上 下
8 / 143
魔法学校入学試験

あいさつ?

しおりを挟む
……そんな懸念事項は完全に杞憂に終わった。

「お!レヴィアナじゃないか」

こそこそと会場に入った瞬間、唐突にイグニスに声を掛けられた。

「あっ……っへっ!?」
「久しぶり……って程でもないか、大体なんだ?その大荷物」

そのまま私の方に近づいてきて、私が抱えていた大きな荷物を指さして眉をひそめ、そのまま――――

「ひゃうっ!?」

イグニスに抱きしめられた。

(なななな、な!?なに!?)

突然の事で頭が真っ白になる。

(ななななんで!?なんでいきなり抱きしめられてんの私!)

イグニスの腕が私の背中に回り、彼の胸に顔を押し付けられる。

(え?え?なにこれ!?なんか香水みたいないい匂いするんだけど!?貴族だから!?貴族だからこんないい匂い!?でもゲームではこんなこと無かったよね!?私……えぇぇえええっ!?)

「ん?なんだその顔。熱でもあんのか?」

そのままイグニスは私の前髪をかき上げ、おでこをくっつけてきた。

(近い!近い!なにこれ!?なにこれ!?なんで!?レヴィアナとイグニスってそういう関係なの!?)

「んー……熱はねぇみたいだな」
「いきなりお前みたいな男を見てびっくりしたんじゃないか?」

マリウスも私の方に歩いてきて、そのままイグニスと同じように私を抱きしめてきた。

(ひっ!ちょっ……っ!なにこれ!?どうなってんの!?)

「入学式まで魔導書を持ち歩くなんて、レヴィアナは本当に勉強熱心だな」
「ひゃ……ひゃい……」

顔は真っ赤だろう、体が熱い、心臓がバクバクと音を立てている。足がふらつき、地面がぐにゃりと揺れているような感覚がする。

「っと、あぶない」

倒れそうになる私をセシルが抱きとめられた。

(ひぇ……)

ふわっとした浮遊感とともに、私の体はセシルの腕の中にすっぽりと納まっている。

「あんなところに居たのに出てこないから何してるのかと思ってた」
「あ……え……えと……」

セシルはにこやかな笑顔で、抱きかかえられたままの私に話しかけてくる。

(あぁぁぁぁぁああ!近い!近い!近い!)

私が見上げると、それにこたえるようにセシルが微笑みながら私の顔を覗き込んでくる。

(っ―――――――!!)

もうダメだった。私は声にならない悲鳴をあげることしかできなかった。

「あ……あの……」

おずおずと声をかけてきたのはアリシアだった。

「その方は……?」
「あぁ、こいつはレヴィアナだ。さっき言ってた腐れ縁仲間の一人」
「は……はぁ……」

アリシアはこちらを見たまま戸惑っているようだ。きょとんとしながら、でも少しだけ警戒の色を浮かべている。

(そ……そうよ!)

なんでいきなり3人に抱きしめられたのかとか、3人との関係性とか聞きたいことは山ほどあるけど!

「は!はじめまして!わたくしはレヴィアナ・ヴォルトハイムですわ!」

このアリシアと知り合うチャンスを逃してはならない。私は大きな声でしっかりとアリシアに向かって挨拶した。
目を見て、そしてお辞儀もしっかりと、右手を伸ばすのも忘れない。
私が差し出した手をアリシアは少しだけ躊躇ってから、ゆっくりと握り返してきた。

「わ……私はアリシア・イグニットエフォートです。こちらこそよろしくお願いします!」
「はい!どうぞよろしくお願いいたしますわ!」

小さくて、白くて、明るくて、かわいい笑顔――――

(ああ……私、初めて二次元と三次元がつながる瞬間を実感したわ……)

そんな感想を抱きながら、私はアリシアの手を両手でしっかり握っていた。

(全くこんなかわいい子をいじめるなんて、『レヴィアナ』って性格悪いんじゃないかしら?)

少なくとも私はアリシアをいじめるなんて考えすら浮かばない。

「そういえば腐れ縁ってどういう意味なんですか?」

アリシアは今私が一番知りたいことを口にした。

(ナイス!アリシア!)

私は心の中で親指を立てながらイグニスたちのほうに視線を向ける。

「別にそんな大したことじゃないんだが、昔からパーティ会場で一緒になることが多くてな。俺様達は同い年という事もあってよく遊ぶようになった、って感じだな」
「そうそう、お互いの家に遊びに行ったりね。腐れ縁はマリウスが言い始めたんだっけ?」

セシルがくすくすと笑いながらイグニスの言葉を補足する。

「別に仲の良い親友と言う訳でもないからな。適切だろう?」
「その割にはお前最近皆勤賞だよな?」
「う、うるさいな!貴族同士の付き合いっていうモノがあるだろう?」

「な、なるほど!それで腐れ縁ですか!ありがとうございます!」

ヒートアップしそうな空気を感じたアリシアが感嘆の声を上げる。

「あともう一人、ガレン・アイアンクレストってやつがいるんだけど、まだきてねぇみたいだな。迷子か?」
「ね、あのガレンが遅刻なんて珍しいよね」
「まぁ、そのうち来るだろう」

マリウス顎に手を当てながらそういうと、イグニスとセシルもうなずいた。

「という事で、これからよろしくお願いしますわ!アリシア!」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!レヴィアナさん!」

アリシアの小さな手を握りしめ、私は満面の笑みで返事を返した。全然予定していなかったけれど、これでアリシアとのファーストコンタクトは成功した。後はモンスターシーズンまでに仲良くなっておけばいい。

