悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

文字の大きさ
上 下
32 / 143
夏休み

村の散歩

しおりを挟む
馬車の旅は順調だった。
予定通り宿場町に到着し、天候にも恵まれ大きな問題もなく、3日目の昼頃にはアリシアの故郷の街に到着した。

ゲームの中でも夏休みにこうしてアリシアの帰郷するイベントはあるが、当然ゲームの中では【移動中……】のテキストだけで済まされてしまう。

でも実際に山を越え、川を越え、何度も馬車のメンバーを入れ替えながらワイワイと移動をして目的地に辿り着いた時の達成感は想像以上だった。

アリシアの故郷はスチルの背景のイメージ通りに緑が豊かで、綺麗な水が流れている大きな川のほとりにあった。
街の中にも水路が張り巡らされており、所々で水車の回る音が心地よく響き、遠くから動物の鳴き声が聞こえてくる。アリシアに尋ねると乳牛はこの地域の特産品らしく、乳製品や肉類は近隣一帯でもかなり人気らしい。

「おばさん!こんにちはー!お久しぶりですー!」
「おや!アリシアちゃん。おかえりなさい!ずいぶんと早かったんだねー」

アリシアが馬車から顔を出し街の人と親しそうに話をする。こんないかにもな貴族の馬車で乗り入れて嫌悪感を抱かれないか心配だったが、街の人達は嫌な顔一つせず歓迎してくれているようだった。

「おかーさーん!ただいまー!」

赤い屋根の木造の家の前に馬車を停めると、アリシアが元気よく飛び出しそのまま家の中へと駆けていく。
私たちも荷物を馬車から降ろしながら待っていると、アリシアをそのまま大きくしたような女性が出てきた。

「そちらが手紙で連絡をくれていた学校の方々ね」
「うん!お母さん!紹介するね!!」
「まぁまぁ、皆さん長旅でお疲れになったでしょう。こんな外で立ち話もなんですから、中へお入りになって」

アリシアのお母さんはにっこりと笑い私たちを歓迎してくれた。

「大したおもてなしもできないですが、どうぞゆっくりしていってくださいな」

そう言って家の中に通された私達は居間に案内された。アリシアのお母さんが台所でお茶を淹れてくれるようだった。

「あ、お手伝いしますわ!」
「そんな、お客様にそんなことをさせられませんよ」
「そうですよ。皆さんは座っていてください」

そう言ってアリシアも台所に消えていった。手持ち無沙汰になってしまい、ついつい部屋の中をキョロキョロと見てしまう。
ゲームの中の話ではあるけど、この家も私にとっては思い出が詰まった家なので、なんとなく感慨深くなってしまう。

全員着席したところで改めて私たちの自己紹介が始まった。
アリシアのお母さんも時に相槌を打ちながら、時に笑いながら、本当にゆったりとした時間が流れていく。

「アリシア、本当にお友達に恵まれたのね。皆さん改めて、私がソフィア・イグニットエフォートです。あまりおもてなしはできないけれど、どうぞ自分の家だと思ってゆっくりとくつろいでいってください」
「こちらこそ、快く迎えてくださって大変感謝しておりますわ。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
「そんなご迷惑だなんて。いろいろと学校の話も聞かせてくださいね」

ゲームの中でもいつもニコニコとした笑顔でアリシアを溺愛していたのが印象的だったが、実際に会ってみると更にそのイメージが強まった。

そこからひとしきり話が盛り上がり、アリシアが「まだ夕食まで時間があるからおやつを作ります!」という運びになった。

ナタリーとミーナはお菓子作りに駆り出され、戦力外通告を受けた私、イグニス、マリウス、セシル、ノーランの5人は目的の一つであった街の見物をしていた。

「つってもお前魔法も勉強もできるのに料理とか全くできねーのな」

ノーランに呆れた目で見られる。

はじめは私も手伝おうとしたのだけれど、「バターを湯煎しておいてください」と言われ、沸騰したお湯の中にそのままバターを入れた瞬間台所からつまみ出されてしまった。

そもそも湯煎どころかバターを見るのも初めてだ。誰だってこうなると思う。

「……ま、まぁほら、人には得意不得意がございましょう?それにノーランは知っていましたの?」
「知ってるぜ?つーかほかのみんなも知ってるよな?な、マリウス?」
「ん?んー?それはどうだろう………?な、なぁ?セシルは……って耳をふさぐな!!イグニスは知っているか?」
「当然だろ?湯煎って言ってるのに鍋と一緒に煮たのがまずかったんだろ。沸騰したお湯をかけるんだよ」
「イグニス……お前……自信満々に適当なこと言うのやめたほうがいいぞ……?しかも全然ちげーし……」

