上 下
91 / 143
テンペトゥス・ノクテム

囁く闇の中で

しおりを挟む
「本当に、本当にご迷惑をおかけしました」

隣を歩くマリウスに深々と頭を下げた。

「ふっ、もう何度目だ?」
「何度目でも、ですよ。こうしてマリウスさんと一緒に歩けるのがうれしいんです」
「もう本当にあんな無茶しないでくれよ?」
「はい。もう、絶対に、絶対にしません。このスカイメロディーの名前に誓って」

つないだ右手が温かい。
視線の先には二人の影が仲良く並んでいた。
ちょっと強く握ると、同じくらいの力で握り返してくれる。
ちょっと離そうとすると、強く握り締めてくれる。

(あぁ……本当に……私……)

本当ならこんな事できず、あの場所で一人きりで終わるはずだった。そうして魂が生まれ変わることもなく、ただ消えるだけ。
そう思っていたのに、こんなにも幸せな気持ちで一日を終えることができるなんて。
自然と涙がこぼれる。一度流れ始めたらもう止まらなくなっていた。

「マリ……ウスさん」

私は彼の名前を呼ぶ。彼は何も言わずに視線だけで続きを聞いてくる。

「ありがとうございます。私と出会ってくれて、私に勇気をくれて……本当にありがとうございます」
「そう、謝るより俺はそっちのほうが好きだ」

視線を前に向けたまま、マリウスは優しい声でそう言ってくれた。
私たちは泣きながら、そして笑いあいながら寮に向かって並んで歩いて行く。
やがて月光が照らしていた影は重なったように見えた。

***

「もういいのか?」
「はい、大丈夫です」
「ならよかった。今日はゆっくり休むんだぞ」

そういってマリウスが部屋から出ていく。
その扉が閉まるのを見届けてから、私はベッドに身を投げ出した。

「はぁ……」

ため息のような息を一つついてから、枕に顔を埋めて今日一日の出来事を思い返す。
今日は本当にいろいろな事があった。
シルフィード広場で演劇を見たのは今日の昼間なのに感じるのに、もう一ヶ月も前のことに思える。

ぐーーーーっ

「あ」

安心したからか思い出したかのように私のお腹が鳴った。
枕に埋めていた顔を机のほうに向ける。そこには魔法訓練場に持ってきてくれた包みが置いてあった。
のそのそとベッドから立ち上がり包みを開く。中には食堂人気の色とりどりのサンドイッチが入っていた。

「いただきまーす……」

一つ、また一つとサンドイッチを口に運んでいく。

「おいしい……」

ちゃんと味がする。

「おいしい……っ!」

私は泣きながらサンドイッチを頬張る。
でもきっとこれは悲しい涙じゃなくて、嬉しい涙だ。明日に向かうためのこの味と感情をしっかりと噛み締めようと思う。

「ありがとう……マリウスさん、レヴィアナさん」

そう呟いた私の声は誰にも聞こえることなく消えていく。

「明日から使わせてもらいますね、ミーナさん」

ずっと机の引き出しにしまっていた2つ1セットのイヤリングを取り出す。
やっぱりまだ顔も声も知らない人の名前を親しげに呼ぶのは抵抗があったけど、でも私は親友なのだしきっと大丈夫だろう。
窓から見える月はきれいな満月だった。

***

「やっぱり……」

マリウスとナタリーと別れて残って正解だった。
ナタリーが持っていた、ミーナのものではない紫色のリボンの残骸を手に取る。
さっきこのリボンが千切れて宙を舞った瞬間、思い出した。いや、これがアイテムだと初めて認識できたといったほうが正確かもしれない。

(これもいままでのイベント同様『終わってから』思い出すのね……)

結局先手は打てないのだろうか。

「黒霧の綾……こんな物騒なモノ、なんでナタリーが持っていたの?」

ゼニス・アーケインを倒したときに稀にドロップするアイテム、黒霧の綾。
あのナタリーがあそこまで陰鬱な感情を抱いていたことと、この砕け散ったアイテムが無関係だとは思えない。

幸い、アイテムとしての効力は失われているようで、手に取ってみても何かの影響を感じることはなかった。

「でも……やっぱり、どうして?」

ヒロインのアリシアが持っているならわかる。ゲーム内のネームドキャラクターの私やイグニスたちが持っているのもわかる。でもナタリーが持っていた理由が全く分からない。

ナタリーはいうまでもなくいい子だ。
はじめのころはあの三賢者、アイザリウム・グレイシャルセージの唯一の教え子でいう事でやっかまれていた事はなんとなく知っている。
それでも今となってはそんなことで彼女を蔑む人はいない。

(クラスのメンバーも当然生徒会メンバーにもナタリーを疎ましく思う人はいない……。じゃあ学園外……?)

