと言って家をでた。剣士の子は王族の王子の側に仕えた。魔術士の子は市井の者の側に仕えたがその者が王族の御落胤であったことで、王が不思議に思い2人の子を召喚した。
召喚された2人の子は王に話した。
ある年になったら、自らが主人だと思うものを探さねばならないと思ったのだと。父は知らないが、父の声は知っていると。
そして2人は父の声で伝えられた事を王に話す。2人では生贄が足らなかったのだと。生贄は決まった者ではなくなったが、やはり必要なのだと。
その代わり生贄の妻の胎には子が宿るように生贄の作用を変えた事。産まれた子は自らが望む主人に一生尽くす事。
確かに優秀な2人を見て王は御触れを出した。ある木の中で祈れば、子が居ない家庭にも必ず子が宿ると。赤髪青目の子が産まれたら補助金を支給すると。ただし物凄く危険な為命の保証はできないと。
「良いですか? 次の失敗で降格になりますから」
そのうちポツリポツリと人が木の中に入るようになり、赤髪青目の者はたしかに産まれ、木の周囲には街が形成され、都市の名前は再生を意味する古代語、リポスになった。
文字を知らなければ読めない嘘なのか本当なのかわからない昔話。
今じゃ年に1度のお祭り騒ぎで、怪我をして身内を養えなくなった討伐専門員が参加している。そして行ったもので返って来た者は誰もいない。
口伝として伝わっているのは、リポスの木の中で祈れば、子が居ない家庭にも必ず子が宿り、赤髪青目の子が産まれたら補助金が王宮から支給される。ただし物凄く危険な為命の保証はできないと。
ただそれだけ。
「はい次ーって、もう皆お酒飲んでるし」
「飲んでるぞー!」
「嬢ちゃんは時間ギリギリまで頑張れよ!」
「うっさいっ!」
多くの街で、優秀な者は必ずと行って良いほど大樹の子を連れている。
この街リポスの運営権はリポス辺境伯が仕切っているが、王宮からクローディオ・リポス・ヴァルグエルシュレーゼ王子が野良の大樹の子を求めて来ているのも知っている。
まったくもって迷惑な話だけど。
21番目の王子にして、王位継承権が50よりも下なのだから、欲を出すより努力した方が絶対今後の為になると思うけど、地位と権力を最初からある程度持ってる人は違う意見なのかも。
「おぅ、受付のねーちゃん! 新人ひっ捕まえて来たぞ! 登録してやってくれや!!」
「もう! ガザさん、人攫いみたいな真似やめて下さいって何度も言いましたよね!?」
組合の4級討伐専門員ガザ・イングス。発言や行動は粗暴であるものの、根が明るく組合としての問題行動はあまりない。
将来有望な討伐専門員を連れてくるのはまだ良いが、所構わず連れてくるのでほぼ人攫いなのが困るところ。
そんな彼が引っ張って来たのは、まだ幼さが抜けない顔立ちで、黒髪黒目と1番なんの技能が発現してるか分からない容姿の男の子。
でもなんか不思議な違和感がある。なんだろう、不思議だ。
「ああ? あの垂れ幕を見ながら『なんで垂れ幕なんだ』って首を傾げて話してみりゃ『登録に来た』っていうじゃねぇか。連れて来るのが先輩の使命だろぉよ」
「だからってガザさん一応剣闘会の優勝候補でしょ! そんな人にがっちり肩掴まれたら逃げ出すことも振り切ることもできないでしょ!!」
本当にやめてほしい。
連れて来られる子は仕方ないとしても、周囲の人に連れ込まれる恐怖感を植え付けてしまうと払拭するのが大変なのだ。
頭下げてお菓子持ってうちの登録員が本当にすみません悪気は無かったんですって回るのもうしたくないよ。
「うるせーなぁ。別に良いじゃんか。ティルはもともとここに来る予定だったんだからよぉ。ほらティル、あのおばさんが全部しっかりやってくれるだろうから行ってこい」
「うわっ」
「おーばーさーんーだーとぉー!! 私はまだ20代です! おばさんって言われるような年齢じゃありません!!」
「じゃああれだな、俺ら相手にガンつけられる勇敢な行き遅れだなぁ!」
「くううぅうぅぅ! 事実だけど、事実だけどっこんなまだ成人してないような新人の前で言うのはおかしいでしょお!?」
明らかに成人してないでしょ!
