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契約成立①

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『婚約契約書』 

 乙である藤澤留美(以降、乙という)は、甲であるフェルクス・ロギアスタ(以降、甲という)と下記条件を基に婚約者としての契約を結ぶ。

1、期間。
締結日から一年間。甲乙共に了承した場合に限り、短縮もしくは延長することが出来る。

2、就業場所。
ロギアスタ邸および契約に紐づく場所。

3、内容。
婚約者としての振る舞い、婚約者としての付き添い。その他、甲の指示により乙が了承した範囲での行動。

4、定期報酬。
乙の安全および衣食住の確保。他、乙が望む情報。

5、免責事項。
想定外の事象には、甲乙共に話し合いで解決することとする。それによって生じた不都合には、一切の責任を負わないこととする。



 ………………と、簡単に契約書を二通用意した。婚約自体が結婚の約束なのに、これは二重契約にならないのかって、ツッコミは無しでね。

 でもこうして見慣れた文書にすると落ち着く。見知らぬ土地で、知らない人しかいない場所。どこまでいっても見たことのない建物と道。不安にならないわけがない。

 そんな中で手にした契約書。これだけが存在を証明してくれる。

 用紙は私のノートの二ページを使っただけだし、内容も簡易的で期間も適当。印字もされていないボールペンの手書き。そもそも国が違うんだから効果があるかは……まあ、微妙。ないとは言わないよ、今は。

 けど私にとっては大袈裟かもしれないけど──命綱のようなもの。

 ローテーブルの上でさらっと署名欄に自分の名前を書いて、フェルクスさんの前に二通差し出す。

「じゃあ、これにサインをお願いしますね。あ、文字はどうだろう? 言葉は通じたけど文字は……」

 その心配は受け取ったフェルクスさんが紙に目を通して解消してくれた。
 
「うん、問題ない。内容もしっかりしてるね。でもここまでする必要あるかな? 私は約束を違えるつもりはないよ。協力してくれるなら尚更…」

 それに、と続ける。

「報酬も、報酬になっていないね。具体的な金額や土地……は負担になるか。他の宝飾品やドレスなどでも」
「そういうものはいりませんって。私の望む条件はそこに書いてあるものだけなので。もし、婚約者役としてお借りしたものがあれば終了後にお返ししますから」

 キッパリお断りするとフェルクスさんは目を見開いた。だって、どれだけ貰ったって結局荷物になるだけだもの。

 それよりも、と、サインを催促する。

「内容に異議がなければ、署名をお願いします」
「ああ」

 私のボールペンを受け取ったフェルクスさんは一瞬、不思議そうに眺めたけど、すぐに私が示した署名欄へ文字を書き込んでいく。さらさらとペンを走らす手が綺麗だな、なんて変なことを考える。

 それにしても宝飾品やドレスって、ホント童話みたい。万が一持ち帰って会社の人に見られたら、それはそれで恥ずかしい。童話に出てくるフリルがたくさんついた明るいデザインを想像してゾッとする。

 そもそも、そんなもの持ち帰っても笑ってくれる家族もいないし。

「……」
「これでいいかい?」

 ふと、感傷に浸りかけてフェルクスさんの声に意識を 戻す。

 テーブルに並ぶ二枚の書類。そのうちの一枚を丁寧に畳み、スッと彼の前に置く。

「では、これで契約成立となります。期間中よろしくお願いします」
「本当にありがとう。しばらくの間、世話になるよ」

 その言葉にふふっと笑ってしまう。

「それは私のセリフですよ。短い間ですがお世話になります」

 たぶん期間満了まではいられない。でも彼の周りが落ち着くまでは、たとえ帰り方が分かったとしても残ろうと思っていた。

 つられて笑う彼を見て、こうしてずっと笑っていられたらいいのに、なんて軽く考えていた。
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