でも、可能性としては0とは言い切れないが、それは薄いだろう。
あのナタリーが全く見ず知らずの人にものを渡されて素直に受け取るだろうか?

私の家の襲撃事件を企てた人物と関係があるんだろうか?
あれからしばらく何も起きてなかったし、最近【貴族主義者】もおとなしかったから油断していたけど、まだ何か続いているのだろうか?

「いったい誰が……?」

私がぽつりとつぶやいた言葉は誰にも聞かれることなく空に溶けていった。

***

「これにも…書いてない…か」

マリウスはナタリーと別れた後、部屋に戻らず深夜の図書館で一人調べ物をしていた。
目の前には様々な種類の文献が積まれている。

(まぁ……それはそうだろうな……)

そんな都合よく見つかるはずがないとは思っていたので、落胆はしていなかった。でも、この図書館のめぼしい文献は全て調べつくしてしまったので、他に探す当てがないのも事実だった。

「記憶……か……」

ポツリとつぶやく。
レヴィアナから話を聞いてからずっと考えていたことがあった。

(レヴィアナは魔力が多かったから、そのミーナという人物のことを覚えていたといっていた。でもそれならば、なぜほかに覚えている人がいない……?)

レヴィアナの魔力は確かに桁違いだ。学生の中では間違いなくトップクラスだ。
俺は確かに純粋な魔力の総量ではレヴィアナには勝てない。

でも先生なら?

テンペストゥス・ノクテムとの戦闘で見せたナディア先生の強さは俺たち生徒では到底及ばない次元の強さだった。
魔法の威力と魔力量は完全に比例するわけではないが、それでもレヴィアナがナディア先生よりも魔力量が多いとは思えなかった。

それに魔力量だけで言えばセシルもレヴィアナと少なくとも同程度はあるはずだ。
レヴィアナの話によると生徒会メンバーだったとのことだし、もしセシルが覚えていたのなら話題に挙がらないのはおかしい。

(それにおかしいといえばもう一つある……)

ここ最近、急にナタリーの様子がおかしくなった。セオドア先生との特別訓練の時も魔法の詠唱は精彩を欠いていたし、テンペトゥス・ノクテムとの戦闘中もずっと何かにおびえているようだった。

親友だったミーナに関する記憶を失ったことで情緒が崩れたというのは十分考えられる。
ただ、レヴィアナの話によるとミーナが居なくなってからずいぶん期間も経っている。どうして今なのかという点も不思議で仕方がない。

(やっぱり何か見落としている気がするな……)

次はどの書籍を調べようかと立ち上がろうとした時だった。

「おや、こんな時間に珍しいね」

背後から声がした。思考に没頭していたこともあり全く気が付かなかった。

「……カスパー先生? どうしてこんなところに?」

そこにいたのはいつもの白衣ではなく、私服姿のカスパー先生だった。
胸ポケットの見たことがない花がやけに目を引いた。

(……俺はあの花をどこかで見たことがある?)

いや、考えすぎだろう。見たこともない花をどうやって買うというんだ。

「調べものかい?」
「はい、ちょっと気になることがありまして……」
「なるほど……。それで?何かわかったかい?」

俺が首を横にふるとカスパー先生は少し考え込むようなしぐさをした。

(そうだ……【闇の書庫の守護者】の称号を持っているカスパー先生なら何か知っているかもしれない)

「あの……先生!」

立ち上がりながら声を上げると、先生は手を上げて制止する。どうやら先に話すことがあるようだ。

「君に話があるんだ、マリウス君」

こうして夜は更けていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう
ファンタジー
 紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。  彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。  新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。  大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。  まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。  しかし!!!!  その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥  あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。  それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。  この王国を貰おう。  これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。  小説家になろうでも掲載しております。

処理中です...