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お約束がありました③

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 席に座ると続けてメディが正面に座る。少ししてバタンっと扉が閉まり馬車が出発した。ちなみにセルトンは外で御者の隣にいる。

 周りをキョロキョロ見ていたメディが「すごいわね」と口を開いた。

「中も綺麗。座り心地も良いのね」
「お気に召したのなら嬉しい限りよ」

 ウフフと笑っていたら、メディが唐突にジッと見つめてくる。しばらく笑みを張り付けていたけど次第に気まずくなる。誤魔化すようにまた扇を開いて口元を隠した。

 けど彼女の視線は変わらない。堪えきれずに問いかけた。

「なにかしら?」
「この間と雰囲気が違うわ」
「そう?」
「ええ」

 なおもずっと見つめられる。これじゃあ落ち着かない。観念した私は息を吐いて、扇を膝に置いた。

「そうね。ちょっと慣れないことしてたかも」
「うん、こっちの方がいい」

 ニコッと笑われて、なんとなくホッとする。同じように軽く笑みを返した。気が楽になると周りを楽しむ余裕も出来る。

 外に響く単調な蹄の音に耳を傾け、窓の外に視線を向ける。ゆっくりと街路に並ぶ木々が流れていき、合間に様々な建物が見えた。

 視界の端にチラッと川が見えて、さらに良く見ようと顔を動かしかけた時、メディが「あ!」と声をあげた。びっくりして「え?」と返す。

「正式に婚約したのね!」
「あ、うん。そう…」

 首もとのチョーカーに触れて思い出す。あのとき……一度失敗した加護の儀のあと、フェルは丁寧に謝ってくれた。怪我をさせたことに対して、とそれから私が原因ではなかったことということも付け加えて。私ももちろん、気にしないで、と伝えた。

 だけどやっぱり考えてしまう。あの瞬間、彼は確かにを見ていたのだから。

 そのせいもあって、後日また執り行われた儀式でもぎこちなさが残っていたのは否めない。今朝だってつい避けてしまった気がする。

 でもそんな思考を遮るメディの声。

「ちょっと待って!? これ本物じゃない?!」
「わっ、なに?!!」

 突然隣にくるメディが抱きつく勢いで私の首もとを食いつくように見始めた。疑問符を浮かべる私を置いて、じっくり見ていた彼女は一人納得する。

「この間の落札物はこうなったのね」
「落札って?」
「知らないの? …あ、そうね。ルーはまだこの国に来たばかりなんだっけ。記事板は見てないわよね」

 そう言って説明してくれる。少し前、この世界の新聞のようなものに見出しが出た。王国主催の競売で目玉商品が高額付けられて落札されたと。

「ヤルックの革なんて用途はひとつしかないでしょ? しかも落札した金額が相場の十倍はしたのよ。絶対本物を渡したいって想いが伝わってきてロマンチックよねって、お茶会でも話題だったんだから」

 でも、と彼女はニヤッと何かを含んだ笑いをする。

「まさかこんなに身近に、その愛されてる人がいるなんてね」
「あ、愛?! いやいや、あり得ないよ」

 慌てて首と手を横に振る。話だけ聞くとそんな風に見えなくもないけど、私はあくまで仮の婚約者。たぶん家門のために必要だったとか、きっとそういうの。

 それを伝えるとメディは信じられない、と言った風に眉根を寄せた。

「本気で言ってるの? それこそあり得ないわ。貴族御用達の店で購入すればどこの店でも、ヤルックほどじゃなくてもそれなりの高級品なのよ。わざわざ滅多に開かれない王家の競売で買ったりしないわ」
「タイミングが良かったんじゃないかな」

