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舞踏会

舞踏会前日_2

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「な?俺がいてよかったろ?」

ノーランが自慢げに鼻を鳴らす。

「まぁそうかもしれないけど……、なんかむかつく」

結局力仕事になり、ノーランの大活躍によってあっという間に作業は終わってしまった。
どこにどういった工具があるかも把握していたし、私一人で行っていたらまだ半分も進んでいなかったと思う。

「……で?あんたは踊れるの?」
「なんだよ急に」
「舞踏会よ、舞踏会。あんたも踊ったことなんかないんじゃないの?」
「まぁ、普通踊ったことないよなぁー」
「そうよね!普通ないわよね!」

ノーランの反応に思わず声が大きくなってしまった。

「つっても平民の俺が踊れないのと、貴族でイグニスすら一目を置く『レヴィアナ』が踊れないのはなんか違う気がするけどな」
「ぐ……」

私が言い返せないでいると、ノーランが急に手を差し出した。

「練習でもしていくか?」
「え?」
「舞踏会で踊る練習」
「い、いいわよ……そんなの……」

こんな校舎裏でノーランと手をつないで踊るなんて、なんかそんなのすごい照れくさい。

「それにあんたには踊りたい人がいるんでしょ?」
「まぁそうだけどよ。あ、そうだ、アリシアの好きなモノとか知らない?」

ノーランはいいやつだ。だから必要以上に傷ついてほしくない。

「……たぶん、無理よ?」
「なんでだよ」
「なんでもよ。アリシアはこのゲームのヒロイン、そしてヒロインの攻略対象にはノーランなんて人物は居ない」
「知ってるよ。俺もさんざんこのゲームやったっての。でも別にそれがアリシアを好きになっちゃいけない理由にはならないだろ?」

ノーランが少しだけ真剣な顔をした。

「それに、もしかしたら今回の舞踏会で何かの間違いで一緒に踊れるかもしれないし。ほら、ゲームのイベントにはないけどクラスメイトと踊ってもいいかもしれないしな」
「……まぁ、それもそうね」
「それにゲームに居ないのもたまたま見つかってないだけで、俺ってば伝説のレアキャラ『ノーラン』かもしんねぇし」
「それは……ぷっ、あはは、ごめん、無いわ。何よ伝説って」

思わず吹き出してしまった。でも、ノーランの言う通り、私も攻略対象の4人とは踊ることはないかもしれないけど、ほかの生徒と踊ることもあるかもしれない。確かにその視点はなかった。

「でもさー」
「ん?」
「もし俺がアリシアと卒業式迎えて、キスなんてしたら、俺って伝説になるんじゃね?」
「うっわ……」
「キスってどんな感じなのかなぁー。やっぱ柔らかかったりするのかなぁー」
「ノーラン。あなた気持ち悪いですわ。アリシアだったら好感度-300といったところですわね」
「ちょ、ひどっ!敬語とか距離感じるなー。そういうレヴィアナはキスしたことあんのかよ!?」
「な、ないわよっ!」

急にそんな話を振られて思わず大きな声が出てしまう。

「え?ないの?」
「……ないに決まってるじゃない」
「マジで?」
「……しつこいわね!」

(絶対にあんなのはキスなんて認めない……)

キスはもっとロマンチックで、優しくて甘くて、そして人間とするものだ。

「ふーん……?美人で貴族で今までだってさんざん言い寄られてるだろうに、この世界に影響がーとか小難しいこと考えてるわけ?」
「そんなんじゃないわよ!」

ついつい声が荒くなってしまう。

そしてノーランが指摘したことも、正直理由の一つではある。ダンスの練習をこれまでしてこなかったのもそれが理由でもあった。
すでにもともとの悪役令嬢としてのキャラクター設定から逸脱してしまっているとはいえ、もし悪役令嬢役の私が攻略対象の4人とくっついてしまってそれで何か起きてしまったら?

「―――平気じゃね?」
「え?」
「そもそもアリシアと踊るのは俺だしな」

そう言ってノーランは笑った。

「それにあのセレスティアル・アカデミーの舞踏会だぜ?そんなの関係なく踊って楽しもうぜ」
「……そうね。そうよね」

こいつはこいつなりに気を使ってくれてるらしい。
せっかく来れたあこがれの世界で、あこがれのイベントで部屋の隅でじっとしているのは本音を言うととても寂しい。

「……ま、いいわ。練習しましょ?ノーラン」
「は?え?」
「教えてくれるんでしょ?ちゃんと教えてくれたらアリシアの好きなモノ教えてあげるわよ?」
「……よし、さっすが話分かるな!じゃまずは……」
手に取ったノーランの手は私より全然大きくて、少し硬い手だった。

***

「お待たせしましたわ!」

ノーランとのダンスの練習を終え、教室に戻るとすでにナタリーはシルフィード広場に向かったとイグニスが教えてくれた。慌てて駆けていき、きょろきょろと立っているナタリーと無事合流することができた。

