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身を引くという決意②

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 可愛らしい三角屋根のお家が連なるお屋敷。建物自体は大きいけれど、人の気配が全くしない。連れて来られたノア様のお屋敷はそんな感じだった。

 通された応接室にも、おじいちゃんみたいな雰囲気のお年を召した執事の方が一人いるだけ。

 その彼もティーセットを用意したら、早々にいなくなってしまった。

 ノア様と完全に二人きりだと思うと、落ち着かなくなる。無意識に周囲へ視線を流したら、紅茶へ角砂糖を入れていた彼に呆れられてしまった。

「あんまり見られるのも気持ちのいいものじゃないんだけど」
「あ、ごめんなさい」
「まあいいけど。はい、君の分」
「ありがとうございます」

 さりげなく私の分も用意してくれていた。てっきり自分で入れてって言われると思ってたから少しだけ嬉しくなる。

 差し出されたカップを受け取ると、自然と笑みが零れていた。気づいた彼がフッと表情を崩す。

「心配して損した」
「心配してくれたんですね」

 すかさず言ったら驚いたように目を見開いて、視線を逸らされる。

「別にそんなんじゃないけどね」
「ありがとうございます」
「違うっていってるのに礼を言うって、どういう神経……ってもういいや。で? なんでそんな格好であんなところにいたわけ?」
「それは……」

 思わず言葉に詰まる。メディに説明しづらい事をノア様には、なお言いづらい。

 どこから伝えればいい? この国に来た経緯?

 私は別の世界から喚び寄せられた王女様の代わりで、その策略通り、フェルに恋をしてしまった愚か者だと……そう言えば良いのかな。

 改めて纏めたら、余計に気分が落ち込む。

 なかなか話せず口を閉ざしていたら、ノア様にじっと見つめられてしまった。

「……えっと……」

 早く話せってこと? 時間が無駄だとか?

 急かされているように感じて居たたまれなくなる。でも言葉にするのも難しい。悩みに悩んでいたら、急に目の前の彼が立ち上がった。

「?」

 直後、私の隣に腰を下ろす。何事かと見ていたら軽く頭をかいたあと、私の肩を半ば強引に抱き寄せた。

「!?」

 そのまま頭を胸に押し付けられる。

 何? どういうこと??

 疑問符だらけになる。

「ノ、ノア様?!」
「もういいよ」
「え?」
「話したくないことなら言わなくて良い。ただ……」

 静かに息を吸った彼が続ける。

「ここには僕しかいない。だから、泣こうが喚こうが好きにすれば良いよ」
「……」
「ここでは誰も……見てないから」

 最後の声色が、何より優しく聞こえて、不覚にも目頭が熱くなってしまった。

 こんなときに、そんなの堪えきれそうにない……。

 ノア様の服をギュッと握り締める。

「ごめんなさい……少し、だけ」

 今だけ。少しだけ、ここにいさせてほしい。

「……いいよ」

 そう言われて撫でられると、感情が込み上げてきてしまう。無理矢理押し込めていた胸の痛みすらも…強く強く痛んでしまう。

「……っ……ふ……」

 後から後から、感情が溢れ出す。

 初めて彼に逢った時のこと。寄り添い合った日々も、触れた温かささえも。抑えきれないくらい、たくさんあった。

 私はもう……フェルの傍にはいられないんだ。

「……ひ……っく……」

 バカだね。最初から分かっていたら。

 分かってたら──好きにならずに、いられたのに。

 ただ、傍にいられたら──そう願ってばかり。

 溢れる涙をそのままに、私はただ彼の胸で泣き続けた。
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