明らかに成人してるのに容姿が全く変わらない変わり種も職員にいるけど、あれが異常だから。
「顔が浅黒いから言われるんじゃねぇの? もっと普通のお嬢さんみたいに肌の色気にしろよぉ」
「ちゃんとお手入れしてこれなんです!ガザさんもお手入れちゃんとした方がいいんじゃないですかー? 頭頂部から薄くなってますよ」
「オシャレで通せば良いんだよ! 討伐専門員なんてその日限りの職なんだからよぉ」
そう言いながらも短い髪を触り出すガザ・イングス。実は気にしてたのか。ちょっと悪いことしたかな。
登録した当初は綺麗な茶髪だったらしい。なまじ実力があったせいで激務に頭皮が耐えられず灰色になった話はリポスで有名な話である。
今度王都から買ってる石鹸横流ししてあげようかな。
「それより、あの子どう見ても弱そうじゃないですか。外で迷ってたならわざわざここじゃなくて別の組合に連れて行った方が良かったんじゃ」
「あーあいつなぁ、なんかこうフワフワしてるんだよ。地に足が付いてないっていうか。ただよく見てみろ。あの服、隠蔽の術式が刻まれてるぐらい高度なものだし、あの靴だって履き潰されてるが第1戦で使える業物だ。親族に高明なヤツが居たか、そういうヤツに師事してたかはワカンねぇけどよ」
頭は悪くないし、観察眼も悪くない。
私が確定できなかった違和感はそれなのかもしれない。
「どうせこの後やるだろぉ? 基礎講習」
ガザ・イングスの目がキラキラしている。
新人には得意武器申請や副業申請が無い限り、組合にいた1番強い討伐専門員と職員が付いて講習を行うのだ。
「それと、稀にすっごく変な想像をすると証も答えようと、その、変な形になってしまうので気を付けてくださぃ」
「変な形?」
「確かなぁ! 隣街では丁度運ばれてきた大怪我で服が肌蹴た少年の一部を見てしまってまさにその形をかたどっちまったとかあったぞぉ」
「それは女性でしたけど、国で1番有名なのはやっぱり変態紳ジェイソンでしょう。付き合っていた愛人の裸婦像を作り上げたんですよ。幼女でしたので裸婦というのも変ですが」
周りも盛り上がってあいつの証は変だとか、こいつのがーなんて話になってる。私の証は足の形で首輪型。爪の先に石がはまっているちょっとオシャレなやつ。オシャレよね?
それより今新人君の受付をやっている先輩の方が‥‥青ざめてどうしたの先輩。
見れば机の上にぶちまけられた指輪だったと思われる証の数々。
この量、何? こんな若い少年が大量殺人犯か何かなの??
「‥‥‥」
「え、ダメだった? しまった方がいい?」
「っいいえ! しょ、少々お待ちください」
ガザ・イングスと目配せして近付けば、新人君の対応は至って普通で。
奥の先輩を見れば涙目でふるふる顔を横に振る先輩。つまり彼はほぼ間違いなく善意で証を先輩に預けたという事。
私達職員にはいくつか特殊な魔術が使える。分類的には複合魔術と言うらしいけど、職員にしか使えない簡単な魔術が主に4種類ある。過去の偉人が創り出した技術なんて凡人には理解不能だけど。
1つは登録員である証明になる証制作。
1つは他の街と連携して一定以上のお金を預かったり渡せる総合金庫の操作。
1つは他の街の組合と連絡を取ることが出来る電報の送受信。
最後に、職員が受け取った物に含まれる受け渡した者の感情を知る玉検索。
「どうせまだ時間かかるでしょうし、先に証作って、実技検査しちゃいましょ。ガザさん、あなた私に喧嘩売る暇あるんだからものすーっごく暇でしょう? 手伝え」
「行き遅れは可愛げがないのが困る。ティルのボウズを連れてきたのは俺だからな。手伝うさ」
すぐに答えてくれるガザ・イングスは優秀だ。優秀だけど、多分連れてきた責任と言うより、弄りがいのある新人を見つけた構ってやろうのような雰囲気。
実際私と目は合わせずニヤついた顔で新人君を見てる。
「えっと、じゃあ針で刺して血を出せば良いんですよね」
先輩、あなた一体どんな説明したんですか?