「いえ、私も準備があったのでちょうどよかったです」

そういいながらナタリーはパンパンに詰められたカバンの中身を見せてくる。

「準備って、それにしてもすごい量の魔法紙ですわね」
「ミーナさんとの思い出は全部残しておきたくって」

新品の魔法紙の束を何束か取り出しながらナタリーが答える。

「じゃ、お願いしますね。まず私達はどこに行ったんですか?」
「まずは……噴水広場かしら?」

ナタリーは紙に書きながら後ろをトコトコとついてくる。
そうして、演劇を見て3人で泣いたことや、クラウドベリーサイダーを飲んだきっかけなど話ながらシルフィード広場を歩いていく。
ナタリーは真剣な顔をしながら、時々信じられないといったリアクションも取りながら私の話を聞いていた。

「それで、この雑貨屋さんで3人でイヤリングとリボンを買ったんですわ」
「ミーナさんのおかげで私は初めてイヤリングをつけたんですね」

ナタリーが耳につけているイヤリングを触りながら嬉しそうに笑った。
そのままふらふらとナタリーは雑貨屋さんの中に入っていき、そうして緑色のリボンを手に出てきた。

「それって」
「はい、同じもの、ですよね?あのリボンはずーっと握り締めてたからボロボロになってしまったので大切にしまってあります」

そういいながら器用に自分の髪の右側をちょこんとリボンで結んだ。

「どう、ですか?似合いますか?」
「えぇ、とっても」

ナタリーが嬉しそうに笑った。

***

「はー……」
「どうしたんですの?」

歩いて話続けだったのでいつもの喫茶店で一休みすることになった。
私はクラウドベリーサイダー、ナタリーはいつものクラウドベリーサイダーにアイスクリームをトッピングしたものをそれぞれ飲みながら一息ついていると、ナタリーが大きなため息をついた。

「レヴィアナさん、ずるいですよ」
「まぁ、なんでですの?」
「話を聞けば聞くほどミーナさんって素敵な人じゃないですか。私も覚えてられたらよかったのに」

ナタリーが今日書き連ねた魔法紙をパラパラとめくりながらすねた様に口をとがらせる。

「そうですわね。本当によく笑う、かわいらしい子でしたわよ」
「どうして私、忘れてたんでしょうね?」
「……わからないわ。だから今度は忘れないようにしましょう?わたくしも手伝うわ」
「はい!そうですね!」

ナタリーが嬉しそうに笑う。やっぱりこの子もミーナと同じで笑顔が一番似合う。

「それで……今日レヴィアナさんを呼び出したのはもう一つ理由がありまして」
「ん?なにかしら?」

今日、ずっとそわそわしていたし、この喫茶店に入ってからもずっとちらちらとこちらの表情をうかがっているようだったから気にはなっていた。
ナタリーが席を立ち、隣の席に移動してくる。そして、周りをきょろきょろと確認してから、耳元に口を近づけてきた。

「今朝の事……本当ですか?」
「今朝?何のことですの?」

耳元で囁かれたので、ついつい息がくすぐったくって体をよじってしまう。私も同じように小さな声で聞き返した。

「え?あー……」

ナタリーが少しだけ恥ずかしそうに、でも、はっきりとした意思をもった声で続けた。

「マリウスさんの事です」

見ると両手をぎゅっと握りしめて、ナタリーは真剣な表情でこちらをのぞき込んでいた。

「私、その、マリウスさんもですけど、レヴィアナさんのことも本当に大切に思っていて、その、だから、本当にレヴィアナさんが、その……レヴィアナさんが……」

ナタリーがいつものたどたどしい口調で必死に言葉を紡ごうとする。

「本気なら……私……」
「ナタリー」
「……はい」

もう我慢できずにそのまま抱きしめてしまう。そして、二度とマリウスのことでナタリーをからかうことはやめようと心の中で誓った。

「ナタリーとマリウスはお似合いよ」
「え?」

ナタリーが驚いたような声を上げる。

「あまりにお似合いすぎたから、いじわるしてただけ」
「え?じゃあ、あぅ……」
「えぇ、明日の舞踏会でナタリーとマリウスが踊っているところ見せてね?」
「はい……あの……」

ナタリーが恥ずかしそうにもじもじしながら口を開いた。

「あ、でも、その、マリウスさんに断られちゃったら……、マリウスさん、人気者ですし……、だからその……」

ナタリーのいじらしさが可愛くて思わず口元がほころんでしまう。

「大丈夫よ。マリウスも絶対にナタリーと踊りたいって思ってるはずだわ」
「え?そう、なんですか?」
「えぇ。絶対よ。私が保証するわ」

そのままナタリーが落ち着くまで背中をとんとんと叩いてやる。少しして落ち着いたのかナタリーはこちらに向き直った。

「レヴィアナさん……ありがとうございます!」
「それに、もしナタリーの誘いを断ってほかの女と踊るようなことがあったら、マリウスを舞踏会に参加できないくらい魔法で攻撃して退場させてからわたくしと踊りましょう?約束よ」

そういうとナタリーはぱぁっと花が咲いたように笑い、嬉しそうに大きな声ではい!と答えたのだった。

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