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しおりを挟むそっと目を開けると、周囲はシンと静まり返っていた。どこにも人の気配がしない。「アリア……?」と声をかける。返事はない。
「あれ?」
パッと視線を落として自身の手をグーパーしてみる。感覚はあった。以前のように自分の意思で動かせないことはない。ただ、先程までいたはずのアリアがいないだけ。
再び顔を上げかけた瞬間──頭に声が響く。
『ちょっと! リューズ!』
「ア、アリア!?」
『これなに? どういうこと?』
「どういうって……そっち、どういう状況?」
『なんか』
言葉を区切って『動画を見てるみたい』と続けた。
『自分視点の動画? 身体だけ動かせない』
「俺のときと同じだな」
『最初の?』
「ああ。今、ステータス開いてるんだけど……これたぶん、アリアの中に俺が入った感じだと思う」
『ってことは……どういうこと?』
「闘士に狙撃手の能力が上乗せされてる」
言いながら、手の平を見る。空気中の光の粒が集まり小さな球になると、パッと弾けて青い小銃が現れる。それを握って正面に向けて撃った。パンッと軽い音がしてゆらりと煙があがった。
「敵がいないからダメージ量がわからないけど、とりあえず武器は使えるな。ちゃんと反動軽減も仕事してる。それになんだこれ……シンクロ率って出てる」
ステータスウィンドウを出して、アリアの姿をしたリューズが首を捻る。
「12%って出てるな」
『どこにあるの?』
「この端、ステータス画面の下。アリアのマークに重なって数字が見えるだろ?」
『ほんとだ。なんだろ、12って……上げるとどうなるのかな』
「わからない。ただ、これ、全体を見て思うんだけど」
『ん?』
「レベルも他のステータスも合算されてるだけじゃないのな」
『単純に足されてるわけじゃないってこと?』
「+αされてる感じがする」
『そうなんだ』
その声に軽く頷く。そして肩にかかる長い髪を払って、彼は視線を前に戻した。
「まあ、あとは実際にやってみて、だな」
『え、ちょっと! このまま行くつもり?』
「そういう話じゃなかった? レゾナンスってやつ、やってみよって」
『そうだけど! 慣れない!』
「大丈夫だよ、そのうち慣れるさ」
言いながら歩き出す。道中、リューズは装備しているレザーグローブの動きを確かめるように手を動かす。キュッキュと音をさせて、具合を確かめたあと軽く体を動かしてから淡く光る洞窟の先に進んでいった。
ぽっかり開いた空洞の周りには白い石英の結晶が岩肌から飛び出している。その結晶にわずかな光が反射して輝いているようだ。中は真っ暗で何も見えない。
つい腰元のランプをつけようと手を伸ばす。ポーチしかないのに気づいてアリアの身体だったと思い出す。仕方ない、と目を凝らして再び足を進めた。
「……」
初級ボスとはいえ初めての状況だからか、徐々に緊張してくる。ゴクリと喉を鳴らして周囲を見渡した。とりあえず敵の気配はしないようだ。彼はゆっくりと中央まで歩いていく。自身の足音だけが響き、他は何もない。出現条件でもあっただろうか。一瞬悩んでアリアに声をかける。
「アリア、聞こえるか? 敵が出てきそうにない。もしかしたら必要な手順とかあるかもしっ──!」
途中でハッと振り返る。ボコッとかすめた音がした。それがあっと言う間にボコボコと地面が盛り上がち近づいてくる。あっ、と声を上げ、気づいた時にはすぐそばまで迫っている。瞬時に身をひるがえし駆けだした。
「くっ、!」
地面の中を走っていた何かが、彼のすぐ後ろでさらに大きく盛り上がる。咄嗟に地面を蹴って距離を取る。その何かがボコッと音を立てて顔を出した。
「!」
直後ドゴォン!!と思い切り顔を出したのは苔むした石の塊。リューズは勢いのまま地面を転がり体勢を整え身構えた。飛んでくる土の塊から身を守るために腕を盾にする。その隙間から見えたのは敵の姿だった。
「……」
「グギャアアアァア!!」
体に響く不快な鳴き声。硬い蔓の腕をいくつも持つ蜘蛛に似た巨大な生き物で、ただその体の部分が苔むした小さな遺跡にも見える。リューズはパッ、パッとついた砂を振り払い呟く。
「やっと出てきたな」
『最初はライブラでしょ』
すかさず聞こえるアリアの声。リューズは「そうだな」と返した。
『リューズのライブラと違うと思うけど使える?』
「見てたからな、大丈夫だよ」
一通りアリアへ戦闘の手順を教えていたときに見ていた。それを思い出すように拳を握りしめて駆け出す。彼は敵の手前の地面に思い切り叩きつけた。
「ライブラ!」
ドンっ!とリューズの拳を中心に文様が現れ、波紋のように広がり地面が波打つ。同時にモンスターが揺れて体勢を崩した。と、同時に眼前にうっすらと浮かぶステータスとは別のウィンドウ。敵の名称から穴抜けだらけの数値が並ぶ。
『モクエン完全体?』
「そ。モクエンって小さい蜘蛛みたいなやつ覚えてる? 途中で倒しただろ? その完全体で子分みたいに小さいやつ出すから面倒なんだ」
『なるほど』
アリアの声に重なってモクエンが動き出す。リューズもそれを目で追う。頭で声が続いた。
『んじゃまあ、頑張って』
「他人事だな」
『だって出来ることないもの』
「そうか? 俺の時は…!」
リューズの気配に反応したモクエンが蔓を伸ばしていく。気づいた彼は駆け出し、背後を取るように大きく回り込んだ。
追いかけていく蔓も次々と弧を描き狙ってくる。だが触れることなく、逆に勢い余ったいくつかが地面に刺さっていく。モクエンの後ろに回った彼はゴツゴツした蜘蛛の足を足掛かりにして飛び上がる。宙で体を半回転させ、かかとを落とした。
「これでもっ、くらえ!」
「キィエエエェ!」
ちょうどモクエンの頭部と思しき屋根の位置に当たる。高い金属音に似た悲鳴が響き、地面に降り立つリューズは咄嗟に耳を押さえた。
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