====================
変な形の証作るし、魔術使えないのに私が治癒する前に若干治りかけてたし耐久力結構あるし、ガザ・イングスとの模擬戦では最後らへん打ち合える程度まで成長した。
正直意味が分からない。
「環境適応でしたよね?」
「そうだったなぁ。普通ああならないよな」
「なるわけ無いでしょ! 私の魔術に耐え抜いて、ガザさんの扱きにも付いて来るって化物としか言いようが‥‥」
組合に登録したばかりは必ず10級で、副業登録員なら街か、行っても近隣の村までしか行かず本業もあるので大抵は7級までしか上がらない。それでも7級まで上がったら一人前と言われている。
逆に本業専門員は6級が一人前と言われていて、6級を超えない限り組合の仕事だけではなかなか生きていけない。4級までいったらどこかしら異常であり、2級まで行くような者は完全にイかれてる。
横にいるガザ・イングスこそいい例だ。仲間が不当な扱いをされ、不当な扱いをした者を血塗れにしたなんて話は沢山あるし、強い者を見かけたらすぐに戦いを挑んだり、被害が少ないイかれ方をする。普通と比べれば異常だ。
大樹の子に戦いを挑んで逆にボコボコにされた時はどうなるか恐ろしかったがまぁなんとかなった。この街の大樹の子が割と温厚なのも助かった。
そう考えると今この街には少なくとも大樹の子が2人いるのね。珍しい。
「それより嬢ちゃんに聞きてぇんだがよー、ちみっこい嬢ちゃんは何してんだ?」
「え、先輩ですか?」
カウンターで向かい合って喋っていたガザ・イングスは私の背後を指差して言った。
背後では先輩が指輪型の証が正しく証なのか、誰なのか、昔の記録に遡って特定作業をしているはずなのだけれど。
「‥‥先輩? 何してるんですか」
「‥‥わたし、明日死ぬかも?」
「いやいや! 意味わかりませんって」
証は合計383個あったのだが、そのうちの46名の名前と最後の所在、何年に何をしたかという職員の記録が残っていたらしい。
そして46名中24名が物語の英雄として語り継がれる程の実力者として名を残している、と。
「うわぁ‥‥先輩、ご愁傷様です」
「殺さないで!? そんな酷いこと言うと、泣いちゃうぞ!」
「やめてくださいっ! 先輩の外見幼女なんですから私の婚期が遠のきます!」
私の倍以上生きてる先輩が私の外見の半分以下なのが悪い気がするけど。
幼女をいじめた悪女なんて噂が広がるからこの脅しを使うことをやめて欲しい。切実に。
「ガザさん? どうしたんですか黙りこくって」
「‥‥嬢ちゃんよぉ。グラニアラ・トゥエントスって名前はあったか?」
「‥‥グラニアラ? 先輩」
「待って‥‥あったわ。グラニアラ・エルドワ・トゥエントス。足を食われて仮登録になった者ね。20年前に大樹へ挑戦して行方不明、奥さんは大樹の子を出産、現在王都にて生活。あら、いい生活してるのね」
大樹への挑戦者は1年に1度。
しかし大樹に挑戦した者の身内で大樹の子を身籠もる者は、正直少ない。
5年に1人産まれれば良い方。稀に大樹の抜け道から中に入って、身内に大樹の子が生まれて初めて挑戦したのだと分かるときもあるけれど、あまりない。
「おい」
「っ!?」
突然現れた気配に私達3人は振り返った。
目に入ったのは隠蔽の魔術陣が刺繍された外套を羽織る赤髪青目の男。明らかに見た目は大樹の子。
「なんだお前。俺らに‥‥っティル坊!」
抱えられてる新人君を奪い取ろうとしたガザ・イングスが躱された。
大樹の子は自らの努力次第で好きなように成長できる祝福を与えられると聞いたことがあるけど、身のこなしを見る限りまさにそんな感じ。
でも何で新人君を?