―――んも―――――っ

遠くから乳牛の鳴き声が聞こえてくる。その間抜けな声についみんな吹き出してしまう。

「……っっくっ!はっはっはっ!!所詮貴族だなんだって言ってもここにいる4人の貴族全員が「湯煎」の1つも知らねーんだ!!やっぱり貴族なんて大したもんでもねーよ!!」
「はっはっはっ!確かにな。名家の文武両道なんて言われたところで世界が一つ変わればこんなものだよな」
「それにさ。僕はあんなふうに親と一緒に料理をした記憶なんてないよ。なんか、なんかとってもいいよね」

街の中は賑わい、活気に満ちている。川には魚が気持ちよさそうに泳いでいて、その少し先では子供達が水遊びをしている。

外部からの来客が珍しいのか、アリシアの母親の人徳なのか、すでに私たちの事は街中の人に知られており、街を歩いているといろんな人から声をかけられた。

果物屋のおばちゃんは気さくに話しかけてきてくれる。
パン屋のおじさんもお茶目な笑顔で手を振ってくれる。
たぶんイグニス、マリウス、セシル目当てであろう女の子達からは、キャッキャと黄色い声が聞こえる。

街の中の暖かさに包まれながら街を散策していると、少し開けた草原に辿り着いた。

あまりに見事な草原だったので誰からともなく皆で寝そべり空を見上げる。
青くどこまでも澄み渡る空には鳥たちが優雅に飛び交っている。

そよ風が頬を撫で、草花が心地よい香りを運んでくる。
遠くで聞こえる家畜の鳴き声と木々の葉がこすれる音、時折聞こえる鳥のさえずりが、とても気持ちよく感じる。

しばらくの間無言で空を見つめていた。

「なんかとっても自由だね」

セシルがポツリとつぶやいた。

「ちょっとだけ独り言いうね。正直に言うと僕は【貴族主義】っていうのがわからないでもないんだ。やっぱり強さは自由だと思うし、強い貴族は誰よりも自由であるべきだと思ってる
「戦争やモンスターの襲撃に備えるときも、その戦場で誰よりも自由でありたいと思っている。誰よりも早く、誰にも、敵にも制限されないで、自由はとても心地いいからね
「僕自身がそうだから貴族がその自由であることに溺れてしまう気持ちもとてもよくわかる。まぁ、アリシアに対しての陰湿なことは強さからも自由からも離れてるから駄目だけどさ
「でも、ここにこうやってみんなで寝転がって、いまぼーっと空を眺めててもその気持ちよさ、自由みたいなものを感じるんだよね」

セシルもまだ自分の中で考えを咀嚼している途中なのかもしれない。セシルの独り言はそこで止まった。

「俺も独り言、言っていいか?」

マリウスがセシルの話を引き継ぐ。

「俺は【貴族主義】には賛成……ではあるんだ。優秀な人が多くの民を幸せに導く、それ自体は素晴らしい事だと思っている。俺の父のように、俺の兄のように。彼らはより多くの平民だけでなく貴族も幸せに導くことができるだろう
「だから人の上に立つべきだ、そう思っていた。でも、今日すれ違った人たちは今どの貴族に守られているか、そんなことはきっと気にしていない。そしてそれがとても自然なんだと思ってしまった
「イグニスがいつしか「役割が違うだけ」と言っていた。俺はその時反射的にその役割こそが重要なのではないかと思ったが、もしかしたら本当にただ役割が違うだけなのかもしれないなと少しだけ思い始めている」

マリウスはいつもより少しだけ饒舌だった。普段はこういったことをあまり口に出さないので、少し気恥ずかしいのかもしれない。

「俺は貴族みたいなもんじゃねーけどよくわかんねーけど、みんな楽しく生きれればそれでいいんじゃねーのか?」

ノーランが自然にそう呟いた。なんだか新鮮な響きだった。
それに対して私はこの人たち続く意見を何も持っていなかった。

なんとなく心の中で「ねぇ、ソフィア?」と尋ねた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。 死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...