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業務開始は突然に④

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 私の髪をいじっていた少女は、少しして気が済んだのかパッと離れて思い出したように自己紹介を始めた。

「そういえば言ってなかったわね。アタシ、メディウム・アルワーフ。アルワーフ家の次女よ。あ、メディって呼んでくれていいわよ?」
「メディ?」
「そう。それより貴女は? フジサヤ? じゃあ、フーでいい?」
「フジサワ。私の国では家名が前に来るの。呼ぶならルミって呼んで」

 砕けた話し方のメディにつられて、私も同じように話し始める。彼女は不快さも見せず「ルミね」と呟く

「じゃあ、ルミって呼ぶわ。ルミ…ルーって呼んでもいいの?」
「それはどちらでも」
「わかった」

 短く言って彼女はクスリと笑う。

「それより、ルミって変な名前ね。どこから来たの?」
「ここからだと地図でも見えないくらいの位置かな」
「あら、そんなに遠く?」
「ええ」
「ふーん」

 いまだ私の髪が気になるみたいで、ちょいちょい触る。それを見ながら疑問に思ってたことを聞いた。

「ところでメディはどこから入ってきたの?」

 よく見たら薄手のワンピースを身に付けてる。明らかに私と同じネグリジェみたいなものに近い。胸元は大きく開いてるし、こんな姿でひとりで来たとは考えにくい。ともすれば付き添いが外にいるとか?

 すると彼女は、可愛らしく小首を傾げる。

「普通に裏の扉からよ?」
「うら……? 鍵は閉まってないの?」
「閉まってたらアタシはここにいないわ。誰かが壊したのよ。直ってもすぐ誰かが壊すの」
「壊す……」

 ちょっと身の危険を感じてしまう。けど、メディの様子からして入ってくるのは女性みたい。じゃなきゃネグリジェでふらふら歩いてないものね。

 でも今感じた恐怖を、そもそもの家主のフェルも感じたことがあると思うと気の毒になる。メディは何かに気づいたらしく「ああ」と言った。

「みんな知ってるのになんで今さら、って思ったけど、あなたここに住んでるんだものね。不安になるよね。後で場所教えるわね」
「あ、それは助かる。ありがとう」
「そうでしょ? ふふっ」

 なんだか悪い子には見えない。ただ、今が夜で他人の家じゃなければ。彼女は「そういえば」と続ける。

「次の夜会には出る?」
「それはどうだろう?」

 疑問に疑問で返すとメディはふくれる。「なんでわからないのよ」と言われるけど、フェルに依頼されない限り勝手なことは控えたい。
 
 そもそも夜会って、ますます童話みたい。こういうのも慣れていかないといけないのね。私はそっと沸き上がる疑問に蓋をした。

 そんなことばかり考えていたけど、メディは表情を戻して腕を組む。

「でも早めに公表しておいた方がいいわよ?」
「なにを?」
「あなたがフェルクス様の婚約者ってこと。みんな狙ってるんだから。特にソール様……彼女にはもうお会いした?」
「うん……」

 全裸で、とはさすがに言えない。彼女は「そう」と返す。

「ソール様は不思議だわ。公爵家なのになぜか一番フェルクス様に執着しているのよね」
「そうなの?」
「ええ……とにかく数日後の夜会でまた話しましょ」
「でも出るかどうか」
「出るに決まってるわ。楽しみにしてるわねっ!」

 弾んだ様子で立ち上がったメディが「あっ」と思い出したように、小さく声を出した。

「忘れるところだった」
「どうしたの?」

 彼女は再び座り直し私の手を取ると、真剣な眼差しを向けてくる。

「フェルクス様に、アンバル様をご紹介願えないかしら?」
「アンバル様?」
「同じ騎士団の仲間よ。フェルクス様に聞いてくれればわかるから」
「そうなの? じゃあそれは後日」
「ううん、今訊いて? アタシもフェルクス様を泣く泣く諦めたのよ。傷心な乙女のお願い聞いて?」

 瞳をうるうるさせて迫ってくる。正直恋い焦がれたって姿には見えなかったんだけど。

 しかも今、聞きにいくのは面倒臭いと思ってしまう。そろそろ眠気の限界が近いんだもの。どうにか後日にしてもらえないかな、と訴える。

「もう夜更けだし、フェルももう寝てるかもしれないじゃない?」
「寝てるわけないでしょ、さっき歩いてるのを確認してここまで来たんだから。もうほら、早く行きましょう。じゃなきゃここに居座るわよ」

 徐々にお願いから脅迫に変わってる気がする。急かされがままに無理やり腕を引かれ立たされて、引き摺られるようにして扉へ連れていかれる。

 メディがノブに手を伸ばす、のと同時に扉が開いた。

 顔を出したのはフェル。彼は私に気が付くと表情を和らげる。

「ああ、ここにいたんだね……っ!」

 でも私からメディに視線を移した直後、彼の体がビクリと跳ねた。

 そりゃビックリするよね。知らぬ間に知らない人がいれば。

 けどメディはそんなのそっちのけで、柔らかい声を出した。

「あら、フェルクス様。ごきげんよう」
「メディウム嬢、何故このような時間にここへ?」

 問いかける彼の顔が引きつっている。彼女はパッと私の手を離しフェルの傍に近寄っていく。服の端を掴み、そのまま上目遣いで潤んだ瞳を向けた。
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