「ああ。これは主人だ。私が責任をもって対処する」
「んだとっ!」
「‥‥楯突いてくる意味が分からない。これが私の主人だ。宿は目の前ので良いんだな?」
4級討伐専門員のガザ・イングスが全く歯が立たない大樹の子。
「申し訳ありませんが、そのティル君はわたしどもが登録した新人登録員です。いくら大樹の子であるあなたにも、彼の意思の確認なく連れて行くことは認められません」
「先輩‥‥」
あんなに新人君を怖がってた先輩が堂々と‥‥。幼女が頑張って喋ってるようにしか見えないけど。
実際前に同じような事例があった。自らの主人だと大樹の子が子供を誘拐して、子供の意思なく契約を交わしてしまい、激怒して襲ってきた親とその協力者を大樹の子が惨殺した事件。子供が自殺し追うように大樹の子も自死したけれど、かなりの話題になったのだ。
「ああ。既に確認はとってある。大樹から出て街を案内すると」
「っ! あなたは自らが大樹の子であると話した上でその話をしたのですか?」
「いや。これは大樹から出てきた子だ。何も知らないだろう」
「あなたには説明責任があります。それまではティル君を連れ去る事は許しません」
「ああ。宿に連れて行くだけだ。私は拐かしではない。受付に報奨金を取りに行って欲しいと頼まれ来たがまだ終わっていないだろう。疲れて明日になるだろうが準備を頼む」
大事そうに新人君を抱えて大樹の子は出て行く。
先輩は真っ青な顔で、まだ受付周辺でたむろっていた他の登録員もただ静かに大樹の子を見つめている。
「おいっ! せめてお前の名前ぐれぇ名乗っていけ! 俺は4級討伐専門員のガザ・イングス、お前は」
「エルドワ・フリューレ・トゥエントス。5級討伐専門員として登録してある」
入り口の垂れ幕をかき分けて消えた。
「え。せ、先輩っ! あれでいいんですか? っていうか登録員だった!?」
「5級に確かにいるわ。エルドワ・フリューレ・トゥエントス。大樹の子っていう記載は無いけど、登録したのは王都ね。殆どの大樹の子はあの事件があってから5歳までに組合に登録する仕組みになってるから当然だけどこれは‥‥」
「どうしたんですか、先輩」
「王族が唾つけてたのかも。登録したのが王都の組合本部じゃなくて王城に出向いて登録したみたいね」
「それほど優秀‥‥あれ? でも王族でここら辺に来てるのってクローディオ・リポス・ヴァルグエルシュレーゼ王子だけですよね」
王子とは名ばかりの放蕩野郎。
野良の大樹の子に認められるのは俺だ! なんて言って街中歩き回って3年ほどだけど、無駄に権力があって女癖が悪いから困り者だ。まだ多少正義感を持ってる分扱いやすいけど。
そういえば先輩もこなかけられてたっけ。
「表向きはねー‥‥野良の主人が王族じゃ無いなんて、いったいどうなるか。もうこの件にはわたし関わらないから!」
「え!? それはズルいですよ先輩!」
「いやよ。関わりたく無いもの」
先輩の一存で明日の朝の担当が私に変わったけど、翌日新人君が来ることはなかった。
そしてガザ・イングスはあれから絡んでこない。何かを待つように入口近くの席で2日ほど座っていたが、諦めたように3日目依頼を受けて仕事に行った。
====================
あれから5日。
別の街に移動したかなーなんて思いながら事務処理をしていると、先輩が目に涙をためて奥へ入って来た。
「セシリア! あなたが代わって!」
「どうしたんですか先輩。私休憩中なんですけど‥‥他の方じゃダメなんですか?」
受付嬢は早朝と夕方に増員するが、基本は1人で登録員と対応する。依頼者が来た場合は裏の職員の誰かが個室で対応することになっているから、登録員との対応は研修期間を除けば1人だ。
「新人のティル君に王子が絡んでるの!」
「あ、はい。行きます」
先輩は極大魔術が得意な反面、細かい対応が苦手だ。この街に敵が襲来した時、小手先でしか戦えない私と違って先輩は街を囲む塀の上から眼下を焼くことができる。
後方の固定砲台と言えば聞こえは良いが、普段はリポスの領主によって封印が為されており、殆どの魔術が使えないようにされている。
職員になる前は討伐専門員として爆裂姫なんてあだ名があったぐらい過激で周囲を巻き込んだ魔術をガンガン使っていたらしい。
今はただの幼女だけど。
「この惨状なんなのよ」
カウンターでただただ本を読んでいる、華奢で至って普通に見える新人君と、カウンターにめり込む王子。王子の護衛なのかやけに重装備な騎士風の男達は殴りかかろうとして新人君の裏拳にやられてる。
見えないけどもしかしたら大樹の子もいるのかもしれない。腰の剣を抜こうとすると糸の切れた人形のように崩れ落ちる様。
ガシャガシャと鎧がぶつかる音に恐れをなしたのか酒場でたむろしていた連中も青に顔になって目が合うとにげる。
