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侍女さんが来ました②

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 朝食を終えたらフェルに声をかけられた「今日はこのまま付き合ってほしいことがある」と。

 ガルシアさんに確認したら今日の予定は、ほとんど後日に回せるものだった。それならば、と了承を返す。

 そうして連れてこられたのは以前立ち入り禁止となっていたフェルの部屋。いま彼が生活している書斎と本格的に部屋の交換をすることになったらしい。

 その現場の立ち会いをしてほしい、とのことだ。

 私としては、すぐ隣の部屋に彼がいる状態は少し気恥ずかしかった。だけどいざいなくなると思うと寂しくもある。そんな複雑な気持ちを抱えながら、執務机を移動させるフェルを見ていた。

 彼はセルトンと窓際に移動させたあと、にこやかな笑顔を向けてくる。

「ここはどうかな」
「いいと思います」

 すかさず返す。ちょうど日当たりもよくて、問題なさそう。他の家具の移動はガルシアさん指示のもと使用人の方々がおこなっている。

 ただ執務机だけは自分でやると、セルトンを付けてフェルが移動させていた。ワイシャツの袖を捲り上げた腕、少しだけ汗ばむ陽気。目が合うと笑いかけてくる笑顔に反応して騒ぎ出す鼓動……一連の行動にぐっと息をのんで目を閉じ、心を無にする。

 先日、彼の前で大泣きしたせいか私の感情がおかしくなっていた。

 食事を一緒にしているだけなのに胸が詰まって喉を通らなくなったり、夜もちょっと声かけられたらそのあと眠れなくなったり。

 自分でも馬鹿馬鹿しいとわかってる。理由も気づかないほど子どもじゃない。

 だけど……と思う。

 私たちは契約で結ばれているに過ぎない。こんな感情に振り回されている場合じゃない。
 
 一刻も早く冷静さを取り戻さないと。いずれ元の場所に戻るつもりなんだから……。

 そんな風に思案していたら唐突に肩を叩かれる。

「ルミ?」

 その声にハッと顔を向ける。フェルが不思議そうに見ていた。

「だいぶ動かなくなってたけど、どうかしたかい?」
「あれ?」

 気づけば部屋の中はシン静まり返っている。セルトンもガルシアさんも誰もいなくなっていた。驚きながらキョロキョロと見渡す。

「みんなは」
「下に戻ったよ」
「え……」

 そんなに長いこと考えていたのか、と同時に同じようなことを言われる。

「まさかとは思うけど…寝てた?」
「寝て…っ!? そ、そんなわけないじゃないですか! ちょっと考え事してただけで……」
「けど何度か声をかけたんだけどね」
「声……?」

 その記憶はない。え、まさか本当に寝てた……?

 あれ、そう考えると急に恥ずかしくなってくる。立ったまま夢見てたって可能性もなくはない。その姿をみんな見ていたってことだよね。一気に顔が熱くなって頬に手を当てる。

 すると咄嗟に顔をそらしたフェルの肩が震えてるのに気づく。ちょっと笑われてる気がして、もしや、と聞いた。

「声、かけてないですよね」
「…ん、かけてない……ふ、くく……かけてないね」

 そう答えて笑い始める。「騙したんですか?」と聞けば「つい」と悪びれなく言う。

 なおも不満を訴えようとしたけど、ふと空腹を感じる。キュルキュルとお腹が鳴った。

 思えば外の日差しもずいぶん高くなっている。たいして動いてないけどお腹は減るらしい。こんなことをしていてお昼を食べ損なうわけにはいかない。

 私は「とにかく」と不問にすることにした。

「みんな下にいるんですよね。私たちももう行きましょう。待たせるわけにはいきません」

 恥ずかしさから逃げるように先に歩き出す。カツカツと扉まで向かいノブに手を伸ばした。

 軽く捻って内側に引こうとしたけど、目線の高さに入ってきた手の平がそのまま押し返す。

 せっかく開けようとした扉がパタンと閉じた。

「……」

 静寂に包まれて、でも鼓動がまた騒がしくなる。すぐ後ろにフェルがいる。彼の囁くような声が耳をかすめた。

「本当はね……先に戻したんだよ」

 誰を、なんて聞かなくてもわかる。けど軽口すら頭に浮かばない。それでもなんとか返事をする。

「……どうして」
「どうしてかな。本当にわからない?」
「それは……」
「正直、焦ってる」
「え」

 フェルの焦りがわからない。振り返ろうとして、でも一瞬躊躇う。彼が耳に顔を寄せて呟くように続けた。

「……どうしたら、この想いが届くかなって」

 ルミ、と名前を呼ばれて、けど返事ができなかった。心は素直に嬉しいと騒ぎ立て、でも必死で抑え込もうとするから視界が滲む。頬は先ほどと違う熱を持っていた。

 こんな顔……絶対見せちゃいけない。

 だけどフェルが懇願するように肩口に額を乗せた。

「ルミ…こっちを向いて」
「……」

 その声に耐えきれなくなってゆっくり後ろを振り向く。

 彼は嬉しそうに微笑んで、額をコツリと当ててくる。

「好きだよ……君が好きだ」
「フェル…」

 私も、と言いかけて言葉を飲み込む。そっと見上げると優しく細められた青い瞳に見つめられた。いつもこの瞳に見守られている。ずっと見ていたいと思う。

 だけど。

 それでも潤んだ目を隠すように瞼を閉じて「ごめんなさい」と返した。

 直後、困惑気味の声がする。

「理由を聞いても……?」

 溢れかけた涙を見せられなくて、咄嗟に首を振って逃げるようにフェルを押して部屋を飛び出した。

 
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