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白夜の記憶③ ※過去編

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「俺たちの事業に投資しないか?」

 儲け話があると連れてきて、開口一番アンバーはそう言った。フェルクスが怪訝に顔をしかめると「まあ、まだ信用できないよな」と言いながら、親しげに肩へ手を回して奥へと促した。

「けどな、こりゃチャンスなんだ」
「チャンス?」
「ああ。この話は誰にでもしてるわけじゃない。君だから話しているのさ。とにかく細かく聞いて判断してくれ。悪い話じゃないんだから」

 部屋の奥にはソファ席がある。そこに座ってアンバーは話し始めた。いきなりのことだったが、彼の話はシンプルだった。自分が手掛けている事業に金を出してほしい。出してくれるならまだ新参の社交界でフェルクスの後ろ楯になると彼は言った。

 それだけなら、フェルクスにとっても悪くない話だった。当主になったばかりで忙しく、社交に気の回らない今、後ろ楯があるのは助かる。一令息の事業に投資するくらいロギアスタ家ではなんてこともなかった。

 だが、事業の内容を聞いて彼は言葉を失う。なんとか断りの言葉を絞り出した。

「承諾……いたしかねます」

 アンバーが意気揚々と説明したのは自分たちよりも若い令息たちや、一部の商会に勤めるような富んだ平民を食いものにする賭け事の場所──いわば賭博場だった。

 裏で調整するから破綻するまではやらせない。ギリギリまで搾り取るだけだ、お遊びなんだからいいだろう。などと都合の良いことを並べる。

 しかし賭博場を作るには国の許可が必要となる。そういう隠匿された場所では反政の集まりもされやすい。だからこそ管理が必要となる。

 だがアンバーは、賭け事がメインではない、子どもたちや平民が金銭のやり取りを学べる学びの場でもあると言い張る。

「ロギアスタ卿、あんたも頭が硬いな。子どもたちは居場所が必要なんだよ。平民だって息抜きできりゃあ嬉しいだろ? 俺たちの儲けなんざ大したことないんだ。これはあれだよ、慈善事業ってやつだ」

 いつの間にか横柄な態度に変わっている。始めからこれが目的だったのか、と気づいたときには遅かった。

 アンバーが話し始めて、周囲の気配が変わる。外の賑わいはほとんど聞こえずシンと静まり返っている。恐らく同じ階の利用者は帰されているのだろう。

 それを裏付けるように個室の扉は、いつの間にか半分ほど開いていた。

 きっとこのまま断れば仲間が飛び込んでくるはず。たかがカフェと油断した。

 それでもフェルクスは出来るだけ穏便に済ませようと答える。

「ならば時間をいただくことは出来ませんか? ここで即決するには突飛な話かと」
「悪いがここを出るには返事をもらうしかないんだ。どっかに話を漏らされるわけにいかないんでね」
「……」

 ぐっと掌を握り締め、口を真一文字に結ぶ。もう話し合いは出来そうにない。フェルクスは覚悟を決める。

 帯剣していなかったのが悔やまれるが、ここから出る分には容易い。ただこれで社交界での居場所はなくなるだろう。

 今後のことを考えながら、それでも騎士としての道に反する話を聞いた以上黙ってはいられない。彼は真っ直ぐアンバーを見据えて言った。

「であれば、回答は変わりません。この話は断らせていただく」
「……へえ。こんな状況で断るとは勇ましいことだな。おい!」

 思った通りガタガタと令息たちが入ってくる。始めから示し合わされていたのか、あっと言う間に囲まれた。その中の幾人かは木剣に似たものすら持っている。

 フェルクスはちらりと出入口を見た。扉は固く閉まっている。目ざとく見ていたアンバーが笑う。

「出られると思ってるのか? 無理だと思うぜ」

 そしてニヤリと口角を上げた。

「おこぼれでもらった爵位なんか引っさげてるから悪いんだよ。なあ? お前ら。教えてやらねぇといけないよな、社交界での挨拶ってやつをさ」

 「おうよ」と返事をした男を筆頭にバタバタとフェルクスに飛びかかる。だがさっと避けられ、背後から襲う男も軽くいなされる。次の男が振り上げた棒も掴まれ投げ飛ばされる。さらに彼は椅子を使って応戦し始めた。

 何度繰り返したところでフェルクスに膝をつかせることすらできない。周りで伸びてる仲間にアンバーは苛立ちを募らせた。

「てめぇら遊んでんのか!?」
「いや、あいつ……」

 言葉を遮るように外からドタドタ足音がする。バンッと扉が開いた。

「アンバー! あいつらが来る! 急げ!」
「チッ」
「っ……!」

 その隙にフェルクスが渾身の力を込めて、知らせに来た男へ体当たりする。

「ぐぁっ」
「っ! おい!」

 そのまま外に飛び出し、素早く駆け出す。背後からアンバーの「覚えとけよ」と声だけが残った。
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