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テンペトゥス・ノクテム
氷に覆われた未来の種_3
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「おはようございますですわ!ナタリーは今日もかわいいですわね」
「あはは、そんな事ないですよ!レヴィアナさんこそ、イヤリング素敵ですねー」
あれから数日、なんとか普通の生活に戻っていた。食事は相変わらずうまく摂れないし、夜もよく眠れないけど、周りに気付かれないように必死に取り繕っていた。
「……ナタリーもイヤリング持っていましたわよね?つけないんですの?」
「あはは、私にはちょっとおしゃれすぎるかなと思いまして」
「そうですか」
「あ、でも!レヴィアナさんがそういうなら今度つけてみますね!」
あれから誰もテンペストゥス・ノクテムの事も、そしてナディア先生の事も触れてこない。
「お前のせいでナディア先生が!」と罵倒されたほうがよっぽど楽だった。何もされないからこそ、責められていないことが余計に辛かった。
私はまだみんなにナディア先生のことで謝ることすらできていない。
「レヴィアナさん……あの……」
何度か2人きりになった時に告げようかと口を開くが、どうしてもその先の言葉が出てこなかった。
「ん、なんですの?」
そう言って微笑む彼女の顔はとても綺麗だった。
「あれ?なんでしたっけ……。ごめんなさい、忘れてしまいました。えへへ」
そんな顔を見てしまうと何も言えなくなってしまう。蓋を開けてしまって、この笑顔が二度と見られなくなるのが怖かった。
「ふふっ、変なナタリー。でも本当に何かあったら相談してくださいまし?」
そう言って彼女は優しく微笑んでくれた。
「うん、ありがとう。頼りにしてます!」
そう言って私も微笑んだ。でもなんて相談していいのかわからなかった。
レヴィアナさんは今日もこんな私に手を差し伸べてくれる。
私が初めて触れた暖かい手。シルフィード広場で初めて遊んだ時から私のことを怖がらずに接してくれた暖かい手だった。
***
「はぁ……」
ため息が止まらない。その日の放課後、私は旧訓練室に一人で座りずっと空を見ていた。
いつも通りのみんな、幸せの日常。最高のみんな、素敵な友達。
でも、口を開けばそんな誰かを傷つけてしまうようなそんな気がして私は何を話していいかわからなくなっていた。
「みんなに混じるのは得意だと思っていたんですけどね……」
手には緑色のラインが入ったリボンを握りしめている。初めは綺麗だったリボンも今ではところどころ汚れてしまっていて、皺も癖がついてしまっている。まるで今の自分のようだと思った。
(私……何やってるんでしょう?)
そう思いながらも、こうしてじっとしているしかなかった。
ここにいると少しだけ落ち着く。
「ごめんなさい……」
自然と口から言葉がこぼれていた。
誰に謝っているのか自分でもわからないけれど、そんな言葉しか出なかった。
「ねぇ……ミーナ……私どうすればよかったでしょうか?」
ミーナ、しばらく前にレヴィアナさんがぽつりと言った、そして私の口からも自然とこぼれた、多分、人の名前。
誰かはわからないけど、何故か懐かしい感じがしたのを覚えている。
「もうどうしていいか…わからないんです……。ねぇ……ミーナ?」
涙が溢れてくる。でも、拭う気力もない。
涙は頬を伝うことなく床へと落ちる。
もう限界だった。幸せな日常なはずなのに、何も変なことは無いはずなのに、それでもずっと何かが欠けている気がしている。
今だってそう。
私がこの壁にもたれかかって、レヴィアナがそこの椅子に座って、もう一人そこの椅子に座っている誰かがいたはずなのに。
そんなはずないのに、でも何も思い出せなかった。
そんなどこにも居ない人にすら縋りたかった。
「会いたいです……もう一度だけ話がしたい……ミーナ……さん?」
その言葉を口にした瞬間、今まで我慢していたものが堰を切ったように溢れ出した。
「うぅ……あぁあああ……!」
声を上げて泣いた。誰もいないこの場所で思い切り泣き続けた。
私の頬を伝った涙はリボンに落ち染み込んでいく。
涙の染みをなぞりながらただただ涙を流した。
――――もう……ダメ……私……もうちゃんと笑えない……
どれだけ泣いたことだろう。涙はとうに枯れ果て、日はすっかり沈んでしまい周囲は真っ暗になっていた。
最後に、最後にみんなの中に楽しい思い出を作りましょう。
最後まで笑っている私で終わりましょう。
みんなは私が故郷を滅ぼしたことも知りません。
あの夢で見た女の子を置き去りにして逃げたことも知りません。
だから、せめてみんなの思い出の中ではにこにこしている私で終わりましょう。
そうだ、初めてシルフィード広場に行ったメンバーがいいですね。
私と、レヴィアナさんと、あとアリシアさんでしたっけ?