 苦笑しながら言ったら、あんぐり口を開けられる。すぐに彼女は盛大に溜め息を吐いて頭を抱えた。

「フェルクス様の苦労が目に浮かぶわ」
「それよりさっ、メディ今日すごく可愛らしいね」

 だんだん恥ずかしくなって咄嗟に話題をそらす。メディは一瞬動きを止めたものの、すぐパッと表情を明るくさせた。

「そうでしょ?! ふふっ、今日は勝負の日だもの。気合い入れたわ」

 自身のスカートを軽く広げる。桃色の生地に散りばめられた銀糸の刺繍がよく見える。「どう?」と頭を傾けると金色の髪に映える赤い花の髪飾りが揺れた。

「今日は勝負の日なの?」

 メディの言葉を繰り返したら彼女は大きく目を見開いて、すぐにズイッと顔を寄せてくる。どこか凄みながら顔に似合わないことを言う。

「あのね、ルー。アタシ、貴女に感謝してるのよ?」
「メディ、顔とセリフが合ってないよ」

 私の言葉は耳に入らず。彼女は「実はね」とうつむきがちになりながら、続けた。

「アタシの家、男爵だって聞いたでしょ?」
「さっきね」

 正確には彼女の従者が言っているのを聞いただけ。家柄の話は手紙でもやり取りしていなかったから知らなかった。

 しかも、と彼女は続ける。

「嫡男はいないの。姉妹ふたりで姉は医師を目指してる」
「まあ。それは良いことじゃない?」

 お医者様だなんて、どこの国でも大切な存在。それを目指すなんて凄いと思うんだけど……メディの表情は不満そうに見える。

「医師は国から特別な報酬を貰えるから父も何も言わない。けど爵位は上がらないのよ。だから優秀な姉の代わりに、お前が位の高い者と結婚しろと言われてるの」
「無茶なこというね」
「そうよ。実際難しい話だわ。侯爵家以上になれば、ほとんど政略結婚よ。お互いの利害を中心に幼いうちから許婚を決めているの。そんな中に入れるわけないのよ……」

 だけど、と彼女は続ける。

「少し前に騎士様たちの位が上がったじゃない? ああ、いえ……上がったというのは適切じゃないわね」
「与えられたって聞いたけど」

 私が言うと「そっか」と呟く。

「ルーは外から来たんだものね。でもそう、その通りよ」

 そうして続ける。

 この国で騎士爵が王家に属していること。

 だから王都で動いてる貴族とは切り離された存在だった、ということ。

 そして互いの習わし、つまり騎士にまつわる集まりについて貴族は知らないし、反対に騎士が社交界に出る必要はなかったと教えてくれた。以前フェルに教えてもらった内容と概ね同じ。

「それぞれ繋がる必要はなかったのよね」
「ええ。だけど少し前、爵位を与えられた騎士様がこちら・・・側に来た。だからねアタシみたいに位が低い者たちにはチャンスだったのよ」
「それでアプローチが激しかったのね」
「フェルクス様は別の理由もあるけどね」
「別の理由って…」
「とにかく!」

 メディはさらにグイッと体を寄せてくる。

「あのとき残ってたのはフェルクス様と他二人。アンバル様とノア様だけだったの」
「そう」
「けどね、アンバル様とノア様はちょっといろいろアレだし。それでアタシもフェルクス様がいいかなって。でもあんな噂を真に受けるだなんてどうかしてたわ。だから、その……」

 不意に手を握られて、視線を向けたら真っ直ぐ見つめられた。

「貴女には不快にさせたと思うから……ごめんなさい」
「……」

 婚約者がいるにもかかわらずアタックしてごめんなさい、かな。

 私は契約してるだけだから、謝られる権利はないのだけれど。とりあえず「気にしないで」と言っておいた。

「けどそのおかげでアンバル様に会えるだなんて……貴女のおかげよ、ルー」
「メディは、そのアンバル様が好きなの?」

 なんとなく思ったから訊いただけなんだけど、一瞬目を瞬かせて、でもすぐに赤くなる。

 あら、可愛い。

 ずっと見ていたら、誤魔化しきれないと思ったのかポツリポツリと話始めた。

「……昔ね、一度だけお話したことがあったの。アタシ、幼い時から両親と折り合い悪くて、あの人たちと暮らしてるのが辛かった。あるとき我慢してたのが爆発しちゃって、家を出てしまったのよ」

 所謂、家出というものね。わかる気がする。どこかに行きたくなるときはあるよね。

 メディは、さらに続けた。

「家に帰りたくなくて、でも、行くところもなくて……そんなときに声をかけてくれたのが」
「アンバル様だったのね」

 メディが小さく頷く。

「事情を話したら家に戻されるのは分かってた。でも、王都を警護してる騎士様だもの。言わないわけにはいかなくて……泣きながら説明したの。そしたらアンバル様、黙って自分の馬に乗せてくれて……」

 メディが、ふっと外に視線を向けた。その時のことを思い出しているのだろうか。

 少しして続ける。

「街中を思いきり駆け始めたわ。乗馬なんて、まだやったことがなかったから、すごく驚いたし怖かった。でもね、ルー。その時、不思議と自分の悩みが小さく感じられたのよ」
「……そうなのね」
「たぶん、あの時からアンバル様のことを考えてた。でも彼は騎士様だからって諦めて……今回爵位の件があったけど、でも彼は人嫌いだって聞いて諦めたのよ。けどね」

 にこっと可愛らしく笑う。

「ルーに会えてフェルクス様にチャンスをもらえて……三度目だもの。今度は諦めないって決めたの」
「メディ…」
「だから、見守っててね」
「ええ」

 私に手伝えることは何もないけど「そばにいるから頑張って」と伝える。彼女は一層可愛らしく微笑んだ。

 メディがこんなに想う方。どんな人なのかな。期待を胸に、私たちの乗る馬車は鍛練場を目指して走り続けた。
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