ため息を1つ吐いて、本を読んでいる新人君の横をコンコンと叩けば、まだあどけなさの残る顔がこちらを向く。
「どうかしました?」
「あー何したか分かってないのね。カウンターの左をご覧なさいな」
素直に左を見た新人くんは、眠そうだった目を大きく開けて、こっちに視線を戻す。
目が開くと可愛い感じの子になるのね。もう少し瞳にかかる前髪を短くして軽い衣装にすれば‥‥それだと討伐専門員としては動きにくかったりするかしら。あの靴とかかなりの業物だもんね。是非開発した職人を教えてほしいわ。
「何があったんです?」
「いえ、むしろこっちが聞きたくてね? この子に呼ばれて来てみたらすっごい音が聞こえて、この第21王子がカウンターにめり込んでたの。他に来てたお客さんも青い顔をして震えるだけだし‥‥何したの?」
「さぁ‥‥この近場の魔物って本読んでましたし。あーでもブンブンハエがうるさくて手に触れた何かで叩いた記憶はあるようなないような‥‥」
ブンブンハエが何か分からないけど、方言かしら。
ブンブンなんて地方聞いたことないけど。とにかく叩いて潰せる物だと思われていたわけね。重装備の騎士が。
「そういうことね‥‥自覚なし、と。まぁいいわ。先に石を埋めるわね」
先輩も怖がってるし、この子は新人の登録員だし、やることさっさと済ませて出て言ってもらおう。
「こっちの潜在度は、等級以上を任せられる事で赤の8級。達成度は依頼はこなしてないけど報酬は発生したから青の10級。1つでも依頼をこなしたら多分8級になるから」
新人君の証は面白い。中で白い石がカラカラと揺れる様子は、新人君が功績をあげたら流行になりそう。証じゃなく宝石店とかでも、中で自由に宝石が遊ぶ案が採用されそう。
潜在度はいい意味で不明の赤。達成度はすぐにあげなきゃいけないので青。
新人君が帰ってくるまでに潜在度の級を何級にするか話し合わないと。
「え? 証を渡しただけですよね?」
「あの証‥‥いえ、聞いてるからいいわ。とにかく、何か依頼を受けてください。おススメはそうね、この惨状を見るに討伐系がいいんじゃない?」
戦うのは得意じゃ無いなんて言いながら討伐の依頼書を確認して出て行った新人君。
一体どんな成果を見せてくれるのやら。
====================
門番が急いで入って来たのは、そろそろ日が翳りそうかなって時間。
サルガドレアが討伐されて門まで登録員が引きずって来たからどうにかしてほしいという話。肉屋もしている解体専門の職員に話を通して門に向かってもらった。稀にあるのだ。大型の動物や魔物を狩って来てそのまま連れて来てしまう討伐専門員もいる。そういう時に対処するのが解体専門の、結構強面でビビらせるのが得意な職員の仕事でもある。いっちょかまして来る! って大手を振って門に向かった職員。帰ってくると、噂の新人君でしたよ、と力無く微笑んで休憩室に入って行った。行って帰ってきた解体専門の職員はかなり疲れた顔をしていた。
疲れさせた原因が帰って来た。
疲れさせる発言も持ってきた。
ほんとなに?
「サルガドレア討伐ですか‥‥」
「はい」
「ローヴァやパルセなども森にいたと思うのだけど‥‥」
「消し炭にしちゃって」
「‥‥」
なにこの子意味が分からない。
確かに魔術の訓練はしたけど、技能の環境適応が消えてないなら他の技能は使えないはず。なのに消し炭? もしかして大樹の子が全てやったのかしら。
確かに技能に発現していなくても使える人がごく稀にいるって聞いたことがあったけど‥‥普通ないのよ?
「おめでとうございます。今回の討伐で8級に昇進です。護衛依頼などもできるようになるので、次の街へ行く時にオススメです」
王子も、野良の大樹の子も、その主人候補の新人君も、まるで問題を起こしてくれって言わんばかりに集まってる。
別の街に行きなさいな。手に負えない。
「受付のおねーさん、それ暗に僕に出て行って欲しいって言ってます?」
「そうね。この街じゃ手に負えない新人だとはおもってるわ」
「えー‥‥」
残念そうにしながらもどこか楽しそうなのは、やっぱり強さとかに憧れる少年っぽいなぁなんて思って、もうすぐ成人の15歳って考えれば当然かな、なんて思ったりして。
今後に期待かしら。
新しい宿の名前も教えてもらって、先輩に使いっ走りをしてもらう。
文言は決まってる。ついこの間登録員になった組合のものが色々と迷惑かけると思いますがなにぶん新人なのでよろしくお願いします、と。
謝るのは私が担当だけど、お願いするのは先輩が担当なんだから。
ほんと、今後が怖い新人がはいってきたものである。
====================
次新人君が来るときはちゃんと名前で呼んであげようかしら。
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