上 下
106 / 143
悲しみの向こう側

涙の後に残っていたもの_1

しおりを挟む
「おはようございますわ!」

元気よくクラスメイトに機械的に挨拶をし続ける。
走しているとナタリーがすぐに席に駆け寄ってくる。

「おはようございます……。レヴィアナさん……その……大丈夫ですか?」
「なにがですの?」
「何が……って、お父様の事……」
「あぁ!あの方ですか?勝手に居なくなった人の事なんて知りませんわよ。それに今朝通達があった通りセオドア先生が学園長になられるとのことですし何も問題は無いのではなくて?」
「えっ、あ……はい……」

ナタリーがおろおろと戸惑っているのはわかったが、今の私にはそんなことはどうでもいい。
教室を見ても空席が目立つ。
イグニスの席はちゃんと空席で安心したけど、それ以上でもそれ以下でもない。
あれから5日経ったが、結局イグニスの姿を見ることは一度もなかった。

「ほら、ナタリー、授業始まってしまいますわよ?」
「は、はい……」

もう、どうでもいい。きっとこのまま何となく時間が過ぎて卒業式に向かっていくんだろう。
本当にみんな自分勝手だ。言いたいことだけ言って、勝手に消えてしまう。
ナタリーは何か言いたそうだったが何も言うことはなくただ授業の準備を始める。
教室の扉が開き先生が入ってきた。
そうして昨日と変わらない、きっと明日と同じ一日が始まっていった。

***

「卒業式の準備どうしましょうか?」

放課後、ナタリーに生徒会室に誘われた。
特にこれと言ってやりたいことがあったわけでもなかったので、特に否定も肯定もせずナタリーの背中を追いかけた。

「……どうでもいいのではありませんの?きっとなるようになりますわ」
「でも……」

ナタリーが何か言おうとしたのを遮り、私は話し続ける。
ずっとイライラしていた。何に対してかはわからない。でもずっとイライラして、布団に入ってもイライラして、お風呂に入ってもイライラして……。

「ナタリー、そんな準備とかどうでもいいじゃありませんの」
「へっ……?何言ってるんですか?」
「どうせみんないなくなってしまうんですのよ?だったら準備なんてしても仕方ありませんわ」
「そんな言い方は……」

ナタリーは何か言いたそうにしていたが、私は気にせず話をつづけた。

「イグニスだって居ない。今日来ていた生徒会メンバーだってわたくしとナタリーだけ。これで何をどう準備すると言うのです?」
「でも……」

ナタリーは悲しそうな顔をしたままうつむいた。
そしてぽつりと小さくつぶやいた。

「今日のレヴィアナさん……なんだか別人みたいですね。お父様のことがあって残念なのはわかりますけど――――」
「何がわかるっていうのよ!!」

自分でも驚くほど大きな声が出た。ナタリーは驚いたような、怯えたような表情で私を見た。
でももう止まらなかった。

「何がわかるっていうのよ!!最後にお父様と会っていたのに!!バカみたいに笑って!!私は何もできなかったのに!ただ、見ていることしかできなかったのに!!」
「レヴィアナさん……」
「イグニスだってそう!!何もできないで、勝手に一方的に別れを告げられて!そして勝手に居なくなって!!」

ナタリーが何か言おうとしていたが、もうどうでもよかった。
ただ、この行き場のない怒りをぶつける相手が欲しかっただけだった。

「何も知らないくせに!!勝手にわかるなんて言わないでよ!!」
「ごめんなさい……私そんなつもりじゃ……」
「もうほっといてよ!!」

そう言って生徒会室から飛び出した。
私は一体、何をやってるんだろう……。そう思うと無性に自分がみじめになった。
ふと、その時窓に映った自分の姿が目に入った。
ひどい顔だった。
涙は流れていなかったが、泣いていたほうが幾分ましだったかもしれない。
鏡の中の自分と目を合わせていると、そのまま動けなくなってしまった。

「……っ」

その場にしゃがみ込み、身動きが取れなくなった。
もう、どうすればいいのかわからなかった。
何もできなかった自分への怒りと、そしてイグニスとお父様がいなくなったことによる喪失感で頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。

「誰か……」

不意に言葉が漏れた。

「助けてよ……もう嫌だよ……」

もう本当に何もかもがどうでもよかった。
イグニスや、みんながいてくれればそれだけで幸せだった。あこがれの世界に来て、みんなで楽しんで、それだけでよかったのに。
それなのにどうしてこんなことに……。

「私が……私が余計なことをしたから?」

イグニスと仲良くなったから?それでアリシアと踊るはずのイグニスが私と踊ろうとしたから?
お父様がセレスティアル・アカデミーに来たのも元をたどればナディア先生がいなくなったからだ。
ナディア先生がここを離れずに存命であればお父様がセレスティアル・アカデミーに来ることもなかった。

「全部……私のせいだ……」

私がいなければお父様は死ななかったかもしれない。
イグニスも今頃みんなで楽しくやっていたかもしれない。
アリシアも……そしてナディア先生も死ぬことはなかったかもしれない。
何もかもが私のせい――――?

「――――さん!レヴィアナさん!!」
「へっ……?ナタリー……?どうして?」

肩をつかまれ振り向くと目の前には心配そうに私を見つめるナタリーがいた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

【完結済】 転生したのは悪役令嬢だけではないようです

せんぽー
恋愛
公爵令嬢ルーシー・ラザフォード。 彼女は8歳の頃、自分が転生者であることに気づいた。 自身がプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢に転生したルーシーはゲームのシナリオを崩すため、動き始める。 しかし、何も変わらなかった。 学園入学する前に王子との婚約を破棄しようと嫌われようとする計画もダメ。 逆に王子に好きになってもらおうとする計画もダメ。 何しても、王子の気持ちも世界も変わらなかった。 そして、遂にルーシーは何もやる気がなくなり、婚約破棄の運命の日まで流れるままに生きていくことにした。 ――――――――――――しかし、転生したのは悪役令嬢だけではない。 公爵家の子息、悪役令嬢の弟、ヒロインの友人、第3王子。 彼らもまた転生者であり、前世では悪役令嬢ルーシーを推しとしていた特殊な人たちであった。 そんなルーシーを愛してやまない人たちはこう決意する。 ――――――――――――自分がルーシーを幸せにすると。 転生した乙ゲーのキャラたちが、悪役令嬢を幸せルートに持って行くために試行錯誤する物語。

処理中です...