「あ、あの……すみません!」

アリシアと握手をしていると後ろから声をかけられた。振り向くと2人組の女の子が立っていた。
片方は明るい茶髪にツインテールの少女で、もう片方はストレートの長い黒髪を一つにくくっている少女だ。
彼女たちも新入生だろう。どこかで見覚えがある。

(あぁ……この子達、『レヴィアナ』の取り巻きの……)

レヴィアナと一緒に、時にはレヴィアナがいないときにこそこそと陰湿ないじめをアリシアに繰り返し行っていた2人組だった。
まだなにもされていない、というかレヴィアナである私には無害であるはずなのに、その見覚えのある顔に少し身構えてしまう。

「あの……レヴィアナ・ヴォルトハイム様……ですよね?私たちも……その、握手していただきたくって」

茶髪の子がおずおずと差し出した手を握り返すと、パッと笑顔になり嬉しそうにしている。同じように黒髪の事も握手をすると、頭を下げキャーキャー言いながら去っていった。嵐のような一幕にぽかーんとしてしまう。

「あはは、さすがレヴィアナ。人気者だね」
「からかわないでくださいまし」

ニコニコとセシルが私の肩を叩く。

(でも……あの子たち、なんでわざわざ私のところに?)

女の子だったら、それこそセシルやここにいる攻略対象のイケメン貴族たちに騒ぎそうなものだけど。
少しあたりを見渡してみると、他の子たちもこちらに興味津々といった様子で眺められている。

そりゃここにいる4人の貴族はアルバスター家、ウェーブクレスト家、ブリーズウィスパー家と押しも押されぬ設定上も貴族の名家たちだ。視線を集めるのも当然だろう。しかしどうやら一番視線を集めているのは私の様だった。

確かに私も貴族の令嬢だし、目立つのもわかるけど……少しだけ居心地が悪い。

(まぁ、気にしても仕方ないか……)

これまで人の目にさらされるという経験がほとんどないため気にしすぎているだけだろう。現に目の前の3人の貴族たちはなんのそのといった感じだ。

「おせーぞ!ガレン!」

イグニスが入口の方を振り向いた。私もつられてそちらに視線を移すと、そこには困ったように短髪のこげ茶頭をかきながらガレンが立っていた。

「悪い悪い。ちょっと馬車の調子がさ」

少しだけ気怠そうな空気をまといながらガレンがこちらに向かってくる。

(あ……でもこのパターンって……)

既視感のある展開に、ちょっとだけ身構えてしまう。

「こないだはありがとな」

これまでの3人と同じようにガレンも私を抱きしめ、頭をポンポンと叩いてくる。
4回目ともなると身構えていたこともあり、私も自然とガレンとの抱擁はこなせた……訳もなかった。

「あ……あはは……」

手はどうしていいか分からず宙に浮いたままだし心臓は高鳴りっぱなし、顔は今まで同様火が出るかのように顔が熱い。
抱きしめられるという未知の感触と、4人が4人とも私の頭を撫でたり、背中をポンポンしたり、強く抱きしめたり、頭をたたいたりと、男子に免疫のない私の限界点は簡単に超えてしまった。

(ほんっと意味わかんない!!)

頭がくらくらする。なんでアリシアの攻略対象のはずの4人が私とこんなイベント起こしてるの!?頭が追い付かない。

「あのさ……、それであの本の事なんだけど」

抱きしめたまま、ガレンが私の耳元で他の皆に聞こえないように小さく声を発してくる。

「え……?本ですの……?」

唐突に振られた話題に反応することができず固まってしまう。周りの視線もより強くなった気もするし、それにこんなドキドキした状態で冷静に考え事なんてすることはできなかった。

「ガレン。こっちにおいでよ。新しい友達を紹介するよ」

セシルが声をかけてくる。私が回答できずにいるとガレンは私を抱きしめていた手を緩め、笑顔で再度私の頭をポンポンと優しく撫で、私の体から離れていった。

「ん、それで……その子は?」
「はい!私アリシア・イグニットエフォートと言います!」

ガレンの問いかけにアリシアが自己紹介をする。よかったこれで私の心臓も破裂しないで済む。

「ふー……っ」

それにこれで私に集まっていた視線も少しは散るだろう。そりゃあ入学式会場でいきなり男女が抱き着いたらみんな注目するよわよね。

(でもよかった……)

それにこれでアリシアと4人の攻略対象が面識を持ったことになる。外で迷子になっているタイミングでアリシアとガレンが対面できていなかったのでずっと気がかりだった。

(それに……アリシアとも仲良くできそうでよかった)

どうしたものかと悩んでいたアリシアとの対面も叶い、少なくとも現時点でアリシアに悪い感情は持たれていないだろう。一気に全部解決したように思えて心が軽くなる。これで私もこの素敵なキャラクターに囲まれたこの物語を楽しむことができると、舞い上がってそう確信していた。

――――私が唯一後悔するとしたら、多分……この時にガレンに「何の本の事?」と追及しなかったことだろう。
可能性の話でしかないが、もしここでちゃんと確認することができていたら、あんなに大勢の人がこの物語の犠牲になることは無かったかもしれないのに。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう
ファンタジー
 紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。  彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。  新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。  大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。  まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。  しかし!!!!  その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥  あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。  それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。  この王国を貰おう。  これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。  小説家になろうでも掲載しております。

処理中です...