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輝きの影に潜むもの 後半②

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 訊かれているお役目ってものが、なんなのかも分からない以上、軽々しいことは言えない。しかもその内容が良いことじゃないのは、メディの様子からしても一目瞭然だ。だから、今ここでメディ本人に聞くのは憚られた。

 じゃあ……断る?

 その判断も難しい。今、その類いを口にすれば彼女達は大袈裟に騒ぎ立てるだろう。これだけの人がいる社交の場で。そしたら、あっという間に噂が広まる。フェルの婚約者は非道だとか、そういうものが。

 それは──ロギアスタ家の傷となる。

 彼の名を汚すわけにはいかない。そこまで考えて、ふと気づいてしまう。

 これは始めから、メディに対してのものじゃなく私に用意された排斥の場なのだと。

 それなら……お役目ってやつも、それ相応のものだろう。

 Yesと答えても私の害になることは確実だ。そう考えると答えが選べなくなる。間違えれば必ず隙を突かれてしまう。

 緊張からゴクリと喉を鳴らした。

 こうなること分かっていたソール嬢が愉しげに急かしてくる。

「ほら、早く仰いなさいな。メディウム様もお待ちよ」

 それならば…と一度呼吸を落ち着けて、ニコリと笑みを張り付けた私は口を開いた。

「なぜ貴女に答えなければいけないのかしら。当事者となるのは貴女のお兄様では? 手伝うかどうかの答えをお兄様へ伝えるなら分かるけれど…今の貴女は部外者よね?」
「わたくしは兄の身内よ」
「あら、ご家族であっても線引きはあるものじゃなくて? 貴女、さっき言ったじゃない。兄の手紙を見たって。無断なのでしょう?」
「っ!」

 相手が大きく目を見開く。でもすぐに眉間にシワを寄せた。微かに扇を持つ手が震えている。

 ひとまず良い方向に進めたみたい。ホッと安堵する。あとは適当に打ち切って離れればいい。

 そう──思った矢先、声がかすめる。

「……わたくしを言いくるめたと思って?」
「どういう…」

 彼女はパチンと扇を閉じて「アザリス」と呼ぶ。

「兄のところから持ってきたあの書類をルミ様にお見せして。当事者であれば答えるそうだから」
「え……」

 持ってるの?とつい口から出そうになって、寸前でとどまる。アザリス嬢は従者から受け取った紙の束を「ほら」と手渡してきた。少し黄ばんでいて端を紐で括ってあるようなもの。

 けど中は、びっしりと文字と数字で埋まっていた。渡されて躊躇いつつ、ざっと目を通していくと商品名と金額が書かれてるみたい。パラパラと捲っていくけど、だいたい同じような内容が続いている。

 途中から元会社員の感覚で夢中で見ていたら、ふと記載されてる内容に違和感を覚えた。

 確かにアルワーフ家に援助している項目がある。でも同じ金額で……いや、時に高い値段で絵画を売っていた。

 これは……詐偽の可能性が出てくるのかもしれない。

 援助先と販売先が同じだなんて怪しい。とにかくこの絵画が本物かどうか調べれば何かしら分かるはず。本物なら売ってその援助を打ち切ればいいだけの話だから。

 とにかくメディに聞かないと、と振り向きかけたら、真後ろからアンバル様に覗き込まれた。

「へえ。面白そうなもん見てんじゃねえか」
「っ…あ」
「貸してみ」

 と、返事をする前に取り上げられる。まだ途中なのに、とちょっと思ったけど文句は言えまい。

 取られた書類を今度はアンバル様が目を通す。その時ふと離れたところにいるエルスト様と目が合う。

 彼はこれでもかって目を見開き、早足でツカツカと近づいてきた。その勢いにアンバル様へ声をかけることもできず、すぐに赤い髪のポニーテールが掠める。かと思えば直後、その書類を奪い取ろうと手を伸ばしてきた。

「!」

 紙一重でアンバル様が避ける。けど今度は、エルスト様がソール嬢を睨み付け手を上げた。

 瞬間────バチンッ!と響く音。

「っ!!」
「ソール様!」

 床に倒れたソール嬢にアザリス嬢が駆け寄る。私たちは目の前で起きたことに驚いて呆然としていた。

 叩かれたソール嬢も驚きを隠せないのか、倒れたままの状態で動きを止めていた。

「……」

 会場内が一気に静まり返る。

 少しして叩かれた頬を押さえるソール嬢がエルスト様を見上げ小さな声を出した。

「兄、上……?」
「お前は大変なことをした。私の名を語りそんなものまで用意して……そうまでして彼を手に入れたいか!!」
「わたくしが用意した? 何を仰ってるの? これは……」
「まだ言うか!」

 再び上げた手。ソール様がぎゅっと目を瞑る。振り下ろされる瞬間、その手をアンバル様が止めた。

「いい加減にしろ。ソイツを責めても何もならないだろ。それよりこれは、ソイツが謀ったことで間違いないのか?」
「大変申し訳ありません。ソールが何かをしているのには気づいていたのですが……」
「兄上!? わたくしはこんなもの用意してなど」

 ソール嬢が、なおも声を上げようとした。けど被せるようにエルスト様の鋭い声が飛ぶ。

「ソール!! お前は自らが行った罪を自覚し償わなければならない」
「お待ちください兄上!! アゼリス! 貴女も知ってるでしょう? あれは」
「ソール様、あたし……」

 戸惑うように下がるアゼリス様。またもエルスト様の鋭い声が飛んだ。

「アゼリス、貴様もか」
「あ、あたしは……カリアナ」
「私は知りませんわ。全てお二人が仕組んだこと。関係ありません」

 アゼリス嬢のすがるような目を受けても、カリアナ嬢は変わらない。しれっと扇をあおいで距離を取った。

 その状況を見ていたアンバル様が、大きくため息を吐く。

「押し付け合いは結構だがな。こんなもの見せられた以上、黙っちゃいられない。書類は調べさせてもらうぞ。そこの二人は参考人として来てもらうが構わないな?」
「ええ、ええ。連れていってください」
「兄上!」
「あたしは違う! それはソール様が」

 いまだ足掻くアゼリス嬢にアンバル様が、ふっと笑った。

「さっき、友達なら辛いことでも付き合えるって聞いたんだが」
「それは……」
「やはり口だけだったか。まあ、どちらにしても来てもらうことには変わりない」
 
 そのまま、アンバル様はエルスト様に声をかけた。

「悪いがここからは、騎士団に仕切らせてもらう」
「構いません。ですが皆様方には関係のないこと。終了のみお伝え致したいのですが……」
「分かった。では、その後で」

 短いやり取りのあと、すぐに舞踏会終了が知らされる。関係者以外は帰宅を促された。

 まさか売られたケンカを買ったら夜会が終了する事態にまで発展するとは思わなかった。一連の騒動に戸惑いつつも落ち着く頃に、フェルと合流した。

 彼は私の顔を見るなり、申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「大変な時に傍にいられなくてごめん」
「気にしないで。私もあんなことになるなんて思わなかったから」
「だが……」
「それよりアンバル様が呼んでますよ」

 離れた位置から「フェル」と声がする。あまり引き留めたら、アンバル様に文句でも言われそう。

 彼の背を押して、向かうように促したら渋々歩き出した。

 後ろからついていくと、その先では項垂れるソール嬢とアゼリス嬢が駆けつけた騎士団の方に囲まれていた。
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