あとマリウスさんも誘いたいですね。
きっとマリウスさんの中では私が庇ったままで終わっていると思います。それはちょっと嫌です。
あれからマリウスさんが私に対してよそよそしくなったように感じるのは気のせいではないでしょう。
みんなの記憶の中の私は笑って生きていて欲しい、のうのうとこれまで生きてきた私の最後のわがままです。
大丈夫、きっと笑えます。
演技は得意です。
次の放課後、あの頃の、ただ笑っていたときの私として過ごしましょう。
初めて見たあの日のように笑って演劇を見て、あとは、それから、みんなで楽しくおしゃべりして、美味しいもの食べて、
――――それで
――――それから、それから、それから……それから…………
――――それで、みんなの中の私は笑ったままで、あの日終わるはずだった私を終わらせましょう。
「あはは、そんな事ないですよ!レヴィアナさんこそ、イヤリング素敵ですねー」
あれから数日、なんとか普通の生活に戻っていた。食事は相変わらずうまく摂れないし、夜もよく眠れないけど、周りに気付かれないように必死に取り繕っていた。
「……ナタリーもイヤリング持っていましたわよね?つけないんですの?」
「あはは、私にはちょっとおしゃれすぎるかなと思いまして」
「そうですか」
「あ、でも!レヴィアナさんがそういうなら今度つけてみますね!」
あれから誰もテンペストゥス・ノクテムの事も、そしてナディア先生の事も触れてこない。
「お前のせいでナディア先生が!」と罵倒されたほうがよっぽど楽だった。何もされないからこそ、責められていないことが余計に辛かった。
私はまだみんなにナディア先生のことで謝ることすらできていない。
「レヴィアナさん……あの……」
何度か2人きりになった時に告げようかと口を開くが、どうしてもその先の言葉が出てこなかった。
「ん、なんですの?」
そう言って微笑む彼女の顔はとても綺麗だった。
「あれ?なんでしたっけ……。ごめんなさい、忘れてしまいました。えへへ」
そんな顔を見てしまうと何も言えなくなってしまう。蓋を開けてしまって、この笑顔が二度と見られなくなるのが怖かった。
「ふふっ、変なナタリー。でも本当に何かあったら相談してくださいまし?」
そう言って彼女は優しく微笑んでくれた。
「うん、ありがとう。頼りにしてます!」
そう言って私も微笑んだ。でもなんて相談していいのかわからなかった。
レヴィアナさんは今日もこんな私に手を差し伸べてくれる。
私が初めて触れた暖かい手。シルフィード広場で初めて遊んだ時から私のことを怖がらずに接してくれた暖かい手だった。
***
「はぁ……」
ため息が止まらない。その日の放課後、私は旧訓練室に一人で座りずっと空を見ていた。
いつも通りのみんな、幸せの日常。最高のみんな、素敵な友達。
でも、口を開けばそんな誰かを傷つけてしまうようなそんな気がして私は何を話していいかわからなくなっていた。
「みんなに混じるのは得意だと思っていたんですけどね……」
手には緑色のラインが入ったリボンを握りしめている。初めは綺麗だったリボンも今ではところどころ汚れてしまっていて、皺も癖がついてしまっている。まるで今の自分のようだと思った。
(私……何やってるんでしょう?)
そう思いながらも、こうしてじっとしているしかなかった。
ここにいると少しだけ落ち着く。
「ごめんなさい……」
自然と口から言葉がこぼれていた。
誰に謝っているのか自分でもわからないけれど、そんな言葉しか出なかった。
「ねぇ……ミーナ……私どうすればよかったでしょうか?」
ミーナ、しばらく前にレヴィアナさんがぽつりと言った、そして私の口からも自然とこぼれた、多分、人の名前。
誰かはわからないけど、何故か懐かしい感じがしたのを覚えている。
「もうどうしていいか…わからないんです……。ねぇ……ミーナ?」
涙が溢れてくる。でも、拭う気力もない。
涙は頬を伝うことなく床へと落ちる。
もう限界だった。幸せな日常なはずなのに、何も変なことは無いはずなのに、それでもずっと何かが欠けている気がしている。
今だってそう。
私がこの壁にもたれかかって、レヴィアナがそこの椅子に座って、もう一人そこの椅子に座っている誰かがいたはずなのに。
そんなはずないのに、でも何も思い出せなかった。
そんなどこにも居ない人にすら縋りたかった。
「会いたいです……もう一度だけ話がしたい……ミーナ……さん?」
その言葉を口にした瞬間、今まで我慢していたものが堰を切ったように溢れ出した。
「うぅ……あぁあああ……!」
声を上げて泣いた。誰もいないこの場所で思い切り泣き続けた。
私の頬を伝った涙はリボンに落ち染み込んでいく。
涙の染みをなぞりながらただただ涙を流した。
――――もう……ダメ……私……もうちゃんと笑えない……
どれだけ泣いたことだろう。涙はとうに枯れ果て、日はすっかり沈んでしまい周囲は真っ暗になっていた。
最後に、最後にみんなの中に楽しい思い出を作りましょう。
最後まで笑っている私で終わりましょう。
みんなは私が故郷を滅ぼしたことも知りません。
あの夢で見た女の子を置き去りにして逃げたことも知りません。
だから、せめてみんなの思い出の中ではにこにこしている私で終わりましょう。
そうだ、初めてシルフィード広場に行ったメンバーがいいですね。
私と、レヴィアナさんと、あとアリシアさんでしたっけ?
あとマリウスさんも誘いたいですね。
きっとマリウスさんの中では私が庇ったままで終わっていると思います。それはちょっと嫌です。
あれからマリウスさんが私に対してよそよそしくなったように感じるのは気のせいではないでしょう。
みんなの記憶の中の私は笑って生きていて欲しい、のうのうとこれまで生きてきた私の最後のわがままです。
大丈夫、きっと笑えます。
演技は得意です。
次の放課後、あの頃の、ただ笑っていたときの私として過ごしましょう。
初めて見たあの日のように笑って演劇を見て、あとは、それから、みんなで楽しくおしゃべりして、美味しいもの食べて、
――――それで
――――それから、それから、それから……それから…………
――――それで、みんなの中の私は笑ったままで、あの日終わるはずだった私を終わらせましょう。
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